流れ着いた場所
暗く、冷たい空間に包まれた少年は思った。
苦しい…
ここは…海の中…?
頭の中に、船が嵐に巻き込まれ沈没した時の記憶が駆け巡った。
そうだ…俺…嵐で船が転覆して…
無音の世界の中で、自分の心音が小さくなっていくのを、少年は微かに感じていた。
このまま…死ぬのか…
次第に意識が薄れ、少年はついに意識を失った。
さざ波の音、背中に感じる熱。
胸側からは、ひんやりしたものが体に触れたり離れたりを繰り返している。
少年は、ゆっくりと目を開け、頭だけを精一杯上げ、辺りを見渡した。
「ここは…砂浜?」
遥か上空から照りつける太陽。賑やかな海鳥の鳴き声。目の前をヤドカリが通り過ぎた。
少年は数秒考え、自分の状況を整理していた。そして確信した。
「俺は…生きてる」
確信と共に、絶望を覚えた。
嵐に巻き込まれ、大型の客船が沈没し、自分の体が海の中へと沈んでいく感覚が、生々しく蘇った。
「夢じゃなかったのか…本当に船は沈没した…俺は運良く、ここに流れ着いたのか」
ゆっくりと体を上げ、立ち上がり体に着いた砂を払った。途端に、立ちくらみが襲う。
ぐらつく体を何とか倒れないように保ち、辺りを見渡し直す。自分の真上にある太陽から射す日光が眩しい。
「頭が痛い…喉が渇いたな」
水が染みた靴が、余計に重い。
少し傾斜のついた砂浜を上がって行くと、20mほど先に小さな滝が見えた。
「滝だ!あそこで水を飲もう」
吸い寄せられるように、滝へと走る。砂に足を奪われ思うように進まないが、途中から背丈の低い草に覆われた部分に出ると、しっかりと踏ん張れるようになった。
滝に近づくと、滝は少し濁ったような透明色をしていた。
「これじゃ、お腹を下すかも…そしたら、余計に水分を失うかもしれない」
下痢をすると、脱水症状を引き起こす可能性が高い。少年は考えた。
「火を起こして、煮沸すれば殺菌出来るかな」
滝の横に、茂みがあるのを見つけ、そこから出来るだけ乾いている草や、木の枝をかき集めた。茂みの中に進み、少し太めの枝を集めていると暗い洞窟のようなものを見つけた。
「あれは…洞?」
中は外の光で微かに確認できた。大人3人くらいは入れそうな広さだ。しかも、かなり前に人が使っていたような跡があり、石で囲われた焚き火が出来るようなスペースと、何かの毛皮のようなものが2つ岩の床に敷かれていた。
「そうだ、ひとまずここで日を避けよう。暑さも凌げるし、体も休めそうだ」
少年は集めた落ち葉や枝を洞の中に集めた。
「問題は…どうやって火を起こすか…」
砂浜に戻ると、色々な物が流れ着いていた。
大型船に付いていたボート、緊急用の浮き輪、他にもトランクケースなどがあった。
「…人の物だけど、生きるためなら仕方ないな。持ち主には悪いけど」
少年は青の大きなトランクケースに近づき、開けようとすると鍵がかかっていた。
「まじか…どうしよう」
近くに丁度腹に抱えるほどの大きな岩があり、砂に埋もれているのを掘り下げ、持ち上げるとトランクケースに落とした。
バキッと音がすると、トランクケースにヒビが入った。
「よし、もう1回かな」
岩をもう一度持ち上げ、また上から落とすと岩がめり込んでトランクケースが割れた。
2回も大きな岩を持ち上げたことで息が上がったが、今は早く火を付けれるものを探すのに必死になっていた少年は、岩をどかし、中を漁った。中には男物の衣類、洗面用具、タバコとライターがあった。
「しめた!これで火が付けられる!」
少年はライターを手に取り、火をつくか確認した。ライターは勢いよく火を灯した。
「運が良いとしか言えないな」
洞に戻ろうとすると、100m程先の磯に人が打ち上がっているのが目に入った。
「人だ!もしかしたら、俺みたいに生きてるかもしれない!」
急いでその人の元へと走る。もし死体だったら…とも思ったが、生きていることを願った。うつ伏せに打ち上げられていたのは、白のTシャツに七分丈のジーンズを履いた同い年位の少女だった。