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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第九鐘 煩悩は燃えているか
180/209

09. VS巨大怪獣ウマタウロス


「うっそだろ……」


 太陽光を遮るほどの蒼ざめた巨影を、俺は――いや、その場の誰もが仰ぎ見ていた


 首からさげた十一の髑髏。

 背負った千手。

 青白い肌に下半身は六本足の獅子。

 そして怒髪天をなびかせる馬の頭。


 怪仏四点盛り……なんて冗談めかして言うほかない、馬鹿馬鹿しい威容が目の前にそびえ立っていた。


 そう、聳えていた。

 見上げてようやく目があった。


 長い顔の正面には縦に並ぶ四つの黒い点――チンターマニが神々しい金色の文様に縁どられた並んでいる。

 神仏の力をひけらかすように。


 それにしたって、巨大だ。

 肩は雑居ビルに並んでいる。

 上空から見れば立ち並ぶビルの中に巨大な馬の頭がひょっこり覗いているような状態だろう。

 それほどまでに、デカい。


 何度も怪仏と渡り合ってきた俺ですら、自分の正気を疑った。


 怪仏。

 バケモノ。


 いやもうこれは……これこそ。


「怪獣ウマタウロスじゃん……!」


 俺の回答に応じるように、どしんと地面が揺れた。

 そして、青白い腕の一本が風を切りながら振り下ろされる。

 初弾のビームに焼かれすでに半分しか残っていなかった雑居ビルが、今度は上半分を粉砕されて爆発音を響き渡らせた。


 もはや、ハヤグリーヴァともいえぬ――巨大怪獣ウマタウロスは、ドシン……ドシン……と、一歩また一歩と進み、今度は対岸の雑居ビルを飴細工がごとく叩き潰す。

 巨体を支えるアスファルトはひび割れ、常にメキメキと悲鳴をあげていた。


 驚嘆、戦慄、呆然。

 リアクションはそれぞれだったが、血の気の多い華武吹町住人も、さらには黒服も、ここに立ち続ければ危険だと、死ぬと――いや、そんな生易しい表現ではなく――吐き捨てられたガムのように肉体を地面に擦り付けられ、命が無残に壊されることなど容易く想像ができていただろう。


 だが破壊の音は、それだけでは収まらなかった。


「ふふ、フハ……フハハハハハハハハハハ!

 オン マカ キャロニキャ ソワカ!」


 首に巻き付けられた十一の首が笑いだす。

 ハウリングがあたり一面のコンクリートを軋ませた。


「我に逆らうもの無し!

 オン バザラ タラマ キリク ソワカ!」


 恐慌の中で黒服たちも銃を向けたが、ハナっから効いているように見えない上に、反射のバリアを纏った。


「我を信仰せよ!

 オン シャレイ シュレイ ジュンテイ ソワカ!」


 幾人かが、その真言を復唱した。


 冗談のような、悪夢のような怪獣が、馴染み深い大通りを闊歩する。

 その光景に、ある者は顔をこわばらせながらも震える足で睨み立ち、ある者は現実を認められず力なく笑いだす。

 ある者は背中を向けて走り出し、そしてまたある者は――。


「――ん?」


 最初に気が付いたのは、三鈷剣を構え今まさに聳える暴虐に飛びかかろうとしていたジャスティス・ウイングだった。


 遅れて俺の耳にも届いたのが質の悪いスピーカーの音。

 怪仏の新手かと脳裏によぎったが、それが音楽だということに気が付いたときには、すでにソイツは姿を現していた。


 大通り真正面。

 アニメ調のイラストで飾られたイタい街宣車だった。

 タイヤが悲鳴を上げながらガムシャラに突っ込んでくる。


 まるで、大砲のように四方八方にスピーカーを向けた屋根の上に、小柄な少女。

 逆巻き乱れる金髪をそのままに、覇気極まる腕組と仁王立ちで構えていたのは――九条陽子だった。


『遅くなっちまったなああぁぁぁぁッ!』


 イメージカラーのハニーイエローを基調とした可愛らしいミニスカート衣装だが、あまりにも勇ましい戦士の顔つき。

 この怪獣騒ぎを目の前にしてそんな顔ができるのだから、彼女の覚悟と怒りの炎は見て取れる。


 車体に"九条ヨーコ デビュー曲『Song is my life』 Now on Sale"とデカデカと掲げたイタ街宣車は甲高いドリフト音を響かせながら骨組みと鉄板だけの(やぐら)の前に停車。


 そして、陽子は櫓に降り立つと、挨拶もなし。

 スピーカーから流れる曲にあわせて、魔法の詠唱のように澄んだ歌声を紡ぎ出した。


 続いて車の中からはハニーイエローのハッピがゾロゾロと降りてくる。見るからに精鋭ファンだ。

 すでに熱気で眼鏡が曇った男達が、サイリウムを一斉に振り回す。


「ヨーコぉおおおお! お父さんたちがついてるぞおおおぉお!」

「おまえの信じる道をいきなさあぁぁあぃぃい!!」

「後ろはお父さんたちに任せるんだああぁ!」


 もう一度述べるが、大通り真正面だ。

 あまりにも無謀なポジショニングだったが、熱狂に包まれた一団は道を開ける気配はない。

 勇者と仲間たち、そんな貫禄だった。


切り札(ヒーロー)が遅れてやってくるのは様式美ですわね」


 体よく俺の後ろに隠れていたカナエが訳知り顔で言った。


「やっぱりアンタの差し金か! 一応にもアレはアイドルだぞ! 有名人、巻き込むんじゃねえ!」


「あらいやだ、"巻き込む"だなんて蚊帳の外な言い方。わたくし、華武吹町の危機を当事者・・・の九条サンにもご連絡して差し上げましたのよ。サイン会だかなんだか浮かれたことしている間にアナタのご実家がなくなりますわよ、と親切に教えて差し上げたんですの。九条サンは華武吹町がだぁいすきな華武吹町の一員で、当事者ですから」


「…………」


 返す言葉もない。

 カナエの判断が正しかったと証明するように、陽子の歌は怯えなど微塵も感じさせず、むしろ勇気を称える言葉に彩られていた。


 一方、聳え立つ怪獣ウマタウロスは、どしんと次の一歩を深く沈め……沈黙した。

 同時に、真言に捕らわれていた人々が我を取り戻し後退しはじめる。


 夏祭りのときと同じだ。

 真言(おと)を如意の媒介にする怪仏にとって、同じく信仰を集めるアイドルの歌はこれ以上とないほどに煙たい音に違いない。


「ぎ、ぎぎ……」


 牙を軋ませながら、己の身体に対して何百分の一もない陽子を忌々しげに見下ろす怪獣ウマタウロス。


 やがて一つの結論にたどり着いたのか、不気味に目を愉悦に歪ませ、大顎を上下に開く。


「まさか……」


 ゾッと背筋に寒いものが走った。


 まさか、左右のビルを溶かしたあのビームを、あの巨大怪獣が再び撃ち放つというのだろうか。

 あまりにも残忍な考えだった。

 少女一人に対して、あの暴虐を浴びせかけようなどというのは。


 そして、同時に起こりえるのは辺り一帯の破壊――いや、消滅。


「正義!」


「――全解除(アンシール)!」


 厭な想像を打ち砕く二つの声に目を向ければ、その赤はすでに壁沿いを駆け上がり飛翔していた。

 燃え上がる両羽を広げ、ウマタウロスの頭上をとる。


 対するウマタウロスは避けようともせず、しかし背中の多腕が複雑に印相を結んだ。


「オン バザラ タラマ キリク ソワカ!」


 これは――サハスラブジャ。

 俺は記憶を掘り返し、叫んだ。


「ジャス! その真言は反射バリアだッ!」


 刹那、ジャスティス・ウイングに躊躇いが走ったか、三鈷剣の先端が迷う。

 しかし、すぐさま雷鳴によって迷いは取り払われていた。


「その(みち)は僕が拓く!」


 アキラ――魔王マーラの黒い雷の槍が明後日の方向から撃ち込まれ、真言の術によって力が反射した場所には、すでにその術者はいなかった。

 それどころか、さらに明後日の方向から巨大な黒い槍が放たれ、確信めいた軌道を走りウマタウロスの左目に突き刺さる。


「オオオォォォオオオオオオォォッ!」


 空気を震わせる咆哮のさなか、三鈷剣が一閃。

 ジャスティス・ウイングが大通りに着地する。


 だが、息の上がり切った身体から赤いコーティングがぼろぼろと剥がれ落ち、いつもの冴えないジャージ姿で片膝をついた。


「ウウゥォオオオオオッ!」


 それでもまだ、ウマタウロスは吠え散らかし開いた(あぎと)からは、またも黒い光が集まって――上下の顎が、さらに左右に割れた。

 丁度、額に並んだチンターマニを真っ二つにするように。


「オ――ゴッ」


 黒い光が揺らぎ、左右の裂け目は頭から胸にまで及ぶ。


 息を飲む音が聞こえた。

 陽子が歌う声も曲も止まり、シンと静まり返っていた。

 胸の中では忙しなく鼓動が打ち鳴らされる。


 ――。

 ――。


 終わってくれ。


 ――。

 ――。


 その願いを聞き入れたかのように、巨体の裂け目から黒い液体がこぼれた。


 胸をなでおろした。

 安堵に息をついた。


 ――早計だった。


 ゴボッ。

 ボボッ。


 その不気味な音に。

 不格好に割れた裂け目に。

 未だ倒れぬ巨躯に。

 再び目を向ける。


 ゴボゴボと、内側から激しく湧きあがる黒い液体が……()()()()()



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