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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第七鐘 Shout at the Bonnow
149/209

13. 梵の鬼-(1)


 花魁クラブの倒壊後、俺はスローペースで日常に戻った。


 盛大にぼーっとした日の翌日は月曜日。

 俺は何となく気が乗らなくて学校を休んだけれど、赤羽根はいつも通り暴力教師っぷりだったらしい。本当にタフなやつだ。


 アキラもタイ料理屋の大和にもどったという。こっちはタフというよりも、ツラの皮が厚い。

 もちろん格ゲーの投げキャラみたいな店長はカンカンで、アキラはまた最低時給で外回りデリバリーに落ち着いたらしい。

 こうしてアキラ失踪からの魔王騒動は元の鞘に収まりつつあった。


 久方ぶりの平穏。

 俺は優月とのディナーを週末に予定し、迎えたその日の朝――沙羅に呼び出された。

 その……断れなかった。


 いや、ほんと。

 言い訳がましいのだけど。

 沙羅の手口が巧妙だったせいだ。


 俺が寝ぼけている早朝に電話をかけてきて「昼ごはんご馳走してあげる!」が第一声だった。

 確信犯に違いない。

 知能指数が半分以下になっていた俺の返事なんて「ムニャムニャ……オデ、ゴハン、食ベル」とかそんな感じだったと思う。

 もう一度寝て、アラームに起こされて、メッセージを見たら時間と場所を指定されていた。


 とにかく、ディナーに浮かれているのを悟られたくない。

 なぜなら沙羅は悪魔だから。

 絶対に茶化すだけじゃ済まないからだ。

 俺の幸せよりも自分がゲラゲラ笑うほうが大事だから。


 だが、いまさら断るのも不自然。昼飯代浮くならなおラッキー。

 俺は覚悟を決めて指定された場所――開店前のシャンバラの裏口ドアを開いた。


 薄暗い店内の端、おなじみのハズレテーブルに向かい合って着席していたのは沙羅と赤羽根。

 何よりも目立ったのはテーブルの上に散らかった古臭い紙の山だった。

 似たようなものを、南無爺の地下書斎でみたことがある。

 というか、そこから持ち出してきたのだろう。


 つまり、昼飯はオマケ、メインは俺が大嫌いなオカルト勉強会らしい。

 踵を返したい気持ちをこらえて、沙羅の横に着席した。


「で? これって長い話になる? 昼飯は?」


「さあね。でもあの変態魔王様に色々と聞かなきゃいけないことあるっしょ。ってことでさっき、強制呼び出しをかけたとこ。禅ちゃんお待ちかねの昼飯も一緒に来るよん」


 と、ノートパソコンを操作しながら沙羅は言った。

 ほどなくして人通り少ないはずの裏口ドア向こうにエンジン音が停止する。


 強制呼び出し――ははあ、なるほど。

 大和に注文したのなら、そりゃそうだ。


 オカルトお勉強会兼、俺にメシを食わせる会兼、アキラ説教会らしい。

 アキラには悪いが、俺は大人しく消極的にメシを食って帰ることに徹する決意を固めた。

 だって他人事だから。


 そんな状況、知ってか知らずか。

 ドアが開き大仰に鳴ると「お待たせしました!」と輝かんばかりの涼やかな声色が耳に入った。


 現れたるは浅黒い肌に長い三つ編み、いつも通りのアキラ・アイゼン。

 岡持ち二つにハーフヘルメット、白いコックコートときて、どう見ても外国人デリバリーアルバイトだ。

 魔王の魔の字もかすってない。


「おお、きたきた」


「カオマンガイとトムヤンクンとガパオライス、あと生春巻きが二つで……」


 そんなやりとりでごく自然にテーブルに料理が並んで、ごく自然に岡持ちを持ち上げて、ごく自然に「それじゃ」と歯を光らせて退場しようとしたアキラ。

 だが、その襟首を掴む赤羽根。

 コックコートを脱いで抜け出すアキラ。

 ズボンのウエストを掴む赤羽根。

 ズボンすら脱いで抜け出すアキラ。

 燦然と輝く白ブリーフを掴む赤羽根。

 パンツすら脱いで抜け出すアキラ。

 三つ編みの先端を掴む赤羽根。

 ビィン、となるアキラ。


「セクシャルッ! 大セクシャル理不尽バイオレンスが魔王を襲うッ!」


「愛染明王の皮を被ったパチモンの分際で――」


「皮はッ!! かぶってないッ!!」


「うるさい。去勢されたくなければ座れ」


 オモシロ脱衣劇場の決着が付き、文字通り後ろ髪を引かれたアキラは全裸で着席。

 一足先にガパオライスをモグモグやっていた俺は (故意に)口が塞がっていたが、沙羅は「なるほどお」と前のめりで覗き込む。

 普段、自分で「乳は本体じゃない」と言っておきながら、ほぼ同じ状態でアキラに話しかけていた。


「んでも魔羅。あんた、お得意の消えたりする術で逃げりゃいいんじゃないの?」


 沙羅よ。

 それはいくらなんでもダイレクトすぎるぞ。

 しかし、言葉の上ではこの上なく事実なもので、アキラは神妙に頷いた。


「梵の(フェニックス)の眷属と化した今、(あるじ)にだけは抵抗はできないのだよ。調伏とはそういうものなのだよ。つまり正義が僕のご主人様! 正義のヒーロー攻め、魔王受けッ!」


「はは、ジャスくんが魔羅の飼い主とかマジウケるんだけど」


 赤羽根は無表情だったし、目が死んでいた。無理もない。

 とはいえ、あれだけの暑苦しい戦い、もとい痴話げんかを繰り広げたのだから、なんだかんだいって深い信頼関係はあるだろうしそれほど仲が悪いわけが――と俺が前向きかつ微笑ましく思っているさなかだった。


 赤羽根の手の中で割り箸が翻り、テーブルに乗っていたアキラの手の甲にズドンと落ちていた。

 容赦なく。

 手を離したら箸が直立するほどに。


 いやいやいやいや。

 怖すぎでしょ。

 セクシャルは事と次第によっては何かを生み出すかもしれないけれど、バイオレンスは何も生み出さないよ。非生産的だよ。

 とか、そんなことを考えながら、俺はさも当然のように行われた目の前の暴力にただドン引きしていた。


 だが、打って変わって、被害者のアキラはプンプンっとふざけた調子だ。

 見てみれば血も出ていないし、そもそも戦いの中で腕さえ切り落とされて平気だったのだ。

 調伏されたとはいえ、腐っても魔王、ということだろう。


「正義。君はずいぶんと僕に対してカジュアルにバイオレンスするね」


「俺とて心を鬼にしている。観念して訊かれたことを正直に話せ」


「仕方あるま――アアッ! グリグリされると気持ちよくなってしまう! 全全全裸になるまで語らせてもらおう!」


 魔王の醜態に、沙羅は「魔王様も調伏されると()()かあ。驕れる者も久しからずだわな」と感慨深い一言を落とした。

 説明がややこしくなりそうだったので、この醜態が通常運行であることは黙っておいた。


 さて。

 時間がかかったが、これでようやく本題に入れそうだ。



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