エピローグ 迂闊に実る枯れ尾花
才能とはかくも無情だああああああ!
伊豆から戻ってきた後、陽子は例の歌番組、スター爆誕に出場することに。
審査員との応答で啖呵を切ってしまいスケバンキャラが露呈、それが逆にウケたらしく準優勝という名誉と賞金百万をひっさげて帰ってきた。
陽子は「恥かいちまった」とゲッソリしていたが、大人たち (とくに町内会のじじばば)は騒然、そして応援ムードが漂っている。
現金なもので、俺より夢を選んだことによってばっちゃは大喜び、じっちゃは猛反対と逆転現象が起きているらしい。
陽子自身は大きな問題を抱えたにせよ、華やかな世界への道のりは着々と拓かれているようであった。
シンデレラガールの階段を駆け上るものあれば、オトナの階段を上り損ねるものあり。
才能無き俺は、体力勝負の日雇いのバイト三昧。
キャッチに、運搬に、配送センター仕分け、イベント設営スタッフ……など。
汗水も甲斐あってなんとか未払い家賃分を手に入れることができた。
最後のバイト代を受け取ったその足で、意気揚々と我が家望粋荘に戻ったのは、夏休みをあと三日残した夕刻だった。
玄関先では大家のばあさんが、裏庭から刈りとった芒を刺していた。
笑顔で手を振る俺を一瞥するなり背を向け「たったいま魔除けの芒を立てたのに、おっかしいねえ……」と嫌味をくれる。
「三ヶ月分の家賃です! 払わせてください!」
「帰りな」
「帰ってきたんだよお! 俺、望粋荘の子だよお!」
「気持ち悪いね。ヨソあたりな」
「俺が野放しになってもいいのか! いいのか!」
「どこへなりともお行き!」
そんな押し問答を十数分。
「あーあー……あたしもアンタのオヤジさんは知らないわけじゃないからね」
ここでピカっと親の七光り。
大家のばあさんになんとか家賃を押し付けることに成功した俺は、晴れて入居者に戻り、ほぼ一ヶ月ぶりにホームレス生活終了とあいなった。
思わずガッツポーズも出る。
「禅、アンタ。優月に礼をしておくんだよ」
「優月……?」
「部屋のモノ売り払って未払い分の足しにしてやろうかと思ったけど、あの娘が『帰ってくる』『借金も自分のせいだ』って頭床につけて止めるもんだからさ。イヤだねえ、若い娘に土下座させるなんてねえ」
生年月日でいえば、大家のばあさんより優月の方が年上ってことにはなるのだが、それはさておき。
優月が立て替えてくれなかったら、もっと早く……例えば夏休み前の学業忙しい時期に追い出されていたかもしれない。
礼をしなければいけないのは確かだ。
それは俺も前々から思っていた。
だからすでに礼の準備はできている。
いわばプレゼントだ。
仕事中、ぼーっとしながら一生懸命考えていた。
恐る恐る玄関をくぐってみれば、都合のよいことに優月が雑巾がけをしているところだった。
俺の顔をみるなり……サッと視線を外す。
相変わらずツンツンしている。
「お前の部屋など無い」
「態度、間違えてませんか」
「全部、酒のせいだ。何も、なかった……」
「……ただいま」
「…………」
「ただいま!」
「……おかえり、なさい」
結局、態度を修正した。
強く出てみるもんだ。
とはいえ、ふんぞり返れる立場でもないので、俺はいそいそとご用意させていただいたブツを優月に差し出す。
優月は困惑しながらも文字を読み上げた。
「わがまま券……」
「お礼とか……そういうの、です」
一言で言ってしまえば黄色いチラシの裏に文字を書いただけのお粗末なチケットの十枚綴りだ。
子供が父の日に渡す手作り肩たたき券、母の日に渡すお手伝い券みたいなものである。
我ながらナイスアイディアだ。
「俺、金無いから買って渡せるものもなくて……労働力しかないけど、それ使ってくれたら条件とか無しで、お祭りでも、海でも、どこでもお供するから! あ、酒に絡むことはNGで。それ以外はなんでも……全部!」
「……お前を便利に使っていいのか」
「ねぇ、どうしてこの状況でそんなに可愛くない言い方できるの? すっごく不思議」
もうちょっとデレとか期待していたのに。
造作もなく受け取ると、優月は早速ぷちぷちと一枚引きちぎって差し出してきた。
あーあ……。
この雰囲気なら、サンドバッグになれとか、ちょっとそこの落とし穴に落ちてみろとか、報復系だろう。
なにを言われても果たしてやろう、男に二言は無い。
そこまで覚悟していた俺に、やっぱりこの女は破壊力抜群のヤツをブッ込んできた。
「突然いなくなったりするな。本当に望粋荘を出て行くときは一緒に連れて行け。そう誓え」
俺はみぞおちを押さえた。
両膝をついた。
うずくまった。
放熱が終わるまでそのままだった。
<第六鐘 煩悩の果実・終> To be Continued!





