02. 桃色淫獣エクストリーム-(1)
「禅兄、暑くておかしくなっちまったの?」
「ふぁッ!?」
振り向けば、沢蟹を片手に掲げた陽子、そして無表情の優月が並んでいた。
まさか俺が産卵しているところを、見られた……ッ!?
「禅ちゃんがおかしいのは、いつものことじゃん」
「そっかー」
さっきまでノリノリだったのに見事に手のひらを返した沙羅。
やすやすと納得した陽子。
優月に至っては心底そう思っているのかノーリアクションだった。
なんだよ、それ。
まるで俺がバカみたいじゃん。
もうちょっと話題にしてくれよ。
「へへ~! 見て、カニー!」
「やだあ、貧相でマズそうなカニ。夕食はもっと立派なカニを出してあげるのに」
まったく腑に落ちないが、そんな感じで俺は沙羅様に許されたらしい。
渾身の産卵シーンを見事にスルーされた俺は、寂しさが顔に出ぬよう静かに居住まいを正した。
「そんで? ヨコたんはゆづきちを引っ張ってどこいってたの?」
陽子は「それがなー」と困った様子だった。
そんな中、俺は話半分で二人の水着を再チェック。
前述のとおり、沙羅は予想通りドエロくてお高そうな水着になんとか魔乳を収めているといった具合。
さすが良くわかってらっしゃる。お手本のようなナイスおっぱい。浪漫をありがとう。
であるからして。俺は優月と陽子にも同様に期待した。
にもかかわらず、だ。
陽子のビタミンカラーでスポーティーな水着は上のペッタンコを強調するし、下は動きやすそうな短パンだ。極めつけに胸部のド真ん中にはブッターさん。
なんなら泥んこ遊びでもしてきたのか、華奢な手足が泥まみれ。驚くほど色気が無い。逆にすごい。
その後ろで、ぼっ立ちの優月は背中の華武吹曼荼羅を隠すため、白い半袖パーカーをだぼっと着ていた。以上。
前閉じのパーカーからは白い足が伸びているので、一応水着着用らしいが、全くと言って良いほど俺が求めている色気どころか、露出面が無い。俺のための露出面が無い。
濡れてスケスケとか、そういうのも無い。水着を刺身にして食べたいとか、そういう妄想すら差し挟まる隙も無い。虚無。
「んで、優月さんが濡れたくないっていうから、あっちの岩のところで蟹爆弾集めてたんだ」
落胆しきっていたが、物騒な単語が聞こえて耳をそばだてた。
つまり陽子は、俺にいたずらをしかけるための共犯者として優月を選び、岩礁の方に行っていたらしい。
「そしたら知らないヤローどもが馴れ馴れしく割って入ってくるから腹立って。蟹爆弾投げて逃げてきたんだ!」
「それナンパじゃね? マジウケるんだけど」
沙羅は呆れたニュアンスだったが、当の陽子はドヤ顔で平らな胸をドンと叩いた。
その様子からして、女の修羅場など無く――むしろ陽子は優月を守ったことを自慢したいようで、俺はひそかに胸を撫で下ろす。
「別荘前のプライベートビーチが狭すぎてこっち来たのはいいけど……日本の海ってこんなもんよね。ドバイのビーチではラクダが歩いてて――」
と、言いながら沙羅は派手なバッグから財布を取り出し、現金を取り出し、当たり前のように俺に渡し……。
「沙羅のど渇いた。あっちで写真映えしそうなジュースの行列あったじゃん。よろしく」
「…………」
「――でさ、ラクダに乗ってカフェに行くの! ウォータースライダーも沢山あってさあ!」
「…………」
だろうな、とは思っていたよ。
悲しいかな、沙羅様の成金自慢が盛り上がり、見送り無しだ。
俺は足早に、キッチンカー前の行列に加わることとなった。
立ちんぼになってみれば、どっと汗が吹き出る。
加えて、前も後ろもカップル。
この気候の中、甘い会話が行き交った。
あー、やだやだ……と、視線を砂浜にむければ、輪をかけて暑苦しいことにゾウさんの着ぐるみがカゴを抱えて立っていた。
何かのキャンペーンキャラクターだろうか。
桃色のゾウさんは道行くカップルに正方形のパッケージを配っては苦笑いされている。
持ちカゴに書かれた「せいしのさかいめをまもる」というある意味、バカ正直な文字列とバカ正直な風船のイラストから、俺は"オレンジに近い独特な桃色"のゾウさんが何を表し、何を配っているのかを察した。
不健全だ!
あと下ネタのセンスが最悪だ!
一応、コンドームに――じゃなくてオブラートに包んで説明しておくと(もう説明の必要は無いかもしれないけど)、非日常に盛り上がってしまうカップル相手に、余計なお節介を働いているというワケだ。
華武吹町でも稀に見られる光景である。
観光地ならではってヤツだな、と睨んでいると卑猥な着ぐるみが方向転換。あろうことかこちらに向かってくる。
俺の前後のカップルにでも目をつけたのだろう。
ご愁傷様。
俺には関係ないし、恥ずかしいので見て見ぬフリをしておこう。
携帯電話を取り出し、何食わぬ顔でいじりはじめていた。
だが視界が陰り、着ぐるみの足が視界に入り……。
「…………」
「…………」
しらばっくれるにも限界がきていた。
前後のカップルもスッと俺から離れる。
こともあろうに、桃色淫獣はピタリと俺の前に止まっていたのだ。
焦点の合わない目。
固定された笑み。
暑苦しい着ぐるみの中からは「はぁ……はぁ……」と息苦しそうな呼吸が聞こえてくる。
そしてムレムレのゾウさんは、俺の目の高さに正方形二つ綴りのソレを掲げた。