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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第九鐘 煩悩は燃えているか
173/209

02. 華武吹戦線、異常アリ-(2)


 ヤンキーと女学生 (♂)とチンピラが、負傷した老人を囲んで、オカマバーに行けという。

 そんな情報量たっぷりの状況に、タクシー運転手は「ああ、華武吹町ね」と冷笑気味だった。


 乗車の際、老執事はわき腹を押さえながら「上座に乗るのは何年振りでしょう」などと冗談を言っていたので、命にかかわるような傷ではないのだろう。

 続いて吉宗、氷川さんも当たり前のようにタクシーに乗り込む。

 ……ってことで、俺は必然的に助手席に座ることになる。

 先を言ってしまえば、必然的に行き場所を指示したり、必然的に財布も開くことになった。俺は行きたくないってのに。


 とはいえ、どうもこの老執事は誰かに追われているらしく、背負ってちんたら歩いてもいられない。

 すぐにタクシーを拾ってくれた吉宗の判断は正解だったといえよう。

 そして、その吉宗の観察眼、もとい好奇心は短い乗車中にも冴えていた。


「華武吹町って怖いところだからあんまり近づくなって両親から言われてるのだけど……思った以上に物々しい雰囲気なのね」


 その問いに、俺は返事をためらった。


 たしかに、窓の外で流れていく風景は治安の悪い繁華街そのもの。

 でも、俺が知っているドブ臭そうでお祭り騒ぎな風景とは違っていたのだ。


 黒服たちがちらほらと――まるで優月と出会った最初の夜のように暗躍の影が群れを成し、いままさにここで狩りを始めようという緊張感に満ちていた。


 俺の代わりに、氷川さんが忌々しげに答える。


「ここ最近、とくにな。双樹の手のモンがうじゃうじゃ歩いて睨みきかしてる。裏じゃ曼陀羅条約ももうおしまいって言われてっから、ピリピリしてんだろう。一丁目も二丁目もさびれちまったし、おかげで観光客よりハトやドブネズミの方が目につくようになっちまった。華武吹町はもうおしめーだ」


 剣咲に続き風祭が抜け、吉原と三瀬川は蒸発。

 曼陀羅条約は残すところ、あと一席となった。

 しかし、残った双樹グループの財力は、吉原や三瀬川とは比べ物にならない。曼陀羅条約の中核だ。

 むしろ分散勢力がなくなり、名実ともに華武吹町は双樹の支配下となったといえる。


 氷川さんはそんな血生臭い話を、さらに血生臭い言葉選びで吉宗に説明したが、彼女は怖気づくことなく「そうでしたか」と深く頷き納得がいったようだった。


 時間にしてほんの十数分の珍妙なタクシー旅行が終わり、シャンバラに到着。

 老執事に肩を貸しながら裏口をノックすると、開店準備には少し早い時間にもかかわらず、ママが顔を出した。

 彼女は執事の容態に目を丸くしたものの、周囲を見渡すなり「早く入りなさい」と俺だけでなく氷川さんや吉宗まで店内に引きずり入れる。


 いささか妙な展開だった。

 派手な内装をさらに派手に照らす電飾が全点灯。

 誰かを向かい入れる準備万端なのに、客はおろか従業員もいない。

 老執事が言う、()()()()()のためだろうか。


 ママは老執事を軽々抱え、奥のソファに寝かせると裏手から救急キットを取り出しテキパキと包帯を巻いていく。


 となれば、シャンバラの店内で俺たちはほったらかし。

 さてどうしましょう、と茫然とした中で一番に状況を受け入れたのは氷川さん。

 あたりをキョロキョロした末に「灰皿かりるぜ」とヤニ食い最優先だった。


 続いて、吉宗がママの手伝いに加わる。


 老執事の身体は、怪我の数は多いものの、幸いどれも切り傷と痣にとどまるらしい。

 だが、燕尾服の下からのぞく年齢に不釣り合いな筋肉を見て、俺はぞっとした。


 沙羅でさえ、無手の男数人なら一人でも伸してしまう。

 そんなパワフルお嬢様の執事兼護衛を務めるのだから、この老執事はよほどの手練れなのだろう。

 その手練れ執事が主を置いてコソコソと逃げなければならなかった――それほどの緊急事態なのだ。

 たとえば、超人的なヒーローの力をアテにするような……。


 かかわりたくない。

 俺の頭の中はそんな逃げ腰に埋め尽くされ「じゃ、これで……」なんて言える雰囲気を逃すまいと、裏口ドアの前に立った――ところだった。


 見計らったかのようなタイミングで、背中に衝撃――おそらく背面のドアが開いた。

 轟音と共に店内へ投げ出された俺は、中空であわあわともがくも顔面から廊下に着地する。


「だめだ、街中が双樹のエージェントだらけだ」


 文字通り、その上、である。

 めしゃ、めしゃ、とご丁寧に背中と後頭部を踏みつけ、行き過ぎてから後目で見下ろす赤ジャージ。


「ずいぶんと間抜けな床のシミだとは思ったが……いたのか、鳴滝」


 いつもなら飛び上がって文句の一つ二つ、十や二十、次から次へと言っただろう。

 だけど今の俺には、元気はもちろん空元気さえも難しすぎた。


 第一、俺の返事やリアクションなど心底興味ないらしい。

 赤羽根・無作法・正義は、店内の老若男女――よく考えたら老若男男――をそれぞれ見て思案したが、先客の存在など自分に関係ないと言わんばかりに肩をすくめた。


「華武吹町全体、すっかり双樹のテリトリーになっている。まさに"支配下"だ。これでは迂闊に動けない」


 ここのところそんな状況続きでうんざりしているのか、氷川さんは舌打ち、ママは唸って丸太のような腕を組んだ。


 華武吹町の変化、いや異常。

 このときになって、ようやく肌身に感じた。


 まるで、モンスターパニック映画の一場面のようだ。

 この場合、モンスターは黒服たちである。

 相手は会話が可能な人間なので、見つかったとしてもすぐにとって食われるなんてことにはならないだろう。

 だが、目を付けられたら華武吹町での暮らしが()()になることは確かだ。


 いったいいつから……?

 違うな、疑問点は。

 もしかして――トリガーは俺なのではないか?


 チンターマニを全部奪われたから。

 俺が優月から離れたから。

 俺のせいで……。


「禅、どうしたの?」


「――え?」


 俺の顔には、不安と疑問が表れていたのかもしれない。

 老執事の治療を吉宗に引き継いだママがそのふとましい腕を組みながら、俺の心境とはちょっとズレた補足をしてくれた。


「あんた知らないの? 能天気ね。丁度一週間前からこんな感じになっちゃったのよ。一丁目のほうはもっとひどいわ。観光客も別の街に流れちゃったし。商売あがったりだわ」


 聞けば、曼荼羅条約の崩壊で治安悪化の一途を辿っていた華武吹町。

 自警の名目で双樹の黒服たちがうろつくようになったという。


 そのせいで空気は一層物々しさを増し、観光客は寄り付かなくなり、客がいなければ商売にならぬと商売人たちもシャッターを下ろす。

 結果、静まり返った街の中、支配者の監視の目だけが光り続けるディストピアが完成……というわけだった。


「へ、へぇ……そうなんだ!」


 一週間前から……。

 やっぱりこの状況は、俺のせいだ……。


「ったく、双樹は何がしてぇんだ……!」


 氷川さんが爆ぜたように言葉を吐き捨てたときだった。


 ピピー、ピピーと電子音が店内に響く。

 視線が一斉に出どころの――老執事に向かった。


 呻きながらも老執事は鍛え上げられた上体をもちあげ、吉宗からジャケットを受け取る。

 内ポケットから補聴器のような耳掛けの機械を取り出して「しばしお待ちを……」と答えるとメモリを操作した。


「完了いたしました。鳴滝様、赤羽根様、ともにいらっしゃいます」


 すると補聴器型の機械からは、ずいぶんと質が悪くこもっていたが声が聞こえた。


『ありがとう、留蔵(とめぞう)。よくやったわ』


 沙羅だ。


「部外者もいるが、どうする?」


 赤羽根の問いも聞こえているのだろう。

 沙羅は『そんな悠長なこと言ってられる状況だと思う?』『変に出入りさせるほうが危険っしょ』と飄々とした調子。


「おい、てめぇ誰だ? 何が起きてるんだ! うちのブスどこやった!」


 氷川さんの大声に溜息をつきつつ、沙羅は時間が無いから質問は受け付けないと撥ねつけて、早口に事情を説明した。


『さすがは双樹を大会社にした大伯父様。沙羅はちょーっと泳がされていたみたい』


 一週間前。

 俺が望粋荘を離れたのは深夜だったが、まさにその直後らしい。

 双樹正宗は優月の居場所を突き止め、誘拐。

 同時に、謀反を理由に沙羅もオフィスに軟禁した。


『沙羅は自分のオフィスにいるから大丈夫。でも、ゆづきちは大伯父様がずっと見張っていて手も足も出ないの』


 だが、双樹沙羅も転んではただでは済まない女である。

 自分を囮に、なんとか執事の留蔵をオフィスの外に逃がし、こうして外部と連絡をとっている……といういきさつだった。


『大伯父様は自分の都合で何人も海に沈めた大悪党、本来だっら沙羅が引導を渡すべきだった……だけど、こんな状況も想定できたから代理を頼んでおいたの。そろそろ助っ人が到着するだろうから――あっ、誰かきた!』


 通信はボツン、と切れた。

 尻切れトンボ状態で顔を見合わせていると、見計らったかのようにコンコンと裏口がノックされる。


 俺たちを迎えたときもそうだったのだろう。

 ママがそろりそろりと扉に向かい、緊張の糸が張り詰る中、ゆっくりと戸口を開く。


「お待たせいたしまして」


 裏通りから落ち着いた――というよりも、どこか高飛車な印象の女の声が聞こえてきた。


「……あ、あんた!」


 ママは驚嘆したものの、同時に合点もいったようで扉を大きく開き招き入れる。

 店内に入ってきたのは、小柄な女一人だった。


 状況からして、沙羅が言っていた助っ人なのだろう。

 俺はその女を見て、さっそく失礼にも沙羅の魔女仲間……そんな印象を受けた。


 不健康に色が白く、相反して髪もタイトドレスも黒づくめ。

 硬質感のある扇をおしおき道具のように手に打ち付けながら、ねっとりと練り歩く。

 アイシャドウの濃い目じりは下がり、真っ赤な唇はニヤニヤと吊り上がって、悪い魔女そのものだ。

 こういう雰囲気をゴシック……とかいうのだろうか。

 不吉と邪悪を服や化粧にして纏っている、そんな女だった。


「……お、おぉ……ご」


 何事かと視線が集まった。

 突如、氷川さんから異音が漏れ出したのだ。


 見れば脂汗をだばだばと流し、見開かれた瞳はわずかに震えている。

 何やら、知っている顔らしい。

 氷川さんが知っていて、これだけ恐れているってことは――。


 憶測を挟む間もなく、彼女は名乗った。

 それは、とてつもなく物騒な自己紹介だった。


「皆様、この度は戦争参加のご協力、誠にありがとうございます。わたくしはこの戦争の暴力コンサルタントを務めます、剣咲カナエと申します」


 ごくり、と今度は自分がつばを飲んだ音が響く。


 剣咲カナエ。

 剣咲。


 魔女だなんてファンタジーの中の存在ではない。

 むしろ、真逆。

 この女が得意とするのは、極めて現実的な金と物理暴力だ。


 いの一番にベルトを追い、沙羅を追い、曼荼羅条約に噛みつき謀反した華武吹町の狂犬。

 超過激派剣咲組の新組長――剣咲カナエ。


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