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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第九鐘 煩悩は燃えているか
184/209

13. 男のけじめ


 あれから、一晩が明け……起きたら昼下がりだった。もはや恒例である。


 全解除の影響か身体はバッキバキで、上半身下半身ともに起きあがる気力さえない。

 だもんで俺は気力が充填されるまで、見慣れた天井をぼんやりと眺めながら考えを整理していた。


 ――あのあと。

 華武吹町住人は、やはり祝勝会じみた飲めや歌えやをはじめてしまったのである。

 ほんと頭おかしい。


 俺は賑わいから逃げるようにして望粋荘に帰り、優月からグーでビンタされ平謝り、メシを食って、風呂入って、今度は優月にさめざめと謝られ、なにはともあれ倒れるように寝て……という感じで半ば無理やり日常に戻った。


 聞いた話では、遅まきに警察が到着、住人達は蜘蛛の子を散らすように解散。

 運悪く陽子だけがマスコミにつかまってしまい、マイクに揉まれてどこかへ連れていかれたという。九条陽子オモシロ伝説がまた一つ増えるに違いない。


 同時に、剣咲組は跡形もなく闇に溶けていった。

 彼らは――とくにカナエは裏社会の住人だ。

 剣咲カナエはこの件に関与していなかった、ということになるのだろう。


 そんな中、赤羽根とアキラだけは現場に居座り、チンターマニエフェクトを見つけた。

 明け方までやりとりされていたグループメッセージのログでは、長いオカルト話の末に、如意輪観音チンターマニチャクラが作ったものであろうと結論付けられていた。


 ――最初の怪仏チンターマニチャクラ、白澤先生。

 チンターマニエフェクトを作ったり、俺からチンターマニをすべて奪ったりと、たしかに怪仏側だったのかもしれない。

 それでもどこか、願望を抜きにしても、俺はその行動に怯えや矛盾を感じていた。


 これは、もしかしてもしかしたらの話だ。


 白澤先生はチンターマニを、人間に力を使うのを躊躇ったのではないだろうか。


 だから実験としてドブネズミを選び、時間はかかったが結果として怪仏化が完了。

 二番目の怪仏は、俺たちからしてみれば五番目として姿を現す。

 それがアーリヤだ。


 そして、三番目が街の厄介者の竹中で、吉宗からは……SOSを出すように俺に近い人間を狙った。

 いまとなっては確かめる術などはないけれど、俺の結論はそういうことにしておく。


 それなのに……。

 大馬鹿者の俺はしがらみを選び、華武吹町に居座ってしまったわけだ。


 ――えてして。

 如意輪観音のチンターマニだけが残り、チンターマニエフェクトもこちらの手の内。

 怪仏出現のトリガーはすべて消え去った。

 怪仏が倒され、観音菩薩も現れない。


 そう。

 涅槃(ニルヴァーナ)症候群(・シンドローム)について知る者はいなくなった。

 これから俺が向かい合わなければならない問題は、優月だ。


「軽いノリで言える話じゃないよな……」


 だから、まずは証を――俺がずっとそばにいるから大丈夫だって、わからせてからだ。

 まあその、つまるところ……()()()からだ。

 童貞卒業なんて下世話な目標は二の次で。

 涅槃症候群だとか、華武吹曼荼羅だとか……そういう辛いこと全部含めて、優月が欲しいんだって示すためなんだ。


 そんなことを夜もすがら考えていて、図太いことにぐっすり寝て、昼過ぎに起きた。

 いまも、気持ちは揺るぎそうもない。


「おーっし、次の目標! ホントの意味で男になる!」


 くぅ……と腹のあたりで振動があり、俺はベルトに手を当てる。

 俺の覚悟に応じてくれた――のかと思いきや、ベルトは否定するようにウイーンと白けた回転圧で返事をした。

 鳴っていたのは俺の腹そのものだったようだ。


「ま、腹が減ってはなんとやら、だよな」


 いい加減、起きよう。

 とりあえず放尿(トイレ)――と、望粋荘ユニフォームのまま部屋を出たところ。

 耳なじんだ声のやりとりが聞こえて、俺は窓から玄関先を見下ろす。


 けだるい午後の西日の中に立っていたのは、相変わらず垢抜けない優月と、本日は特にビシッとチンピラスタイルがキマっている氷川さん。

 そっと窓をあけて聞き耳を立てると、氷川さんが望粋荘を出ていくというそんな話の締めくくりだった。


「それで、荷物はどうする?」


「金目のモノなんてねぇよ、全部捨てちまってくれ」


「そうか。なら大家にも連絡を――」


「あのな、ブス。俺はそういう事務的な話じゃなくてよお」


「なんだ?」


「……いや、なんだって。その……」


 あーあーあ……。

 俺が聞いていても、じれったい空気だった。


 顔を見合わせるたびに、ブス、ブスと喧嘩腰であったが、なんやかんやで氷川さんも優月を狙っていた――つまり俺と同類だったわけだ。

 考えてもみれば、トチ狂って話が通じない()()剣咲カナエの下についていたのだから、不機嫌な優月なんて可愛く見えるのも頷ける。

 だが、怪仏騒ぎと同時にその話にも決着がついた。

 望粋荘も取り壊し。

 剣咲組も慌ただしい。

 氷川さんが出ていくのに十分すぎるシチュエーションだ。


 しかし、氷川さんとて人の子。

 望粋荘が、優月が、名残惜しくてまごまごやっているのだろう。


「最後の挨拶っつうかよ……いままでブス呼ばわりしちまってたが、ゆづ――」


「禅~! ちょっと降りてこい~! 氷川が挨拶したいそうだ!」


「おいいいいいぃッ!」


 氷川さんとしては、去り際に綺麗でビターな思い出作りをするつもりだったのかもしれない。

 俺だったら――告白めいたものをしちゃったり、隙あらば抱きしめたりチューとかしちゃったり――そんなオトナのお別れシーンくらい考える。

 気持ちはよくわかる。

 わかるが、許してはならん。


 俺は何食わぬ――異様なほどヘラヘラにこにことした――顔、そしてパンイチで登場。

 氷川さんは、着衣もせず駆け足で寒空に出てきた俺の風体から警戒心を察したようで、苦虫を口いっぱい噛み潰したかのように表情筋を歪めた。


 そんな水面下のやりとりなど露知らず、優月は「氷川が出て行ってしまうと」とワンテンポ遅れた状況説明をしてくれた。


「へぇー。そうなんすかー、寂しいっすねえー」


「寂しがるなよ――ってやかましいわ、クソガキが! パンツ一丁で一丁前言いやがって!」


 互いに素知らぬフリを貫き通し、似合わない爽やかな笑みを浮かべる。

 だが俺たちの静かな火花など、優月の鈍感さに比べたらかわいいものだった。


「それで……"いままでブス呼ばわりしちまってたが"……なんだ?」


 俺は震えあがった。

 パンイチだからではない。

 氷川さんの想いに気が付いていない、残酷なセリフに、だ。


 いやいやいや。

 完全に「優月」って珍しく名前で呼んで、ちょっかい出そうって雰囲気だったよ?


「この期に及んで文句があるなら聞こうじゃないか」


 空気をノーリーディングで追い打ちをかける優月。

 それを受けて、氷川さんは眉間にクレバス級のシワを刻み、ピクピクし、ガタついた動作でやっとのことタバコに火をつけた。


 なんだよ、そのリアクション! 俺の想像通りなんかい! こっちが気まずいわ!


「二人とも……喧嘩することないじゃん! 街中で会うかもしれない距離なんだし、コンゴトモってことでさ……」


 なぜかフォローを入れるハメになった俺を横目に、氷川さんは吸い込んだ煙の一番搾りをフッと優月に吹きかける。

 だもんで、優月の顔面に筋が浮かび上がる。

 いつもの光景である。


「ブス! 一生、ブスーッ!」


 そして氷川さんは、言いっぱなしのまま背を向け歩き出した。


「なんだと、クズ! クズーッ!」


 優月の反論がぎゃんぎゃんと背中に刺さるまま、ひらひらと手を振り、振り返ることなく角を曲がっていってしまった。

 薄闇せまる夜の帳の方向へ。

 闇の世界へ。


 氷川さんは、結局「優月」なんて呼ばなかった。俺のせいなんだろうけれど。


 だけど、けじめ……なのかもしれない。

 氷川さんと優月はブス、クズと罵り合う仲のまま、なのだ。一生。


「まったく、あいつは子供か」


 優月はそう言った。

 俺からしてみればその背中は氷川さんらしい、けじめをつけた大人の男だったのだけど、いちいち説明するのも粋じゃないので黙っておこう。

 こうして、氷川さんは優月にとっての……ではなく、俺にとっての綺麗な、カッコイイ思い出になってしまったのである。


 俺はただその哀愁を、優月も突然の別れの寂しさを、胸にしまうのに時間がかかって暮れ行く空を見上げながらぼーっとしていた。


「……本当に行ってしまったな、あのクズ」


 ひとりごちた優月。


 望粋荘は今年度の三月まで。

 しかし転居シーズンで慌ただしくなるからと、天道さんはすでにサーバーを次の住まいに運び出しており、望粋荘は機材置き場状態。

 珍宝も年末の大巡業後にあわせて出ていく予定だそうだ。

 彼らが出入りするのも、あと二か月を切っている。


 俺たちは、これからどうしようか、なんて話をしているわけもなく。

 それどころか、ぐう……と俺の腹が鳴って、アンニュイな雰囲気はぶち壊され、笑いあって、今日を生きるのに精一杯だ。


「服を着ないから。風邪ひいても知らないぞ」


「腹鳴るのに服は関係ないだろ。昨日からずっと何も食べてないから腹減っちゃって……」


「そうか、なら――あ! た、炊き出しの手伝いに行く時間!」


「炊き出し……?」


 優月は頬を染めながらもごもごと言葉を濁していく。


「梵能寺でカレーを作るらしくて……その、禅に料理を作るのなら勉強もしなければならないと町内会の人たちに誘われて……少し怖いけど勉強、しに……」


「…………」


 町内会のおばさまたちは、俺と優月の関係をオモチャにしようって魂胆なのだろう。

 だが俺はヒーローとして、起きようとしているメシマズバイオテロを止めなければならない。

 優月を犯罪者にしたくはない。

 何より、つい今しがた男ってヤツを見せた氷川さんに負けるわけにいかない。


「今、服着てくるから俺も行くよ」


「……ぅん」


 ちょっと過保護かもしれないけれど、俺がついてるから。

 大丈夫だから。

 そう示していかないと。


「でも服くらい最初から着ていろ」


「まー、そういうなよ」



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