13. Power of XXXtitude-(1)
ピンクと緑の羽が舞い散る参道の向こう。
次第に煙幕が薄れる中に見えたのは、俺の攻撃を受け、二つの黒ずみから煙を上げるチュンディー――の、鉄斧だった。
斧の向こうから鋭い眼光が差し込む。
「やるじゃない」
「チュンディーちゃん、かっこいい! さすがはハイスペック女子観音様!」
巨大な鉄斧の後ろから、異形の陰が現れた。
チュンディー、ドゥン共に……ノーダメージ、だと!?
「それじゃあ今度は、こっちの番ね……!」
宣言したからには、大技をブチかましてくるのだろう。
攻撃に、その大斧に身構える俺、そしてジャスティス・ウイング。
だがチュンディーは襲い掛かるでもなく、斧を握った右腕を力強く天へ掲げた。
「私の名は准胝観音チュンディー! 救済の音色にて、三千世界を震わす者なり!」
力強い宣言と共に波動が空気を走り抜けた。
名乗っただけではない。
むしろ、ただ事ではない!
さらにドゥンの咆哮が重なりビリビリと地響きまで起こり、テントがたなびき、提灯が揺れ、お面や綿飴が宙を舞い始める。
チュンディーは続けて、その真言を唱えた。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカッ!」
ドゥンも態勢を立て直しながら声を重ねた。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカッ!」
さらに真言の合唱が連なる。
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ……!」
それは――誰の声だ?
真言があちこちから泡のように湧いた。
まさか、と思った矢先にオーディエンスから数人が前に出てくる。
おっさん、おばさん、おにいちゃん、おねえちゃん……怪仏化しているわけでもなく、一見ただのお祭り客や店員。共通点はない。
膝を折り、両手を組んで同じく真言を唱え始めた。
まるで、怪仏に祈りを捧げるように。
「どう、なってやがる……!?」
さらに真言の合唱は分厚く、波のように言葉が重なった。
宙を見つめた聴衆たちが身体を揺らしながらぼんやりと真言を歌う。
チュンディーはその様子を見て満足げに頷き、もう一度斧を握り締めた拳を突き上げた。
「そうよお! 音色に魅入られた者たち! もっと私を信仰して頂戴~! 絶望し、救済を求めて頂戴~!」
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ……!」
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ……ッ!」
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ……ッ!!」
何が、起きてるんだ……!?
「まずい……」
ジャスティス・ウイングが苦しげに片手を膝について息を整え始める。
俺には状況がさっぱりで、その様を忌々しく思っただろうジャスティス・ウイングは吐き捨てるように言った。
「周囲の意思的エネルギーがヤツへの信仰へと塗り替えられている……!」
「お前が使うはずの力が、全部あいつに奪われてるってことか……!? ヤバいじゃん!」
「わかってるなら、早くあの鬱陶しい真言をやめさせろ!」
横暴を言いつつジャスティス・ウイングはとうとう両膝をついた。
呼吸の中に「身体が、焼ける……」と呻きが混じる。
そうだ。
相手は、前に戦った十一面観音エーカダシャムカの上位互換――どころか広範囲でエネルギーを吸収し、その上ドゥンという相棒つきだ。
一方、俺たちヒーロー側。
ジャスティス・ウイングの力は信仰力頼り、その上スーツの負荷はボンノウガーの二倍だ。
維持さえ危うく、見るからに苦しみもがき立ち上がることすらままならないジャスティス・ウイング。
焦って空転する俺の頭でさえ、状況が悪い、ヤバい、すなわちピンチとわかる。
状況を煽るように俺の眼前にチュンディー、ドゥンが並び、またウネウネと身体を揺らめかせていた。
「ドゥン、あんた青海苔ついてるわよぉ~」
「やだぁ、どこどこお~?」
そんなやり取りで場違いにおちゃらけた中、チュンディーが小枝でも扱うように斧で俺を指す。
「あんらあ、おかしいわね? アナタは平気なのねえ」
「はっ! 俺ぁ、自家発電式煩悩でね!」
二対一だ、不利……それどころか、このまま当たれば惨敗確定。
時間稼ぎ、精一杯の虚勢だった。
しかし、運良くチュンディーは俺の強がりに食いついたようで、ぎょろりと目を丸くし人差し指と親指で円を作る手印から覗き込む。
はあん、と声のトーンをさらに低く落とした。
「明王の力を人の身に降ろし、維持するほどの如意!? とてつもない執着! 見苦しい劣情! まるでこの大穢土そのものね! でも、もう諦めなさい!」
「ああ、そうだ! 俺は見苦しいくらい諦めが悪い……いや、諦めねぇ! 諦められねぇんだよ! だったらとことん喰らいついて執着してやるってんだ!」
「ふふ……ならばその煩悩、その執着ごと叩き割って救済してあげるわ! この世への未練、生きる欲望を断ち切るの! 死出の祭よおッッ!」
くそ!
チャージも吐いちまった。
ジャスティス・ウイングはエネルギー不足で立つことすら出来ない……!
ドゥンだけでも正面からはキツいってのに、あの恐ろしく強そうなチュンディーまで!
「威勢のいい啖呵はもうおしまい? なら、こっちの番よ! そぉ~れいっ!」
気が散るような掛け声よりも早く、チュンディーの斧が空気を切り裂きながら重く振り下ろされていた。
「――ッ!」
咄嗟に、両手が刃を受け止めた。
コッテコテの真剣白刃取りで何とか勝ち割られることは回避……!
しかし、動けない上にわき腹はガラ空き。
ピンチ度は五割増しだ……!
どうする!
こんな絶望的な状況で!
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ!」
「オン・シャレイ・シュレイ・ジュンテイ・ソワカ……!」
オーディエンスが操られて静かな分、漏れ出すほどの怒りや苛立ちもない。
いつもの腹の立つ罵倒があれば……!
それどころか、じりじりと斧の刃先が近づいてくる!
「ひゃ~ん! あんな焼きそば太郎より、私こっちのが好みだわ~! ペロペロっ!」
ドゥンの奇怪な声が聞こえたと思って何とか視線をずらす。
地に伏したジャスティス・ウイングにドゥンが圧し乗り、ベロベロとバイザーのあたりが舐められていた。
緑色の羽がゆっさゆっさ揺れて、あまり具体的な説明をするのも可哀想な有様だ。
「ぐっ! 貴様……! ただでは済まさんぞ……!」
「どう済まさないのかしら~! ペロペロぺろりんこっ!」
やーい、ザマァ見ろ!
そのまま獣に尻を預ける醜態を晒せ!
一瞬、俺はそう思ったが、よくよく考えてみればジャスティス・ウイングがピンチだから俺もピンチなのだった。
あのプライドが高いジャスティス・ウイングのことだ。
ヒーロースーツのエネルギー不足による痛みに加え、獣にバックから羽交い絞めにされている様なんて屈辱、いつボッキリとメンタルが折れてもおかしくない。
一刻も早く、真言を止め、状況を打破しなくてはならない。
どうする……!
どうする……!!





