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無明戦士ボンノウガー  作者: 澄石アラン
第五鐘 お祭り煩悩
106/209

15. Power of FortitXXX-(3)

 欲望を……絶望を掻き消す気力、生きる気力を湧き立たせる手段。


「……っ!」


 ひらめきがはじけ、頭から体中に興奮が駆け回り、目の前が明るくなった。


 答えは実に簡単だった。


「陽子ーッ! 歌えーッ!」


 俺の無茶に、ハウリング混じりの陽子の声が返ってきた。


『え? 歌えって……今!?』


「ばっちゃに聞かせてるやつ、歌うんだ!」


 生きる気力が湧いてくる。

 ばっちゃはそう言っていた。


『う、うん! やってみる!』


 本気か冗談かわからないが、いつおっ()んでもいいと覚悟しているばっちゃにさえ、生きる気力を取り戻させるんだ。

 俺には意思的エネルギーだとか、信仰だとか、わからないけれど、何かの力が宿っていると信じるしかない!


 腕が震え、斧の刃先がバイザーをがちがちと鳴らす中、藁にも縋る思いでイントロを待った。

 しかし、こんな状況で陽子は大丈夫だろうか。

 緊張するから応援してくれ、そんな風に言っていた陽子に酷な役目を押し付けてしまったが――。


 俺の考えなぞヨソに、国外に、宇宙圏外に、テンポの良い歌謡曲のイントロ、そして陽子の歌声がスピーカーから響く。


『私のとなりのおじさんは 神田の生まれで チャキチャキ江戸っ子 お祭り騒ぎが大好きで――』


 え……っ。


 俺は陽子に役目を押し付けてしまった罪悪感を放り出した。

 陽子の歌声はあまりにも力強く場慣れした――この状況下にして、緊張や緊迫などとは無縁のそれだったのだ。


 鬼の形相となっていたチュンディーの顔にも疑問符を物語るシワが深く刻まれ、ぎょろりと視線がステージの方へ向かう。


「オン・シャレイ・シュレイ……」

「ジュンテイ……ソワカ」


 乱れる……いや、消え行く真言の合唱。


『ワッショイ、ワッショイ!』


 陽子の歌声に合いの手が乗り、次第に、「ワッショイワッショイ!」と威勢の良い掛け声とお囃子が蘇る。


「あの娘に信仰がッ!? 取り返さねばッ!」


 チュンディーが陽子をターゲットにして振り上げた斧は――俺が白刃取りでガッチリ掴んだままだった。


「待てよぉ! 俺はしつこいっつってんだろッ!」


「ぐッ!」


 白刃取りのまま力一杯背負い投げる。

 すると、これまでの怪力が嘘のようにチュンディーの身体は浮き上がり、俺の想像以上――寺の入り口まで投げ飛ばされた。

 重い破壊音と共に塀に叩きつけられ、瓦礫を巻き込みながらその向こう側へ崩れ落ちる。


 そうか、こいつは信仰力を吸収してこその怪力。

 それが陽子に奪い返された今、丸裸も同然!


 しかし、チュンディーにはかろうじて余力があるようで、コンクリート片の中から青い腕が伸び、指さした。


「……ドゥン! あの娘をやるのよッ! 信仰を取り戻して……っ!」


 しまった!

 相手にはもう一体仲間が――!


 だが、俺が身体を向けると同時に「きゅうぅ~んっ」と情けない声が聞こえる。

 目に入ったのは、ドゥン……というか、真っ赤に燃え上がる憤怒だった。


 怒りの炎を轟々巻上げながら、すでに顔面がぼこぼこに歪んだドゥンを足蹴にしたジャスティス・ウイング。


「…………」


「きゃいんきゃいんッ! 痛っ! アッ、つま先はダメッ! イイッ! 痛っ! きもちッ! ぁンッ! やっぱり痛っ!」


「…………」


 ……説明不要の状況だった。

 言うなれば「ただでは済まさない」が実行されているところだ。


 陽子の歌も丁度良くアウトロと迎えている。

 ドゥンはこのままジャスティス・ウイングに任せるとして、俺は早いことチュンディーとの決着をつけなきゃならない。


「救済を……! 私が救済して()()()、のよ……! この、穢れて()()()な街を……!」


 まだダメージがあるのか、瓦礫の中でもがくチュンディーの青い肌。

 この状態なら、中途半端な二股ビームでも倒せるかもしれない。


 でも、俺は……戦いの中で解っちゃったんだ。

 その煩悩だけは手放せなかった。

 諦めようとしても、諦められなかった。


 俺は優月が諦めきれない。

 俺自身が、もう言い逃れできないよう、この場でその気持ちをブチまけちまおう……!


「これでテメェの祭りは終いだ!」


 怪仏観音も!

 二股状態の俺も!

 ベルトに手を添えると、覚悟を汲んだように勢い良くサーキュレーターが猛り始める。


「ぐっ、そんな卑猥で穢らわしい煩悩……無駄だとわからせてやるわ……ッ!」


 起き上がったチュンディーは足元をふらつかせながらも斧を構えて受けて立つ姿勢となった。


 優月は――祈るように両手を顔の前で合わせて目を閉じている。

 伝えなきゃいけないよな。

 そんで、迎えにいって、謝って、約束どおり一緒に華武吹祭りを見て回って。

 まあ、アレだ。

 そのあとひと夏の経験とかあって……。


「俺は……ッ!」


 だから。

 最初の夜と同じ、回避不能の熱いヤツをブッ放す!

 光がギンギンに煌いて、俺の真なる言葉を待っていた。


「俺は、優月が――!」


 …………。

 …………。

 …………眩暈?

 いや、地面が揺れて。

 地震!


 ――と思った矢先に塀を、屋台を、なぎ倒し、突如現れたのは動く肉山……いや、巨大イノシシ――ベアトリーチェ!?


「ブバァァァアアアッ!」


 さらに、その上に堂々立っていたのは、例の白フード!


 白い影は朱色の空、人間離れした高さに舞っていた。

 発射寸前の俺のビームを意に介さぬ、むしろ割って入るような軌道で。


 まさか、准胝観音チュンディーを助けるために、別の怪仏観音が乱入を!?

 焦燥(しょうそう)空回った俺よりもあきらかに、驚愕を顔に浮かべたのはチュンディーだった。


「あ、あんた……! 何故――!」


「オン アロリキャ ソワカ!」


「どうして! 私は可哀想なこのコたちの《邪悪な進化》をやめさせるため! これは善意なのに――」


 そもそも、ベアトリーチェの登場から唐突のことで、俺には何が起きたのか……。

 その光景の、その結果の、その言葉の理解が追いつかなかった。


 黄金色の錫杖が白フードの手の中から伸び、チュンディーの額を貫いていた。


 そのまま後ろ倒しになりブリッジ状態で倒れるのチュンディー。

 悲鳴のような咆哮を上げ、ジャスティス・ウイングの足下から抜け出しチュンディーに折り重なったドゥン。


 その二つの異形の影はぐにゃりと形を歪ませたと思うと、重油のように黒く熔けて、中から脱力しきったアケミとウンケミが現れる。


 静寂の中、コロン、と硬質な音が()()落ちた。

 半分に割れていたが間違いない。

 チンターマニだ。


 白フードはその二つの半円を細い指で拾い上げると口元に運んで――ごくん、ごくんと飲み込んだ。


 それが、目の前で起きた出来事だった。


 突然の乱入者による決着に、騒然……それどころか聴衆の声、陽子の歌に盛り上がっていたお囃子も静まり返り、蝉時雨だけが単調に続く。

 ベルトの前で渦巻いていたエネルギー光も、俺の戸惑いに萎んでしまった。


 ベアトリーチェの暴走のときと同じく、白フードは緊張に強張った空気の中で悠々と動く。

 そして、こちらに身体を向け、ゆっくりと優雅な動きでフードを取り払った。


 そこにあったのは、金色の装飾を纏う浅黒い肌。


 女性的で華やかな顔立ち、男性的で筋張っているが華奢な体躯。

 そして――高く横に結った銀色の髪。

 見覚えの、()()容貌だった。


 アキラではない。


 そいつは陽の落ちかけた夏空の、朱と紺によるグラデーションの中で名乗りを上げる。


「我が名は聖観音アーリヤ・アヴァローキテー・シュヴァラ。全ての命と共存し、真の救済――共生救済を(もたら)す者なり」


 強制救済、ならぬ共生救済……?


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