12. VS 准胝観音チュンディー
ほどなく、俺でも知っている昔懐かし歌謡曲のイントロが流れ出し――流れたまま……陽子はマイク片手に唖然とした様子で梵能寺の門を見ていた。
どうしたのかと、ざわつくステージ側。
マイクのハウリング音の中、陽子の揺らいだ声が呟く。
「怪仏……!」
と、同時に祭りの賑わいが次第に恐慌に塗り変わる。
赤羽根が言っていた。
白フードがいる、と。
だから俺は無意識に、人混みの中から白い影を探そうとした。
しかし、すぐにソレではないと気が付く。
否が応でも目に入ったのは境内中央の通りを練り歩く、異質な二つの影。
結果から言って、それは白フード――聖観音ではないと一目で理解できた。
巨大な斧を担いだ青い肌の鬼女。
筋肉隆々で男性的でもあるが、露出の多い布地のワリに胸元を隠して、派手な化粧を施していた。
ピンクの羽をあしらった衣装はまるでリオのカーニバルだ。
その隣をのっしのっしと闊歩するのは黒い毛並みのライオン。
こちらも妙だが緑色の羽を纏っている。
二体。
ピンクと、緑。
人垣を掻き分けたママが大きく口を開けて「アケミ、ウンケミ!」と叫んだ。
やっぱり……そうか!
「くそ、マジかよ……!」
聖観音とはまた別の、アケミとウンケミが怪仏化した別の……。
いつ。
いつチンターマニを?
いいや、今そんなことを考えている場合ではない。
俺の動揺を煽るように、あまりにもケバケバしく大よそ観音様などとはかけ離れた存在は、聞き覚えのある割れた電子音で名乗りを上げた。
「私は准胝観音チュンディーよん!」
「そして私は相棒のドゥン! ドゥドゥドゥーンっ!」
「よろしくね~!」
「よろしくね~!」
いつものアケミとウンケミを彷彿とさせるふざけた口調。
それが一層、腹立たしい。
一方で、電子音のがさつきはいつも以上に大きく、怪仏化の不安定さを感じた。
異形の異形。
そんな言葉が俺の脳裏を走った。
「さぁて、力づくの救済を!」
「強制救済を!」
「齎しちゃうわよお~っ!」
「盛り上げちゃうわよお~っ!」
大口を開けた二つの異形から重い振動が放たれる。
その咆哮は屋台のテントを揺らし、木々をざわめかせ、人の悲鳴さえ掻き分けた。
こいつの性能は、十一面観音エーカダシャムカの上位互換ってところか……。
武器を持っているところを見ると簡単に懐に入り込めそうにも無い。
とはいえ、こればっかりは警察にお任せってワケにもいかない。
こればっかりは、俺がやるしかねえ!
変身のために一旦、仏殿の裏に駆け込む。
そこには一足先に赤羽根――ジャスティス・ウイングが三鈷剣を呼び出していた。
「今日こそ足を引っ張るなよ」
一瞥するなりご挨拶である。
「俺がいつ足引っ張ったって?」
「…………あ?」
「…………は?」
相変わらずのこの調子。
お互いに噛み合わせる気ゼロだということはわかった。
少なくとも、俺の相棒はこんな無愛想、自己中心、押し付け鬼畜正義ではない。
なんだかんだで力を貸してくれる人の良いベルトちゃんだ。
「ベルトちゃん、出番でーす」
ベルトのあたりを拳で叩くと、いつもの通り「しょうがないなあ」と言わんばかりに回り始める――ことなく、しゅばっとスーツが俺を包んだ。
なんと素っ気無い。
ドラマで見る、倦怠期の嫁のような荒塩対応である。
「も、もしかして、俺が二股しているからベルトちゃん怒ってるの……!? ごめん、ごめんて! そうだよな、ベルトちゃんは俺より優月が大事なんだもんな……でも俺だって悩んだり努力してるのわかってくれてもいいじゃん、一緒にいるんだからさあ」
「先に行ってるぞ、ベルトの付属品」
「うるっせえ!」
華麗に飛び上がり、仏殿の屋根から現れたジャスティス・ウイング。
比べて、俺――ボンノウガーは仏殿脇から人知れず登場。
「ジャスティス・ウイング、頑張れ!」
「きゃ~! かっこいい! 私ファンなんです~!」
「そんなバケモン、早くブッ飛ばしちまえ!」
お約束通りに、赤い方にだけ歓声が上がった。
もう慣れっこだ。
立ち並ぶ屋台の間、参道が開かれて人々が様々な面持ちで見ている。
不安げに、そして楽しげに。
火事と喧嘩は江戸の花。
怪仏なんてブッ飛んだ相手が出てきて初めて、非日常の華武吹町。
そんな大穢土住人の皆様には丁度良い暇つぶしコンテンツだ。
俺たちは命がけだっつのに。
オーディエンスの期待通りにクールでかっこいい正義のヒーロー、ジャスティス・ウイングは早速、三鈷剣を正眼に構えていた。
俺にも武器があれば様になるのに……!
眼前に躍り出た俺たちを、准胝観音チュンディーとドゥンは身体をくねらせ、派手な色合いの羽を揺らしながら笑う。
「あんら~、どうちたんでちゅか~? あなたたちが相手してくれるんでちゅか~?」
「かわいいでちゅね~!」
怪仏本体はチュンディーのほうだ。
だったらこっちをやった方がお手柄。
つまり俺がデカいほうを――!
「二号、俺がデカいほうをやる。お前はアニマル同士戯れていろ」
「…………」
「何か不満があるのか?」
「お前、人を二号だとかアニマルだとか散々言いやがって! それに勝手に決めてんじゃねえ、俺が怪仏をカッコよく倒して――!」
やっぱりジャスティス・ウイングが俺の話を聞くはずもなくチュンディーに突撃、巨大な斧と三鈷剣の鍔迫り合いが始まっていた。
……畜生、確かに武器持ちと武器持ちがやりあうのは妥当なんだろうけれど……!
人の話くらい聞けってんだ、この鳥野郎!
こうなってしまうと俺は必然的に黒いライオン――ドゥンの相手をすることになる。
ドゥンも察したか猫科の動物らしく尻をフリフリ、俺を獲物として定めると――想像以上の跳躍力であっという間に目の前に迫っていた。
「ッ!」
牙、爪、爪をバックステップでかわし、反撃開始。
右、左と拳を突き出したが、そこで気がつく。
相手の武器は牙、爪、爪の三つ。
俺は右、左の拳が二つ。
リーチはほぼ一緒。
牙があるだけドゥンのほうが有利で、俺はじりじりと後退させられる……!
当たり前のようにブーイングは飛んでくるし、野次馬は逃げないしでこれ以上下がるわけにも行かねぇし……!
「くっそ、俺も三鈷剣みたいな、手ごろでカッチョイイ得物があれば!」
「今更なにを嘆いたって無駄よん! 諦めなさ~い!」
俺の焦燥を笑うように唸り、ドゥンが一気に間を詰めてきた。
飛び込んでくるのはさっき見させてもらった……!
着地地点は把握できている!
「ああ――カッチョイイは妥協してやる!」
俺はすぐ隣、焼きそば屋の屋台の方に手を伸ばし、振り子打法式にターン。
熱された鉄板がドゥンの顔面を打って銅鑼のような音を響かせた。
「きゃいんっ!」
「まだまだぁ!」
湯気の立つ焼きそばを撒き散らしながら右に左に鉄板を打ちつける。
高熱の広範囲攻撃にドゥンはたじろぎ、今度は俺が圧す戦況。
「あつぅッ! 痛ッ!」
「そんじゃその体から出て行ってもらおうか!」
「ギャおんッ!!」
とうとうドゥンの顔面にクリティカルヒットが入って前足が浮いた。
ベッコベコに歪んで顔面に張り付いた鉄板の上から、目いっぱい蹴り飛ばす。
青海苔とソース香る一撃に、サンバ衣装の羽を散らしながら寺の入り口まで吹っ飛ばされるドゥン。
そして、ここで抜かる俺ではない!
俺はベルトに両手を構えた。
「オマケも喰ってけ!」
登場前にチャージしておいた一撃をぶっ込む!
不本意ながら俺は二股野郎だ。
ベアトリーチェの一件同じく、ビームは二手に分かれるだろう。
だが、相手の二体の今、それは好都合!
「とにかく俺は夏のアバンチュールをキメるぞおおおおぉおおッ!」
個人名を避けておくというプライバシーの保護が入ったせいか、ベルトから解き放たれたビームは思っていたよりも細い。
しかし俺の思っていた通り、見事に二股に分かれた一方がチュンディーへと伸び――。
「なんですってッ!」
――着弾!
チュンディーの身体が石畳を抉りながらドゥンのもと、寺入り口で巻き上がる土煙に押し込まれた。
さらにもう一方の光は、ドゥンを狙って土煙の中へ刺さる。
どちらのものともつかない野太い唸りが聞こえた。
少なくとも、二体まとめてダメージがあるはずだ。
トドメにならなくてもこれは大活躍!
俺はガッツポーズを握りかけた。
だが、すぐに早計だったと思い知らされる。
ピンクと緑の羽が舞い散る参道の向こう。
次第に煙幕が薄れる中に見えたのは、俺の攻撃を受け、二つの黒ずみから煙を上げるチュンディー――の、鉄斧だった。
斧の向こうから鋭い眼光が差し込む。
「やるじゃない」