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第5話 滅びへ行軍するために


 リルリナたちが港から城へもどる帰路、空賊くうぞくの襲来を知らせる半鐘が鳴り響く。

 駆けつけた牧場はすでに荒らされ、羊を何頭もさらわれていた。

 兵士鎧の若い巡回兵は、ふたりとも重傷で動けない。


「もうしわけありません。相手に騎士鎧もいて……」


 被害にあった家の牧童はつい先日、幸運のクローバーをリルリナへ捧げたばかりだった。

 王女は牧童の沈んだ視線を背負って城へ急ぐ。



「もし空賊が、騎甲きこう部隊の大規模な出航に気づいてしまったなら……問題はこれからです。あのような略奪が、今後もまかりとおると思われてはなりません」


 格納庫に着いたリルリナが鎧から降りると、残っていた指揮官が集まってくる。


「しばらくは無理をしていただきます。兵甲へいこう部隊の巡回をどこまで増やせるか、確認を急いでください」


 リルリナは指示を出しながら、足は止めないで玉座の間へ乗りこむ。


「同盟条約をもとに、ギルフ王国へ援軍を頼みましょう。騎甲一機だけでも……?」


 リルリナは重臣たちの放心した顔に気がついてとまどう。

 国王マクベスは苦笑いでなだめるしぐさを見せた。


「デロッサくんが出発の前に教えてくれたんだけどね。ギルフ王国はすでにズアック連邦へ降伏していたそうだ」


 リルリナは蒼白になり、こぶしをにぎりしめる。


「ですから、わずかでも援軍は送っておくべきだったと……ともかく現段階では、できる限りの抗戦準備を整えなくては! まずは予算を……」


 重臣たちの反応が鈍く、リルリナは同意の少なさを感じてあせる。

 国王マクベスが不意に手を上げた。


「ぜんぶリルリナに任せていい人、挙手~」


 まともな説明もできないまま、極端な多数決をとられてしまい、リルリナだけでなくバニフィンとミルラーナも抗議の声をあげかける。

 しかし挙手は過半数を超え、なおものそのそと増え続け、かえってリルリナたちを困惑させた。

 バニフィンは重臣の数が減っていたことに気がつき、小声を出す。


「反対しそうな有力貴族はほとんど、デロッサ様の亡命に同行していた……?」


 リルリナもうなずく。


「これがデロッサの置き土産かどうか……いずれにせよ、お父様はもう少し節操のある決をとっていただきたいですが」


 ミルラーナの無愛想な顔にも呆れが混じっていた。


「さすがマクベス様。話が早い点だけはなによりです……しかし予算の捻出で鎧は補充できても、乗り手の不足はどう補ったものやら?」



 そのころ城門近くの格納庫に隣接した事務室では、兵士団の指揮官たちが臨時の配置予定を検討しながら、別の話題でも盛り上がった。


「まさかギルフ王国が陥落していたとは……まともに援軍をくれそうな同盟国なんて、あそこだけだろ?」


「報告されていたよりも深刻だったらしい。しかし仮に無事だったとしても、窮地に一機もよこさなかったギアルヌを助けに来たかどうか……」


 年長男ふたりの会話へ、ボサボサ短髪の小柄な兵士がわりこむ。


「ここもズアック連邦の傘下になって、なにか困るの? やたらでかい国なんだろ?」


 ぞんざいに着ている軍服はあちこちがすりきれていた。


「蛮族は気楽なものだな。いまだに国への愛着は薄いか? ズアック連邦は能力主義のたてまえで、侵略先の住民を奴隷のように働かせ、子供まで奪う」


「ふーん? それはえらく息苦しそうだな」


 そっけなく返され、口ひげの男は不愉快そうに眉をしかめ、あごひげの男は呆れたように苦笑する。


「それが嫌なら切り離せる土地だけ抱えて、流民になるしかない。でも受け入れ先なんて絶望的だけどな」


「オレのじっさまも、この国にひろってもらえたのはすごく運がいいことだと言っていたから、借りは返すよ……でもこの割り当て、何日くらいもつの?」


 兵士の全員が休日を削り、一日の勤務時間も大幅に引き延ばされていた。


「アザだらけで寝こんでいるやつまで、明日には起き上がる予定になっているし」


 若い兵士の素朴な疑問に、年長男たちは苦しげな顔をする。


「王宮がどう答を出すかはわからん。それでも今は、どんな無理をしてでも兵士団で埋め合わせをしなければ……」


「リルリナ様がこれから、俺たちの何倍も無理をするのは目に見えている。あの人だけは守らなけりゃ……アリハ、頼りにしているぞ。お前ら腕だけはいいからな」


 小柄な若い兵士は苦笑いでひらひらと手をふって背を向ける。


「へいへい。めずらしく城で鎧の手入れをしてくれるっていうから来てみたら、あんのじょうやっかいごとか。まあ恩返しにはちょうどいいけど」



 アリハが向かった格納庫の壁際には、兵士鎧が並んで座っていた。

 立った高さでは成人男性の三倍近くあり、騎士鎧の半分ほどになる。

 ほとんどは耳と鼻の大きい小鬼こおにを模した鎧だった。

 アリハと同じような年齢とボロ軍服の兵士が数人、鎧の列を見上げている。


「やっぱ小鬼兵甲ゴブリンスーツに比べたらマシかな?」


 少年たちが見比べる端には三機だけ、顔を犬に模した鎧が座っている。


犬鬼兵甲コボルトスーツなら手入れが終わってるぞ。お前ら、たまには外づらも掃除してやれ」


 整備主任の大柄な中年は雑巾やゴム状チューブの束を抱えて笑うが、アリハは不満そうだった。


「えらくきれいにしてもらったけど、品が良すぎてワンコロぽくねえなあ?」


「どうせすぐ汚すだろうが。まあ、景気づけみたいなもんだ」


 アリハは礼に整備主任の肩をぽんとたたき、犬鬼いぬおにの鎧へひょいひょいと登る。

 大きい棺桶のような胴体は内部にゴム質の繊維がひしめき、さしこまれた細い体をのみこんでいく。

 肩まで見えなくなると胸部の装甲がゆっくりと閉じた。


 内部の搭乗者は胎児のように目を閉じて動かないまま、意識の中では鎧と同じ姿勢になった感覚が広がり、視界も鎧の頭部と同じ高さで広がる。

 三倍近くの大きさになった手で床の感触をたしかめ、巨大な犬頭で足元をそっと見回し、周囲に立つもろい人体との距離に注意しながら、少しずつ立ち上がる。

 指先から順に全身の関節をゆっくり動かし、うなずく。


「いい感じ。おやっさん、ありがと」


 いかつい整備主任は得意げな笑みだけを返す。


「クローファとビスフォンもさっさと乗れって」


 アリハが呼びかけたひとりは、笑顔で首をかしげる。

 もうひとりはうなずくが、横たわる騎士鎧のほうを見つめたままだった。


「やっぱり男じゃ騎甲アーマーは動かせないのかな……」


 つぶやく丸顔のモジャモジャ頭を、中年整備兵のごつい手がなでくる。


「そのへんは俺よりビスフォン先生のほうが詳しいだろ? 男じゃ歩くだけでやっとだ」


「なんで男性というだけで、そこまで機能を制限されたんだろ……鎧の中でしか生きられなかった大昔だと、それほど出産が大事だったのかな?」


「とことん軍事用へ改造したくせに、大昔の技術でもそれだけは変更できなかったのか、あえて変更しなかったのか……俺が女装してもだめだった」


 大柄な中年男が真顔でうなずき、ビスフォンは犬鬼鎧へ逃げこむ。

 クローファは笑顔のまま、残りの少年たちに囲まれて鎧へ押しこまれる。



 浮遊島の外周に近い農道を三機の犬鬼が連れ立って歩く。


「男も使える兵甲スーツと比べたら、騎甲アーマーは出力から段違いなんだよな……」


 ビスフォンの声を出す犬鬼は肩当てに『02』と表示されていて、歩きながら棍棒を振って動作を確かめる。

 武器の握り部分からは綱が手のひらに連結されていて、敬礼の時などには手の甲までまわして固定することもできたが、取り外しはできない。


「腕のよさで補えばいいだろ? もっと連携も練習して……うまく賊どもに出くわさねえかな~」


 アリハの声を出す『01』の犬鬼は先頭でそわそわと鼻を左右させる。

 クローファの『03』犬鬼は無口で、畑の大きくなったキャベツばかり見ていた。

 老いた農夫が雑草むしりの手を止めて体を起こす。


犬鬼コボルトさんたちよう。港でえらい騒ぎが起きたって、孫から聞いたんだが?」


 アリハの犬鬼がぷらぷらと手をふる。


「ああ、だいじょうぶ。どうしようもねえらしいから、心配するだけ損だって。じっちゃんは空賊の警戒だけ、いつもより念入りに頼む」


「はあ……そういや甥っ子がさっき、羊が妙にさわぐとか言っていたな?」


「お、さっそく当たりかな? 寄ってみる」


 犬鬼たちは道をそれて果樹の林へ入る。

 キョロキョロしていたアリハの向きが定まり、駆け出す。

 視線の先の空に、雲にまぎれて小さな影が見えていた。

 それは小屋ほどある石塊だが、紙箱のようにゆるやかな落下をしている。

 浮遊島の高度に近づくと、巨大骸骨の姿も見えてきた。


「使い捨ての『浮きいかだ』にバカっぽい騎士鎧……大当たりだ!」


 鎧は甲部分の配色や表示の一部を内部から変更できた。

 ギアルヌ軍の鎧であれば甲部分は濃い青の地に落ち着いた紫色の蔦紋様で統一され、肩や胸には機体番号を表示している。

 襲撃者の甲部分は目立たないことより威嚇を重視してそうな赤の地に派手なオレンジの炎紋様で、表示番号の『80808』も個体識別には余分そうな桁数だった。

 石棺がさらに高度を下げると、同じ配色の甲をつけた豚顔の鎧たちも姿を現す。


 空賊の浮き筏は少しずつ接近していたが、島の真上に入る直前で見えない壁でもあるかのようにはばまれ、そこからは速度をゆるめながら降下し、島の端へ接岸する。


 ビスフォンは通りかかった小屋の主婦が発煙筒をたく姿に気がつき、礼に親指を立てて見せた。同じように返される。

 襲撃者を知らせる煙の筋が空へ記され、間もなく早鐘も鳴り伝わる。


骸骨騎甲スケルトンアーマーだけじゃなくて、豚鬼兵甲オークスーツも何機かいるみたいだ……アリハ、それでもいつもどおりの作戦?」


「煙も早く気がついてくれたし、やれるだけやってみようぜ」



 降りてきた豚鬼のうち三匹は縄を使い、羊へ巻きつけて繋げてゆく。

 あとの二匹は骸骨鎧といっしょに、逃げまどう羊の群れを追っていた。

 牧草地のひとつずつは見渡せる程度に狭く、分断して果樹園が並んでいる。

 その陰から不意に、二匹の犬鬼が飛び出した。

 羊を追っていた豚鬼の一匹は先頭の『01』犬鬼に頭を殴り砕かれ、次の『02』犬鬼にも胴を突かれて倒れる。

 近くにいたもう一匹の豚鬼が驚いて身がまえると、先頭の犬鬼はすでに跳びかかっている。


「よっし、まずは二匹!」


 そう叫んだ『01』の振り下ろしは受けられてしまうが、豚鬼がかまえなおす前に二撃目が腹へたたきこまれていた。

 続く『02』もだめ押しに頭を殴りつけたが、樹上を見て叫ぶ。


「アリハ! うしろ!」


 背や武器が倍も大きな骸骨剣士が迫っていた。

 兵士鎧だと一歩は余計に踏みこまないと届かない間合から、長大な刃が振り払われる。

 アリハは転がってぎりぎりにかわすが、犬鬼の数歩を巨大骸骨は二歩で追いついてしまう。

 羊をつなげていた三匹の豚鬼も縄を捨てて駆け寄り、最後尾にいたクローファの『03』犬鬼を囲んでしまう。

 ビスフォンは巨大骸骨の脇を駆け抜けながら脚を殴りつけるが、直後に巨剣で背を打たれて倒れこむ。


「だいじょうぶ……浅かった!」


 アリハもすかさず棍棒をふるいながら脚の間をくぐり、振り向きざまにもう一撃を当てたところで蹴り飛ばされ、それでも踏みこたえていた。


「犬っころにしては、ずいぶんやっかいだ……ん?」


 巨大骸骨は大人の女の声で嘲笑したが、最後尾の犬鬼を囲んでいたはずの豚鬼たちが倒れ、なにかを叫んでいることに気がつく。

 目が合う高さの空中に、突如として『03』の犬鬼が飛んでいた。



 城のリルリナ王女は重臣たちと緊急措置の検討を白熱させ、国王は笑顔で見物しながら、娘の去り際に声をかける。


「やりたくないんだけどさあ。まずは君を騎士団長に就任させる式典の……」


「そんな時間はありません! 再編成の確認へ行ってまいります! まとめた交渉内容の確認をお願いします!」


 言葉の終わりと同時に長い栗色髪も扉へ消え、国王は重臣に渡された何枚もの書状を読まずに署名していく。

 遠くから早鐘が響き、窓を見れば煙の筋が立ちのぼっていた。

 間もなく騎士鎧のガシャガシャと駆ける震動が遠ざかる。

 小鬼鎧たちもリルリナの馬人鎧へ追いすがろうとした。


「あの位置にいる兵士鎧の数は!?」


「おそらく三機ですが……」



 牧場はすでに空賊が去ったあとだった。

 先に来ていた兵甲部隊は六機で、三機の小鬼が王女へ片膝をつく。


「さいわい、ほぼ被害なしに追い払えたようです」


「そうですか…………え?」


 馬人鎧の兜が、踏み荒らされた牧草の巨大な足跡を見まわす。


骸骨騎甲スケルトンアーマーがいた上、豚鬼兵甲オークスーツも少なくなかったのでは?」


 二機のブタ鎧が倒れて転がり、兵士たちが中から操縦者を引きずり出していた。


「五機いたそうです」


「ほかの兵士のかたは? まさかあなたたちだけで?」


「いえ、自分たちが来た時にはもう……犬鬼コボルト隊の連中がいて助かりました」


 笑いながら空賊を縛りあげている三人の兵士は軍服がぼろぼろで、年齢はリルリナと同じくらいに見えた。




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