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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第六鐘 煩悩の果実
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06. アレの正体

「ようやく、お会いできましたね」


 非現実的な幻想存在は、淡々と語りかけてくる。

 チュンディーを倒し、共生救済をもたらすと宣言した怪仏。

 こんなところで……。


 ギュルギュルと、サイレンのようにベルトが唸る。


「聖観音アーリヤ……!」


 精緻(せいち)に並んだ顔のパーツ、暗い色をした肌、せせらぐ小川のように銀髪が煌く。

 手にした黄金の錫杖は繊細な細工が施されており、武器として振り回すとは到底思えない代物だ。


 逆を言えば、アーリヤの怪仏としての特徴はそのくらい。

 顔十一個だとか手千本だとか、そんな超人的な怪仏たちと異なり、一見してとびきり美形の外国人でしかない外見から、すっかり観光地の風景に溶け込んでいた。


 しかし、華武吹町から遠く離れたこの場所で遭遇するのは、偶然というにはいくらなんでも出来すぎて……。


「あなたが一人になるのをお待ちしておりました」


 俺の表情から疑問を読み取ったのか、アーリヤは答えた。

 つまり、俺たちを追ってきた……と。


「まさか、あのデカいイノシシに乗って?」


「はい。もちろんです」


「じゃあ、あいつもどこかに……」


 こうしている間にも、どこかから突撃してくるんじゃなかろうか。

 斜に構えて警戒したものの、周囲に肉山の陰は見当たらない。

 その様子を見てか、アーリヤは目を丸くして――人形のような表情を崩し、フッと笑った。

 苦笑だった。


 血の通った表情に、俺は呆然と――見蕩(みと)れていたのだ……と思う。

 そんな俺の顔色を読み違えたか、アーリヤはすぐさま薄い笑みで体裁を整えた。


「失礼、そんなつもりでは。しかし、あまりにも目立ちますし、怯えさせるつもりはありません。私の目的は共生救済なのですから」


「そりゃ、まあ」


 生返事をしつつ、俺は遅れて思い至った。


 友好的とはいえ、俺は怪仏アーリヤを警戒していた。

 いつぞやの千手観音のように、口先だけで騙そうとしている可能性が拭えなかった。

 でもこいつの表情は驚くほどに()()で、裏もなく俺たちと対話しようとしているのだと、この時点でようやく腑に落ちた。

 考えてみれば、だらだらと道を歩いている俺を、ドスンとやることもできたはずだし。


 毒気の無い物腰のひとつひとつに感心している俺の心境など露知らず、アーリヤは神妙な面持ちで海岸に――そこにごった返す恋人たちや家族連れに目をやる。


「人間は(はかな)い。命を作り、命を育み、託し、老い、怯えながら死を迎える。そのように永遠を営む。しかしそれは、悲しみに満ちた愛別離苦(あいべつりく)の繰り返し。だからこそ共に生きる救い――共生救済が必要です。そして共生救済には即身明王の協力が必要不可欠なのです」


 このお堅い雰囲気からして覚悟していたが、また難しい言葉並べやがって……。


 ようするに、共生救済するにあたって、アーリヤひとりじゃどうにもならないから俺たち即身明王に協力してほしいことがある、ということだろう。

 長い話になりそうだし、とくに今はご遠慮願いたい。


「いま、別件で忙しいんだよ。その話、長そうだし、難しいことはジャスくんいないとわかんないし、後回しにできない? わざわざ追いかけてきてくれたところ悪いんだけど、ヒーローも即身明王も休業中ってことで――」


「あなたたちは(たばか)られているのです」


 突然の切り替えしに、俺は鸚鵡(おうむ)(がえ)しになった。

 あと、難しい言葉の意味がわからなかった。


「たば、かられ……?」


「騙されているのです」


 言い直してくれた。


 でも、誰に?

 そんな風に言われてしまうと、じゃあまた今度ってわけにもいかない。


 首をかしげ、俺は続きを待った。

 アーリヤは頷き声をひそめる。


「アレは愛染明王の名を騙り、あなたたちに巧みに取り入って己の目的の手駒としたのです。私たちの本来の敵は、アレです」


 愛染明王の名。

 アキラ・アイゼンの話をしている?

 本来の、敵?

 誰のことを話しているのか。

 主語が足りていない。

 そのせいで全く頭に入ってこない。


「我ら観音とは真逆の存在。魔王。根源煩悩。死より悪しき者。それがアレの正体なのです」


「なんだよ、そのカッコイイ設定」


 俺の茶化しは通用せず、アーリヤは一段と険しい表情を見せた。


「その名さえ禁忌なのです」


「きんき……」


「禁じられているということです」


「はあ」


 ご親切にもバカ用に言い直してくれた。


 しかし、俺の集中力は暑さで飽和しきっており、アーリヤの話など潮騒に同じく環境音。

 最優先事項は遠目から視線を送ってきた水着のお姉さん二人に反射的に愛想笑いすることだった。

 彼女たちは互いにはにかみ、相談の末に距離をつめてきていた。


「名を口にすれば、それだけで嗅ぎ付けられてしまうでしょう。故に古くから多くの異名を持ちます。あまり時間がありません。魔王を滅し、共に穢土(えど)を救いましょう」


 たゆんたゆんと揺れる健康的な肉の果実を目測。

 よく焼けて健康的なCとEってところだ。


 Cカップちゃんが「私たちこれからゴハン食べにいくんだけど、ご馳走してあげるから、一緒しない?」などとお誘いをかけてくれた。

 並ぶEカップちゃんはちらちらとアーリヤに視線を向けている。


 ああ、なるほど。

 どうもアーリヤ目当てなのは不服だが、これはラッキー。

 美形をエサに釣れたナンパに乗っかって――否、断じて否! 陽子を探すにも腹も減ってきたし、喉も渇いている。そろそろ日陰で休憩しなければ。


 今日は悪しきおっぱいに散々痛めつけられたので、善良なおっぱいで記憶を上書きしたい。

 もちろん、鑑賞までだ。

 俺だってさすがに分別がつく。

 わかっている。

 わかって、いる。


「アーリヤくん、人間をより良く深く知るために、ここは一つご同行いただけないかね。Togetherいただけないかね」


「話は終わっていませんし、行きません」


 手本のような真面目でお堅い反応だった。

 CカップとEカップは「じゃあ……」と引き下がる雰囲気。

 俺一人じゃ交渉不成立な雰囲気。

 俺はいらない雰囲気。


 納得いかないがご馳走がご馳走してくれる、このチャンスを俺は逃すわけにいかない。


「何言ってんだ! メシを食う、乾きを潤す、おっぱいを見る! 全てれっきとした人間(オトコ)の癒しだろうが! お前、ちんこついてんのか!?」


 途端、血相を抱えて俺の口を手で塞いだアーリヤ。


「それは言ってはいけません……!」


 と、やはりスゲー当たり前な、優等生そのものの返答だ。


「大丈夫? 忙しそうなら……」


 もたついている俺たちに再び引き気味の言葉。

 ええい、こうなったら強硬手段だ。


「行きます! ご一緒させていただきまーす!」


「ふふ、それじゃあっちの海の家にしましょ」


 Eカップちゃんの腕が、釈然としていないアーリヤの腕をとる。

 俺の脇にも華奢な腕が回って、さていざ行かん! と前に踏み込んだ――が、その腕に引かれて体が後ずさった。


 あるぇ、と振り返れば見慣れた金髪の頭頂部。

 俺の肘は平原のごとき胸に接していた。


「いってらっしゃい」


「…………」


「このヒト、アタシの彼氏なんで」


 ヒラヒラと手を振る――陽子。

 不規則な呼吸と、額に張り付いた髪。陽子も長い時間、この炎天下をあてもなく歩いていたのだろう。


「あら、そう。ま、いっか」

「そっちのカレシくんはまたね!」


「待って下さい! 話はまだ終わっていません!」


 EカップちゃんのみならずCカップちゃんまでもアーリヤの腕をとって満足げだ。

 だが俺は、やっぱりそっち目当てだったかー、と落胆している場合でも、わめくアーリヤを見送っている場合でもなかった。


 彼らの姿が見えなくなってようやく手を離した陽子は、いつものように「にひひ」とは……さすがに笑わず、じーっと見上げる。


 ああ、やっぱ許してくれる状況じゃないよなあ。

 食べ物に釣られまして……などと、見え透いた言い訳と土下座でおさまるシーンでもないだろう。


 引きつり笑いさえ出来ずに、俺はただ陽子の出方を待っていた。

 沈黙が長く、冷や汗が脂汗になった頃、陽子の金髪がパタンと跳ね上がる。


「禅兄、ごめんなさいっ!」


「……え?」


「だってアタシ、禅兄のこと信じきれてなくて……心配させちゃった。だから、ごめん」


 心配したのは事実だ。

 でも、頭を下げた陽子にも、彼女が言う「だから」の意味もわからなかった。


「アタシ、信じてるし大丈夫」


「むしろ謝らなきゃいけないのは俺で――」


「でもな」


 顔を上げた陽子。

 俺の話は受けず、言葉を貫いた。


「でも、これからもずーっと禅兄を信じるために、その……()()()()()が欲しい」


 確かな、もの……とは?


「ここじゃ恥ずかしくて話せないからさ、そのさ……また夜に相談する!」


 桃色の淫獣が配っていたアレ。

 長方形で白いカード状のブツを持って悩んでいた陽子。

 人前じゃ恥ずかしくて話せないようなこと。


 ……となると。

 俺の頭、および下半身は一つの答えしか見つけられなかった。


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