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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
幕間 君が居た晩夏
128/209

《archive:RED》Super Sun ※赤羽根視点


 これは、あくまでも九条陽子の話だ。


 あいつには最初から、素質があったのかもしれない。

 少々、喧嘩っ早いけれど。


 それは八月中旬のことである。

 そう、伊豆のときだ。


「アタシ、優月さんには負けねぇから!」


 爽やかな伊豆の青空には似つかわしくない言葉だった。

 もちろん顔には出ていないだろうが、俺は九条陽子の言葉を理解しようと必死だった。


 曼荼羅条約の情報網を回避するため……という理由で半ば拉致されて三時間。

 俺の意思など無関係に、荷の如く伊豆に運搬されていた。


 当初、二、三日缶詰にされて静かに物思いにふけるのも悪くない、などと自分に言い聞かせていたが、なかなか無理のある自己暗示だった。


 到着した先は観光客にぎわう海水浴場近く、それも別荘と浮かれた場所。

 極めつけにバカンス気分の学生付き。

 俺は静けさを諦めた。


 案の定、宿泊先となる白亜の大豪邸を見るなり、鳴滝(きいろザル)は「やべぇ」と「すげぇ」だけの語彙で先走る。

 正直すぎる感性に呆れていたところ、今度は先の九条の宣言である。

 そのときの俺には、思考する気力が無かった。


「…………」


 威勢よく拳を握り、一歩前に出た九条陽子。

 宣戦布告された優月さえ閉口したところを見ると、俺のリアクションは間違ってはいないようだ。


 おかげで、その瞬間だけは蝉の声と潮騒がよく聞こえた。

 草木と潮の香りも懐かしい。

 風流だ。

 暑い。

 腹が減った。

 それと、頭が痛い。


「えと……あの、あの……」


 気まずく歪んだ空気に耐えかねたか、九条は言った。

 しかし、言葉を詰まらせた。

 結局、気まずそうに視線を泳がせた末に、幼く作った声を上げて鳴滝のもとへと走っていく。

 彼女が作り出した妙な空気はほったらかしとなった。


「猫かぶり下手か」


 何故か双樹は、結構な力で俺の肩をはたいた。

 そのフラストレーションは理解できるので、俺はその暴力に言及しなかった。


 そういえば、鳴滝が九条と優月の間で二股うんぬん、なんという話もあったな。

 関係なさそうだし、関係したくないので、俺はその件について忘れることにした。


 他に考えたいことが山ほどあった。


 *


 その件を思い出すのは伊豆から戻り、八月も三週目に入った頃だった。


 明珠高校の三年教室。

 午前中にもかかわらず、俺は金にもならない追試のせいで黒板にチョークを打ち付けていた。

 詳細にいえば、番組だオーディションだと追試予定が合わなかった九条陽子一人のためだ。

 なお、この追試は二回目となる。


「九条。ここに答えを書いておいた。全部写せ」


 よって、甘やかしここに極まる対応となった。


 残念なことにこの九条、これでようやく及第点といった頭の出来だ。

 一度目の追試は、吉宗千草が隣についていた。

 明珠高校にはもったいない秀才で真面目で温厚な吉宗が、手取り足取り教えながらのテストで時間切れである。


 俺は匙を投げ、効率を選んだ。

 にもかかわらず、最前列に座らせた九条は机に突っ伏して堂々放棄の姿勢。

 品も色気もない声を上げた。


「うびぃやあぁぁぁあ! むりぃ~!」


「そんなわけないだろ」


「赤羽根センセにはわかんねぇんだ! フラれて傷心した乙女の気持ちなんかよぉ~! 赤羽根センセは鉄でできてるからゼッテーわかんねぇんだあ!」


「鉄の元素記号はFe、原子番号26」


「ぎゃあああああああッ!」


 放っておくと、九条は汚らしく鼻を鳴らしながら手を動かしはじめる。

 試験というより写経だったが、この明珠高校の偏差値とて地を這うレベル。

 答えが埋まった答案用紙が存在するだけいくぶんかマシだ。


 それでも九条の愚痴は続いた。


「わかんねぇよお~、わかんねえ~。"妹みたい"ってズルいよな。もうなんだよ、助動詞って~! このっこのっ! でも、だって禅がさ、大人ぶりたがってそうだったからさ、だからアタシ、一歩引いて子供っぽくしてフォローしたのにさあ。禅ったら優しすぎちゃうからさあ~! もお~!」


「follow! ファー、ロゥ!」


「発音訂正するの、やめろよ! そんな話してねぇのわかんだろ~!」


「わからん」


 テスト以外の話をするな。

 というか、話をするな。


「なんでぇ~! 愚痴くらい聞いてよ~! 赤羽根センセだってフラれたんだろ、フラれた同士じゃん!」


「……それは鳴滝から湧いて出たクソ情報か?」


「そだよ。みんな知ってるよ。一緒に暮らしてるアキラってコに逃げられたって。ねえねえ、だからさあ~」


「そうか」


 あいつ、潰す。


「だから、ちょっと話聞いてよ~!」


「面倒くさい。これだけ譲歩してやってるんだ、黙って手を動かせ。鳴滝以下」


「ぎゃあああああああッ! 不名誉おおおぉぉ! 最高裁で会いましょう~!」


 さらに一つ二つ侮蔑を述べたが、俺の指と指の間で粉になるチョークを見て、九条は口を慎んだ。

 歯を食いしばり、息を荒げながら、ようやく最後の科目に行き着く。

 俺も鳴滝に対する愚痴と怒りと呪詛を聞き流して、九条のやる気を軌道修正してやるのは骨だった。


 時刻は昼飯時をゆうに過ぎた頃、とうとう最後の解答欄が埋まると、九条は糸が切れた操り人形のように再び机に伏せた。


「だは~! 乗り越えたああ! アタシ、やった! やったよ、じっちゃ、ばっちゃ! ありがとう! 赤羽根センセもありがとう! 世界、ありがとう!」


「まるで壮大なことを成し遂げた言い草だな」


「なんだよ優しくねぇ! 褒めてくれたっていいのによ!」


「遅れを取り戻しただけのお前を褒めるのは正しくない」


「正しいとか、正しくねぇとか……赤羽根センセはそればっか! つまんねーヤツ!」


 うるせーよ。悪かったな。耳にタコが出来てんだよ、ソレは。

 そんな言葉を飲み込んだ。

 その話は、感情的になりすぎる。


 ようするに、精神的ダメージを負わされた俺は柄にもなく押し黙ってしまったわけだが、九条は気がついた素振りもなく息巻いた。


「もお! 禅はヒーローなんかじゃなかったし、赤羽根センセはヒーローでしかないんだな! ボンノウガーもジャスティス・ウイングもクソ!」


「そうか」


「お行儀いい大人マンやーめた!」


「そうかそうか」


「アタシが、アタシの理想のヒーローになる! アイドルって種類かもしんないけど、禅にも赤羽根センセにも負けねぇから! ライバルだから!」


 以前から九条は何を言っているのかよくわからないヤツだ。

 そのたびに九条の言葉を――その配列を理解しようとした。

 今回もその努力はしたが、何を言っているのか、相変わらずわからなかった。


 ただ。


 まるで一等星でも入っているかのように目をぎらつかせ。

 尖った犬歯が見えるくらいに口角を上げ。

 俺や鳴滝を見下ろす場所を、たしかに見据えていて……。


 俺がつまらないヤツなら、こいつは面白いヤツなのか?

 そんな疑問が一つ浮かんだ。


 しかし、やっぱり。

 九条が言っていることの意味が俺には理解出来そうになかった。

 むしろ、九条謎ワードベストスリーを更新していた。


「…………」


「…………」


「そうか、頑張れ」


 そして、答案用紙を九条の腕の下から抜き取るのが、俺が出来る最大の譲歩だった。


「そういうの! そういうのがつまんねーっていうんだよ! アタシと同じ! ヒトのこと解ろうとしてねえとフラれちゃうんだよ!」


 余計なお世話だ。


 まさかとおもってその場で採点する。

 案の定、写し間違いすら目立ち、四十点ほどだった。

 無論、書き直させればよいのだが、満点にしてやる気など起きなかった。

 九条もそんなつまらないことを望んではいないのだろう。


 俺はさっさと九条を帰し、さっさと事務処理を終えて帰路につく。


 ヒーローか。


 修羅の道だぞ。

 まあ、せいぜい頑張れ。

 成長は苦痛だ。

 蛇の脱皮だってそうだろ、命の危険を伴う。

 俺だって昔は――。


 まあ、そんなことを考えていた。


 だが、その宣言を九条が叶えたのはほんの数日後。

 スター爆誕というスカウト番組だった。


 そして、俺はつまらない自分に危機感を覚えた。

 明確に、焦りを感じた。

 だから――。


 いいや。

 やめよう。


 これは、あくまでも九条陽子の話なんだ。


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