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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第七鐘 Shout at the Bonnow
138/209

02. あゝ華武吹町の夜は更けて

 華武吹町二丁目のラブホテル街。

 ご休憩の文字とピンクネオンが軒並ぶ、裏の観光地だ。

 一丁目とは別の意味での諍いが絶えない。

 むしろ、こっちのほうが刃物だ薬だと、男女のもつれからくるおっかない話が盛りだくさんだ。

 そういう流血沙汰は関係願い下げである。


 この時間こそ書き入れ時で、二人一組の通行に賑わっている。

 もちろん、学ランの俺は目立ちすぎるので、通りの端をこそこそ歩いていくことに。


 ゆるい坂道を歩いていくと、見覚えのあるネオン看板が目に留まった。

 暗闇の中、ピンク色に輝く「HOTEL」さえも危うげに明滅し、名前のほうはすっかりランプが切れて見えなくなっている。

 ビルの壁も薄汚れて、よく言えば情緒のある、悪く言えば古臭くて安っぽい、見てくれからして絵に描いたようなラブホテル。

 出会った最初の夜、俺と優月が逃げ込んだ、あのホテルだ。


 こともあろうか、そのホテルの麓、時間と料金を示した電光看板の前で男女が口論を起こしていた。

 実に華武吹町らしい。


「ここまでついてきといて今更なに言ってやがんだ、ブス!」


「知ったことか! 手を、放せっ! クズ!」


 実に見慣れた光景だ。

 実に耳慣れた言い草だ。


「焼肉食わせてやっただろ、カマトトブス!」


「勝手に決めるな! クズ!」


 実に望粋荘でよく見かけられる(いさか)いだ。

 実に氷川さんと優月だ。


 ……いや、もしかしたら実にとってもすっごく似てる人なのかもしれない。

 よく目を凝らしてみる。


 男は髑髏模様のシャツにアクセサリー、この夜闇の中でサングラス。見るからにヤクザ屋さんスタイルがキマっている。

 どこからどう見ても氷川さんだ。


 一方、女はお嬢様風ワンピース。少し古臭いデザインだが古風な雰囲気も似合っている。

 どこからどう見ても優月だ。


 そして相反しながらもビジュアル偏差値が高い二人は、それはそれは目立っていた。

 他人事は面白おかしいのが華武吹町、だしな。


 いつもなら優月が発する言葉の棘が、氷川さんのメンタルにブッ刺さり試合終了……と、そこまでが望粋荘のお約束なので心配はいらないはずだが……。

 はずなんだけど……。

 万が一……。

 …………。

 万が一だろうが、億に一だろうが、ならん。


 バックステップで物陰に入った途端、ベルトちゃんも同意見かスムーズに変身。

 ヒーローらしく物陰からジャンプ――そして、二人の横に見事着地した。

 キマッた……。


「あ、てめっ! ベルトねこばば野郎!」


 早速の不名誉な呼びつけにざわめくオーディエンス。

 俺のカッコイイ登場は、ものの一秒でブチ壊されていた。


 ひそひそ声の中に「なんだあ、二号か」とか「やっぱりやりかねないよなあ」という声さえ聞こえる。

 こいつらが期待している正義のヒーローはジャスティス・ウイングで、俺はそのオマケ、足手まとい、金魚のフン……らしい。


 もちろんムカっぱらが立ったが、俺とて華武吹町住人の皆様は大嫌いだし、いつものことなので聞き流した。

 今は優月が最優先。

 穏便に、穏便にいこう。


「まあまあ、その件も含めて今はモメるのやめましょ」


「どさくさに紛れて自分の悪事を誤魔化そうとすんじゃねえぞ、根性汚ねぇ盗人(ぬすっと)が! オマケに正義のヒーローぶって首突っ込んできやがって! こっちは合意の上なんだよ! な、優月!」


「合意してない」


 優月は、これでもかという勢いで氷川さんの手を振り払う。

 誰がどう見ても肯定の態度には見えない。

 オーディエンスの目も氷川さんを疑う色に染まった。


 そんな態度と状況だ。

 氷川さんは「はあ~?」と目を丸くして長広舌。


「冗談じゃねえ……今晩ディナーでも食おうぜってお声がけして誘ったのに? おめーは散々高級肉食って高い酒かっくらっておいて? 帰らなくて大丈夫ですか延長戦前にコーヒー飲みにいきませんかね、はいそれじゃあ、ってやりとりしておいて? コーヒー飲んでおいて?」


 あれ。

 氷川さん、遠回りではあるけれどメチャクチャ段階踏んでるじゃん。

 見かけによらず超紳士じゃん……。

 てことは……。


「合意なんてしてない」


 オーディエンスの目が今度、優月を疑う色に染まった。

 俺は思わずヒーロースーツのバイザーを両手で覆う。


 なんとなく、優月は自覚なしにラブホテル街に至ったことは想像できていた。

 そんでもって、ここにきて氷川さんが強引に……とか、そんなシナリオだろうと高をくくっていた。


 事実、氷川さんはここにきて多少強引ではあるものの……しかしこれは俺がよく体験する"無知と下心がおりなす勘違いファンタジー"だ。

 俺がつい先ほどまで妄想していた計画――ディナーからの自然な流れでラブのホテル――の先に埋まっていた地雷を、氷川さんが踏み抜いてしまったのだ。

 可哀想!

 やったー!


「やかましいわ! だったら金の分、身体で払え! ブス!」


「金で返す、クズ!」


 なんにせよ、この騒ぎを俺の口八丁手八丁で説得できそうにない。

 強いて言えば、どっちも悪い。

 くわえて、知った顔相手に暴力沙汰も御免だ。というか氷川さんの立場には同情を禁じえないので俺には無理だ。


 ということで。


「あ! ジャスティス・ウイングだ!」


 悲しいかな、ヒーローであるはずの俺が濁った夜の空を指すと「え? どこどこ!」なんてなるわけで。


 その隙に俺は優月の腰と膝裏に手を回して、横抱きにするとぐっと足に力をこめた。

 コンクリートが割れる音と共に、俺と優月はビル二階の高さまで軽々跳ね上がる。


「マジかよ、そりゃヤベェな――って、おぉいッ! てめぇ、女までねこばばするつもりか!! 盗人!」


 ヒーローあるまじき敵前逃亡であった。


 こうしてまた俺は伝説を作ったのである。

 もちろん悪い意味での。


 *


 ヒーロースーツのまま望粋荘までお送りするわけにもいかず、雑居ビルの屋上に降り立った。

 変身を解除すると、風が肌寒く通り抜けるのを肌身に感じる。


 懐かしい光景に、ふと優月と出会った夜を思い出した。

 あの時の俺は、ただ漠然とヒーローになりたくて、世の中にマウントをとりたくて。

 そのくせ、馬頭観音ハヤグリーヴァを取り逃がして、恥ずかしくてその場から逃げ出して……。

 極めつけに、優月が探していたヒーローが鳴滝豪(オヤジ)だと知って……その衝撃といったら……。


 だけどもう、俺がそのヒーローだ。

 俺は優月のヒーローなんだ。

 オヤジには悪いけれど。


 優月は、落書きだらけの倉庫に背を預け、俺から視線を外しているようだった。

 夜天は相変わらず濁っているし、足元の街並みは相変わらず節操なく輝いている。

 ごうんごうんと回る室外機を楽しげに見ています、ってわけじゃないだろう。


「なんでぷんぷんしてるんですか?」


「別に」


「助けてもらっておいて、その態度なくない?」


「助かった、感謝する」


 尊大な地主様モードで言った。

 俺もいい加減、優月の扱い方もわかってきて腕を組みながら沈黙する。

 すると案の定、態度を訂正して、しゅんとうなだれた。


「ごめんなさい……何やら頼み事でもあるのかと……何か役に立てるのかと、思ってた。そういうことだったとは……知らなかった……」


「……ほう、それだけですか」


「あ……あと、でぃなーとやらには気をつける、気を付け……ます」


 ……よし。


 何がよしなのかを説明すると、薄汚い支配欲である。

 紳士な俺にもそういう感情はあるし、ツンツン優月が弱みを見せてくるのはスゲーたまんねーわけだ。

 警戒心が強くて触れもしなかった野良猫がようやく膝の上に乗ってくれた感じ。


 ぐしゃぐしゃに撫で回したい気持ちを、ぐっっっとこらえた。


「勉強になったな」


「……ぅん」


 優月は緊張がとけ安堵した様子で、俺も模造の微笑みを返す。

 が、心の中では致命的に吐血していた。


 ディナーに誘ってそのままの流れで作戦は、氷川さんの尊い犠牲により失策だと示されたのだ。

 散り行く兵士に敬礼!


 ……さて。

 ならば俺はどうする。


 俺の心境露知らず、優月はわかりやすく人差し指同士を突き合わせていた。


「でも……ヒーロースーツじゃないほうが良かった。禅に助けてもらいたかった。ヒーローではなくて、鳴滝禅に……」


「危ないし、気まずくなるじゃん!」


「そうやって……相対する者のことまで考えて、共感して……優しいな」


 優しいわけじゃないんだけど。

 というか、優月もただ感心して褒めているニュアンスではなさそうだった。


 再び膨れっ面を見せた優月の言葉は続く。


「……気まずくなればいいのに。氷川とも喧嘩すればいいのに」


「あのおっかねえ氷川さんに俺が勝てるわけ――ははーん、もしかして生身の俺が"コイツは俺の(モン)だぜ"ってカッコよーく登場するの期待してた?」


 どちらかといえば、そんなわけないだろ、なんてあしらいを期待していた。

 矛盾しているが、俺としては冷たい感じも嫌いではないワケで。


 しかし、優月はひゅっと息を吸い……。

 唇を結び……。

 みるみるうちに赤くなって……。


「違う! 今のはナシ、取り消し! わがまま言ってみただけだから!」


 とってもとっても、わかりやすい反応だった。


 一升瓶とトイレだけが友達のワリに、そういうところはオトメなんだから。

 しかし、これはイジり甲斐がありそうなネタだ。

 文字通り劣情大ブッ()して四方八方から蔑ろにされている俺としては、クールなお姉さんヅラされるのはフェアじゃない。

 納得がいかない。


 ここは一つ、気障なセリフでも吐いていけそうならラブなホテルまでいく作戦で――などと思ってるうちに優月が自爆していた。


「私だって、自分に都合のいいことを考えたり、褒められないことを期待したり、はしたないこと考えたりする!」


「はしたないこと……」


「…………」


「…………」


「うるさい! ばか!」


「はしたないことって何? 具体例! 具体例を! 場合によっては利害が一致するかもしれないじゃん!」


 自分でも思わぬはしゃぎようのホップステップジャンプで距離をつめていた俺。

 だが、優月は脇をするりと潜り抜け、ヒールを打ち鳴らし非常階段を下りていく。


「しない!」


「優月さんは俺に劣情を抱いているってことでいい? 俺でエロいことを考えているで、いい?」


 優月からしてみれば、本当に非常事態から逃げ出していたのかもしれないけれど。

 自分の口から転がり出た言葉が。

 調子に乗ってガンガン攻めてくる俺が。


「声が響く、そんな大きな声で言うな!」


「ねえ、いい!? いいのかーッ!?」


「この話はおしまい! おしまいです!」


 おしまいだそうです。



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