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第7話 法典は虚空に


 聖神暦三〇四二年の第六海域において、紛争や不作などのしわよせは最終的に国外追放による『流民』の増加へ行き着いた。

 最低限の機能が残っている石棺だけ与えられて流浪を続け、亡命先のつてがない場合、空から降ってくる石棺を自力で探し集めるしかない。

 半壊品の鎧や浮力の高い土地などを集め続ければ、国の居住権を買える可能性も高くなる。

 あるいは運よく使える鎧を入手できれば、空賊をはじめられる。


 流民は同情されながらも面倒事の発生源としてうとまれ、漂流が常態となった集団は『蛮族』と呼ばれて蔑まれる。

 一族全体で空賊稼業をしてまわる集落もあるが、下手な貴族家系よりも歴史が古く規律に優れた集落もあり、国家に準ずる扱いで交易などが行われる場合もあった。

 それでも土地規模に比べて人口の多すぎる集落がほとんどで、どの国家も大量の定住者を受け入れる余裕はないため、仮に帰化できても仕事や婚姻では差別を受けやすい。

 ギアルヌ王国もまた、蛮族出身者の登用や昇進は厳しかった。


「アリハさんの騎甲部隊転属も、今までなら膨大な手間がかかったはずですが……」


 従者バニフィンは会議室の壁にふれてキーボードを表示させ、記入操作でいくつかの図表も並べて見せ、宮廷議会の議席状況を確認する。


「……反発が強そうだった有力貴族はデロッサ様に引き抜かれ、あるいは身内に引き抜かれた人材がいるため、発言しにくくなっています。皮肉な好都合ですが……リルリナ様はこの状況も、意図的に用意されたものと思われますか?」


「確証はありません。もしかするとデロッサは、自身でギアルヌを攻め取った後の用意をしているだけかもしれませんし」


 リルリナがさびしそうに苦笑し、バニフィンはそれを見ないように騎士登用の申請文書を手早く作成する。


「この混乱すら利用するにしても、これほど急な手続きは反発も強そうですが……よいのですね? ではリルリナ様のご署名で……あ、いえ、マクベス様にご確認をいただいて……」


 リルリナの父マクベス・ギアルヌは存命かつ現役のギアルヌ国王であり、騎士の叙任を最終的に決定づける立場にあった。


「うん……ぼくが署名したほうがいいのはどこかな?」


 書類の内容も読めそうにない位置からの即断だったが、リルリナもバニフィンもさしでがましい言葉は控えて時間を惜しむ。


 城内通路を早足に移動しながら、バニフィンはデロッサが引き抜いた貴族たちについて思い出す。

 利権だけを求めて政策に関わる者たちに比べたら、国王マクベスの対応はありがたい気もしてくる。


「でも限度があります。せめて読むふりくらいは」


 従者がうっかり本音をつぶやき、王女はもうしわけなさそうに聞き流す。



 ギアルヌ城の地上部分は百メートル四方もなく、ほとんどは宮廷と兵舎と格納庫で占められていた。

 医療棟もあるが、収容可能数は百人にも満たない。

 ほとんどの石棺には医療機能が備わっていて、石棺でも対応できないことが『手遅れ』の目安にもなっていた。

 医療用ベッドも石棺の壁が繊維状に変形して編まれたもので、同じように壁から引きずり出せる厚めの帯は自動的に冷暖を調整し、消毒だけでなく止血などもこなす。

 とはいえ指示は人間が行うため、指示も難しい重傷者は看護人をつけるために入院した。

 あるいは有力貴族やその客人であれば、厚遇を示すために病室が用意される。

 リルリナは先に来ていた従者ミルラーナに案内されて見舞いに訪れ、呆気にとられた。


「すげーよ、本当に怖かったから! ていうか、もう動けるのか? 蛮族に打たれ強さで勝つ姫様とかすげーな!?」


 病室のベッドで赤毛のアリハは明るく騒ぎ続ける。


「は、はあ……では約束どおり、アリハさんを正式に騎士として任命しますので……」


「え? あ……いや、あれは引き分けだって。というかオレの負けかも。オレもまともに動けなくなっていたから、王女さんの根性に押しきられたかも」


「ミルラーナとバニフィンも実力を認めています。私たち三人よりも優れたその腕に騎士鎧を預けなくては、人事の公正に欠けてしまいます」


「いやその、オレはワンコロ……犬鬼兵甲コボルトスーツも気に入っているし、騎士の作法とかは苦手だから……」


 アリハはベッド上でじわじわ後退するが、王女の顔はどんどん迫ってくる。


「身につけていただきます。国のために最善をつくすことは、騎士に限らず軍人の義務です」


「でも王女さんが貴族のおえらがたと話をつけたって、隊の連携はそんなすぐにできるもんでもねえだろ?」


 リルリナは深くうなずき、同伴していた従者たちを紹介する。 


「騎士鎧の教練内容と騎甲部隊の編成についてはバニフィンへ任せました。ミルラーナにも実戦を中心に指導をお願いします」


「ま、待って。兵士隊の割り当てはオレも入る前提で組まれているし……その、もう少し先がよくないか?」


 あせるアリハを長身のミルラーナが見下ろす。


「上官の命令を拒否して命令し返す気か? リルリナ様に無礼をしてまで売りこんだくせに」


 リルリナはそっとミルラーナを出口へ追いやる。


「考えておいていただけませんか?」


 そのまま笑顔でいっしょに退室する。

 バニフィンは苦笑まじりに見送り、扉が閉まるとアリハへ向きなおる。


「ん? なんでアンタだけ残ってんの?」


「さっそく講義です。横になったままでも、頭の中は動かせますよね?」


 童顔のバニフィンがほほえみ、アリハは少年のような顔をこわばらせる。


「鬼かよ」


「私は子供のころからリルリナ様やデロッサ様の近くにおりましたので、並はずれた勤勉を少しは学ばせていただいたかもしれません」


 バニフィンは笑顔のまま指先で壁を高速乱打し、アリハの見上げる天井へ次々と資料教材を表示する。


「考えておけとか言って、選ばせる気はねえのか?」


「上官命令ですってば」



 アリハは心がまえや作法については必死に眠気をこらえて聞き流していたが、騎士鎧の運用に話題が移ると何度もうなずき、質問も多くなった。


「性能が高い鎧ほど気難しいやつも多いのか……そういや借りた骸骨がいこつは最初やたら、ごわごわしていたな? 兵士鎧も借りたてだと前に乗っていたやつの『体のくせ』が残っているけど、それのひどいやつだった」


「何度も乗れば体になじみやすくなりますが、すると今度は、以前の乗り手を忘れてしまいます。そのため騎士鎧は一機ごとに担当の搭乗者を決めておきます。従者級でも骸骨騎甲スケルトンアーマーは特になじみやすいため、最大五人の登録で運用している軍隊も多いです。将軍級になるとたいてい三人以下になりますが、そちらにアリハさんを登録することも検討中です」


「将軍級って、大鬼オーガみたいにでかくてごつくて、騎士団長とか大隊長が乗るやつだろ? ……でもそいつらが、ごっそり逃げちまったのか」


 アリハはベッドを降り、ボロボロの軍服を手にする。


「どこへ行くのです?」


「その『登録』だけでも先にやらせてもらえねえかな? 肩の痛みがひいたらすぐに訓練をはじめたいし」


「それでしたら、まずは……」



 アリハが格納庫へ入ると、整備兵たちにじろじろと見られる。


「お前それ、バニフィンお嬢さんに借りたものなら、まともに着ろって」


 整備主任の大柄中年がボタンへのばした手は押しやられる。

 アリハは騎士用の金刺繍つき軍服をだらしなく着たまま、腕まくりして骸骨騎甲スケルトンアーマーを目で探った。


「いろいろ急ごしらえで合わせているところなんだから、これくらい見逃せって……オレが乗る骸骨スケルトンは前に借りたこいつ? ちょっと動かしていい?」


「無理はすんなよ。鎧はほっときゃ治るが、お前の肩は安静にしていないと……」


 整備主任の横をのそりと、大柄な女が通りかかる。

 騎士の軍服を着ているが、年齢は三十近くに見えた。


犬鬼いぬおに使いの娘か。素質があるとは思っていたが」


 ぼそりとつぶやき、有無を言わせずアリハの制服を正す。


「形だけでも真似しておけ。似合わなくもない」


 無愛想に言い捨てて目も合わせないで背を向けたので、アリハは返事をしそこねる。


「前の大隊長さん……だよな? 引退したんじゃねえの?」


「お前と同じで、ルジーア様も穴埋めに引っぱり出されたんだ」


 整備主任のジョルキノは声をひそめ、大柄な女騎士が引きずる片足を横目に盗み見る。



 アリハは骸骨騎甲で起き上がると、犬鬼兵甲コボルトスーツの時よりもゆっくりと動作を確かめた。

 立ち上がる前には整備兵の位置を何度も確かめる。


「あらためて乗ってみると、ノッポ体型は転びやすそうで怖いな?」


 見上げるバニフィンは不思議そうに首をかしげる。


「借り物であれだけ暴れておいて、なにをいまさら。でも、おおいに怖がってください。倒れた時には兵士鎧よりも惨事の規模が深刻ですから」


 バニフィンも小鬼兵甲ゴブリンスーツに乗りこみ、アリハを城外へ先導する。

 骸骨鎧がもう一機、のそのそと重い足どりで追ってきた。



 城外の訓練用広場は桜と梅の並木に囲まれ、白い花弁が午後の日差しをまばらに泳ぎ、まだ肌寒さが残る春風を和らげていた。

 アリハの巨大骸骨は肩をかばいながら手足の動作を確かめる。


「やっぱでかいぶん、跳ねると鎧の消耗もでかいな……速く動こうとすると、空気を踏みつぶす感じも強くなる。兵甲よりもっとすり足に、足の裏で地面をつかむ感じを意識して……」


 見上げるバニフィンの小鬼は首をひねる。


「騎甲の運用は知らないのに、身のこなしには詳しいのですね?」


「売っぱらう前の半壊品を整備のおやっさんに何度か乗せてもらったんだ。それにビスフォンていう鎧に詳しいやつが、いろいろ教えてくれた」


「それだけでリルリナ様と互角以上に……?」


「オレは格納庫でもぞもぞ試していただけだから、足を使いこなす戦いになっていたらボロが出たかも……でもこの動きさえおぼえれば、ブタコロをまとめてぶっとばせるのか~」


 巨大骸骨は素ぶりや小躍りもはじめ、小鬼は腕を組む。


「騎士鎧だって騎士鎧の相手をすれば、やっぱり重傷になりますからね? それと登録制限が厳しいせいで、騎甲の乗り手には体の負担が集中しがちです」


 はしゃいでいた巨大骸骨は、ふりかぶった剣をゆっくり止める。


「そりゃまあ、こんなものを任されちゃ、無理もしたくなるよな。ワンコロに乗っていた時は、騎士さんたちはでしゃばりすぎだと思っていたけど、少しわかってきた……王女さんでなくてもみんな、兵士を心配してくれていたんだな?」


 バニフィンは鎧の中でひそかにほほえみ、新たな騎士の誕生を歓迎する。


「この国の騎士が、少し変わっているのですけどね。リルリナ様のせいで」



 もう一機の骸骨は訓練場の隅で、ゆっくりと動作を確かめていた。

 木陰でくりかえす足の動作は特に慎重だった。

 バニフィンはそれを見て、声を少し小さくする。


「鎧の中にいれば即死の可能性は低いですが、伝達された痛みを受けすぎれば、神経の後遺症が重くなります。装甲の厚い騎士鎧だからこそ、いっそうの注意が必要で……というかアリハさん、軽い動作確認だけのはずでは!?」


 アリハの巨大骸骨は回し蹴りや跳び蹴りの練習まではじめていた。


「おっと。つい……そういや騎士がやっちゃまずい『汚い手』も少し詳しくおぼえたほうがいいのか?」


「もしや『聖神教典』については学んでいないのですか?」


「それもビスフォンに教えてもらったけど、神様は『不意打ち』『袋だたき』『弱い者いじめ』とかは知らんぷりだけど、鎧以外を使ったケンカとか、武器の改造には天罰くらわせんだろ?」


「だいたいではそうなりますが……もう少し言いかたを考えてほしいような……それと『少し』ではなく、厳密に守ってください。過去には生身の相手を鎧で殺したせいで、何十もの鎧が動作を停止して、戦争の勝敗まで決した事例さえあるのです」


 聖神暦三〇四二年の第六海域において、直接的な殺人はほとんど発生しない。

 戦争、犯罪、空賊の襲撃ですら、生身の者を傷つけることは避けられていた。

 人体を直接に傷つける行為は鎧や石棺への悪影響を恐れて忌避され、仮に空賊の撃退であっても、生身を傷つけた場合には慰謝料が支払われた。

 空賊も捕虜や人質の扱いを誤れば、盗品の売買にまで悪影響がおよぶ。

 捕縛して身代金を要求していい対象も鎧乗りに限られ、その額もおおよその相場が取り決められていた。


「でも変だよな。血を流すのはだめでも、鎧同士なら袋だたきでアザだらけにしてもよくて、鎧で生身を踏みつぶしちゃまずくても、でかい国がしょぼい国をいじめて兵隊の寿命を削るのはほったらかしで……ま、神様の悪口はやめとくか」


「ええ。われわれ人類は聖神様のおかげで『殺し合い戦争』という鬼畜の蛮行を終え、真の文明社会へ近づけたのですから……まあ、学会でもいろいろな疑問は話し合われていますが」


「少なくとも、鎧で生身をつぶしまわるような地獄は、誰も望んじゃいねえよな。でもそれならいっそ、おえらいさん同士が自分の拳骨でぜんぶのカタをつけりゃいいのに」


「そ、それは少しどうかと」


 アリハは鎧の胸部を開き、ゴム状チューブの束と軍服から上半身を解放してひと息つく。


「せめて王女さんみたいな人が体を壊さないで済むように、オレみたいなケンカ好きだけでやり合えるようになってくれねえかな……」


 青空へ向けて手を組み、静かに目を閉じる。

 バニフィンも鎧を開きながら、やせた赤毛少女の長い祈りに目を奪われた。



 静寂に割りこんで地響きが近づき、まもなく馬人騎甲ケンタウロスアーマーが駆けこんでくる。


「リルリナ様? 救援要請の外交へ赴いたはずでは……」


「大型浮遊船を借りることができました! しかし帰りに大規模な空賊を呼びこんでしまったので、動ける鎧はすべて起こしてください! 四方向へ分かれていますが、この方向にも一機の騎士鎧が確認され……」


 指示を出しながら、速度を落とすことなく駆け去ってしまう。


「おいあれ、オレの何倍もボロボロになってかつぎこまれたはずだよな? なんであんな無茶をさせ……て……?」


 アリハはバニフィンの怒気を察して言葉をのむこむ。


「ええ……ええ。急ぎの外交でしかたなく、お体への負担を軽くするために騎甲へ乗っていただいのですが。が。お忘れのようですね」




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