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第43話 影の女王


 整備主任ジョルキノはミルラーナも見送ったあとで思い出す。


「ソルディナ様はみんなを背負って『渡し守』に連れていかれちまったが、その真似をはじめたリルリナ様は幼すぎた……」

 

 王妃ソルディナが亡くなった五年前、その兆候のように黒鎧がギアルヌ王国へ降っていた。

 戦魔女を見上げ、声を出して泣いていた幼い女の子がいた。


「……だからみんなが『頑固姫』と同じだけ背負いこもうとしちまう。あの渡守騎甲カロンアーマーを使いこなすどころか乗りつぶす勢いの王女様は、まるで自分が『渡し守』みたいに、みんなを連れて行っちまいそうになっている」


 ジョルキノは兵士団の中隊長ラカダランを応急修理だらけの小鬼へ案内した。

 年長格のあごひげ男は苦笑し、その全身も包帯と腫れあとにまみれている。


「おもしろいんですよ。精強で知られるズアック軍の動揺がわかるんで。リルリナ様が出るたび、それと意地を張り合って俺たちもオンボロ鎧で再出撃するたび、こっちを追いつめているはずの大国が『うげ』って言うのが聞こえる気がして……若いやつらなんか特に、この『戦争の味』がやみつきになっています」


「おめえはもう、三十も近づいてきたいい年だろうが。ミンガンのやつまでガキみたいに熱くなってやがるし……あいつもそろそろ現場から引っこめてやんねえと」


「あの人、わりと本気で四十までは現場に居座るつもりですよ? だからまあ、もしまだこの国がもう少し続きそうなら、若い連中に嫌われながら抑えにまわる役は俺になるのかな……あ~あ」


「ライッシャの子供も、引き取るつもりなんだろ?」


「姉貴に、万一の時はと頼まれましたからね。もう羊番もひとりでやっていますけど、まだ八歳ですし……だから俺はもっと、ケガをしないように逃げまわらないとまずそうです」


「おめえだけはそうならねえと、まずいだろうが。ギアルヌ軍の指揮官には、残酷な卑怯者が足りなすぎる」


「変な軍ですよね。上から順に敵へ突っこむなんて……敵さんにはどう見えているんだか」


 ジョルキノは幼いリルリナが戦魔女を見上げ、声を出して泣く姿をふたたび思い出す。

 兵学校に入る前で、十二歳になったかどうかの年齢なら、本来それくらいの弱さもあって当たり前だと思い、当時は安心できた気がしていた。

 今は気のせいだったようにも思える。

 人並みはずれて気丈で大人びていたからこそ、行く末の災禍を『戦魔女』の威容に重ねて感じとっていた気もする。


「若い連中はリルリナ様こそ『勝利をもたらす女神』と信じこんでいるが……」


 小国の貧乏軍隊を熱情で染め上げ、恐れ知らずの狂戦士を無限に産み出す威容は、敵の目にはもっと禍々しい姿で迫っている気もする。



 戦場の『道化姫』フォルサは、ふたたび驚いていた。

 戦魔女騎甲モリガンアーマーの乗り手が、大国の大騎士と打ち合える技量と体力と気力を備えていた意外性であればまだしも、流民に腕の立つ軍人がまぎれていた想定で納得もできる。

 大騎士を育成できるほどの腕であれば、敗戦の将といえどもそれなりに歓待されるはずだったが、祖国への義理立てから、あえて漂流を選ぶ者もいる。

 かつて王女だったフォルサ・グランブルオが守り続けた小国も、そのような気骨ある軍人たちに恵まれていた。


 死地へ入った軍が、忠義の深さほど燃え上がらせる士気も知っていた。

 グランブルオ王国もまた、圧倒的な劣勢でありながら、大国ズアック連邦へ果敢な抵抗を続けた。

 わずか十四歳で騎士団長となった『英雄姫』フォルサは、予想をくつがえす戦果を上げ続けながら、犠牲の多さに泣き叫び続けた。

 その姿が軍の結束をさらに深め、さらなる戦果を上げ続けたが、国は疲弊し続け、王の重臣たちは国が高く売れそうな時機をみはからい、突然に裏切った。


 土地も人々もほとんどは大国へ飲みこまれ、フォルサがズアック連邦の枠組みの中でどれだけあがいても、かつての自国民には憎悪と冷笑を返されるばかりになっていった。

 以来フォルサは、泣き叫ぶ代わりに陰鬱な嘲笑を顔へ貼りつけるようになっていった。

 売国奴の手駒でしかなかった自身を嘲笑し続け、ズアック軍の雇われ大騎士として卑屈に狡猾に功績をさらい続けた。


 小国ギアルヌには格別の嫌悪をこめて『頑固姫』を中心とした結束のことごとくをすりつぶすつもりでいた。

 自身の過去に見立てた虚しい復讐劇をさっさと済ませ、自嘲を深めるつもりでいた。


 それならなぜ、いらだちをおぼえているのか。

 自身の感情に驚いて、わずかに反応が遅れていた。

 予想外にも、ふたたび深い刺し違えを許してしまった。


 戦魔女騎甲は傷にまみれながらも鋭く跳び続けていたが、二本槍の急襲はいくらか精密さが落ちている。

 妖魔騎甲メフィストアーマーも補助に使える骸骨騎甲たちが減りすぎ、残っている者たちも消耗しすぎていたが、まだどうにかしのげる数の差は維持していた。

 この不様な消耗戦は、少なくともどうにか勝てるはずだった。

 危うさを増す綱渡りをしながら、常人では反応しきれない攻防の最中に、なぜわずかでも気が散ったのか、フォルサは驚いていた。



 ズアック軍は、すでに当初の想定よりもはるかに大きな損害を出している。

 戦魔女騎甲という戦利品にも謎が多く、見合う利益かどうかは怪しい。

 伝説級でも最上位の戦闘性能に思えるが、効果的に運用されているとは言いがたく、それなりに大きな短所もありそうだった。

 この国を滅ぼして戦力に加えたところで、その後でグエルグング帝国との戦いが有利にならなければ、勝利であっても失敗として責任を問われる。

 近辺をうろつくゾツーク・グオツーク・ズグオツークの三公国は中立のふりをしているが、なにかの契機でギアルヌへ加勢する気になれば、逆に伝説級『妖魔騎甲』を奪われる危険まで出ていた。


 ギアルヌ軍の兵員復帰ペースは常軌を逸している。

 被害はギアルヌ軍のほうが大きいはずで、元の規模から半分以下のはずで、それでもズアック軍をはるかにうわまる速度でうじゃうじゃとわいてくる。

 修理拠点の城が近いとか、艦上ではないまともな設備があるとか、その程度の差で実現できる現象ではない。

 その優位はあきらかに、半壊の機体と肉体で再出撃してくる狂気の差だった。

 担架でかつぎこまれたきりの司令官を信じ続ける狂気の差だった。

 回収を打ち切られてさえ結束がゆるまない狂気の差だった。


 そしてまた一機、ギアルヌの騎士が戦場へもどってくる。

 搭乗する機体は戦魔女に刻まれてボロボロの『魔犬騎甲ヘルハウンドアーマー』だったが、青地に紫の紋様へ表示を変えた装甲で駆けてくる。

 ウェスパーヤが自身に匹敵すると評していた『アリハ』『ワンコロ姫』『野良犬姫』『野犬姫』の名があちこちで叫ばれる。


 敗戦……ズアックの全部隊に高まってきた暗い意識をフォルサは肌で感じとる。

 自軍を象徴する伝説級『妖魔騎甲』が戦魔女をしとめそこね、半壊姿をさらして後退する様子は、苦々しく注目されている。

 軍全体でも兵士個々でも、実入りが薄く危険が濃くなっている……それでもなぜか動揺はぎりぎりで抑えられ、戦線は保たれていた。

 流れを押しとどめて迫る部隊が後方から近づいている。

 より正確に言えば『リルリナの狂信者』たちの気迫を押し返す気迫が、全ズアック軍の背中をも圧している。

 その中心もまた、ギアルヌ出身の異常者だった。


 将軍級でしかない『大鬼騎甲オーガアーマー』がフォルサをかばって前に出るだけで、ギアルヌ軍は追撃の勢いをくじかれる。

 伝説級『渡守カロン』どころか『洞鬼トロル』ほども自動修復できない傷まみれの巨体が、早朝から暴虐の限りをつくし、日暮れも近づきつつある今なお衰えない猛威を見せつけ、ズアック軍の意識を『被害の少ない敗戦』から『少しでも早い勝利』へ殴り変える。

 その両脇を固める従者たちも、乗っている骸骨騎甲はすでに傷だらけでありながら、その凶刃は冷酷と苛烈を増してズアック小鬼を勢いづかせる。


 自軍の司令部はいつから『悪逆姫』の一味に乗っ取られていたのか。


 そしてギアルヌの切り札であるはずの戦魔女騎甲も妖魔と相討ちに深手を負って後退しているのに、それに対するズアック軍の歓声はひとつもなく、ギアルヌ軍にもさしたる動揺がない異様にも気がつく。


 いつの間にか戦場の支配者は、あの黒鎧ではなくなっていた。




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