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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た終末
186/209

普通の日々-(1)


 年の瀬迫る華武吹町。

 一丁目の大通りは、夕暮れ時にもかかわらず、一足早くネオンと欲望がギラついている。

 そう、つまりは――いつもどおりの風景だった。


「変身ヒーロー? なんや、けったいなモンが出てきよったなあ!」


 リーゼントにスカジャン、釘バットを背負うチンピラはこってこての関西弁だった。

 その後ろにもずらりと、少々派手めな若い男たちがそれぞれ得物を持って並んでいる。

 最近よく見る、新参者のチームだろう。


 連続ビル爆発事故――ようするに巨大ウマタウロス事件のあと、華武吹町には新規参入もあったわけだが、一部こういった困ったチャンが紛れ込んでいたりもする。

 この寒くて忙しい年の瀬に、ご苦労なこった。


 まあ、こいつらは運が良いほうだ。


 みんなのヒーロー、ジャスティス・ウイングが出てくればジャスティス暴力沙汰。

 街の闇、剣咲組が出てくればビューティフルエレガント暴力沙汰。

 悪趣味で血の気の多い華武吹町住人とて、過剰勢力に見知らぬチンピラが轢かれ倒されるのを望んでいる。


 事実、二号で、ダメなほうで、事なかれ主義のヒーロー・ボンノウガー相手とあってオーディエンスは「なんだあ」と通り過ぎていく始末だ。


 そりゃ、華武吹町住人のトチ狂った無神経さを知らないチンピラ連中からすれば、畏怖して見て見ぬふりする聴衆と可哀想な自称変身ヒーローに見えたかもしれない。


「頭おかしいんか、兄ちゃん? ん? 警察屋さんでも呼んだろか?」


「……と言われましても……」


 俺は通りのディスプレイに映る自分の姿を見た。

 ちょっと禍々しい黒いヒーロースーツ。

 たしかに、けったいだ。

 でもこれを変身ヒーローといわず、なんと説明したもんか。

 そういえば、改名するタイミングも失ってしまったし。

 俺はこれからもボンノウガーでいくのか……?

 それはちょっと……。


「うーん……」


 根本を突く問いかけに、すっかり目の前の状況を忘れていた。

 そんな俺の暢気な態度が気に入らなかったのか、チンピラボスは唇を尖らせながら凄みをきかせ距離をつめてくる。


「おうおう、俺らは梅田では知らんモンはないっちゅうほどのチームやぞ。吉原も新装開店ちゅうことらしいからのお。挨拶したろかと思てきてみたら、お出迎えは変身ヒーローさんかあ? ガキの使いと思っとるんか? ナぁメぇとんのかぁァッ!」


 続いてその後ろからもドヤドヤとチンピラたちが詰め寄ってきた。


「あほくさ」

「今時、ヒーローなんて流行らんわ!」

「いてこますぞワレァ!」


 と、まあ。

 そんな流れで彼らはエモノを振り上げたり、振り下ろしたり、盾にしたり、手放したり、呻いたり、倒れたりしたわけだが、その一挙手一投足を説明しなくてもいいだろう。

 俺は一歩たりとも動かなかったわけだし。

 とにかく力の差があった。

 そういうことである。


「っつう感じなんで、華武吹町はマジでおすすめしないんですけど……」


 俺はうつ伏せになった梅田産のチンピラボスとの話を再開させた。

 幸いにもその耳には届いていたらしく、呻きながらのそのそと両手をつく。


「すんません、ごめんなさい! 命だけは!」


 遠路はるばるやってきたのにこちらこそすいませんね、お土産に獅子屋の大福はどうっすか、なんてダイレクトマーケティングで穏やかに話をまとめるつもりだった。

 なんせ俺も顔が割れているので話を大ごとにしたくはないのだ。


 そして、そうはいかないのも華武吹町の常だった。


 遠くスクーターのエンジン音が聞こえて、「いやあまさか」と大通りの向こうを見る。

 だがそれはもう、俺の身体能力をしても避けようのない距離まで迫っていた。


「ぜーーーーーーーんッ!! なるたきいぃいいいッ!」


 暑苦しく俺の本名を大絶叫。

 ヒーロー以上に気の狂った風体――スクーターのハンドルと座席に足をかけた堂々たるスタンディング全裸がまっすぐに迫っていた。


 丁度、梅田チンピラの土下座がジャンプ台となり、スクーターがネオン街の空を舞う。

 さすがの華武吹町住人も、突然のわいせつ物公然陳列ライダーにどよめいた。

 まこと残念なことに俺はワイセツ特等席であり、ネオンピンクに照らされたワイセツブツを見上げることに。汚い。


 だが暴挙はそれだけにとどまらなかった。

 スクーターを中空で乗り捨て、大の字で舞ったマーラのマーラがみるみるうちに近づき――すでに生きた心地がせず微動だにできなかった――俺のバイザーに、フニィっと着弾。

 俺はそのまま押し倒される形で、地面に後頭部を打ち付ける。


「オウ、イェー! Lucky SUKEBE!」


 すなわち、視界はマーラでいっぱいである。


「ぅうボォぇえぇぇぇぇッ!」


「僕の心配は無用だッ! 黒さと持続性と硬さには自信がある、つまり股間が無事ならかすり傷だッ!」


 のた打ち回る俺。

 必死に逆回転するベルト。

 俺の頭を太ももの筋肉で押さえつけるアキラ。


「いいからどけ、キンタマ大魔王! 俺の感度がいま何倍になってると思ってんだ!」


「安心したまえ! 今日はコレを渡しにきただけだ」


 袋の向こうのアキラは全裸にもかかわらずもどこからともなく紙を取り出し――どかない!


「きみの部屋に取り付けっぱなしの監視カメラのことだ! 全てが終わったいま、そのような卑猥な災い、取り除いてやらねばならないと思ってな……あのときの僕は――」


「なにを神妙に長話する空気にしてんだ! 誰か、助けて! 助けて!」


 だが、助けがくるはずもなし。

 むしろ、こんなことも日常茶飯事と、道行く人は見て見ぬふりだ。


「誰も助けてくれねぇのかよ! クソみてえな街だな!」


 なんせ、ここは鬼も悪魔も――それどころか魔王が真っ裸で襲ってくる街、華武吹町。

 今日も狂乱と欲望が野放しである。


 毎回思うんだけど、警察もっと早くきて。


 *


 ――強いて言うなら、一か月くらいお稲荷さんはご遠慮いただきたい……そんな気分だった。


 魔王マーラによる呪いが眼球から拭えないまま、背中を丸めて帰宅。

 丁度、張り切った様子の優月と入れ違う形となった。

 なんでも町内会の集まりだとかで――どうせまた夜遅くにぐてんぐてんに酔っぱらって帰ってくるのだろう。


 近所のジジババも、陽子が巣立ったいまは優月がかわいくて仕方ない。

 しかも、優月は古臭い話が通じるときた。

 そりゃあ次から次へとお酌のほうが回ってくるはずだ。


 もちろん心配はしているけれど、籠の鳥にするわけにいかない。


「まあ、俺の説教をどれだけ覚えているか見ものですなあ。優月さんや」


 鳴滝豪は酒で死んだも同然だし、俺の母親だって酒との付き合い方が良かったわけじゃない。

 俺はついに、そんな嫌な昔話を切々とした。

 健康によくない、後片付けするほうにもなれ、ほどほどに。

 それから……長生きしてほしいから、と残酷なことも。


 あとは優月次第だ。


「……さて」


 アキラに押し付けられた紙切れを開く。

 といっても、その内容はあまりにも単純明快で俺は次に何をするべきかわかっていた。


『コンセントカバー 1/11』


 つまりは、オリエンテーリング式なのだろう。

 寂しい子供時代アピールをすれば、俺はこれを一人でやったことがある。


 指示通り、自室のコンセントカバーを外すと指先サイズの機械、それから小さな紙辺が出てきた。


『ふすま上 2/11』


 こんな紙を仕掛けるくらいなら、カメラを取っておいてほしかったんだけど……。

 俺は一人でゲームを続ける。


 壁に埋め込まれていたものをほじくったり、天井板をはがしたり、お陰様で俺の部屋はさらにボロの風体、お化け屋敷だ。


『押し入れ下右奥 11/11』


「これで……ラスト」


 押し入れには、生活の中でどういうわけか俺の手に渡った優月のパンツや、拾ったベルトだとか、他にも紆余曲折の末に俺のもとに流れ着いたアイテムたちがここに押し込まれていた。

 とはいえ戸を閉めてしまえばカメラの視界は遮られる。

 どうも変だなと思いつつ探ってみれば、『ご苦労だった』とメモが載せられていたのは、カメラではなく古いハードカバーの手記だった。


「…………」


 輝夜雪舟から譲り受けたその日記でもある。

 煩悩大迷災、その当時のことがつづられていいるだけだ。


「俺にはもう必要ないもんだしなあ」


 それに南無爺にもいろいろ話したいことがある。

 特に、優月のこと。


 俺は立ち上がり、その足で二丁目の公園へ向かった。



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