11. Power of HERO
「ベルト所持者……華武吹町ごと……わ、笑い……笑い溶かしてくれようぞ……! ひゃ、ひゃはははははははははは!」
蓮華の形をした回転刃を不規則に振り回し、笑い声一つの音だけで波動が走って辺り一面が砕けた。
天井からコンクリート片が落ち、砂が舞い上がる。
どこかで爆発音が響き、遠く炎があがっていた。
辛うじて外壁を残し、崩れていく。
「オン マカ キャロニキャ ソワカ
オン マカ キャロニキャ ソワカ!
ひゃはははははははははは!」
華武吹町歓楽街、その象徴だった花魁クラブは――吉原菊代の城はその笑い声に溶け、金メッキの残骸の上に不恰好な怪仏像が一つ降り立った。
「これがおまえの望んでいた救済だってのかよ……」
諸行無常というけれど、自らの手で自らの城を打ち崩す……そんなこと、あの欲深い吉原菊代が望んでいるとは思えなかった。
その欲望のせいで、その欲望自体が怪仏に潰されたのだ……。
薄雲る思考を薙ぎ払ったのは、円形に切り取るような光、風圧に巻き上がる土煙、そしてプロペラ音だった。
頭上。
バラバラとヘリが舞う。
無遠慮にサーチライトを当てられた。
何しやがる。
何者なんだ。
華武吹町の摩天楼、双樹ビルの大モニターに、俺と十一面観音エーカダシャムカ――ヒーローとバケモノが映し出される。
辛うじて残る壁の向こうで、聴衆の声が華やいだ。
表では"傀儡社長"を演じているはずの沙羅が、こんな派手な手を打つわけがない。
……となれば、曼荼羅条約――双樹グループ会長、双樹正宗だ。
壊れた花魁クラブ、怪仏化した吉原菊代を晒して一体何の意味がある……?
煩悩大迷災の脅威を知らしめて……また怪仏どもに裏で謙り、表では英雄面しようという算段か。
同士を利用してでも!
住人を騙してでも!
「胸糞の悪い連中だらけだな……!」
ベルトから中心軸がずれ、今にも弾けとびそうな回転圧を感じながら俺は構えた。
エーカダシャムカの十一の頭が同時に開口する。
「哀れなり!」
「矮小なり!」
「皮肉なり!」
「愉快なり!」
「下賎なり!」
「残酷なり!」
「愚かなり!」
「稚拙なり!」
「惨めなり!」
「不憫なり!」
「浅墓なり! オン マカ キャロニキャ ソワカ! ははははははははははは!」
真言と共に、黄金の炎が爆ぜて燃え広がった。
怪仏化が完了しているだけあって、以前に比べて何倍も、威力が、重い……!
さらに、枯れ木のような身体を揺らしたと思うと、怪仏像はぬるりと俺の間合いに入ってくる。
回転刃を握るエーカダシャムカの腕が振り下ろされる前に、俺はその手首を掴んで捻り上げる。
目一杯の力で!
「――ッ」
めり、と不恰好な方向に曲がった。
枯れ枝では説明がつかない――肉と骨の感触だった。
肉と、骨。
人体の。
そうだ。
そうだった。
人体など、こいつらにとっては所詮乗り物でしかなく、体の損傷など盗んだ自転車に傷がついたとか、その程度なのだ。
俺の動揺を読み取ったのか、エーカダシャムカはにやりと一笑。
そして十一の口を開けた。
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
「はぁッ!」
耳鳴り、眩暈、意識の明滅。
瓦礫に叩きつけられて気がつき、転がる勢いを利用して立ち上がるも、エーカダシャムカの顔がすぐ目の前にあった。
チャージができない。
隙を突いてビームを撃って決着ってわけにいかなさそうだ。
咄嗟に黒炎に切り替えれば、目の前で黄金と黒が相殺した。
力の拮抗に歓声が高く上がり、無責任な「頑張れ」だの「バケモノを倒せ」だのが聞こえてくる。
誰かが知っていたのか「ボンノウガー!」なんて名前も組み込まれて大合唱となった。
あんなに二号だ何だと難癖つけていたのに、ジャスティス・ウイングがいなければ、これだ。
今宵も結局は、華武吹町。
俺が、ジャスティス・ウイングが……いくら痛い目にあって怪仏を倒しても、そこばっかりは変わらない。
正義のヒーロージャスティス・ウイングでも、怪仏でも、ボンノウガーでも――救ってくれるなら誰でもいいし、誰かを救おうだなんてこれっぽっちも思っていない。
「うるせぇぞ……外野のくせに!」
炎と一緒に、漏れ出していた。
俺の声なんて届いていないのか、外側から投げ込まれる無責任な声援が止まらない。
それでも止められなかった。
「俺はてめぇらのために戦ったことなんて一度も無い、これからも……!」
怒りの黒炎は勢いを増し、刹那に黄金の炎を祓いきっていた。
手を緩めるわけにいかない。
今度は回転刃を持つ腕の、肩を掴み、捻り、ねじ切った。
ぶちぶちと肉の感触が手に残った。
「…………っ」
千切れた腕は蝋のように溶け、それでもエーカダシャムカの笑みは絶えない。
どろどろと、瓦礫の隙間の中に落ちていっても。
「やはり貴様は、愚かな憤怒の炎に苛まれる運命か……」
「はは」
「我らは滅びぬ」
「は」
「我らは尽きぬ」
「おまえの修羅道、燃え尽きることも許されぬぞ……」
「はははは」
「我らは」
「貴様が行くは」
「救済なき絶望の道……」
「はは、は」
そして最後のひとかけら――チンターマニが、落ちる。
吉原菊代の残滓は、存在していなかった。
「……くそが」
怪仏が倒されて、さらに沸き立つ歓声。
厚かましく投げ込まれる怒りの火種に、押さえ込もうなどという気が起きない。
事務作業のように、足元からチンターマニをつまみ上げて手の中に収めた。
「質としては粗悪……ですが、この大穢土を救済するには十分でした。実験は成功といえるでしょう」
サーチライトを避けた壁、その物陰に背を預けたアーリヤは、悠長にひとりごちていた。
「てめぇ、同族を喰うに飽き足らず、今度は実験道具扱いか……」
「お忘れですか。観音とは、救済をもたらす者。彼女は救済され、救済の一部となり、エーカダシャムカとなった。めでたし、めでたし。強いて言えば、それを悪鬼が滅してしまったわけですが。彼女にとってはせっかくのハッピーエンドだったのに、残念ですよね」
全身に寒いものが走った。
はらわたが煮えくり返るどころか、凍りついたのは初めてだ。
バラバラとヘリの音が近づいて、アーリヤは闇を縫うように消え去る。
歓声は渦巻き「これからも頑張って、ボンノウガー!」とか「ずっと前から応援してるぞ!」なんて言葉が壁の向こうから押し寄せてくる。
俺の心境などお構いなしに。
だったら。
だったら、俺も、おまえらなんて、お構いなしだ。
「俺は……この街にとって都合のいい道具じゃねえ! クソッタレ!!」
きっと、声は届かなかった。
それでも立てた中指は網膜に届いたらしい。
少しざわついて――笑いが起きて「やんちゃだな!」「鳴滝豪の再来だ!」なんて声に変わっただけだった。
「…………ッ」
こんな街、大嫌いだ。





