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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第七鐘 Shout at the Bonnow
143/209

07. VS死より悪しき者-(3)


「捕まえたぞぁあああッ!」


 俺の咆哮、そして三鈷剣の閃き。

 マーラの左腕が黒いタールのような断面を見せ、落ち、霧散する。

 やはり、人間の形をした、また別の何かなんだ、コイツ。

 実力的にも、概念的にも、容赦している場合では――ない!


 肉を切らせて骨を断つ然り。

 荒業の末に、ジャスティス・ウイングが宙に投げ出されたお蝶さんの身体をすくいあげ、すぐさま距離をとった。


 ――やった!

 そこまで、俺が見ていたヴィジョンどおりだ。


 だが。


「残念だな。迷いもまた煩悩。迷いある意思(チンター)では、僕を斬ることなどできない……!」


 ぬか喜びする間もなかった。


 マーラは()()にいなかった。

 同時に、ソラの言葉が頭を過ぎった。


 ――色即是空の理をもって、好きなときに現れて好きなときに消える。


 自由意志で消えたマーラは、次の瞬間には中空で()()をすくめていた。


「怪仏だったら通用しただろう。だけど、僕は法則の輪にすら入れてもらえない、死さえも死んだ理の中でもがくだけの幽霊みたいなものさ。濃厚な……ね」


 つまり、不死身だっていうのか?

 そんなん反則だ……いったいどうやって……。

 いや、それよりも――その一撃が心地よい、もっと欲しい。

 もっと……!

 でも、満たされる気がしない!


「おっと、絶望の(くう)を作るくらいなら、僕が君の中で満ちてあげよう!」


 マーラは薄ら笑いを浮かべ、唇をひと舐めする。

 魔性。

 怪仏とは真逆のベクトルを持つ、異質な存在。

 強くて、美しくて、俺もそんな存在になれたら、きっと――まずい。


 バイタルは全く問題ないが、気持ちよさと物足りなさが押し寄せてくる。

 俺のものではない欲望が流れ込んでくる……!

 ベルトが荒々しく吐き出すが、注ぎ込まれる欲望に対して吐き出しているものが間に合っていない!


 満たされているはずなのに、渇きが癒えない。

 むしろどんどん渇いて。

 苦しい……!

 しんどい……!

 この苦しみが永劫に続くのなら、いっそ滅びてしまったほうが――だから、さっきから何を考えているんだ、俺は!


「そうだ……! 自我を閉ざせ。快楽がこぼれてしまわぬように! 煩悩の律動(リズム)に身をゆだねてしまえ……!」


 マーラがふぅ、と息を吐く。

 操られたお蝶さんの吐息よりも色濃い瘴気が辺りを満たしていた。

 部屋中の黄金色も、描かれた龍や虎も、濁ってくすんで見える。

 空気はキリキリと鳴っていた。

 俺が意志力を漏れ出させるよりも遥かに分厚く、煩悩が広がっていく……!


 こいつは、何もかもが(ボンノウガー)の上位互換なんだ!

 こんなやつ、どうやって倒せって――!


「鳴滝、お蝶(クライアント)は無事だ! 金の心配はしなくていいぞ!」


 ――そうだ!

 とにかく!

 お蝶さんを取り返せた!

 ラブホテル代に一歩近づいたッ!


「ああ、大事なこと忘れてたなぁ……! 世の中金だ、金だ金だ! 俺は金を握り締めて優月ンとこ帰るのが大事だ! 他人の欲望に乗っかって、満たされたことにして、ぬか喜んでちゃあ、空しいからなあッ!」


 もちろん、自分に言い聞かせている。


 自分の煩悩を、意思を燃やしていた。

 混濁しないよう、意識を手放さないよう、手を握り締め、指を食い込ませていた。

 エーカダシャムカの制御をなくした手のひらから血が溢れ、装甲の隙間からにじみ落ちていた。


「禅。その苦しみは、僕が一番知っている。さあ、信念を脱ぎ捨てよ、己の獣を解き放て! その愚かしくも美しい煩悩を見せてくれ! 真の解脱を見せてくれ!」


 マーラは笑みを崩さずに、三度(みたび)腕を高く掲げた。

 くる。

 そう思った俺たちの意思をくじくように、その頭上にひときわ太く雄々しい雷が唸りを上げはじめる。


「鳴滝!」


 瓦礫を巻き上げながら着地したジャスティス・ウイングが三鈷剣を構えた。

 俺の前で。

 庇うように。


「俺はアキラの真意を知りたい。だが、俺の矜持にお前を巻き込むわけにいかん。あれは俺が受ける。お前はお蝶と逃げろ」


 なんちゅうありきたりなセリフだ。

 ついでに死亡フラグだ。

 最悪だ。


「はい、そうですか――の後、どうすりゃいいんだよ! んな胸糞悪い金で童貞が卒業できるかよ!」


「金に綺麗も汚いもない。あるとするならばお前の心が汚い」


「この期に及んでテメェはソレ言える立場か!」


「だからお前は逃げろと言ってるんだ、このバカ猿め」


「はあああ? バカでバカ正直なバカ面倒臭せぇバカ真面目野郎の自覚もないクセに、カッコつけんじゃねえよ!」


「おい、いま何回バカと言った!」


「四回だ、バカ!」


 雷光が目も開けられないほどにギラついている。

 受けて立つ、その意図に俺は歯を食いしばった。


「ならば俺がディフェンス、お前がオフェンスだ。いいな」


「この有様からエロビーム撃てってのかよ……無茶言うぜ、無茶だよ、無理だよ! ああ、クソ! クソすぎ! クソをやるぞ、ベルトちゃん……!」


 ぎぎ……と満身創痍の回転。

 俺だって、徹夜三日目のような状態、今にも意識がもっていかれそうだ。

 自分の足で立っている感覚さえない。

 手放してしまったら、そりゃ気持ちいいだろう。

 だけど、優月……俺には優月が一番気持ちいいはずなんだ。


 軋みながらも、なんとかいつもの方向に回りはじめる愛染明王丹田帯。

 いつものように、俺もベルトへと手を当てながら、祈るように優月のことだけを考える。

 帰らないと、と何度も念じる。


「安らかなまどろみで迎えてやろう!」


 穏やかに微笑むマーラの頭上、矛先が俺たちに向かった。

 そして。


「な……!?」


 ()()()()()()、スパークを伴いながら――落ちる。


 俺はただ見ていた。

 燃える三鈷剣の閃きを。

 一閃、二閃……!


「――ッぐ」


 そして三本目の雷をはじいたものの、圧が重くジャスティス・ウイングの軸が大きくブレた。

 四本目、赤い影が俺の前に入り、雷が貫通。

 五本目、既に俺の目の前だ。


 こうなったら、もうカウンタークロスしかないッ!


「俺はッ、これ以上ッ、優月を待つわけにも待たせるわけにも――いかねぇんだよぉぉぉあああああッ!!」


 白い光の壁が見えて、それから――壁の向こうから雷が突き抜け、俺の胴体(どてっぱら)をブチ抜いた。

 相変わらず物理的な力は働いていない。


 ――。

 ――。

 でも、痛かった。全身が。


 何が起きた?

 そうだ。


 俺の、渾身のビームはマーラの目前で迫るも、気付けばヤツはあさっての方向に浮かび上がって涼しい顔。

 残影に近い存在には、格闘も三鈷剣も煩悩なんとかビームも、まるで通用しないとまざまざ見せ付けられた。

 あんな魔王としか言いようのない相手、どうやって倒せっていうんだ……。


 キツい。

 ツラい。


 そんな思いが巡って――いつのまにか、愛染明王丹田帯は回転を止めた。

 俺はヒーロースーツのコーディングを解除されて、とりわけ凹凸激しい瓦礫の山の上に……そう、叩きつけられていた。

 身体の痛みはそのせいだった。


 意識が混濁して、状況を理解するのにも、かなりの時間を要していた、と思う。

 たぶん。


 まだ、痛い。

 痛いと感じることが出来た。

 赤羽根から借りたスーツはそこかしこ切れているけれど、全身は一応つながっている。

 いや、でも。

 そんなのどうでもいい。

 ダメだったんだ。

 恐れのあまり数多の異名を持つ、相手はそんなヤバい存在なんだ。

 まごうことなき魔王だ。

 無理だ。

 沈もう。

 閉ざそう。

 穿たれた快楽と渇きの奔流に、全部委ねてしまおう。


 まぶたを閉じようとした。

 でも、()()があまりにも綺麗で、俺はむしろ目を見開いていた。


 黄金の間。

 瓦礫の山。

 大穴の、さらにその上でガラス天井さえ割れて臨む夜空。

 その中に揺れる赤い炎の翼。


 天使、などというにはあまりにも猛々しい翼人が立っていた。


 ――俺は後に知ることになる。

 その鳳こそが、ヒーロースーツ梵の(フェニックス)の真の姿であることを。


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