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第39話 むごたらしい奇跡


 両軍の騎甲部隊は一時的にすべて撤退した。

 残った兵甲部隊はまだささいな牽制をやり合いながらも、鎧の回収作業が中心になり、戦場の喧騒はかなり低くなっていた。


 先にズアック軍側でデロッサの大鬼騎甲オーガアーマーとその従者ふたりが復帰してにらみをきかせ、その背後にもだんだんと、さらなる骸骨騎甲が増えはじめる。

 それに応じてギアルヌ軍も多少は骸骨騎甲を城門前へ並べたが、その中心で新人騎士ホーリンはぷるぷると震えていた。


「うわ。あちらはまた三機追加でありますか。計十二機でありますか……対してこちらは自分ひとり……」


 見た目だけならギアルヌの骸骨騎甲は四機が立っている。

 さらにもう一機、城内からよたよたと近づいていたが、歩くことも難しい様子で兵甲が補助についていた。


「あと数歩でいいから、それっぽく動いて! 並んだらもう立っているだけでいいから!」


 さらに格納庫から、整備班の怒鳴り声がもれていた。


「足ひきずれるだけのカカシすらねえのか!? 捨て場へ持っていった中で、マシなやつを探してこい!」


 先に整列していた骸骨たちは不安そうにつぶやく。


「四十歳すぎても鎧で戦えるバケモノもいるらしいけど、私は三十路前でどうにもならなくなった凡人だから期待しないでね?」


「私などは、騎士の適性試験に落ちた中で最もマシというだけです。まあそれだけに、元から戦えない機体には最高の相性かもしれませんが」


「私の腕前とこの機体では、歩いてしなだれかかるのが精一杯ですかね……ふふ。ホーリンさん、あとはお任せしますね」


「うああ。すごく嫌でありますが、任されました~」


 ホーリンはうつむきそうになるが、足元の犬鬼を見習い、背筋をただして敵陣へにらみをきかせる。

 犬鬼分隊長のビスフォンは、敵軍の鎧を一機ずつしつこく観察していた。

 ホーリンの視線に気がついてつぶやく。


「この涙ぐましいこけおどしまで、元騎士団長様があっちにいるせいで、ほとんどばれているんだよね……」


「鬼団長様の一味も、たいがいにしぶといのであります」


「あの大鬼オーガは開戦からずっと、ギアルヌの兵隊を殴りっぱなしだよ」


 ビスフォンは眼をこらし、大鬼騎甲の全身についた傷の状態も念入りに探る。

 大鬼の両脇にいる骸骨騎甲たちは城門前の整列を指して、なにかを話し合っていた。


「あれはやはり、ミュドルトさんとルテップさんでしょうか? こちらの傷跡の見おぼえで、半壊品を特定しているのでは?」


 ホーリンが不安そうにつぶやき、半壊骸骨たちがうなずく。


「にじみでる底意地の悪さからして、まちがいなさそうねえ? きっと一機をのぞいてぜんぶガラクタとわかっている上で、中身を当てて遊んでいるのね」


「あの子たちもなんだかんだで鍛えこんでいるから頑丈だけど……こっちの騎甲で出ずっぱりは、裏のマーピリーだけ?」


戦魔女いくさまじょが出てからは『鉄壁姫』もだいぶ慎重になったようですが、それでもよく維持しています」


 そんな会話をじっと聞いていた犬鬼隊長は戦場の機体をじっと観察したまま、小さくつぶやく。


「敵は背後をつく気は薄いか……それにやっぱり、戦魔女モリガンをいちばん警戒している。そりゃそうだ。戦魔女モリガンがもっと動けば、まだ逆転の目だってあるはずなんだ……でも、それなら……」


 ビスフォンは回収を待って戦場に転がっているギアルヌ兵甲の数と状態も頭に入れていた。

 敵陣に近い鎧は回収が困難で、城に近い鎧だけでも多すぎて、傷が少なく乗員交代や応急修理だけで復帰できそうな鎧が優先されている。


「うあっ。やはり自分のこともばれている!? あのしぐさは『頭突きをしたやつがいる』『あいつは頭突きをするから』とか笑われている感じであります!?」


「いや、それってすごいから。オレは間合いのとりかたを『棒で殴るなら拳を当てるつもりで、拳なら肘を当てるつもりで、肘なら肩を当てるつもりで』ってアリハから教わったけど、ホーリンのまねをするなら、どこを当てればいいんだか……それはともかく、ちょっと報告してくるんで失礼」


 考えこみながら城門へ入った犬鬼の背を見て、半壊骸骨の一機がホーリンへ顔を向ける。


「ねえ、蛮族の新人分隊長にしては、あなたになれなれしくない?」


「師匠ですから。研修を兼ねた買い出し中にも、いろいろ教えていただきました!」


「整備の腕もいい子でしたっけ?」


「鎧の研究でも偏執狂じみておりますが、先日、犬鬼だけで骸骨騎甲を倒した快挙はごぞんじでありますか!?」


「えっ、あの子が?」


「いえ、倒したのはクローファさんで、ビスフォンさんは踏みつけられて助けられた側です」


「う……うん? それでなんで師匠?」


「兵甲で騎甲に踏まれながらも、しがみついて動きを止めようとしていたのであります。クローファさんの技巧はたしかに人間ばなれしておりますが、自分はビスフォンさんの気迫にこそ、言い知れぬ感銘を受けたのであります!」


「ちょっと……あなたそんなでも、家柄だけはいいほうでしょ? 変に仲よくしたらまずくない?」


「いえ。師匠は意地をはる原動力からして、どっぷりとリルリナ様の狂信者ですから。私など眼中にないのであります」


「そ、そう……まあ、あなたなら、すごい踏まれ芸を身につけそうだけど……」



 ビスフォンから報告を受けたリルリナは目を輝かせる。


「今まで出し惜しんでいた機体を投入してきたのですね!? やはり、あとひと息で……戦魔女いくさまじょを守りきって、相手をもう何機か……」


 しかし王女は布団に巻かれて女性兵士たちにかつがれ、城の奥へ連行される途中だった。

 バニフィンが粛々と指揮をとっている。


「リルリナ様もあとひと息で、取り返しがつかなくなりかねない容態ですからね?」


「え、ええ。もちろん私は、もう休みをとらせていただきます」



 王女は自室のベッドでようやく縄を解かれた。


「ではお部屋の前には見張りをつけさせていただきます。かまいませんね?」


「は、はい……しかしそこまでしなくて……も……」


 リルリナはバニフィンに気迫のこもった笑顔で髪をなでられ、首をすくめる。


「すでに二度も病室を抜け出されておりますので」


 バニフィンは女性兵士たちの退出を確認してから、思いつめた顔を見せる。


「リルリナ様。過剰な無理は美徳ではありません。それでお体に差しさわっては……いえ、これほど深刻な状況では、普段よりも緻密に計算した無理であるとは信じております……しかし……」


 リルリナの服を開き、白い素肌と痛ましい腫れ跡を見まわす。


「……しかしその計算には、リルリナ様ご自身の幸せも組み入れていただかなくては、私どもの忠誠が、なにをお守りしているのか……」


 それからは無言で、足りない湿布を貼り、包帯を巻きなおし、服のボタンをかけなおす。


「バニフィン……私が望む幸せは、支えてくださる皆様を守り通した先でしか、探せないように思えます。ですから、あなたには……苦労をかけてしまいますね」


 幼いころからの従者は、布団をかけたあとまでも言葉はのみこみ、ただリルリナの手の甲へ残した長い接吻だけを返答に退室する。



「私の意識があるうちは、扉を開けないでください」


 廊下に出たバニフィンは見張りたちへ厳命したあとで、廊下の先にまだビスフォンが待っていたことに気がつく。


「リルリナ様でしたら、ご無事ですよ? お体が頑丈がんじょうすぎて、いつでも無理をしがちなことは心配ですが……ビスフォンさんも、一番大変な主力騎甲の補助ばかり続けているのですから、少しお休みになられては?」


「いえ、アリハの馬人はともかく、戦魔女いくさまじょは追いかけることすらできなかったので、それほど……」


 しかし軍服に隠れていない部分だけでも、多くの濃い腫れ跡が残っていた。

 それはバニフィンも同様で、ふたりは全身の痛みを隠して歩いている。


「手柄のさびしさでしたら、私などは騎甲乗りでも抜群の……」


「無茶をしがちなリルリナ様の代わりに、副司令官の健在はなにがなんでも見せ続けないとまずいことはわかります。その上にあれほど多くの補助もこなしているバニフィンさんは、抜群の功績です」


 ビスフォンは少し照れながらも言いきり、バニフィンも照れてほほえむ。


「ど、どうも……なんだかビスフォンさんは、分隊長になったばかりとは思えない目の配りかたですね?」


「そうだとしたらたぶん……アリハとクローファなんかに挟まれて分隊の副官をやっていたせいです」


「なるほど」


 ふたりは苦笑する。しかしビスフォンが足を止め、真顔になった。


「あの……オレはこれから、ひどいことをしますんで、すみませんが……お願いしたいことがあるんです。デロッサ団長がいない今、鬼になる人が必要なんです。でもこんなこと、バニフィンさんに頼んでしまっていいのか……」



 ビスフォンが泣きそうな顔で説明を終えると、バニフィンは困ったようにほほえんだ。


「リルリナ様がお休みの今、ちょうど私が代理の司令官でなによりです」


 ビスフォンは無言で敬礼してから格納庫へ向かい、表情を獰猛な犬鬼へ近づける。




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