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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第九鐘 煩悩は燃えているか
176/209

05. 華武吹追悼祭-(1)


 ――よく、眠ってしまった。


 翌朝。

 正確には俺は昼過ぎまで寝ていて、沙羅の執事――留蔵さんに起こされるまでぐっすりだった。


 そんな自分のあまりの暢気さに呆れつつ、留蔵さんに案内されるまま黒服を避けるような迂回ルートで、一丁目に足を運ぶ。


「……えぇ」


 そこで俺は、まだ夢でも見ているのかと思って目をこすった。


 目に眩しい色彩と、食欲を誘うカロリーの匂い、香ばしく焼ける音。

 笑い声。

 遠く誰かを呼ぶ声。

 頭上を泳いだハトの群れ。

 秋晴れの空の下、歓楽街であるはずの華武吹町はすっかり下町の祭りの風景に彩られていた。


 大通りの右にも左にも、夏祭りよろしく屋台の行列。

 白テントの下には座り込む老人会。

 一方でネオンの光はおろか、観光客の流れすら無い。

 狭い道の奥では剣咲組が睨みをきかせていた。

 そんなこと露知らず、子供たちがきゃっきゃと走り回っている。

 まるで建物はそのままに、人々だけが五十年前にタイムスリップでもしたかのような情緒に溢れる風景だった。


 ああ、と俺は昨晩のカナエの作戦を思い出し、顔に両手をやった。


 昨晩、カナエは最初にこう言った。

 それはそれは、邪悪にニヤニヤと笑って。


「肉壁を作った上で、双樹正宗を怪仏化させます」


 赤羽根からピリリと鋭い気配が漂うも、カナエが言葉を選ぶはずがなかった。


「双樹正宗は腐っても双樹コーポレーションの長――無防備な住人を守る正義の味方ヅラが必要なのです。故に先手を打たず、ベルト所有者が攻めこんでくるのを待っている。状況からしておおかた、残ったベルトと人質を交換……なんて言い出しそうですわね」


 そうなれば俺たちは完封されることになる。

 現時点でも、ジャスティス・ウイングと魔王マーラだけでは、アーリヤならび全怪仏を一度に相手にするには苦しい戦力差だ。


「双樹としても、それが最も望ましいシナリオでしょう。しかし、そうはさせませんわ。よってわたくしたちも人質をとります。残った華武吹町住人、全員です。徹底抗戦の構えを示せば、双樹正宗が怪仏化するはずですわ」


 そこに「バカを言え」と赤羽根が口をはさむ。


「吉原や三瀬川の惨状を知っていて、双樹正宗自らが怪仏化するとは思えない」


「いいえ、しますわ。私たちが抵抗すれば、叩き潰す理由が出来れば、必ずします。しかも単騎で。なにせ世界企業の双樹コーポレーションの長である双樹正宗への信仰と期待は莫大な意思的エネルギーとなるでしょう。あの男は会長などという人間の椅子などでは満足しません。己が吉原や三瀬川とは違うと、自分だけが人知を超えた存在であると、世に知らしめたくてうずうずしてるはずです」


「ならばいっそう怪仏化させては――」


 ニヤニヤと笑いながらカナエが親指と人差し指で作った例の手印を見て、まさか赤羽根がたじろぎ気味で続きを濁す。


「でもその信仰と期待は紛い物。()()によって成り立っていますわ。ヤツが怪仏化した瞬間、すべては水の泡となりましょう。そして、あるべきところにあるべき暴力を……ふはぁ、美しい……!」


「水の泡……? そんなこと、できるのか?」


「それは沙羅さん次第です。そして目の前にヒーローと失脚した惨めなバケモノが出そろえば、人の心は決まったようなもの――と、いうのがその金髪ボウヤがやらかさなかった場合のプランなのですが……」


 嫌な沈黙があった。

 その中でもカナエはねっとりとした笑顔で俺を見て、嗜虐的に楽しんでいるようだった。

 三度(みたび)、赤羽根が割って入る。


「そのプランでいい。俺には意思力の介在が必要だ。華武吹町が疲弊して誰もいなくなる前に動かなければならない。これまでの行き当たりばったりに比べれば、プランがあるだけまだマシだ」


「あら、お気づきになりまして? わたくしもそう考えていたところですの」


「なら、次にどうやって華武吹町住人を集めるかだが……」


「ご心配には及びませんわ。すでに華武吹町の皆様には、日頃の鬱憤がたまったころでしょうから剣咲が一丁目でドンドンパチパチと賑やかなお祭りをするのでよろしければ――あ、本当によろしければ、ご参加くださいなぁ~! ってわたくし町内会の皆様にコツコツお電話差し上げたんですの。ええもうコッツコツ」


「で?」


「おしまいですわ」


「は?」


「以上ッ! ですわ! はい、ブラーボォー!!」


「…………」


 俺はそのときも、こうして両手で顔を覆った。


 俺の知っている華武吹町住人は血の気が多いお祭り好きなので、カナエの言葉を額面通り受け取ったとしても「わーいお祭りだー」と集まってきてしまうし、剣咲組がドンパチすると裏を読んでいても「わーいお祭りだー」と集まってきてしまうのである。


「そんな光に集まる虫レベルのバカいるか見物(みもの)だな」


 昨晩はそういって鼻で笑っていた赤羽根だが、残念ながらいまは赤羽根がどんな顔をしているかの方が見物になってしまった。


 回想おわり。


 両手を下ろし現実に戻ると、留蔵さんは人の良さそうな笑いじわをいっそう濃くしつつ「突き当りでカナエ様がお待ちです」と通りをまっすぐ示す。

 俺は促されるまま一面に広がる見事な晩秋の祭りの中に入っていった。


 中央通りを行く。

 見知った顔がいくつか見えた。


 この賑わいの中でも引けを取らない緑とピンク色が、卑猥なことを言いながら炊き出しの大鍋をかき回している。

 その横でエプロン姿の吉宗が俺に小さく手を振った。

 炊き出しテントの前に並ぶのは公園のホームレスたちと、生意気なクソガキ兄弟。南無爺の姿は……やはり無い。


 先行けば通りの中央では、いかつい男達の集まり。

 竹中一味がアルミの骨組みや天板を運んで、(やぐら)を立てているようだった。

 もちろん、俺は「やっほー元気?」なんて声をかけるわけもなく、とっさに屋台の後ろに入ってやりすごす。


「こうやってみんなで汗を流すのは気持ちいいもんですね、兄い!」


「ぶはははは、そうだな! まじめにラグビーやってた頃を思い出すぜ!」


「兄ぃ~天板こっちでやんす! 間違えるとまた氷川さんにどやされちまいます~」


 楽しそうでなにより。

 俺には気が付かず、力仕事に気持ちよく汗水流しているようだ。


 続くその先には老若男女の人だかりと黄色い声の渦。

 ネオン街の殿上人、青い打掛のお蝶さん紙吹雪の中で流し目を配っていた。

 不意打ちに、俺にウインクが飛んできた……ような気がする。そんな男は俺だけじゃないのか、さらに歓声が華やいだ。


 それからすれ違ったのは巨大電源を肩に担いだ珍宝と、そしてその後ろで「高いんだからもっと丁寧に扱いなさいよ!」と心配顔の天道さん。

 通り過ぎざまに「禅くん、サボってんすか?」「顔面がサボってるもん、サボりだよ」と失礼なものだった。


 華やかな並びに不自然に止まったタクシーの正面の表示板には、見たことのない『救援』のランプが光っている。

 運転席では、顔に帽子をかぶせた状態で小柄な運転手が横になっているだけだ。

 ただし、この大通りに通じる狭い通路を、それぞれタクシーがふさいでおり、言わずと知れてこの人の仕業なのだろう。


 そして、大通りの終わりには黄色いバリケードフェンスが並んでいる。

 境目の向こう、太い左右の通りを隔てて聳え立つのは五十階建ての摩天楼――双樹ビルだった。

 入り口では、大理石の柱に支えられギラギラと悪趣味に輝く黄金色の天蓋(キャノピー)が威嚇している。

 住んでいる世界の違いを見せつけるような正面玄関だ。


 賑わいの世界はここで終わりと言わんばかりの境界線だった。


 バリケードの横から祭りを眺めていた、薄紫色のカーテンを撒いた熊……ではなく、ママが言った。


「なんだかんだいって、みんなこれからバケモノと戦うって知っているのよ。早く逃げればいいのにね。笑っちゃうでしょ」


 そう言うママの顔には郷愁が浮かんでいる。


「ここにいるのは、華武吹町のしがらみから抜け出せない人たちよ。行き場のない、偽物の光を灯し合ってその下で生きていく人たち。こんな場所にいい思い出なんてあるかわからないけれど。それともいまさらいい思い出を作ろうとしているのかしら。なんだか、みんなで夢を見ているみたいね。華武吹町の、最後の夢を……」


「最後の、夢……」


 高く青々と晴れた空。

 ネオン街なのに観光客がいなくて、通りに立ち並んだ店も閉まっていて。

 なのに、小さな屋台が並んで子供が走り回っている。

 吹き抜け状態の通りの向こうから肌寒く澄んだ風が吹いて、紙吹雪が舞い上がる。


 確かに、夢のような光景だ。

 みんなはしゃいでいて、浮かれていて、笑いあっている。

 だけど、すごく寂しい夢でもあった。

 これが最後の華武吹町だと、心のどこかで気が付いている。


 俺だってそうだ。

 この綺麗な夢の中に、探しても探しても優月はいなくて……。


 そんな心境に浸り沈む前に、奇妙な鳴き声によって俺は現実に引き戻される。


『ツェー、ツェー、ワンツー、マイクテストマイクテスト。えー、ワン、ツー』


 俺とママのノスタルジックな気持ちをブチ壊しながら黒い不吉、カナエがひょっこりと現れた。

 手にしたマイクはオンになっており、しっかりあちこちのスピーカーから「ツェー」という声が返ってきている。


 もちろんカナエ本人にも音声バッチリなのは聞こえていたはずだ。

 にもかかわらず。


『秘密のご相談なのだけど、ちょっとよろしいかしら?』


「マイク、スイッチ入ってますけど」


『この度の失態について皆様に謝罪してくれませんこと? 美人暴力コンサルタントとしましては、確実に仕留められるものを不確実にされては困りますの。それとも穴という穴を、五寸釘でおファックさせていただけますの?』


「…………」


 抵抗の余地なし。

 ここまでくれば腹も括った。

 次は首を括る覚悟になるかもしれないけれど。


 ママは「あんた、いいの? 正体バレても」と声を潜めた。

 俺は頷いてマイクを受け取る。


 しばらく考えた末に、俺は少し長く話した。

 それは相変わらず、()()()であり、()()()であったけれど。


 強い欲望をあけっぴろげるのも解脱。

 己の弱さ汚さを解って脱ぐのもまた解脱、だ。


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