02. ナース魔王いぬプレイ説法-(1)
怒涛の一夜が明けて迎えた爽やかな朝。
個人病室の天井と、吊り上げて固定された右足を見て、俺は状況を思い出した。
「病院……個室……ちゃんとした、壁……」
そして、過去のトラウマよりも重大な、由々しき事態が判明したのだった……。
「…………む」
これは……朝だから、だけではない。
ちゃんとした壁のある部屋を求めてやまなかった俺は、この爽やかで清潔感のある個室が、ちゃんとした壁のあるというだけでどうにもエロく感じてしまう。
片足を吊り上げ無防備な状態で日がな一日ベッドで過ごし、ナースに面倒を見られると思うと……なおエロい。
これを条件反射、パブロフの犬というのか定かではないが、いつもの朝よりも明らかに持て余された"我が下半身"が"我が上半身"を襲ったのである。
なるほど。
そりゃナース服の優月が嫌な顔をしながらアレコレとお世話してくれる夢を見るわけだ。二度寝するわけだ。
いや、もしかしたらこれからお見舞いに来て、着替えを手伝ったり体を拭いてくれたりしているうちに、そういうことになるかもしれない。
ならばこの悶々とした気持ち、後の楽しみのためにとっておこうッ!!
と、そんなワクワクドキドキを募らせながら三十時間ほど待ってようやくやってきたのは、期待してもいないし、なんなら最も懸念していた屈強な成人男性だった。
「禅ーッ! お注射わよーッ! 尻を出すのわよーッ!」
しかも、ナース服だった。
「おまえじゃない」
優しげなピンク色の布にミッチミチに詰め込まれた筋肉直線を見せつけ、堂々の仁王立ち。
もはやコレがアキラなのかアキラ子なのか、はたまた第六天魔王なのか、かくて新キャラを放ってくるのか俺には到底想像もつかない。
だが、俺はその惨状にさえ、どこか安堵していた。
アキラの登場には毎度毎度、精神的ダメージを負わされていた。
まこと残念なことに、それが……それこそが俺たちの平穏となってしまっていて、そんな日常がようやく戻ってきたのだ。
内心、胸をなで下ろしたところだった。
続いて登場した天魔調伏のヒーロー、赤羽根・ジャスティス・正義は、眼前の道徳的凶行にも動じぬ涼しい顔――のまま、アキラ子の胸倉を掴んだかと思うと無言の気合とともに引きちぎった。
布を引き裂く音とともに現れたるは、自称乳首制御装置と白地の正面に赤いリボンとオーソドックスな女児用デザインの下着。
そして、あまりにも雄々しい無骨な凹凸だった。
そんでもってエーカダシャムカの能力によって鋭敏さを取り戻した俺の網膜に、汚い色彩情報が着弾。
「んぶわああああああッ! 目があぁぁぁッ!」
俺が悶えている間にも、容赦もへったくれもなく事態は進む。
「正義ぃッ! この第六天魔王マーラに対して、エロ同人のような仕打ち! 主と言えど許されはせんぞ、覚悟はできているのだろうな……ッ!」
欲望の権化、魔王マーラの名にふさわしい低く唸るような声に一触即発の気配さえあった。
対して、我が街が代表する正義のヒーロー。
「黙れ。そこで犬の真似でもしていろ」
「ワンワン! くぅん、くぅん! ハッハッハッ」
…………。
……調伏とは。
すんなり腹を見せて服従を示す魔王。
心なしか嬉しそうだ。
嬉しいのは良いことだ。
えてして、俺は戻ってきた平穏な日常とやらのせいで、いつも通りに精神的ダメージを負わされるハメになった。
「さて」
強制的に静かになったところで、赤羽根は手に提げていた荷を、俺の手元に放り投げる。
クール眼鏡で鬼畜な赤羽根にはてんで似合わない――というか似合う人間なんていない――LOVE&LIVEと書かれた野暮ったいトートバッグだ。
これは、優月が普段使いしているヤツで、中身は俺の下着や普段着らしい。
なぜそれを赤羽根が……と、問うまでもなく返答はあらかじめ用意されていた。
「三瀬川も曼荼羅条約だ。輝夜優月には近づかないよう釘を刺しておいた」
「おのれ余計なことを……」
「感謝しろ」
ううむ……確かに、優月が三瀬川病院に来るのは悪手か。
曼荼羅条約と怪仏の関係を知った人間、しかも連中の権威の象徴でもある本物の華武吹曼荼羅を背負っているのだから。
とはいえ、赤羽根が俺の部屋に入ってわざわざ下着まで袋詰めするわけがない。
きっと警告ついでに望粋荘に寄ったら、俺が心配で仕事も手につかないので見舞いに行こうと意を決した優月と鉢合わせ、着替えを託されたに違いない。違いないんだ。違いがあってたまるか。
「優月さんは何か言ってた?」
「ああ」
「なんてっ!?」
「"そうか"」
合計にしてたったの三文字。
しかも「病院に近づくな」に対しての、ただの返答だ。
それ、だけ?
いや、そんなはずは……。
「寂しそうで、何も手につかなさそうにしてた……とか、そういうのも無し?」
「無い。きびきびと立派に働いていた」
「…………」
「表情筋一つ動いてなかった」
表情筋一つ動かさないプロの赤羽根が言うのだから冗談などではないのだろう。
それはそれは見事な無表情、見事な管理人さんっぷりだったに違いない。
――いや!
しかし、俺にはわかる!
人はこれを湾曲解釈というかもしれないが、俺の事実はこうだ。
優月は人見知りだ、コミュニケーション下手だ。
おいそれと感情を表に出さない。
それが頼りになる赤羽根・ジャスティス・即身不動明王様だとしても、だ。
本当は夜も眠れなくて食事も喉を通らない。
そういうことにしておく。
とにかく、優月は寂しがっているし、俺とてこの部屋にいるというだけで蓄積する劣情、晴らさでおくべきか。
なんならさっさと退院して、今回ばかりはおまえのせいだと言葉攻めの末に、強引にでもナース服で検診プレイを要求する!
うおおおお早く退院し――。
「下卑た妄想に浸っている中、悪いが」
来客用の椅子に腰を落ち着けた赤羽根。
そのままさっさと帰るものと思い込んでいた俺としては、うげえという顔になったし、隠す気もなかった。
なんせ服従のポーズで大人しく床に転がった魔王もそのままだ。
あいにく赤羽根は、床のブツにはすっかり慣れているようで、気にした風もなく話が続く。
「一週間も寝転がっているのは退屈だろう」
「いいや」
「退屈だろう」
あ。
これは。
やっぱり。
意図せず曼荼羅条約の懐に入ってしまった俺に、面倒なミッションを押し付ける……って話らしい。





