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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第七鐘 Shout at the Bonnow
137/209

01. ご指名ありがとうございます♡


「そんな怯えた顔しなくても大丈夫よ。相手はアンタのことよーっく知ってるんだから」


 シャンバラでの、しみったれたメシ風景。

 そこに突然、差し込まれたご指名依頼に俺たちは騒然となった。


 まずママは、もっとも盛り上がったアケミとウンケミに一喝して、人払い。

 溜め息からの「まったくあいつらは……」とかなんとか、お小言を漏らす。

 ここまではいつもの光景。


 そんな呆れ顔をそのまま俺に向けて「あんたさぁ」と話に入った。


「許してください」


 俺は早速、先読みした。

 完全にそういう空気だった。


「早い」


「堪忍してください」


「といっても、お蝶はそれが本業だからねえ」


 どうやら電話はお蝶さんからの連絡だったようだ。

 俺にシャンバラを教えてくれたのも、義理を通してくれていたのもお蝶さん。ママに相談があるのは不自然な話ではない。

 そして若さ溢れる可愛い弟分の俺を指名したというのも不自然な話ではない。

 不自然な話ではない!


「で、お蝶さんがどうしたの! ねえ! 目測Gカップのお蝶さんが――!」


「ずいぶん急に元気出たのね」


「出たぁ~っ!」


「まあ――ここのところ物騒でしょう」


 確かに。


 派手なケンカやコンビニ強盗、暴行、窃盗、傷害事件がよりどりみどりで三日に一件は起きている。

 当然ヒーローの出番も増えるし、三瀬川病院もパンク寸前とのウワサ。

 もともとあって無いような華武吹町の治安は下り坂で、その物騒は俺ですら肌身に感じていた。


 それでね、とママは続けた。


「花魁クラブでお蝶の誕生日パーティーがあるから、その護衛を(よこ)してくれないかって」


 いやな予感がした。


「ほ、ほーん。さすがは武闘派ママ! いってらっしゃい!」


「だから、それがあんたよ」


「…………」


「一介の留年学生のはずのアンタが、いくら知り合いとはいえ売れっ子キャバ嬢に護衛をご指名されるなんて、いい身分じゃない」


 赤羽根の視線まで俺に突き刺さった。


「あのですね」


「あんた、お蝶にバレてるじゃない」


 俺の言い訳が挟まる隙さえない。

 バレるとしたら"牡丹に蝶"ごとお蝶さんが強奪されかけた事件だろう。


 ちらりと横目で見た赤羽根の顔面には「ブッ飛ばしてそのままミンチにして塩コショウして捏ねて焼くぞ」と書かれていた。

 少なくとも俺にはそう読み取れた。

 人肉ハンバーグ回きたな (笑)、と思った。

 ところが。


「ああ、正義。あなたも行くのよ」


「あ?」


「眼鏡の先生もヨロシクって言ってたわ」


 そのときの赤羽根の顔といったら……。

 ママはしてやったりの表情で指を三本立てる。


「で……お蝶は口も堅ければ義理も堅い女だからね、きちんと報酬を用意してるわ。もちろんキャッシュで」


 その報酬が三十万円!

 一人頭十五万円で赤羽根が「金はいらない」と言うなら、一人頭三十万円!


「やります!」


 ヒーロースーツの力をもってすれば護衛なんてチョロいに決まってる!

 花魁道中のときのような強盗事件になったとしても、今はジャスティス・ウイングが協力的なのだからもっとチョロいだろう。


 だが赤羽根は怪訝顔のままだった。


「……胡散臭い話だ。花魁クラブは吉原遊女組合の本元、つまりは曼荼羅条約の一席。そんな権限の持ち主が、外部の人間を必要とするようなスカスカな警備で招宴なんてするはずがない」


 言われてみれば。

 曼荼羅条約は俺たちヒーローの活躍が面白くないようで、聞き込みローラー作戦までやってを探し出そうとしている。

 しかも、吉原遊女組合長は五十年前に優月を陥れ、何もかも奪ったそのうちの一人。

 俺にとって、()()()()相手だ。


「ジャスくぅん、アキラ探し優先にしたいのはわかってるけどさ! だったらなおさら行かないってのはナシじゃん? 俺は曼荼羅条約さまのお膝元まで出向いてご挨拶するべきだと思うなぁ」


「鳴滝、おまえのその顔は腹に黒いものを抱えているときだろう。素直じゃないのはどっちだ」


「はてー?」


「胡散臭いのは承知の上だ。だからこそ、即身明王として行かねばならない。輝夜優月の報復を目的にしかねないバカ猿のお守りも必要だろうしな」


 赤羽根はメガネのブリッジを持ち上げながら立ち上がり――そういう表情の隠し方も素直じゃないぞ――裏口から出ていってしまった。

 言いっぱなしで、なんとも嫌味な退場だ。

 いつものことだが。


 依頼の話はそこで打ち切られたが、ママの話はもう少し続くようだった。


「あのコ、大丈夫かしら……」


 人間としては、まあまあアウトだろう。

 生活能力がないし俺には平気で暴力をふるう。人にも自分にも厳しい。オマケにケチャップ狂信者ときた。

 終わっている。

 大丈夫じゃない。

 それが俺にとっての赤羽根のイメージだったが、ママが言いたいのは無論、そんなことではない。


「背負い込んじゃうし、顔には出さないでしょ。辛いとか弱いとか」


 表情筋が死んでるからなあ……なんて悪口も言える雰囲気ではなかった。


「あのコ、優しさを優しさだって悟らせまいとして、大事なこと言わないし……不器用なのよ。()()は見えないかもしれないけれど……」


 師匠というより、母親の顔をしたママ。

 まさしく友達のお母さんにウチの子 (友達いないから同じく友達がいない禅くん)ヨロシクネされた状態なのだ。あるある。

 俺だってママを心配させたくはなかった。


「だからね、禅。誤解しないであげてほしいんだけど――」


()()見えてるから、だいじょーぶ」


 実際、赤羽根は強すぎて、自分に厳しすぎて、だからこそ危なっかしいヤツなのは俺もわかってるし。


「……なら、頼んだわ。詳しい話はお蝶から聞いてちょうだい。がんばってね」


「ったりめーだよ! 言われんでも、金のためなら頑張れるっつの!」


「ふふ、あんたも……()()いうコよね……」


 何のことやら。


 *


 そんなこんなで、俺はもうすぐ日付が変わろうという時刻にもかかわらず四丁目の住宅街をツーステップで歩いていた。


 ……いささか言葉に矛盾があるので言い直す。

 スキップみを消そうと心がけた結果、そのような不審にまみれたムーブとなってしまった。


 わかってる。

 ハタから見れば不気味だろう。

 このままでは職務質問にあうかもしれない、なんてこともわかってる。


 だが、お蝶さんがもたらした依頼――というか報酬額は、妄想の起爆剤として十分すぎた。


 だってだよ?

 相も変わらず貧乏暇なしの俺と優月は、白米すら贅沢品。

 主食はもやし。副食ももやし。主菜、副菜、汁モノ、デザート、全部もやし。

 時代錯誤もはなはだしい食生活を送っている。

 であるからして、二人きりでささやかなディナー……からの、ほろ酔い (※最重要)の優月、そのままラブなホテルに――っつうのも、特別な日の思い出としては悪くない。


 さて、レストランはネット検索するとして、本番の舞台は……やっぱり出会った夜のあの場所がロマンチックじゃなかろうか。きゃは!

 確かあれは一丁目から裏道に入って、ええと――どこだっけ?


 ということで、帰路を変更。

 紳士的なエスコートのため、下調べ。

 いざ二丁目のおピンク通りへと向かったところだった。


 華武吹町二丁目のラブホテル街は、ご休憩の文字とピンクネオンが軒並ぶ、裏の観光地だ。

 ラグジュアリーなきらめきとは裏腹に、一丁目とは別の意味での諍いが絶えない。

 むしろ、こっちのほうが刃物だ薬だと、男女のもつれからくるおっかない話が盛りだくさんだ。

 そういう流血沙汰は関係願い下げである。


 学ランの俺は目立ちすぎるので、通りの端をこそこそと行けば……さっそく、時間と料金を示した電光看板の前で男女が口論を起こしていた。

 実に華武吹町らしい。


「ここまでついてきといて今更なに言ってやがんだ、ブス!」


「知ったことか! 手を、放せっ! クズ!」


 そうそう、こんな感じ。

 実に見慣れた光景だ。

 実に耳慣れた言い草だ。


「ディナーっつったらこういう意味だろうが、ブス!」


「勝手に決めるな! クズ!」


 実に望粋荘でよく見かけられる(いさか)いだ。

 実に氷川さんと優月だ。


 …………。

 なんでぇ?


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