第44話 英雄をまねて剣をふる
フォルサの妖魔騎甲が後退し、その援護にデロッサの大鬼騎甲とその従者たちの骸骨騎甲が前に出る。
ほかに六機のズアック骸骨も戦場に残っていたが、戦魔女に斬り刻まれた損傷がひどく、フォルサの補助へ向かう余力があった半数も、動きはひどいものだった。
クローファの戦魔女騎甲が後退し、その援護にバニフィンとホーリンの骸骨騎甲が前に出る。
しかしふたりとも自身の技量はよく知っていて、背後の城から駆けてくる魔犬騎甲へ叫ぶ。
「アリハさん! は、早くお願いします!」
「おう……って、なんで声も出していないのに、みんなオレだってわかるんだよ?」
バニフィンにしてみれば、魔犬をすぐに乗りこなせそうなギアルヌ騎士などひとりしか知らない。
いっぽうホーリンは別の基準で判断していた。
「犬くささにおいてアリハさんにかなう女子などおりません! すでに相手の骨どもはバニフィン様なみにボロボロのヘナチョコでありますが、鬼団長の両脇にだけはご注意を!」
「おう……って、そいつらまだ三人とも暴れ続けていたのかよ。やっぱギアルヌの貴族はたいした蛮族だな」
アリハは無駄口をたたいて駆けながら、自身の肉体と機体のきしみを感じとり、可能な無理の限界をはかる。
相手を機体の傷だけでなく動きからも見きわめ、搭乗者の消耗を嗅ぎとり、それを過剰に補い支えている気力の噴出も肌で感じる。
機体も肉体も心もとない。
馬人騎甲と違って剣での攻防ができないぶん、運動性能を活かしてかきまわし、一気にかたをつけたい。
しかし不慣れな機体で、全身の痛みもこらえるには限度がある。
「あいつら、やっぱりというか人の嫌がることには目ざといな……」
鬼の従者ミュドルトとルテップが守りをどっしりと固めて迎撃態勢をとってしまう。
バニフィンとホーリンが不意にドタバタと突っこみ、アリハまで驚かせる。
「え……!? お、お、おい……!?」
直感だけで『野犬姫』は跳躍の軌道を変え、左右にふりまわすより姿勢の上下で正面中央をまどわす。
「いくらなんでも、オレに期待しすぎだろ!?」
低く跳ぶそぶりで誘った長棍棒を高く飛び越え、大鬼の肩へ牙を突き立てて体をひねる。
バニフィンとホーリンは剣まで盾のように扱って体当たりをかまし、不意をつかれたミュドルトとルテップが突き飛ばされる。
「いける……か!?」
アリハは自分が殴られながらでも大鬼の上半身に喰らいついていれば、バニフィンとホーリンでも鬼団長にとどめを刺してくれそうに思えた。直後に横腹を別の魔犬に咬みつかれていた。
「ステキな五分と五分に! 私のときめきがうきゃっぱあああ!」
ギアルヌの魔犬よりも傷具合のひどいズアック魔犬がもつれあって墜落し、互いに前足の爪でえぐり合い、さらには蹴り飛ばし合った後で、アリハが先に立ち上がる。
乱入したウェスパーヤの魔犬はまだ攻撃もされていない片脚をひきずって這いずった。
騎甲部隊同士、互いにひどい状態で対峙したが、大鬼騎甲は後退を指示して引き返し、アリハは拍子抜けする。
「おい……もう鬼団長さんは相手をしてくれねえのかよ? その犬を送り返すより、この犬の首をとったほうがよくねえか?」
「長く休めるほうがそちらには好都合では? こちらの都合は、私がふさわしい状態で決着の場に立つことです」
デロッサの大鬼は背を向けたまま、ふりかえりもしないで言い捨てる。
従者ミュドルトの骸骨騎甲は魔犬を引きずりながら視線を送る。
「心配なさらずとも、デロッサ様は必ず再出撃なさいます。あなたに興味があるかはともかく……そうそう、私を突き飛ばした頭突き娘さん、あなたの名は?」
「うあっ、やはり笑いものに!? 失敬なかたには名乗りません!」
「では頭突き娘と呼びましょう。新人にしては思いきりがいい」
「ホーリン・ピヤロッグです! 思いきり以外の才能だって、たぶんあります!」
「笑える芸人の才能ですか?」
格上の熟練者へ、半壊の骸骨騎甲で突撃できる『思いきり』はそれだけでも評価できたが、従者ミュドルトのひねくれた性格では皮肉も敬愛の表れだった。
もうひとりの従者ルテップもふりかえる。
「練習では向き合うだけで固まっていたバニフィンお嬢さんが、ずいぶんとうっとうしくなったものです」
「鬼のごとき先輩がたにしごかれ、頑固姫に引きずられ続けましたから……このバニフィン・ザグビムには技量も才能も経験もありませんが、リルリナ様の従者として、弱いつもりはありません!」
「吠えかたまで、ずいぶんと耳ざわりになりました」
褒めているつもりである。
城の裏側では『鉄壁姫』ニケイラを相手にした打ち合いが長引き、新人騎士スシェルラの緊張は限界近くをさまよい続けていた。
熟練騎士マーピリーは調子がよいものの、いつ後遺症の発作で意識がとぎれるかもわからない。
それでなくともスシェルラが一瞬でも油断すれば、独りにさせてしまう。
「マーピリーさんはまだしも、スシェルラは新人の分際でよくも私の出番を奪ってくれたな」
城からゆっくり現れたもう一匹の洞鬼騎甲はいきなりそう言い放ち、スシェルラは隊長の復帰を喜びながらも困惑する。
相手の洞鬼まで打ち筋を乱されたように大きくさがり、笑いをこらえていた。
「それはどうなんだいミルラーナ君。もう少し素直に褒めてあげたまえ」
「素直に妬んでやったのです。ニケイラ様こそ、素直に敵対してください」
「そのつもりだけどね。私が手心を加えたなどと監視役に報告されては、我が友リルリナ君の勝利に、つまらぬ言いがかりをつけられてしまう……しかし、そろそろ勝敗はどうあれ、我がギルフ軍だけでも温存しておくほうが、ズアック連邦のためでは?」
ニケイラが顔を向けた背後で、かなり離れて立っていたズアック小鬼の一匹は小さく首をかしげるが、なにも言わない。
「すでに気がついているのでは? かの大騎士フォルサにしては、手際に精彩を欠いている。それにそこのミルラーナ君は、ほとんど動けないように見えても、本当に戦力外かどうかは自信を持てないな。なにせリルリナ君の従者だ」
大国を相手に自らの小国を守り続けた『鉄壁姫』は、優雅に話しながらもかまえた武器から発し続ける気迫は変わらない。
「そして忠実なる『頑固姫』の軍勢は、いつまでこんな風に立ち上がり続けるのか……どうにも底が読めなくてね。父上がこの国の支援を続けてよかったと思う。表向きの見返りは薄くとも、こんなに育ってくれていた」
ニケイラを背後から見張るズアック小鬼が、ようやくぼそりとつぶやく。
「ギルフ王国がギアルヌの援軍をあえて拒んで温存させたのも、このような抵抗を期待しての判断でしたか」
「とはいえ、デロッサ君が抜けた直後で、ここまでになるとはね……まあデロッサ君もいろいろと、手の込んだことをしていった様子だが」
正門側の両軍はふたたび、前に出せる騎甲がない膠着状態になっていた。
ギアルヌ側はまだ、ボロボロの魔犬と骸骨二機を戦場の後方にとどめている。
後退した『道化姫』フォルサは妖魔騎甲と共に傷の応急処置を受けるが、やはり戦場を見渡せる位置にとどまっているので、まともな資材はない。
鎧は大まかに傷をふさぎ、生身は湿布で患部を冷やし、包帯で固定するくらいしかできない。
左肩と左腿は特にひどく、ウェスパーヤは鎧を目隠しに立たせて露出させ、包帯できつめに縛っておく。
「予備戦力まで入れたせいで、長引かせて締めつける戦略まで選べなくしてしまったかな。うろつくゾツークやグオツークの艦隊は牽制だけだと思いますが、万一を考えれば……特にズグオツークは戦況に関係なく暴発しかねませんし」
フォルサは皮肉そうに笑うが、ウェスパーヤはいぶかしげに首をかしげた。
「それしきの横槍さんは最初から想定していたはずですわ。ギアルヌが国庫を傾けてでも傭兵を雇ったり、鎧を無茶買いしたりも……でも手段はどうあれ、どんな方向の無茶にも耐えてしまうギアルヌ軍の……リルリナ様という司令官の心身や人望……もろもろの頑丈さが、とち狂っておりましたわ」
「ええ。まさにそこは、私が見誤りましたねえ?」
フォルサが軽く明るくうなずくと、その頭にウェスパーヤが歯を立ててかぶりつく。
「その余裕ぶっこいてるふりを見逃したのが私の大失敗でしたわ! フォルサ閣下様であれば、いかれた戦魔女とくんずほぐれつしながらも、ソロバン勘定はせちがらく続けていらっしゃると思っていましたのに!」
「君はどうも勘が鋭すぎるね。私も推薦した甲斐があったというものです」
フォルサはひたいをつたってきた血の感触を目で追い、ウェスパーヤは自分がつけた歯型も手当てした。
「多少の計算ちがいより、古傷にとらわれた『道化姫』らしからぬ芸風の迷いが足を引っぱっておりますわ。戦場へ立つのでしたら、哀れでかわいい『英雄姫』などはしっかり棺桶へぶちこんどいてくださいまし! ……そもそもあの『頑固姫』様は、昔のフォルサ様とは種類の異なるバケモノでしてよ?」
仕上げに血まで舐めとられ、はじく竪琴もないフォルサは包帯をねじってビヨンと鳴らす。
「たしかに……彼女は騎士道の『慈悲と寛容』について、私よりもずっと残酷で苛烈に考えていたようですね」
デロッサたちは残っている部隊へ指示を出してから、遅れて後退してくる。
「さすがはギアルヌの元騎士団長……君の言うとおりになってしまいましたね?」
デロッサは鎧の中でばたばたと自身の応急手当を急ぎながら、しばらくは無言で見下ろす。
「名高き『英雄姫』フォルサにしては、芸のない愚痴ですね? ようやく退却の相談でしたら、いつでもお先にどうぞ……ただし! 私の再出撃には、いっさいの引きとめはご無用に願います!」
「もう君にもまともな余力はなさそうだけど……命令して止めたら、この場で裏切りそうな勢いだね?」
フォルサが鎧をカンコンと指ではじいて首をひねると、傷まみれの『悪逆姫』は不敵な笑みを返すだけで、ウェスパーヤはつい水筒をデロッサの顔へめがけて投げ渡す。
「なぜそこまで、リルリナ様との決着にこだわるのですかしら? フォルサ閣下様が退却したあとでぶちのめしても、私情が晴れるだけでは?」
デロッサは水筒を受け取りながら露骨に見下し、鼻で笑う。
「そんな目先だけで考えて、あなた自身の、そしてズアック連邦の利益になると思っているのですか? だからあなたがたは、私を使いきれない……リルリナのようには、私をおびえさせない!」
水を一気に飲み干し、投げ返す。
「私は大臣の娘として、この国の窮状を聞きながら育ったのです。リルリナはその姉ロゼルダとちがって、明るく素直で他人思いでしたが、お人よしにすぎました……」
ウェスパーヤが小声で「か、語りはじめましたわね?」と困惑をもらすと、デロッサの従者たちは無言で詫びるようにうなずく。
「私は祖国を憂い、大国から守るための努力を続け……そんな私を陰日向に支え続けたのもまた、リルリナだったのです! 言葉では褒めても、行動では応えてくれない者たちとはちがう……リルリナはなにごとにも不器用でありながら、努力に疑問すら持たず、いつも気がつけば私の、ほんの一歩後ろまで迫ってくれている!」
デロッサは自分の軍服を整えるなり、鎧に埋もれて胸甲を閉じる。
「そしてついに、この戦場で! リルリナの素質はかみ合いだ……」
閉じた直後だけ、高らかな演説がわずかに途切れる。
「……る動きまで鋭く繊細になりました! 臣下もただリルリナを守り甘やかすだけでなく、戦略を信じて踏み出し、四度も倒れる姿を見ようと、その数だけ信頼を深めています! あなたがたが不安に思っている以上に、ギアルヌ軍は期待しているのです!」
傷だらけの悪人顔が戦場へ向くと、従者たちは応急修理を途中であきらめて退避する。
「もちろん親友である私は、固く信じています! すでにあの城門まで、リルリナ・ギアルヌが迫っていることを! ならばこのデロッサ・アルジャジアは、死力をもって出迎えなければ!」
鬼団長と呼ばれた『悪逆姫』の巨体が、全身をきしませながら立ち上がる。
そしてギアルヌの城門に『冥府の渡守』が影を落とすと、敵味方が青ざめ、鬼は満足して笑う。
「ふ……ふふ! どうです!? 私の愛するギアルヌは、すてきな国でしょう!? 私の、リルリナ様は……!」