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第6話 骨しかぶつけ合えぬ


「鎧が足りないみたいだし、ブタコロ一匹くらいは無傷で手に入れたかったんだけどな?」


 ボサボサ赤毛のやせた兵士は頭をかき、倒れている豚鬼鎧に寄りかかる。


「整備の手が足りないし、ここまで壊れているとそのまま売ったほうがよさそうかも」


 破損部分をのぞきこんでいたモジャモジャ髪の丸顔も苦笑する。

 もうひとりのボロ軍服はニコニコと羊ばかりながめていた。

 リルリナ王女はそんな三人を驚きの目で見つめる。


「いったい、どうやって……そういえば出動中の犬鬼兵甲コボルトスーツは、ほとんど見たことがないような?」


 王女の馬人鎧がつぶやくと、小鬼鎧がうなずく。


「それはまあ、騎士隊の巡回とは遠い場所に配置していますから」


「……なぜです?」


「兵士団の中では、あいつらの腕が一番なんですよ。騎甲部隊の次に強いです」


 ボサボサ赤毛は犬鬼鎧へもどりかけていた足を止めてふり返る。


「おいミンガン大隊長、それはねえだろ。オレらは騎士鎧を一機でも貸してもらえりゃ、王女さんの部隊にも勝ってみせるぜ?」


「おいアリハ、言葉をつつしめ!」


 小鬼鎧が胸部を開き、中から口ひげの年長男が出てくる。


「お待ちください。そのような評価は聞いたことがありません。どういうことでしょうか?」


 馬人鎧も胸部を開き、リルリナ王女がバタバタとはい出てくる。

 捕縛者を調べていたあごひげの年長男も、困り顔でふりむく。


「リルリナ様にご確認をいただくような兵士の一覧は、騎士候補や城の親衛隊を重視していましたんで……」


「流民だった『蛮族』が同じに扱われるわけねえだろ? まあ、貴族さんの考えもわけわかんねえけどな。ろくに鎧を使えないやつまで騎士にしちまうなんて」


 アリハがこぼすと、口ひげの男が肩をいからせてつめ寄る。


「いいかげんにしろ! 王女様への無礼は許さんぞ!」


「お待ちください。優れた才能を公正に活かす人事は私も望むところです。しかし……いくら腕がよくても、騎士鎧では動けなくなってしまうのでは?」


「え。なんで?」


 リルリナとアリハはどちらも困惑した顔になる。

 長い沈黙のあと、アリハはそっと自分の平たい胸を見下ろす。

 リルリナは急にうろたえる。


「え? あ……も、もうしわけありません! そ、その……」


 アリハのうつむいた顔が上がらない。


「いや……いいよ王女さん。ミンガン大隊長だって、半年も男だとかんちがいしていたから」


 口ひげの男がいきおいよく顔をそらす。



「そういえば、そちらのかたも丸みが……」


 リルリナはこわばった笑顔でビスフォンをまじまじと見る。

 アリハよりは色白で、おとなしそうな外見をしている。


「いえ、オレはたるんで背が低いだけなんで」


「かさねがさね、もうしわけありません」


 リルリナもビスフォンも赤面してうつむく。

 王女はおそるおそる顔を上げ、三人目の犬鬼コボルト乗りクローファの笑顔を観察する。

 成人男性なみの背で、肌はアリハより濃い褐色だが、髪色は薄く、後ろで小さく結わえている。

 あどけない笑顔は細く柔らかく整っていた。


「うん。ドレスを着せれば絶対にオレより似合うだろうけど、そいつも男な」


 アリハは気の抜けたため息をついて背を向ける。


「じゃ、おつかれさん。いろいろまずそうなこと言っちまったけど、おたがいさまってことでかんべんな」


 リルリナが踏み出す。


「お待ちください。話はまだ終わっておりません」


 アリハが顔をしかめてふりむき、ビスフォンはうろたえる。

 いっぽうクローファの犬鬼はすでに遠くへ駆け逃げていて、全員に呆れ顔で見送られた。


「……で、話ってなに? どうせ騎士鎧には乗れないんだし、脱がせて確かめなくたっていいだろ?」


「いいえ!」


 ぎょっとした視線が集まり、王女はあわててかぶりをふる。


「い、いえ。確認させていただきたいのは服の下ではなく……」


 気をとりなおして顔をひきしめた。


「……ふさわしい技量があるのでしたら、騎士候補として検討されるべきです」



 骸骨鎧の従者たちも駆けつけ、降りてきた童顔の少女……バニフィンは頭を抱える。


「リルリナ様のおっしゃることも正しいとは思いますが、騎士の選出には政治的な調整もありますし……」


「騎士鎧だけでなく、腕の立つ騎士も不足しています。これは人事の改善を示す機会でもあるのです」


 リルリナが言い切り、バニフィンは予想していたような困り顔を見せる。

 むすっと聞いていた長身短髪の少女……ミルラーナはアリハを観察していた。


「リルリナ様。私が試してもよろしいでしょうか? そこまでの放言をしたなら、少しはもつかもしれません」


 アリハは放心顔でほかの兵士たちといっしょにやりとりを聞いていたが、ミルラーナの視線に気がつくと、不敵な笑みを返す。


「へえ。じゃあアンタに勝てたら、騎士鎧をもらえるのか?」


「うぬぼれるな。多少なり使えるなら、補欠にも検討するだけだ」


 ミルラーナはそっけなく言い捨てるが、リルリナが前へ進み出る。


「いえ、相手は私です。骸骨騎甲スケルトンアーマーを私とアリハさんにお借しください」


「リルリナ様の技量では、損傷が大きくなってしまいます」


 ミルラーナの率直すぎる即答には隊長格の兵士たちも眉をひそめる。


「リルリナ様は司令官ではありませんか。いくら侮辱されたからといって……」


 バニフィンも腕にしがみつくが、リルリナは目を合わせてうなずく。


「はい。これは実績も少ないままにわかに騎士団長を継いでしまう私個人の意地。それも本音です」


 そう言って骸骨騎甲へ登りはじめ、バニフィンはその背をうらめしげに見送る。


「そんな風に言われてしまったら、止められないですよう」


 アリハもミルラーナにうながされ、骸骨鎧のもう一機へ搭乗する。

 片膝をつく巨大骸骨は簡素な兜、胴鎧、腕甲、脚絆をまとい、左腕には小さな盾がつき、右手には剣が連結されていた。

 厳密には剣型の棍棒で、刃に相当する部分でも人の指ほどに厚みがある。

 いつの間にか兵士は十数人にも増え、牧場主の夫婦と老農夫まで来ていた。


「破片とか飛ぶと死ねるんで、木とか鎧の後ろにいてください……というか、ここを使っていいんですか?」


 犬鬼隊のビスフォンが避難誘導をしながら聞くと、牧場主は笑ってうなずく。


「どうせ踏み荒らされたばかりだし、リルリナ姫とワンコロ姫の一騎討ちなら、見逃す手はないねえ」



 リルリナは骸骨鎧の剣を型どおりにふり、足元の感触を確かめる。

 アリハも骸骨鎧の手足と剣をふりまわし、軽快に跳びはねる。


「王女さんは馬人騎甲ケンタウロスアーマーを使ってもかまわねえんだけどな……よし、わりと体になじんできたし、クセもだいたいわかった。本当に騎士様の鎧へ傷をつけてもいいのか?」


「背中をあずけ合う相手への遠慮は無礼と知りなさい……いつでもどうぞ」


 リルリナが言い終わった瞬間、アリハはごく低い姿勢で飛びこんでいた。

 横なぎに足へ斬りつけ、かするだけで流れた剣を即座に持ち変えて突く。

 リルリナはぎりぎりに盾で受け流したが、肩にも傷が走った。

 さらに一方的な攻めが続き、ミルラーナはわずかに眉間をしかめる。


「あれほど荒々しく手数を重ねながら、隙らしい隙は与えない……あの赤毛、場数だけはなさそうだ。体術の組み立てはズアックのウパウパ娘にも近いか?」


「ウェスパーヤさんですか? アリハさんが指導を受けたとすれば、流民となった軍人の中に、よほどの達人がいたのですかね?」


 バニフィンは王女が打たれる一撃ずつに身をすくめながら、決して目はそらさず、手合いの先を読もうと気を張り続ける。

 アリハの腕を知るビスフォンも、顔をこわばらせて驚いていた。


「オレがアリハと練習する時は、いちかばちかの初撃に賭けて、あとはひたすら逃げて機会を待つのに……」


 リルリナは守り続けながら、一歩も後退しない。


「あんな圧されているのに、前へ出ようと……反撃までねらっている?」


 斬撃を剣や盾で受けきれなくても、自分から腕や体をぶつけて太刀筋をずらせば、威力を多少は弱められる。

 とはいえ、ビスフォンも痛がるような傷がすでにいくつも刻まれていた。


「あんなのオレが受けたら、とっくに動けなくなっている」


 そしてついに、お互いの肩へ剣をまともに打ちつけ合う相打ちにとった。

 リルリナはよろめきながら持ちこたえ、アリハは倒れるが、転がってすぐに起き上がる。


「それまで」


 リルリナが先に剣を下げる。


「もう受けきれそうにありません。私の負けです」



 リルリナは鎧を開き、腫れ跡だらけになった自分の両腕を確認していたが、かすかな笑顔でつぶやく。


「大国の主力にも対抗しうる才能がこんなところに……これもデロッサの置き土産だとしたら……?」


 兵士は一斉に騒ぎ出し、あわてて王女を搬送する。

 アリハは自力ではい出て、二機の骸骨鎧の傷を見上げて苦笑した。


「こんな時に仕事を増やしちまって、おやっさんに怒られそうだ」


「それより早く、その肩を手当てしないと……」


 ビスフォンの犬鬼鎧が受け止めて運び去り、残されたバニフィンは意表をつかれる。


「あれ? 行ってしまいましたね?」


 ミルラーナも無表情にうなずく。


「あの赤毛の性格なら、嫌味な自慢でもはじめるかと期待したが」


 同じく残っていたあごひげの兵士隊長は苦笑する。


「いえ、アリハのやつはたぶん、リルリナ様が採用を考えてくださっただけでもうれしくて、しかも直接に相手をしてもらえたからはしゃぎすぎて、なんで戦ったのかも忘れているんですよ」


 バニフィンとミルラーナがふり向いて驚いた顔を見せ、あごひげ男がうなずく。


「言葉づかいはひどいですが、悪く思わないでやってください。仲良くなりたい相手にはケンカを売る、ガキみたいなところがあって……あれでもリルリナ様のことは好きなんです」


 アリハは以前、楽しそうに話していた。


『王宮のやつらはなに考えてんだかわからねえけど、王女さんだけは別だ。どの兵士よりも先につっこんで暴れまわるくらいだから、鎧の中身なんか関係なしに大事にしてくれていることくらいわかる』


 バニフィンはうれしそうにうなずいたあと、ふと眉をよせる。


「その話は絶対、リルリナ様には言わないでくださいね?」


「もちろん言いません。絶対。今より止めにくくなられては困ります」




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