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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た晩夏
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いばらの海-(2)


「ああ、恵子さん」


 バックミラーに映る風祭さんは、後部座席に居座った俺に目をやると、その角度を変え視線を遮断した。


「彼女は三瀬川病院で看護婦をやっていてね」


 鳴滝豪は生きていれば六十を迎えていただろう。

 親の世代と係わり合いがあるのも不自然ではない。


「おじさん、こう見えても昔はブイブイ言わせてたから怪我も多かったんだけど、そういった連中みぃんな、恵子さんの前では子供みたいに大人しくなるんだ。マドンナっていうヤツだね。憧れだったよ。光太郎くんを産んだときに仕事は辞めたみたいだけど」


「風祭さんがブイブイ……?」


「数え切れないくらいの車がお釈迦になったけど、おじさん自身はお陀仏しなかった。徳が足りなかったみたいだね、うふふ」


 なんちゅうブラックジョークを言うんだ。


 今日も相変わらずタクシーは停車中で暇そうだったが、風祭さんの手元が翻ると共にエンジンがかかった。

 蝉の声に加えてエンジン音。

 声が聞き取りづらくなる。


「あの頃は命知らずだったおじさんにも、いまは家族がいるんだ。知ってるだろう、偉い人が君を怪しんでいる。華武吹町を離れるのも手だよ。()()全部……豪さんのしがらみじゃないか。おじさんの曼荼羅条約と一緒さ。親から子に受け継がれる呪いだよ。君なんて、また病院送りにならないとも限らないよ」


 ソレ、というのは。

 ベルト。

 優月。

 華武吹町。

 その辺、全部の因果だろう。


「いいえ」


 当然、否定(ノー)だ。


()()はもう、()()だし、しがらみでも呪いでもないっす」


 じゃあ何だって聞かれちゃうと困るんだけど。


「伝説の無頼漢、その血は争えない……か」


「ただの自己満足」


「……良くないよ、そういうの。身を滅ぼす」


 淡白にそう言って、風祭さんはシートの間から顔を出す。


「お客さん。無賃乗車は営業妨害だよ。さ、降りた降りた」


 ただのタクシードライバーの顔をされては、これ以上話ができないのは明白だ。


 残念ながら、クーラーの効いた車内から直射日光がひりひり痛む路上へ追い出される。

 タクシーはドアを閉めるなり、すーっと観光客賑わう大通りに向かってしまった。


 こんなことを思うのはしばらく後のことなのだけれども。

 風祭さんや白澤恵子さんは鳴滝豪のしがらみに、鳴滝豪は優月のしがらみに、優月は華武吹町のしがらみに……捕らわれているのだろうか。


 ならば、優月を救うことができれば華武吹町が救われる、みんなが救われる……なんて、ね。

 いずれにせよ、俺がやることは変わらない。


 *


 再びコンビニを転々として時間を潰し、陽が落ちてから望粋荘に戻る。


 案の定、うだるような暑さだが空調にあたるものが設置されていないのは俺の部屋だけだ。

 オマケに大家のばあさんは滞在中。

 優月のお部屋にお邪魔して涼しい中、熱くなっちゃう的なことも不可能だ。

 それどころか、お一人様ピンクタイムも。


 さて、今夜も水風呂に入り大人しく横になるか。

 陰鬱な気持ちで階段を上ると、陰鬱な顔をした覆面マスク、珍宝が銘菓獅子屋の紙袋を差し出してきた。


「え、マジ!?」


「いちご大福じゃないっす」


 なんだよ。

 そう思いつつ中身を覗き見ると、肌色多めのパッケージ。

 俺は全てを察した。


 家賃滞納で追い出され、主を無くした俺の数少ない私物のうち、大家と優月の目に触れるとマズいこれらのコレクションを預かってくれていたということだ。

 さすがは望粋荘唯一の良心。ナイスカバー。

 ところがどっこい、珍宝は呆れ顔だ。


「禅くん、趣味偏りすぎじゃないっすか」


「確かに俺はストーリーが軽いヤツが好きだけど、百瀬(ももせ)(もも)の"濡れ巫女除霊シリーズ"は本当に泣けるからオススメ」


「そうじゃないっす。全部一緒じゃないっすか。黒髪、ロングヘア、色白」


「それは……不思議と言わざるをえない」


「引くわ~」


「引かないで~」


 これは優月と出会う以前にコレクションしたお宝であって、それ以降は購入していない。金欠によりできていない。

 よって、特定人物に対する執拗性とか犯罪の臭いは一切ない。

 何もかも偶然の一致としか言いようがない。

 その上で優月に気持ち悪いといわれるなら、それはそれで良い。お徳。むしろ、嫌悪感丸出しで罵ってもらいたい。


 というような言い訳を懇切丁寧に述べたところ、珍宝は軽蔑の目で「その開き直り方が輪をかけて気持ち悪い」と俺を突き放した。

 性癖はみんな違ってみんないい。

 俺はそう思う。


「とにかく禅くんが出家してから――」


「出家してないし、家出でもねぇよ?」


「――大家さん居付いちゃってやりづらいから、早くどうにかしてほしいっす」


「へいへいへーい。俺家賃払ったのになあ……!」


 蒸し暑い自室に戻り、お宝を定位置の押入れに入れる。

 そうだ、普通は隠しておくものだ。

 オヤジのように出しっぱなしにはしない。


 どう考えても、あの光景は異常だった。

 隙間風と染み付いた酒の臭い漂う寂しげなオヤジの部屋の中、散っていた肌色のパッケージ。


 黒髪、色白、日本美人で……。

 赤と白の……巫女とか多かったかも。

 いやあ、血は争えない……。

 にしても偶然の、一致……?


 優月。


「…………ん」


 優月というパーツがハマって、全貌が見えた。


 恵子さんの話によれば、オヤジは『救えるときに救わないと後悔する』と言っていた。

 白澤先生も同じようなことを言っていて、俺はてっきり特撮ヒーロー番組のセリフかと思い感銘していた。

 まさかオヤジが元ネタとは……。


 そしてオヤジの後悔とは、優月のことだろう。

 すぐに助けられなかったことを、深く後悔し続けていた。

 いつかの約束は果たされなかったのだから。


 だとすれば。

 あのとき、オヤジは酒をかっくらっていた。

 俺のことなんて顔も見ないしお構いなし、ときおりティッシュを何枚かとって……。

 泣いていたんだと、思う。

 街のヒーローともてはやされた男が、ただ一人の女を助けられず後悔し続けて。


 俺は華武吹町が嫌いだった。

 何もかもオヤジのおさがりなような気がして、大嫌いだった。

 鳴滝豪のしがらみから逃げ出したかった。


 だけど……オヤジさえ、しがらみに捕らわれていたのかもしれない。

 優月の影に。

 華武吹町に。


 そう思うと少しだけ、オヤジと向き合えるような気がした。

 華武吹町にかけられた呪いと戦う、仲間として。


「いや……まてよ?」


 そんなやるせない話ついでにするのもなんだが。

 どう考えても俺の偏った性癖は、そのときに植えつけられたものだ。


「いやあ、しがらみですなぁ……」


 この話は、しまっておこう。


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