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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第六鐘 煩悩の果実
123/209

11. Power of Together!-(1)


 夏の砂浜。

 もうすぐ陽が落ちようという逢魔が刻。


 華武吹町を離れ青春しにきたはずの俺は、どういうわけかヒーロースーツに身を包んでいる。

 目の前に立ち塞がる完全体の怪仏アーリヤ。

 そして、隣には頭だけ着ぐるみをかぶったド変態。


 異物の登場によって俺は目を白黒させていたのだが、アーリヤはやはり()()に問いかける。


「コレ、あなたの仕業ですか?」


 突き出した黄金の錫杖の両先端を覆う卑猥なカバーだが、少なくともコレが俺を守ったのは事実だ。

 ゾウさんは、堂々腕組み仁王立ちで答えた。


「無論だ。初めて手合わせする相手、そんなに激しく突くのは感心しないな」


 もしかして俺に渡したアレが、こんな珍妙な形で発動したっていうのか。

 どういう仕組みかわからないが、ゾウさんは俺にお守りを渡してくれていて、親切に見守ってくれて……まてよ? 本当に男女のアバンチュールがはじまっていたら、今度はそっちがピンチだったのでは?


「その可能性は極めて低い」


「俺の考えてることに返事するのやめてくんないかな」


 俺たちの問答さておき、アーリヤは身を低く構え、生死(せいし)の境目をえぐりかねない黄金棒を構える。

 その先端は未だ封印されているが、俺を物理的に嬲り殺しにするには十分だろう。


「人間たちから根源煩悩、魔王とまで恐れられるあなたが、まさか介入するつもりですか」


「その必要は無いだろう。お前は――お前のような現実を見られぬ(にせ)の仏は、真の煩悩の使徒に討ち果たされるのだ。あっけなく」


「真の煩悩など、ありません、全ては幻です」


 アーリヤは論法を繰り返した。

 不気味なほどに単調な態度で。


「ボンノウガーよ。親切な流離いのゾウさんがひとつ説法をしてやろう」


 ゾウさんの割り込みなど聞く耳持たぬといわんばかりに、ワンステップで飛び込んでくるアーリヤ。

 その一閃、二閃から距離をとるのに必死になる俺。


 しかし、状況構わぬといった調子で、ゾウさんも仁王立ちのまま説法を続けていた。


「相手の真実を欲する煩悩を"疑念"という。しかし、そいつの能力(ちから)はその真逆。他者の真実から目をそむけ、意思をも認識せず、無かったことにする――如意の絶対防御、湾曲解釈! お前の汚い上に人間が小さい煩悩は、全てスルーされているのだッ!」


 突きによって滑るのを警戒しているのだろう、アーリヤの動きはかなり大振りになっている。

 それでなんとか回避が間に合っている状況。

 俺とてゾウさんの説法、もとい罵倒を聞いている場合ではない! 悪いがスルーさせてもらう!


 刹那、睨み合いを挟むもアーリヤの猛攻が止まらない。

 だが、俺の目はその距離感、単調になりつつあるヤツのタイミングを把握しきって――いける!


 かわして、いなす!

 間合いに飛び込んで錫杖を掴み、引き寄せ――からの頭突き(ヘッドバット)

 アーリヤの上体が仰け反った。


「はンッ! 物理攻撃は効くみたいだな!」


 勝機!


「それはあなたもですが」


 ――と、思っていたが目の前が真っ白になり、うわんと意識が歪んだ。

 ヘッドバットのカウンターが刺さっていたのだ。

 振り払われ、突き飛ばされ、波の往復する浅瀬に背中から叩きつけられる。

 目の前が七色に瞬いていた。


 考えてみれば当たり前だ。

 俺にも物理攻撃が効く。

 そんなこともわからないほど余裕がない俺に、ゾウさんの説法が耳にはいるはずがなかった。


「敵は私ではありません。さあ、共生いたしましょう……! オン アロリキャ ソワカ」


 真言は、俺に唱えられていた。


 夕陽の残照がアーリヤの顔半分を照らす。

 それが神々しく見えて、体の痛みや焦りがすーっと溶けて。


 ああ、俺……救われるんだ。

 こんな生きづらい、クソみたいな世の中から。


 まるで、極寒の中に温泉を見つけたような、そんな安心感に身動きが取れなくなる。

 俺の中から黒炎が湧き上がるが、次第にアーリヤの口元にしゅるしゅると吸い込まれていき――くそ、意思が吸い取られてる!


「煩悩など、いずれ朽ちる肉の檻と穢れた俗世が見せる甘美で愚かな蜃気楼。さあ、ひとつになりましょう。オン アロリキャ ソワカ」


 意思が、溶ける……!

 喰われる……!


「オン アロリキャ ソ――」


 ふわふわと心地よくなりかけていたところで、アーリヤの真言が……止まった。

 ぼやけていた視界、ピントが合う。

 その精緻な横っ面に円盤のような、岩のような物体――ウミガメが打ち付けられていた。


「…………え」


 ぼちゃん、とウミガメは波に落ち、のろのろと沖へと帰っていく。

 俺もなんとか身を起こしてウミガメを見送ると、その方向からざぶざぶと歩いてくる赤いヒーロースーツ。

 ジャスティス・ウイングがわずかな逆光の中、得意げに言った。


「どうやら、物理攻撃は効くみたいだな!」


「おい」


 矢継ぎ早に、エンジン音が唸り、四輪駆動がアーリヤの立ち位置に突っ込んできた。

 アーリヤは身を宙浮かせ、ボンネットをワンステップ、華麗に回避。

 しかし、その回避行動を見て沙羅が得意げに言った。


「物理攻撃は効くみたいね!」


「おい」


 ジャスティス・ウイングと沙羅の間で一瞬、火花が散る。

 ソレ、俺が最初に言ったんだけど。


「次から次へと……困りますね」


 アーリヤの表情は本当に気の毒なものを見る目だった。

 腹の底から哀れんでいる言葉だった。

「如意が通らぬなら暴力に頼る。それもまた俗世の業。許しましょう。しかし、如意そのものである私に、如意が通らぬでは……勝敗はつきそうにありませんね。永遠に、無益な争いを続けますか?」


 長引けば長引くほど俺たちは消耗する。

 対するアーリヤは怪仏。

 永遠にでも戦うことだって出来る。


「それでも貴方たちの決意は固い。ならばいっそ共生救済にて、みな救いましょう」


 ジャスティス・ウイング、そして我らが知将も同じく打開策が浮かんでいないのだろう。

 俺も、案が無いまま身構えた。

 こうなったらいつもの持久戦、起死回生の一手を思い浮かぶまで粘るしかない。

 あるいは背中を向けて逃げるってのも手だ。

 どこまで追いかけてくるか、想像もつかないけれど。


 せめて女三人は逃がさないと。

 どうやって?

 どこに?


 悪い予測が、入れ替わり立ち代りに頭の中を駆けめぐる。


 そんな緊張感の中、次の一手が放たれた。

 かこん、と。

 優月の手からRPG-18(ロケラン)の筒が俺の足元に叩きつけられた。


 支援?

 これを使って何か形勢逆転を狙えると――!


「理性が存在するとは到底思えない最ッ低な本性を見せ付けるのは、お前の得意とするところだろう!」


 ……どう前向きに解釈しても、罵倒だった。

 優月は、はっとなって訂正するように続ける言葉を補強する。


「私が何度、お前の薄汚い煩悩から眼を背けようとしたことか! それでもお前はいつだって……欲望に正直で、アホで、ばかで、クズで……私はお前がそういうヤツだと受け入れるしかなくなった」


「優月……」


 全然、フォローになってない。

 だが優月は搾り出すように、俯きながら、一つ一つの言葉に覚悟を込めているようだった。


「私は……それでもお前のそういうところを、弱いところも、汚いところも、全部知りたいと――」


「そうだぁああああああッ! 全くもってその通りなのだあああああッ!! 理想や信仰を追い続け、盲目となった相手には、己の姿をさらけ出し解らせる他無いぃぃいッ!!」


「…………」


「…………」


 …………。

 優月は何かもにゃもにゃと言った気もするが、ゾウさんの暑苦しい言葉に完全に上書きされた。

 ゾウさんの暴走が続く。


「解脱とはッ! 《解らせるため》、《脱ぐ》と書くッ! 裸の心を知りたいと思うが煩悩なれば、裸の心を見せたいと思うもまた煩悩! ドン引きさせるほどの煩悩でヤツの湾曲解釈を突き破れッ! 輪廻転生、原点回帰ッ! お前が最初からやってきたことだ、無明戦士ボンノウガーッ!」


 ゾウさん頭の中身と目が合った気がした。


「ああ、もう! だったら、コレまでの説法の中で一番わかりやすいな……! いつも通りエロビーム、打てって言うんだろ!」


「煩悩エクスプロージョンだッ!」


 俺が腰のベルトに手を当てると、やれやれと肩をすくめたアーリヤの周囲でボッと砂と水が舞った。

 信仰の、銀白の炎が燃え上がる。


「覚悟は決まったようですね。それならば――いざ!」


 アーリヤの猛攻を前に、構えている時間は……!


「たじろぐな!」


 黄金錫杖の先端は、赤く燃える三鈷剣に踊らされていた。

 フェンシングの持ち手となったジャスティス・ウイングの剣は、正確に黒いカバー部分を狙い、力を受け流す。

 ギラギラと炎が交差する軌道を目の前にしながら、俺はベルトの回転に意識を集中させた。


 輪廻転生、原点回帰。

 俺が最初に放った煩悩は……!

 でも、それは陽子を傷つけるかもしれなくて――!


「叩きつけて、現実を! 否定しようのない煩悩を仏恥義(ぶっちぎ)ッて! アタシ、怖くない!」


 四輪駆動の後方から顔を上げた陽子の、力強い声が聞こえた。


 ――そうだ。

 解ってもらうことを恐れているのは、俺だ。

 恐れているから、湾曲解釈に競り負ける。


 解って脱ぐ、解ってもらうために脱いでいる!

 俺がずっとやってきたことじゃねえか……!


 呼応して煩悩ベルトは、気を抜けば俺が吹っ飛ばされかねない程にサーキュレーターを回して猛り立つ。

 目の前で白い光がギンギンに煌めいている。


 ジャスティス・ウイングが高く飛び上がる。


「あの馬鹿の如意を否定しきれる者が、俗世に在るとは思えんな!」


「いいえ、全ては愛別離苦が生み出す幻想なのです」


 解らせる、脱ぎ放つ!

 聖観音アーリヤ・アヴァロキテーシュヴァラに。

 それから――!


「そんじゃ、正面から受けてもらおうかああああぁぁぁッ!」


 俺は心を脱ぐように叫び、ありったけを迸らせた。

 これが俺の、変わらぬ真言ッ!


「優月の処女は俺のモンだあああああぁぁぁぁッ!!」


 ――。

 あの時と変わらず白い光線……どころか光の壁がベルトを起点に(ほとばし)っていた。


 唇の端を不気味に吊り上げたアーリヤが光に包まれる。

 ヤツは、湾曲解釈しきって、俺の煩悩を否定するつもりなのだ。



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