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第9話 勇者は武功から逃げまわり


 リルリナが外交へ出た帰路に、空賊は四つの浮きいかだでつきまとってきた。

 鳥女騎甲ハーピーアーマーを載せていた一基はアリハたちで制圧したが、残りの三基は上陸地点の報告がなかなか届かない。


 石棺や鎧は万能にも思える多彩で高度な機能を内蔵していたが、情報に関わる機能は制限が多く、特に通信は極端に制限されていた。

 検索機能に残る情報量は人生がいくつあっても足りないほど膨大だったが、閲覧制限されている情報はその万倍以上もある。

 記録装置としては無限に思える容量があり、複雑な計算や整理も一瞬にこなせるが、その情報をほかの石棺へ移行させる機能は制限されていた。

 かつては存在した映像や音声の送受信はもちろん、暗号通信に使えてしまう照明すら光量が卓上灯ほどに制限されていた。

 鎧の拡声器や補聴の機能さえ、戦闘の騒音に妨害されてしまう程度の音量や感度に制限されていた。

 そのため非常時の連絡には半鐘が頼られ、発煙筒を使った狼煙のろしも併用されている。


 アリハの骸骨騎甲スケルトンアーマーとミルラーナの小鬼兵甲ゴブリンスーツはようやく捉えた鐘の音に耳を澄まし、鳴らしかたと方向を定めて駆け出す。

 近くを通った別の小鬼部隊は、すれちがいながら来た方向を指した。


「こっちは兵甲が二機だけでした。残り三基の『浮き筏』も、上陸地点をあちこちずらしているようです」


「あれだけ数を集めておきながら、ねらいは鎧じゃなくて家畜かよ? ただのバカかもしんねえけど、それはそれでめんどくせえな?」


 アリハが敬礼を交わしてさらに直進すると、数機ずつの兵士鎧が民家の柵を蹴り散らしながら打ち合っていたが、ミルラーナは方向転換を指示する。


「西の『入り江』に急げ。城や牧場には遠いが、隠れて上陸しやすい地形が気になる」


「まずいな。そこの兵士部隊って、今日は腕の悪いおっさんと新人ばかりだ。せめて犬鬼コボルト隊が間に合っていればいいけど……」



 浮遊船はすべて、島の端から上陸する。

 石棺の真上を石棺が通過したり、石棺の上に新たな石棺を積むことは実質ほとんどできなくなっていた。

 石棺は真上にある空間の利用を他の石棺から阻害されないように設定されていて、現在は通信機能を使えない影響で、上部の石棺と権利を共用する設定の組みなおしも困難になっている。

 城壁や高台などの増設は『最初から縦に複数つながっている石棺』を利用しなければ膨大な手間がかかった。


 ギアルヌ本島の西には『入り江』と呼ばれる半円型に石棺を接続した港があり、その片端では七匹の豚鬼を相手に三匹の犬鬼が打ち合っていた。

 さらに三匹の小鬼が加勢に駆けつけていたが、犬鬼の一匹はふりかえると、小鬼の背後を指しながら駆け寄ってくる。


「クヌリクさん! 引き返して!」


 指されている方向のトマト畑から、雑な補修跡の多い巨大骸骨が立ち上がっていた。

 赤地にオレンジ紋様の派手な配色からも、空賊の騎士鎧とわかる。


「うおおっ!? 隠れていやがったか!? おいビスフォン! あの賊はどっちへ誘いこめばいいんだ!?」


 先頭の小鬼は部下を左右へ散らせてあとずさる。


「騎甲部隊は時間かかりそうだし……オレらで足止めするしか……!」


 肩に『02』と表示させている犬鬼は自分にも言い聞かせるような頼りない声で、小鬼の分隊長クヌリクは激しく首をふる。


「ばか言え! ろくな功績もないまま最年長になっちまった俺の使えなさをなめてんじゃねえぞ!? ワンコロ姫みてえな曲芸なんか真似できるわけねえだろ!?」


「オレだって、アリハの代わりなんてとても……」


 ビスフォンの犬鬼は肩をすくめながらも先頭へ出る。



 派手な配色の巨大骸骨は親指でアゴの補修跡を指し、大人の女の声を出す。


「このステキな傷をくれた犬っころはアンタかい!?」


「そ、それはちがくて、オレはそっちだけ……」


 遠慮がちにビスフォンが指した骸骨のすねにも、小さな補修跡があった。


「やっぱり、あの時の一匹じゃないのさ~!?」


 見下ろす巨大骸骨は怒っているのか笑っているのかわからない声でがなり、犬鬼ばかり狙って巨剣をふりまわす。

 ビスフォンも回避だけに集中すれば一撃や二撃はかわせたが、別方向から連携してくれる仲間がいない。

 すぐに追いつめられ、剣先をひっかけられて転び、そのまま腕を踏みつけられた。


「うっわあああ!?」


 ビスフォンが叫び、クヌリクの小鬼は援護に近づこうとするが、牽制にふられた巨剣が目の前にうなっただけで倒れてしまう。


「そっちのザコ鬼は、アタシがこっちのワンコロに『お礼』をぶちこむまで待ってな~!」


 突き立てた巨剣は狙いをはずれ、どうにか身をよじった『02』犬鬼のすねをかするだけで、偶然にも賊の骸骨と同じ位置の傷になる。


「てめえ! 悪あがきすんなっての!」


 犬鬼のあごへ狙いをつけた巨大骸骨が、不意にびくりと顔を上げる。


「あいつか……『ちょこまか思いきりがいいやつ』も腕ききだったけど『静かに走るやつ』はこの前もいつの間にか、ブタ公を三匹とも……」


 入り江の反対端では、たった二機で相手をしていたはずの豚鬼兵甲オークスーツが七機すべて、横たわってうめいていた。


「……このあごの傷も! アンタ、何者だよ!?」


 赤い骸骨騎甲スケルトンアーマーは単独で駆けてくる『03』の犬鬼を警戒して守りを固め、足元の障害物を蹴る。


「……ちっ!? なんなんだよこいつら!?」


 どかしたつもりの『02』犬鬼にしがみつかれ、あわてて盾で殴り飛ばす。

 それでも『03』の犬鬼を視界にとらえ続け、真横へ回りこもうとする動きにも向きを合わせ、細かい斬りつけで牽制した……つもりだった。

 かわされると同時にもぐりこまれ、とっさにあとずさった膝を踏み台に、視界へ棍棒をたたきこまれていた。


「なん……て曲芸を……!?」


 巨大骸骨はなおも巨剣をふるうが、まとはずれに地面をえぐって姿勢がふらつき、足首にも打ちこまれて倒れる。

 クヌリクを先頭に、小鬼たちも一斉にたかった。


「いまだ若造どもおお! 才能がなくてもチャンスだけは逃がすなあああ!」



 リルリナの馬人騎甲ケンタウロスアーマーも駆けつけていたが、戦闘には間に合わなかった。しかし決定打は目撃していた。

 連れていた小鬼部隊に豚鬼たちの捕縛を任せると、鎧の胸部を開き、呆然とした表情を見せる。


「アリハさん……ですか?」


 横たわる『02』犬鬼を助け起こしていた『03』犬鬼は、鼻先を向けるが答えない。


「いや王女さん、オレはこっち。あんな芸当ができるのはクローファだけだ」


 ギアルヌの青い骸骨騎甲も別方向から駆けつけていた。

 いっしょに来た小鬼兵甲ゴブリンスーツからミルラーナも顔を見せ、やはり驚いた表情をしていた。


「単独の兵士鎧で騎士鎧を……? さすがにあれは、私も真似できそうにない」


 アリハの骸骨はうれしそうにうなずく。


「腕だけはオレより上だからな」



 各方面から小鬼部隊の報告が入り、全方面での掃討が確認される。

 ミルラーナは表情を引き締め、無傷の『03』犬鬼へ生身で近づき、腹をノックした。


「出てこい……ついでにお前もな」


 冷ややかな視線を向けられた空賊の骸骨が先に赤い胸甲を開き、中にいた派手な化粧の女は両手を上げて愛想笑いを見せる。


「空賊『リキシア団』を率いるリキシアだ。お手柔らかに……」


 ミルラーナは呼んでおきながら空賊は無視して、無言を続ける『03』犬鬼へつかみかかる。


「さっさとしろ。こじ開けるぞ」


 兵甲も騎甲も、搭乗者の意識がある限り、外側から開けることは困難だった。

 しかし戦闘不能で逃走もできない状況になれば、気絶するまで鎧ごしに殴られるより、自主的に開く通例になっている。

 早く従うほど身柄の扱いも良くなるため、たいていは脅す必要もない。

 まして戦功を挙げた味方が閉じこもる必要は考えにくい。


 周囲から「素手じゃ無理だろ」という小声も聞こえたが、ミルラーナに迫られた『03』犬鬼は苦しげにあごを上げ、嫌そうに胸部を開いた。

 出てきた細身の少年は、笑顔をこわばらせておびえている。

 リルリナはその柔らかな顔だちをおぼえていたが、さきほど目撃した離れ業の使い手とは納得しがたい。

 ミルラーナもじろじろと見回し、腕や脚を握って感触まで確認する。


「なるほど。意外にできのいい肉がついている。惜しい……また女装を試してもいい気までしてくる」


 クローファは笑顔のまま冷や汗を浮かべて震えはじめ、隣で犬鬼の胸甲を開いたビスフォンがよろよろと割って入ってくる。


「すみません。こいつ、腕はよくても性格はこのとおりで」


「どのとおりだ?」


 ミルラーナは真顔で聞き返す。


「ケンカは苦手なんです」


 ミルラーナはしばらく黙ったあと、眉をしかめる。


「どういう冗談だ?」



 リルリナはミルラーナの両肩を抑え、引きはがすように距離をとらせた。


「捕虜の尋問ではないのですから……でも私も、クローファさんの技量には驚きました。あれはいったい……」


 わずかに目を離したすきに、細身の少年はビスフォンを盾に逃げようとしていた。


「あの、私も別に、責めているわけではなく……」


 リルリナも自らの肉体を盾に、ミルラーナの仏頂面を隠そうとする。

 ビスフォンはクローファの腕をつかんで引き止め、気まずそうに王女への返事をうながす。


「あの……ボク、畑、なおさなきゃ……」


 クローファはビスフォンを引きずりながら後退した。


「いえ、そのような雑務はけっこうですから、お話を……」


 リルリナは精一杯に温かな笑顔をつくろうが、泣きそうな表情を返されてとまどう。

 アリハの巨大骸骨まで両手を合わせておがんできた。


「王女さん。捕縛をほかのやつらに任せていいなら、そいつは畑のほうへ行かせてやってくんねえかな? クローファのやつには、それが褒美みたいなもんだから」


「そう……なのですか? 畑の補修も大変そうですが、それでしたら……」


 リルリナがふりむいた時には『03』犬鬼の鎧が閉じるところで、閉じるなり無言で駆け逃げてしまう。

 ミルラーナは閉口して見送ったが、まもなく後を追って馬人騎甲まで駆け去り、アリハまでうろたえる。


「王女さん? なにしに行く気だよ?」




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