3話 巻き起こる騒乱
「それではお嬢様、行ってらっしゃいませ。お帰りになる時は、ナイアース伯爵家の方へ、手紙をお願いします。」
「ええ、分かったわカプラーネ。ケアニス卿によろしくと伝えてね。」
「かしこまりました。」
最後まで定型文で話しきったカプラーネに少し残念に思いつつ、馬車に乗る。扉を閉めようとした時だった。
「エレシア様。そんなに悲しそうな顔をなさらないで下さい。お帰りになられたら、たっぷりとお話をお聞かせ下さいね。」
想像以上に優しい笑顔が向けられて思わず頬が緩んでしまった。このタイミングを狙ったのだとしたら、カプラーネは少し卑怯だと思う。
「うん、貴方が悔しがるほど興味深い話をいっぱいもってかえってきてあげる!」
御者が「お嬢様...」と嘆くのも構わず私はとびきりの笑顔でカプラーネに答える。もっとも御者が嘆いたのは、私の言葉使いの方が大きいだろうが。カプラーネに微笑ましく見送られるのに子供じゃないのにと若干の不満を抱えつつ、幸せな気持ちで私はセメリアス領を出発した。
「場所は王都の郊外のソフィア邸よ。行きましょう。」
「そう焦らなくてもソフィア様は逃げませんよ。お嬢様。」
「でも、ソフィア様と過ごす時間は逃げてしまうでしょう?急ぎましょう。」
「かしこまりました。それではお嬢様の仰せのままに!」
私の気分を読み取ってくれた御者に感謝しつつ、私は前回の様に舌を噛んでしまったことを後悔した。口閉じてからいえば良かった!!
「お嬢様!起きてください!王都から煙が!!」
「詳しい場所を教えてください!住民の避難誘導くらいは我々にもできるでしょう。」
「避難誘導ですか?それはいったい...?」
「説明している時間はないでしょう?私を人が混乱している所へ、連れて行きなさい!すぐ!」
「そんなことはできません!ご自分の身分をお考え下さい!」
「しかし...!」
御者の言うこともわかるため私は戸惑ってしまう。
『早く安全な場所に!火はばあちゃんが何とかする!』
突然大きなマフラーを巻いた小さな男の子、と言っても私と同じくらいの少年が叫びながら馬車を追い抜いて行った。いや、止まってたけどさ。貴族の馬車ぬかしちゃダメなんじゃ...。いや、今はそれどころじゃないか。とにかく火のほうに走る少年の天才性にかけて避難した人のための準備だ。多分後で会うことになるし。市民の町で起きたあんな大きな火事を消しに来るようなおばあちゃんとか、私は1人しか知らないし。あの人の孫なら多分平気でしょう。
「聞いたでしょう!王都にあるセメリアス家の別邸にて避難民の受け入れ準備を!」
「...えっ?あの、お嬢様?」
「これは私の我儘だけではありませんよ?王都にてセメリアス家の評価も上がります!」
我ながら完璧な言い訳だろうとドヤ顔を披露する。これなら御者もきっと聞いてくれると思う。けど次の御者の言葉は、了解や称賛の言葉ではなく困惑だった。
「いえ、それは分かっていますしお嬢様の言いそうなことだと思ってますけれど、お嬢様はあの少年の言葉が分かったのですか?」
「読まれてたんですの!?いえ、それより言葉とは?」
「いや、お嬢様テオリューシア王国語以外知りませんよね?」
「えっ?」
あれ?そういえばなんか違和感あった様な?うーん、なんでだろ。まぁ、ソフィアさん所で聞けばいいや。それよりも今は避難者達の居場所と食事だ。
「乙女の勘ですわ!それに必要な事に変わりはありません!全速力です!」
「か、かしこまりました!!」
よし、決まったね!必殺の威厳たっぷりの命令!ちなみにゴリ押しとも言うらしいけど、私の知ったことではない。
赤く染まる町並みで人が混乱し、走り回る。まぁ、日々の生活に余裕もないのに避難訓練なんかやってるはずもないし、パニックになるのは当たり前だろう。阿鼻叫喚の地獄絵図だが、驚いた事にばあちゃんは魔女らしい。つまり、雨なんて乞い願う物じゃなくって呼びつける側だ。雨乞い師なんて裸足で逃げ出す様な雨雲の生産力だ。しかもケガも治せる様だった。自分の手を切って見せてくれた。正直びびったけど。あの様子なら、新しい火傷なら治せるだろう。
つまり、今の俺に出来る事は避難誘導だ。ばあちゃんの方に人を少しずつ逃がし、雨雲の到着まで時間を稼ぐこと。ばあちゃん、良い歳いってるんだから怪我人に来てもらわねぇと体力がもたねぇし。大きめのマフラーで顔の火傷の隠れた俺はばあちゃんの名前を叫びながらばあちゃんの館を指差すだけでいい。ばあちゃん有名人らしく、皆子供の手を引いて移動してくれる。...ばあちゃん、子供好きやもんね。子供助ける人はばあちゃんの好感度上がるし、治療が早まるかもしれんしな。
「なんて、ひねくれてるかなぁ。俺。」
「drkー!tsktkrーー!!kanssmーーー!!!」
尋常じゃない悲鳴につい駆け寄るが12歳の子供に何が出来るのだろう?まぁ、いいか。そんなものはついてから考える。もう炎に何かを奪われて堪るものか!
次回、「因縁は再び交錯する」
お楽しみに!