表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た晩夏
134/209

《archive:RED》no perch-(2) ※赤羽根視点


 セピア調の写真に映っていたのは、南無爺と思われる身なりの良い若者と小柄な坊主、それから白衣の外国人。

 双樹の青い爪がかかったのは外国人の方で――野暮ったい雰囲気、地味な容貌ではあったが、直感的にアキラの雰囲気を感じた。


「名前も出自もどうでもいい。こいつは丹田帯を作った後、どこに行ったんだ」


「作る前に死んだわい」


「……死んだ?」


「祟りじゃ。残ったのは、オカルト素人のワシと、坊主の諦淨(ていじょう)だけじゃった」


 南無爺は足元の箱から丸められた羊皮紙を取り出し、本と埃を押しのけたテーブルに広げる。

 言語はあれこれ入り混じり、その上に乱雑に別人が書いたであろう日本語が連なっていたが、描かれた曲線からして丹田帯の設計図のようだった。


「ワシはその男が残した図面を頼りに丹田帯を作った。外装(スーツ)の『梵ノ(フェニックス)』、『梵ノ(オウガ)』についても、そこに多言語で書いてあるままで、ほとんどの言葉と理屈が……ワシにはわからん。もはやこの世の誰にも――」


「梵ノなんとかって……なにソレ、正式名称? だっさ! そんなのまるで煩悩ナントカーって名前つけてたあのド変態と一緒じゃ――」


 双樹が言葉をしぼめた。

 図面に並ぶ、センスを疑う名称、趣味の悪い触手のような可変部分、悪ふざけが過ぎるデザイン。


 そうだ。

 丹田帯を設計した移民の男。

 そして"もはやこの世の誰にもわからないはず"のベルトやスーツの事情に詳しい、センス最悪な変態。

 他人の空似と片付けてしまうわけにいかない。

 それどころか同一であることを考慮すべきだろう。


 俺は追求した。

 一瞬、「その男は今どこに?」という不毛な問いが口から滑りかけたが、舌先の舵をとる。


「その男は――本当に祟りで死んだのか?」


「わからん。あちこちで墓を掘り返したり、脳を開いたサルを延命したり……医学と科学、そして魔術の融合を謳い、倫理を踏み超え続けていた。ワシも新しい時代を拓くと思って夢中だった。しかし……あるときあいつは……あいつの、口にするには(はばか)られるような壮絶な亡骸が見つかった。恨みは買っていただろうが、あれは人間の業とは思えん。おおかた、抜け駆けの研究でも行い、この地の意思的エネルギーに()てられたのだろう。意思の力は恐ろしい。どうなるかは、おまえさんが一番良く知っているじゃろうて、即身不動明王」


「……明王の意思(チンター)に押しつぶされ……適合しないものは死に至る」


「そうじゃ。丹田帯に肉体(かたち)が守られても適合しなければ命を落とす。生身で強烈な意思的エネルギーを浴びれば……どうなるか想像もつかん」


 何が起きるかわからない。

 ならば、そのときに写真の男がアキラ……いや、魔王マーラという属性に"変質"したと考えるのが妥当だろう。


 マーラはそのときから、即身明王を己の手駒にしようと……。

 筋が通る。


 それにしても、こんなオカルト話を双樹は理解できているのか?

 でなければ足手まといでしかない。

 後であれこれ解説する役目は御免だ。


 双樹は持ち込んだデジタルカメラで設計図を撮影し、軽い調子だった。


「丹田帯を装備しても意思が押しつぶされるって、つまり即身明王と怪仏化では同じことが起きてるってこと……?」


 ……意外にも理解できているようだ。

 もしかしたら俺よりも。


「そう、じゃな……」


「千手観音は意思を押し潰そうと――もしかしたら普段から語り掛けられていたのかも……じわじわと意思を押し付け……空っぽにして、肉体を乗っ取るために」


 しかし、双樹の一人講釈は突飛押しもない方向へ転じる。


「でもなぜ……? 肉体を持たないゆえに人間に干渉するため、物理的な乗り物が必要……? 例えば、細菌……カビ……磁力……電波……」


「何をぶつぶつ言っておる」


「今話しかけないで。割れた電子音みたいな声……真言、観音……観る、音……視覚、聴覚。あいつらの本体は、波長……音と色彩? そもそも怪仏はどこからきた? もしかして天道さんが言っていたように、本当に……宇宙人? ねえ、どう思う?」


 言葉のデッドボールに、俺は素直に答えた。


「興味がない」


「ちょっとは考えなさいよ。アンタのベルトだって同じことが起きてるかもしれないのに。頭の意思力(チンター)不能(インポテンツ)なんじゃないの」


「なら鳴滝にでも聞け。年がら年中、徹頭徹尾、発情してるのだからおあつらえ向きだろ」


「アンタは! 自分で! モノを! 考えられないのかっつってんのヨォ!」


 即身明王は悪を倒すのみであり、第一、英語教師としても関わるべき話でもない。

 ならばそれ以外にどんな立場で考えればいい。


 苛々してきた。


 だいたい天道って誰だよ。

 宇宙人とかいきなり言われて、なんて答えればいい。

 鼻で笑えばいいのか?

 怪仏観音がどこから来たかなんて、どうでもいい、興味ない……。

 俺が即身明王としてやるべきことだけ、戦うべき相手だけを教えてくれ。

 でなければ、放っておいてくれ……。

 俺が知りたいのはアキラのことだけで……。

 アキラ……。


「だんまり? あーもう――」


 双樹の小言、俺の暗澹をさえぎったのは南無爺のうめき声だった。

 胸のあたりを押さえその場にうずくまる。


「あ、ああ……すまんのぅ。いつ死んでもおかしくない爺じゃて……この程度の寒暖の差さえこたえる。もう上がってもらえんか」


「そういうの、ウケないんですけど」


 まだ噛み付きそうな双樹を横目に、俺は照明をひょいと片手に担いだ。

 お開きの空気が伝わったらしく、双樹は俺に対しても睨みを利かせていたが大人しく出口に向かった。


 階段を上がれば、銀色の雲が覆い遠雷まで響く天候にもかかわらず、明るさに目がくらんだ。

 あれだけ不愉快に感じていた湿度が穏やかに身体を温める。確かに少し冷えていた。


 定位置なのか、ベンチに座りなおすと南無爺は自らの胸をさする。


「笑わせるつもりなどないわい。あらゆるものに寿命があるのは、自然の摂理じゃ」


「ふぅん。その老い先短いおじいさんは、若者の知的好奇心のために入口の鍵を任せてくれたりも……しないわけね?」


 言葉とは裏腹に双樹は手を差し出していた。

 無意識の行動だろうが、辟易(へきえき)する。


 南無爺の心境も同じだったのだろう、白髪の向こうで顔を歪ませ首から提げた鍵を握り締めた。


「これはワシの標じゃ。誰にも渡さぬ。いんや……これがなければ、ワシが輝夜雪舟として出来ることがわからなくなってしまう。それはいかん」


「ふーん……そう。()()()()()


 手を引っ込めたと思ったら今度は口での牽制。

 反論を待たず、双樹は踵を返して来たとき同様にヒールを打ち鳴らした。

 容赦のない女だ。


 南無爺も、積極的に関わりたくはないのだろう。

 悪魔祓いの十字架のように鍵を握り締めて老体を小さくした。

 やがて、爺さんは俺の前をのそのそと歩き、ブルーシートを広げ始めるホームレスの輪の中に入っていった。

 さも、哀れなホームレスの一人に立ち返ったかのように。


 俺とて、これ以上は双樹の推論に付き合っていられない。

 宇宙人だとか、電波だとか、こりごりだ。


 リムジンへの同乗を逃げるように断り、久々に華武吹町を歩きながらねぐらに戻ることにした。

 歩いていれば、この陰鬱な気分も変わるだろう、と期待しつつ。


 しかし遠雷が響く中、気分が晴れるわけもなかった。

 むしろ、途中から夕立の雨に叩きつけられる。

 焦りと苛立ちが膨れ上がる一方だ。


 俺は即身明王でなければならない。

 だが、その道の先で、即身明王と手駒にした魔王とは戦わなければならない。

 俺を即身明王たらしめたのは、他でもないアキラの助力があったからで……。


 即身明王である道と、アキラと戦わずに済む道が、どうしても両立しない。


「くそ……」


 即身明王の使命と、俺自身。

 感情の辻褄が、合わなくなっていく。


次鐘のピックアップはお待ちかねのアキラ・アイゼン!

ヤバいです。

アツいです。


モチベになりますので、画面下の【☆☆☆☆☆】から評価いただけると、大変ありがたいです!

アカウントをお持ちでない方は、青い鳥さんマークからポチっとしていただけると幸いです!


また口コミが何よりの力です。「これ好きそう!」というお友達がいらっしゃいましたらオススメしていただけると幸いです。


【第七鐘】ポスター

挿絵(By みてみん)


澄石アラン

Twitter @AlanSmiishe




-----オマケ-------


※どちゃくそどうでもいい長い話になりそうだったのでカットしたのですが鳳と鬼の意味について。


■梵の鳳:梵=インド神話、鳳=ガルーダ=迦楼羅天 (かるらてん)。


仏教において、煩悩の象徴といわれる為、龍 (毒蛇)を常食としている迦楼羅天は、毒蛇から人を守り、龍蛇を喰らうように衆生の煩悩 (三毒)を喰らう霊鳥として信仰されている。密教では、迦楼羅を本尊とした修法で降魔、病除、延命、防蛇毒に効果があるとする。また、祈雨、止風雨の利益 (りやく)があるとされる。

不動明王背後の炎は迦楼羅天の吐く炎、または迦楼羅天そのものの姿であるとされ「迦楼羅焔」 (かるらえん)と呼ばれる。 (wikipedia)


また、赤羽根=鳳=ガルーダ (煩悩を断ち切る者)。

鳴滝=竜=龍 (煩悩の象徴)という関係性もあります。さらに「タキ」という音は「欲」を表します。欲が鳴る。煩悩ですね。



■梵の鬼:梵=インド神話、鬼=悪魔=天魔

愛染明王はラーガラージャ (愛欲の王)といわれ、マーラと同じくインド神話の愛の神カーマが起源とされている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ↓ Clickで作品を応援 ↓
小説家になろう 勝手にランキング
小説家になろうSNSシェアツール

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ