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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第九鐘 煩悩は燃えているか
174/209

03. 華武吹同舟、泥の舟


「皆様、この度は戦争参加のご協力、誠にありがとうございます。わたくしはこの戦争の暴力コンサルタントを務めます剣咲カナエと申します」


 ごくり、と自分がつばを飲んだ音が響く。


 剣咲カナエ。

 剣咲。


 いの一番にベルトを追い、沙羅を追い、曼荼羅条約に噛みつき謀反した華武吹町の狂犬。

 超過激派の新組長だ。


 こんな華奢で、占い師じみた女が?

 厚化粧ではっきりしないが、少なくとも年の頃は三十路より手前だろう。

 組長という肩書きには少々若すぎる。

 しかも、女だ。


「あ、あ……お嬢……いや、姉御」


 やっとのこと氷川さんから漏れ出していた異音が言葉になり、彼女の素性を裏付けた。


 だがカナエはその声が聞こえているのかいないのか、扇子を広げてパタパタ、内装をきょろきょろ、お次に俺たちを値踏みするような目で撫でまわしニヤニヤ。

 その間に氷川さんの呂律が正常に回り始めた。


「どうして姉御がここに……こ、このじじいも双樹の女狐の側近じゃ――」


「はぁ――氷川。お口がナンセンスですこと。顎の下に新しいお口をひらいて差し上げましょうか? 上のお口と下のお口と、まんなかのお口が出来てしまいますわね」


 ギシャン、と鋭く重い音で、カナエは扇をたたみ鳴らす。

 金物同士が擦り切れあう嫌な音だった。おそらくは鉄でできているのであろう。

 先端が不自然に赤黒く変色していた。


 …………あっ。

 ふと、巨大なカミソリの扇だったら嫌だな、なんて想像がよぎる。

 なきにしもあらず、氷川さんはその音になにか恐ろしい記憶を刷り込まれているのか、らしくもなく顔を青くして猫背をすっかり伸ばした。

 そして鉄扇の先が氷川さんの顎を支える。


「氷川のお耳は二つもあるのに、お脳に届きませんの? 役に立ちませんの? 私の愛用五寸釘にお耳の膜の処女をくださいますの?」


 その一連のバイオレンス下ネタで、俺はカナエの人格を察した。


 いまさらのいまさら、いまさら過ぎるのだが……。

 華武吹町は変人だらけだ。

 えてして、同じく染まらなければやっていけない。

 だが、このカナエは間違いなく真性の、原因の側に属するヤツだ。


「いやだわ、氷川。皆様がドン引きしているじゃありませんの。責任をとってこの空気をどうにかしなさい」


「……あ、姉御。双樹の女狐と取引でもしたんですかい?」


「はあ? でなければこんなところにいませんわ。おまえ、バカでなくって?」


「面目ない……」


 いつもなら威勢の良い氷川さんが、まるでクレーマー対応中の定員のようだった。

 一方、カナエはやれやれと肩をすくめ、横柄に顎を張り出す。


「まったく氷川、おまえはわかっていませんのね。なぜわたくしがここにいるかですって? そんなことわかりきっていますわ。おまえと違って、わたくしは美しいものが好きですの」


「はあ」


「こと自然界の、強く美しいものだけが生き残る弱肉強食世界が大ッ好きですの!」


 周囲がぽかーんと目も口もあけているのさえ気にも留めず、カナエはヒートアップしていく。


「それなのに、曼荼羅条約ときたら……あぁァ"~っ! 浅はかな嘘に身を固め搾取するだけのしわがれた老体! 加齢臭の原木! なんて醜いんでしょ! さっさと先代(ちち)のように、おっ()ねばよいのですわ! 死ね! 今すぐに苦しんで死ね! 宇宙一無様に死ね!」


 身もふたもない呪詛を吐いたかと思えば今度、演技調の身振り手振りと表情をスッと切り上げて、カナエはくるりと振り向いた。

 またペンペンと扇で手のひらを打ち、今度は俺と赤羽根の間を8の字に練り歩く。

 俺は彼女と目が合わないよう、天井のライトの間で視線を泳がせながら、口角を吊り上げることに集中した。


「剣咲組は華武吹町に咲く美しい悪の華。本来であれば、沙羅さんも街のヒーローさんもわたくしの大敵です。しかし今、華武吹町には曼荼羅条約という老いて腐った肉がのさばっているのが実情。ああ、なんて嘆かわしい。そ・こ・で! 自然淘汰、弱肉強食、適者生存の名のもとに利用価値すらない腐肉と集っているハエから片づけませんこと? わたくしたちの決着は……いずれまたの機会、大総力戦争フェスティバルでつけましょう」


 長台詞の末、鉄扇を開き顔半分を隠しつつ、カナエは俺の顔を覗き込んでくる。

 目は形状的にニヤニヤと笑っているが、口元はどうだか知れない。

 この剣咲カナエ、暴力的なすごみというよりも、何を考えているのかさえもわからない不気味さのヴェールに包まれている。

 爆弾に見つめられている、そんな感じだ。


 ヘラヘラを装う俺の目の中に、怯えか呆れを見たのかも知れない。

 カナエは「おほほほ」と高慢に笑う。

 そしてトドメの如く、言い放った。


「信用や信頼といった不明瞭な言葉は結構ですわ。さあさ、ウチの口数の多いバカのせいで時間がなくなってしまいましたわ。状況がわかったなら卓についてくださいまし、ベルト所有者(ホルダー)


「――っ」


 ベルト所有者。

 その言葉が出てきて、俺ははっと自分が針の(むしろ)に立っていることを思い出した。

 ついでに、カナエによって頭上からハンマーが振り下ろされたのだ。どんな表情をしたのかお察しである。


「ベルト……所有者? ベルトねこばば野郎ってもしかして――」


 そんな氷川さんの驚きがまたいっそう、俺の足場を鋭利に尖らせた。


 ああもう、こりゃ赤羽根から鉄拳制裁、氷川さんからは報復暴力で、俺は半殺しどころか十分の九殺しくらいにされるだろう。

 だけど……これは全部、俺の自業自得なんだ。


 諦めた。

 諦めがついた。

 諦めて、ヘラヘラをやめて、こんがらがった状況を整理すべく白状した。


「俺はもう、違う。ベルトは……怪仏にとられた」


 刹那――カッと燃えるような気配が俺の襟元を掴みあげる。

 赤羽根のリアクションは想像通りだ。


「どういうことだ、鳴滝……!」


「……三瀬川病院で、如意輪観音に襲われて……」


「そいつは倒したんだろうな!」


「…………倒した。もう、いない」


「ならば持っているのはアーリヤ……!」


「……チンターマニも全部……奪われた」


「は?――なんだと! 連中が畳みかけてきたのはそのせいか! どうしてもっと早く言わなかった!」


 カチン……ときた。

 そんなこと言える立場じゃないのだろうけれど、抑えられなかった。


「俺にはもう関係ねぇんだよ! ベルトも、怪仏も、オヤジも……優月も! 俺はもうヒーローなんてやってらんねぇんだよ――もう俺を巻き込むんじゃねぇ!」


「ふざけるな! 助けを求めているヤツを救う、それがヒーローじゃなかったのか!? おまえが助けを求めないでどうする!」


「ははっ! ほんとお気に入りだなソレ! でもな、俺は――こんなクソみてえな俺なんか助けてもらいたくない! だから好きなだけ殴れよ! それでもう、こんなしがらみから解放してくれよ!」


 赤羽根の舌打ちと同時に、握った拳が見えた。

 どのくらい手加減してくれるかわからないし、そもそも手加減するほど冷静でいられるはずがない。

 それで病院送りで蚊帳の外なら当初の予定通りだ。


 まあ、いいや。

 身体の痛みならまだマシだ。


 そんな風に考えながらも反射的に目をつぶった。

 だが、鉄拳制裁の代わりに気取った高笑いが鼓膜を殴る。


「おーほっほっほっほ、まあ可愛らしい! プリティーお暴力!」


 まさに発火しかねない赤羽根の視線がカナエに向かう。

 しかし、彼女は笑っていた。

 涼しげに鉄扇を揺らしながら、やっぱりニヤニヤと。


「でも短絡的で感情的、カロリーの無駄でしかない。まさにズブのド素人のお暴力ですこと!」


「おい……ヤクザの(かしら)だかなんだか知らんが、口を挟むな! これは即身明王同士の――!」


「その頭の草臥(くたび)れたボウヤを殴れば、奪われたベルトがワープでもして戻ってきますの? それとも華武吹町の状況が変わりますの? 面白い発想! あなた、ずいぶん楽しい方ですのね! おほほほほほ」


「…………」


 赤羽根は張りつめた空気の中、重苦しく呼吸し、やがて俺から手を降ろす。

 すっかり鎮火したのか、すれ違いざまその手で俺の肩をトントンと軽く叩くと壁に背を預けた。


「話だけは聞いてやる」


「んまっ、強がりを。もうすでに華武吹同舟、泥の舟。さあさ、お乗りなさいお乗りなさい。これが最後の舟ですわよ。出航~、ぼえ~ッ! おほほほほほ」


「……チッ」


 遅れて、俺は赤羽根の行為が慰めだと気がついた。

 そして俺はその慰めを、こんな空っぽな状態でどう受け取ったらいいのかわからなかった。


「では、プロフェッショナルであるわたくしが、エレガントなお暴力をお教えいたしますわ」


 混乱している間にも話が勝手に進んでいく。


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