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第8話 肉を捧げて守護となす


 城から四機の小鬼兵甲ゴブリンスーツが駆け出て、先頭はアリハの骸骨騎甲スケルトンアーマーに手招きする。


「おい新人、動けるならついて来い」


「その見た目でも、なぜか一発でアンタだとわかるな」


「ミルラーナと名で呼べ新人。……ん? ルジーアねえさんも来ていたのか」


 訓練場の隅にいた骸骨騎甲も片足をひきずるように丘を下りはじめていた。

 バニフィンの小鬼はミルラーナを追わずに手を振る。


「私はルジーア様につきますので、アリハさんをお願いします」


 ミルラーナたちが先に駆け去ってから、ルジーアはぼそりとつぶやく。


「アリハという娘、使えそうか?」


 骸骨騎甲の姿では、ますます無愛想に見える。


「ええ。勇猛で腕が立つだけでなく、騎士の素養も吸収できそうで……驚きの掘り出しものです」


 バニフィンは明るく苦笑する。


「私が掘り出してしまったその腕の調子は?」


 元大隊長のルジーアは引退後に騎士学校の教官を務め、実技試験ではバニフィンの相手となってしぶとさを高く評価し、入学の決め手になっていた。


「そ、それは……どうにか平均には届いていますが……」


「私は臨時の復帰になる。新人と同様に扱ってもらいたい」


 つい先日まで新人騎士だったバニフィンは、元大隊長に上官あつかいされてしまうと胃がでんぐりがえりそうになる。

 自分がまだ兵士学校で兵甲の扱いを訓練していたころ、ルジーアは戦場で騎士団長代理を任され、実質での最高司令官を務めていた。


「は、はい。ではこちらへ……」


 バニフィンは平静を装うだけでも厳しかったが、ルジーアは骸骨騎甲の片脚を引きずってのそのそと追いながら、ぼそぼそとつぶやく。


「五年前に王妃ソルディナ様がお亡くなりになって、大隊長に押し上げられておびえていた私は二十一歳。それよりずっと前、ソルディナ様が『若すぎる』と騒がれながら騎士団長に就かれたご年齢が十九歳……」


 こんな時になんの話題をはじめたのか、バニフィンは理解しかねるが、経験の差からくる余裕かと思い、自分は空賊の対処に専念しようとする。

 しかし気になって考えがまとまらない。



 バニフィンたちが兵学校へ入る前年、十一歳の春。

 予兆は空から降ってきた。

 美しくも恐ろしい威容の黒鎧……『戦魔女騎甲モリガンアーマー』を前に、リルリナは泣きじゃくる。

 まだ初等学校の生徒とはいえ、すでに国事や外交の場では大人顔負けの頼もしさを見せていただけに、リルリナを知る者ほど驚き、不思議がった。


 騎士団長も務めていた王妃ソルディナはその年の内に逝去する。

 騎甲での負傷による肉体消耗が積もり続け、久しぶりの休暇をとった翌朝、すでに脈が止まっていた。

 国家守護の要を失った動揺を喰らい止めるかのように、デロッサは兵学校で鬼と化し、わずか十五歳で騎士団長の副官にまで昇りつめる。

 リルリナも対抗心を激化させていたが、バニフィンやミルラーナと共に騎士学校へ入学できたのはようやく昨年。


 それからたった一年。

 情勢の急迫は騎士団長になったばかりのデロッサまでもリルリナから奪い、バニフィンは『数年後までにはこなせるようになりたい』と思っていた仕事のことごとくを即座に実践するしかない立場になっていた。

 新人騎士アリハを指導し、騎士団長リルリナの副官として、祖国の存亡を背負った指揮を任されている。



「……十六歳で騎士団長になるようなデロッサやリルリナ様を追い続けた者でもない限り、今のギアルヌは背負えまい」


 バニフィンはしばらく考えたあとで、どうやらルジーアは自分を褒め、励ましていたらしいことに気がつく。

 姪のミルラーナと同じ無愛想だが、不器用の種類が少しだけ異なる人物だった。



 そのころアリハの巨大骸骨は道ぞいの枝ぶりを気にして、足元もキョロキョロと確かめながら駆け、ずっと足が遅いはずの小鬼たちを大変そうに追っていた。


「道がやけに狭く見えるな……なあ、あの大隊長さん、アンタの姉貴だったの?」


「叔母だ。体のことは本人に聞くなよ。右足はともかく、子供を亡くしたばかりだ。もっと早く引退できていたら、無事に産まれたかもしれないと悔やんでいる……言っておくが、周囲もずっと引退を勧めていたからな」


 アリハは黙ってうなずく。


「いいか新人。騎士鎧に乗れば、背負う責任のけたが変わる。兵士鎧の時よりも、臆病なくらい慎重になってもらうが、今回は派手にぶちかませ」


「……は?」


「返事くらい『はい』とまともに返せ新人。空賊どもにこの国の防備が甘いと思わせるな。貴様はリルリナ様から直々に選ばれた優秀な番犬として、賊どもをきっちり後悔させてやれ」



 島の端へ近づくと、夏みかんの実をつけた木々が並ぶ段々畑の斜面で、馬人騎甲ケンタウロスアーマーが三機の豚鬼兵甲オークスーツを相手にしていた。

 その方向から島端の崖ぞいに一機、腕から鳥の羽根をのばした細身の騎甲アーマーが駆けている。


「あれって『鳥女騎甲ハーピーアーマー』か? はじめて見るけど、けっこう速いな」


骸骨スケルトンとたいして変わらない廉価品だ。むしろ打ち合いでは少し劣る。しかし機動性だけは従者級騎甲でも最高クラスで、馬人ケンタウロスよりも身軽だ」


「王女さんは自分でなんとかできそうだし、オレは鳥ヤロウが先でいいんだよな?」


 アリハは話しながら、くりかえし周囲の地形を確認していた。

 兵士鎧の時よりも障害物の間隔が狭く見え、通過しにくい部分が多くなっている。

 見慣れていたはずの夏みかん畑だったが、一段ずつが飛び跳ねるには狭く、隠れるには低い。


「新人。貴様は無理に突っこまないで前方をふさげ。あとは私たちで助けてやる」


「へいへい」


 アリハは不安を見抜かれて舌打ちし、軽く手をふって先回りに向かう。

 ミルラーナは連れていた三機の小鬼兵甲ゴブリンスーツに鳥女の後方をふさぐ位置へ向かわせ、自身は横合いから単独で段を駆け下りてつっこむ。


「おい空賊。これも陽動か? どうなんだ?」


 鳥女はアリハの骸骨騎甲を警戒していたが、一機で突出してきた兵士鎧の横柄な態度に首をかしげる。

 兵士鎧で騎士鎧と戦うなら複数で対し、背後や脇をつくのが定石だった。

 そうしなければ圧倒的な性能差で、すぐに一方的に数を減らされるはずだった。


小鬼こおに一匹で深追いなんて、落ちこぼれの新人かい!?」


 しかし鳥女がふるった鉤爪はかわされ、さらなる一撃は果樹畑の段をたたいてしまう。

 直後に脚へ受けた反撃で、ようやく相手の技量に気がついて慎重になった。

 鳥女は正面から骸骨騎甲が近づく前に畑の階段を上がりたい様子だったが、進路をふさいで小鬼が胸をはる。


「あの新人が地形に不慣れなことを見抜いたか。よく気がついた。空賊にしてはマシなほうだ」


 アリハは表情のわからない鳥女のいらつきを感じとって同情する。

 空賊は不快な小鬼を避け、新人騎士の突破を狙ってきた。


「だがしょせんは空賊か。判断を誤ったな。その新人はなにかと未熟だが、ケンカだけはうまい」


 アリハの骸骨は鳥女の一閃へ自ら飛びこむようにかいくぐり、膝を擦るような低さで胴を打ち払うと、返す刃で十字にたたきこむ。


「あぐぁ!? いて、え……えっ」


 鳥女は土をごっそりとえぐりながら転び、果樹へ倒れこんでいくつもの夏みかんを飛ばし転がす。


「速いことは速いけど、ワンコロで相手をする骸骨ほどは怖くねえな」


 アリハはひと息に始末しておきながら、不満そうに首をかしげて段上の小鬼を見やる。


「騎士鎧での初陣は勝利で飾れたけど、できればアンタの手助けなしでやりなおしたいな」


「そう言うな。優秀な私が活躍する事態は避けようもない。注文どおりの派手な勝利だ。文句はない……急いでいたしな」



 後続部隊も到着し、すでに決着した戦場を見ると、バニフィンの小鬼はアリハの骸骨へ親指を立てて賞賛する。

 その後ろでルジーアの骸骨騎甲はぼそりとつぶやく。


「ミルラーナは小さなころから豪胆だったが、もう騎士隊の隊長を任せてもだいじょうぶなようだな」


 ミルラーナの小鬼は当然のように大きくうなずいて駆け出す。


「ルジーアねえさんとバニフィンは鳥女の捕縛を頼む」


 リルリナの馬人騎甲も三匹の豚鬼を打ち倒したばかりで、ミルラーナが連れていた三匹の小鬼が捕縛を手伝いに向かっていた。


「アンタが急いでいたのって、引退したベテランがいなくても戦えるところを見せたかったのか?」


 アリハはからかいもこめるが、ミルラーナは動じない。


「それもあるが、やはり空賊の動きが怪しい。ほかの方面が気になる……それと、貴様が犬鬼コボルトで見せる芸当くらいは、私にもできることが証明されたな」


「おいまさか、そんな腕自慢のほうが大事な理由じゃねえだろうな?」


「なぜ貴様ごときが私と競えるつもりでいる? 騎士としての常識を半分でも身につけたら、考えてやらなくもない」


 言い合いながら去るふたりをバニフィンは不安そうに見送る。


「あの犬鬼使いはミルラーナと仲がいいのか?」


 ルジーアにぼそりと聞かれてみると、首をひねってからうなずいた。


「そうかもしれませんね? ミルラーナさんにしては、よく話している気がします」



 城の丘は見晴らしがよく、風通しもよい。

 アリハの巨大骸骨は周囲へ目をこらし、ミルラーナは小鬼鎧の胸部を開いてひと息つく。


「隠していてもしかたないから、言っておくことがいくつかある」


 ミルラーナの口ぶりは常にぶっきらぼうで、アリハは小さくうなずく。


「残っているベテランの騎士は、もう体が鎧についていけない者だらけだ。そして若手の騎士候補は、まだ大半が兵士鎧もまともにしとめられない。貴様は蛮族のくせして騎士鎧の席を先に奪った憎まれ役として、煽りたててやれ」


「わ、わかった。まあ、無理してお嬢様がたに合わせるよりは、気楽でいいかも……というかアンタ、そこまでたちの悪い性格で、本当に貴族かよ?」


「お人よしは貴族に向かない。そして私は残った騎士の中で、リルリナ様に次ぐ優等生だ。貴様など一騎討ち以外では私に勝てるものなどない……が、さっさと引退させてくれ」


 アリハが鎧の中で眉をひそめると、ミルラーナは両腕を動かして見せる。

 左腕の肘と手首が、半分も動いてなかった。


「兵学校時代に無理をした後遺症だが、ごまかしにくくなってきた。せめてもう一年はもたせたいが……貴様はバニフィンとちがってケンカ好きだ。突撃隊長に向く。早くなれ。アリハ」


 いつでも無愛想で横柄な女騎士の横顔を見つめ、新人騎士は鎧の中でさびしそうに笑う。


「任せとけ。オレが大急ぎでお払い箱にしてやるよ。ミルラーナ」




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