14. 梵の鬼-(2)
オモシロ脱衣劇場。
カジュアルバイオレンス。
その末に、ようやく本題へ。
トムヤンクンは色合い的に赤羽根、カオマンガイは沙羅のもとへ。
それぞれが口に運び、アキラだけが手を磔にされているというシュールな光景の中、長い自供――いや、懺悔がはじまった。
といっても、俺はこういった話に興味はないし、アキラもかなり端折ったのだが、簡単にまとめてしまうと。
煩悩大迷災のトリガーを引いたのは、とあるオカルト研究者だったらしい。
いうなれば、ガス充満状態を危惧して調査したところで、ついライターで明かりを灯してしまった、そんな滑稽な話だった。
その欲望意思爆発事故で"死んだオカルト研究者の人格"と、華武吹町に沈殿した"欲望のヘドロ"が結びついて、魔王マーラという属性を得た……とかそんな感じだ。
で、そのオカルト研究者というのがクセモノで、こいつが南無爺――つまり輝夜雪舟に呪術やらなんやらを吹き込んだ張本人、かつ丹田帯の原案者。
アキラはその研究者の欲望と知識だけは引き継いでおり、故にやたらとベルトに詳しかったわけだ。
その話を聞いた俺は、アキラのブッ飛び行動がマッドサイエンティスト属性だと理解し、妙に納得してしまったのである。話の主軸はそこじゃないんだろうけど。
「結局、僕は自分の存在の異様さに耐えられなかった。怪仏さえ倒す即身明王になら、僕を終わらせられると思った」
一応、難しい話がわからないなりに、俺はアキラの言葉の端々からにじみ出る強烈な自己嫌悪に同情していた。
長い間、満たせぬ欲望を抱えながら、いずれ自分を倒す俺たちとどんな気持ちで――。
「だから僕は――僕の欲望を叶えるために、丹田帯所持者を舌先三寸で騙してでも利用することにした。君たちはまんまと僕の言うことを鵜呑みにした。人間はバカだね」
――撤回する。
つい今しがた抱いた、同情、ならびにハートフルな感情を全てを。
心情は満場一致。
軽蔑に満ちた視線を三方向から受けながらも、アキラはいけしゃあしゃあと続ける。
「正義は愛染明王の名前を出した途端に簡単に食いついたし」
「あとでまとめてぶっとばす」
「禅はスーツの正式名称"梵の鬼"をボンノウガーなどと勘違いしていたので、手玉にするのにちょうど良かった。聖観音に暴露されたときはひやひやしたな」
「はい?」
せめてメシに専念してやり過ごそうと黙っていた俺の頭の中で、疑問符の花が咲いた。
そして、次々に疑問符は花開き、放送事故が起きたときの"しばらくお待ちください"画像よろしく、とうとうお花畑になった。
梵の鬼。
その単語はおれの頭の中でスムーズに漢字に変換されて、なんと読み仮名までついた。
それだけアキラのイントネーションは明確かつ正確だったといえよう。
梵。
俺とて無知を無知のままいるほど根性が据わっているわけではない。むしろ小心者だ。
だから調べて多少の知識はある。
梵字とか、梵鐘とか。
つまり"梵"は仏教の先祖、インドの神話とか宗教を示す漢字だ。
梵の鬼は、インド神話でいうところの鬼。そんな意味だろう。
優月は俺を鬼にしてしまったという。
南無爺も俺のことをしつこく鬼と呼んだ。
つまり、適合者のことをスーツの名前にちなんで鬼と言っていた。
合点がいった。
梵の鬼に梵の鳳ね。
はいはい、わかったわかった。
だが、問題はそこじゃない。
梵の鬼。
ぼんのおうが。
ボンノウガー。
…………。
たぶん、どこかで伝言ゲームに失敗したのだ。
そんなことってある?
そんなしょうもないことで、俺はあのカッコ悪い名前を掲げることになったわけ?
ボンノウガーなんて誰が言い出したの……?
記憶を遡っていると、アキラが水を差す。
「優月殿のカタカナ語はイントネーションがおかしい」
俺も今そこが起点だと思った。
だよなぁ。
にしてもだよ?
「なんで訂正してくれなかったんだよ!」
「ええ? 僕は梵の鬼より、ボンノウガーのほうが好き。カッコイイから」
「ちょっとまって? じゃあ……煩悩ベルトとか、煩悩なんとかビームとかは? 煩悩、関係ないじゃん」
「煩悩エクスプロージョン、カッコイイだろうがあぁぁぁッ! カッコ良さが化学と魔術の根源だろうがあああああッ!!」
いろんな意味で、立ち上がったり、いきり立ったり忙しいアキラ。
その光景をオカズにメシをかっこむ変態女社長、沙羅。
俺はぐっとこらえてアキラと睨みあっていた。
アレもコレもドレもソレも、こいつのクソしょうもない自己中心的な動機で振り回されていたと思うと余計腹が立つ。
絶対に納得してたまるか……。
ヒーローの方向性の違いにより解散も辞さない構えだ。
「許してくれとは言わん。きみたちは僕を許してくれるに違いないのだから」
「やかましいわ。たった今、絶対に許さんと心に誓ったからな」
自分勝手もここまでくると清々しい。
「鳴滝」
アキラの手に刺さっていた割り箸を流れるように右乳首に打ち込みながら、割って入った赤羽根。
床でのた打ち回るアキラを冷たく見下ろしながら言った。
「こいつはこういうやつだ。お前以上の欲望の塊、全身意思的不純物、意思界のツラ汚し。邪悪そのものに善性など期待するな。それに、ヒーローとして認知されやすいほうが意志力回収は効率的だ」
「おめーはそうだろうよ! でも俺は華武吹町住人の皆様に、罵倒されようが期待されようが信仰されようが、関係ねーんだよ!」
「ならばなおさら梵の鬼だろうと、ボンノウガーだろうと関係ないだろう」
「そんなモン――! あ? あー……まあ……そっか。そうだな」
えてして、俺は簡単に言いくるめられてしまった。
考えてもみれば、俺は別にかっこいいヒーローになりたいわけじゃない。
優月と円満にTogetherする、そのために怪仏を倒す、そのために変身ヒーローなんて馬鹿やってるし、そのためのベルトやらヒーロースーツやらだ。
優月がそのヒーローの姿を"ボンノウガー"だと言うのなら、それでいい。
都合のいいときにだけ俺をヒーロー扱いする他人の言葉なんて、どうでもいい。
後押しするように赤羽根が言う。
「鳴滝、おまえは華武吹町住人にとって都合の良い"みんなのヒーロー"ではない。どういわれようと背負う必要はない。バカ猿一匹の小さい器と脳みそで、何が救えるかだけ真剣に考えろ」
「今度はお前が説法垂れるのかよ。やだねえ、年寄りは説教臭くて。俺は老害にならないように気をつけよーっと!」
「ふン」
という感じで、俺たちは相変わらず仲良しこよしに出来ない。
食器の音と咀嚼音が続く中、一足先に沙羅が両手を合わせて「店員さん、お茶」と俺に命じる。
シャンバラ皿洗い業務員の俺も「へいへい」と立ち上がって厨房裏から作り置きのウーロン茶を人数分用意している間に話が進んでいた。
まあ、どうせ俺はオカルト話に興味ないし、周知の事実なのだろう。
「おい、魔羅。怪仏について教えてくれない? 沙羅はベルトよりも、そっちが知りたいのよね」
アキラの答えは簡潔だった。
「わからん」
「わからんことないでしょ」
「やつらがどこから来たのか、最終目的が何なのかはわからん。だが、奴らは肉体に植え付けられて初めて怪仏として発芽をはじめる。チンターマニが種、人間が苗床の関係だ。つまり精神的な寄生虫ともいえる。気色悪い」
俺がテーブルに戻ってウーロン茶三つを並べている間、沙羅は自分のノートパソコンに指先を置いてボソボソと呟いた。
「でも繁殖……とか、そんな感じじゃないっぽいけど? 怪仏はチンターマニ植えつければ復活するし、逆を言えばチンターマニの数しか存在できないわけでしょ?」
「推察するに、あいつらの目的は増えることではない。絶望、心の空そのものが目的だ。大きな苗床がな。あとは、わかるだろう?」
「空き? 精神的な空きを増やして――大きな空き容量を増やすとき、沙羅だったら何をするのか……つまり……より大きくて重いプログラムを、華武吹町にインストールしようとしている?」
「悪くない例えだ」
薄ぼんやりとしか聞いていなかった俺だが、ふと頭に浮かぶ。
より大きくて重いプログラム、すなわち大きな怪仏。
俺は考え無しに呟いた。
「それが六観音の親玉の、観音菩薩ってこと?」
はっとコバルトブルーの目が見開き、知性的な光が俺を射抜く。
そして、挑戦的に唇を吊り上げた。
「で、そいつは適正なプログラムじゃなくてウイルスだってことか……今よりずっとヤバい話になりそうね」
首をかしげた俺に、沙羅が説明を唱えようとしたが、タイミング悪く聞き覚えのある着信音が響く。
これは――俺の携帯電話だ。
連絡はお蝶さんからで、今頃振り込んだ金が口座に入ってるだろうから確認しておけ、という話だった。
そそくさと通話を切る。
「ずいぶんとソワソワしてんのね、禅ちゃん。どんなイイコトあったのー? 沙羅にも教えて」
「あのぉ、いいやそのお、えっとね~……」
もちろん濁した。
金が振り込まれたのですぐにでも銀行に行きたい、などと言ってみろ。
この女悪魔は「少しは借金返せまちゅね~」とか言って全部持っていきかねない。
しかし、すぐにでも抜け出したい! 預金を確認したい!
ならどうやって抜け出す!?
バイトの予定とか? いや、バイト先ここだし。
「うう、うぐぐぐぅ……うぅ……」
気がつけば、俺は見てわかるほどに歯を食いしばっていた。
「どうした? 禅ちゃん、うんこか?」
「え? そうそう! 今、ちょうど大腸から電話かかってきて!」
「もうちょっとマシな嘘つけよ」
バレバレだった。
もうだめだ。
すると意外にも沙羅は「はー……なんだかよくわかんないけど、落ち着かないならさっさと行きなよ」と。
手をヒラヒラと払い俺を追い出す仕草だった。
そして、視線は正面に座る赤羽根とアキラを見定め――なるほど、そっちが獲物か。
ならば、俺のとるべき態度は一つ。
「はいそういうコトなんでじゃあなッ!」
振り返ることなく、一目散に裏口から飛び出した。





