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第38話 洗練された悪魔


渡守騎甲カロンアーマー』が舟のかいを模した長棍棒を地面に突き立てる。

 それを頼りに、足をひきずってにじりよる。

 両隣の骸骨たちは必死に話しかけて止めようとしていたが『冥府の渡守』はひげ顔を頑固にふるい、よろよろと迫り続けた。


 ウェスパーヤの魔犬も、うっかり口を開けてながめてしまう。


「ご老人の外見をそこまで演出なさらなくても……間が抜けているのか恐ろしいのか、よくわからないお姿ですわ」


 大悪魔メフィストは沸きたつギアルヌ軍を見回し、冷たく静かに歌いだす。


 もう年を とりすぎた

 体はおとろえ 技など忘れ


「『それでも背後に迫る宿敵へ笑いかけ』ですか……自分の理想を貫いた気分さえ味わえるなら、あとは周囲をどこまでも道連れですか」


 声は暗く重く、その背を見つめるウェスパーヤは小さく首をかしげる。

 ギアルヌの兵士たちは誰ともなく声をあげる。


「誇りを捨てて屈服するより、戦い抜いて玉砕すべし!」


 広がる同調に妖魔騎甲メフィストアーマーは広範囲砲撃で応え、ぼそりとつけ足す。


「私の国も、最初はみんなそう言ってくれましたよ」


 迫る王女リルリナへ、臣下の兵士たちが次々と倒れ転がる地獄絵図を見せつける。


「兵甲部隊が減るほどに、補助も回収もスカスカに……そしてそろそろ、戦後の空賊対策すら難しい数に。貢げる鎧が多いうちに、降参できていたらよかったですねえ?」


 道化鎧が大鎌をふりかぶり、老人鎧はぎくしゃくと体をかたむける。


「大騎士フォルサ。あせりが見えますよ」


 うなる刃は突き出された櫂に当たって斬撃をはずされる。

 渡守カロンが大きく踏みこむと妖魔メフィストは大きくとびのき、群がるギアルヌ兵甲をあしらいながら自陣へ逃げこんだ。


「手負いの未熟者を討ちそこねるなど、なんという無様ですか……英雄姫!」


「いえいえ。君もしっかり曲者ですから。足どめにはつきあえません」


 戦魔女騎甲モリガンアーマー大鬼騎甲オーガアーマーを引き離して迫っていた。

 妖魔は魔犬ヘルハウンドたちと合流しながら、そっとささやく。


「もうひとつわかりました。あの戦魔女はギアルヌ軍でも特に、守って追い払うことに意識がかたよりがちです」


「あら! そういえばギアルヌ軍は無駄に勇敢ですのに、とどめをぶっ刺しきれないぬるさが目立ちますわ! 空賊ばかり相手にしてきたせいですかしら?!」


 さらにコソコソささやき合っていると、深く飛びこんで来た戦魔女に追いつかれる。


「いっだあああい! さっきの傷があああん!? 痛んで痛んでえええ~!?」


 ウェスパーヤが不意に叫び、わずかに動きを止めてしまった戦魔女は、胸へ大鎌の刃を突き刺されていた。


「かなわないとは言いましたけど、機体も腕も劣るのは一段だけでして。それほどの隙を見逃すほどではないのですよ?」


 痛みによろめく戦魔女は小鬼にも次々としがみつかれ、地獄の猟犬たちにも両腕を封じられてしまう。


「こんな半端な軍人もどきに斬られたかと思いますと、なおさら痛みますわ~あああ!」


「ともあれ、おつかれさまです」


 妖魔騎甲が大鎌をふりおろす。


「突出しすぎです!」


 そう叫んだ鈍重な老人鎧は、総司令官でありながら味方の誰よりも突出して戦魔女の救助に割りこんでいた。

 魔犬たちを打ち払いながら、大鎌を肩へ深く振り下ろされていた。


「うくっ……!」


 フォルサはすぐに刃をはね上げて跳びのくが、リルリナが大鎌から逃げたり引き抜いたりではなく、押さえ止めようとしていた動きに驚く。

 もし大鎌を捕まれていたら、戦魔女へ致命的な隙をさらしていた。

 しかし肩をえぐられて激痛が走った瞬間に、なぜ反射的に『さらに深く刺す』動きをできたのか?

 リルリナは技量でも体調でも機体でも劣っているはずで、現にもうズアック小鬼の群れと魔犬たちをさばききれないで埋もれかけ、戦魔女に救助され返されて、かろうじて踏みこたえている。


「後退! ……を援護してください!」


 しかしフォルサは戦魔女騎甲の猛威より、ギアルヌ第二王女の不気味さがひっかかる。

 魔犬たちは戦魔女に斬り払われながら、すぐに起き上がって吠えたてた。


「戦魔女さんがずっと本気でしたら! すでに三度はぶっつぶされておりますわ! でもなめくさっているわけではなく、傷つけることが怖い病気ですかしら!?」


 リルリナはひそかに冷や汗を浮かべ、クローファに撤退を急がせる。


「それほどの機体ですのに! 『頑固姫』様が半端くさい運用をしていらっしゃるのも、やばめな事故物件とお見受けいたしますわ~!?」


 ズアック小鬼の群れと魔犬たちはより大胆に追撃し、ギアルヌの兵甲部隊も応戦に近づこうとするが、妖魔の機敏な広範囲砲撃に歓待される。



 クローファはリルリナの背を守って後退しながら、周囲には聞こえない近さで小声を出した。


「ごめんなさい」


 リルリナは足をひきずりながら、毅然とした声を出す。


「私の救援に駆けつけ、大騎士フォルサをあれほど追いつめている勇敢を誇りに思います。しかしよろしいですか? 今後は決して……」


 そこからは静かに、優しい声でささやく。


「……無理をなさらないでくださいね?」


 クローファはゆっくりうなずき、震えはじめる。

 鎧の中にいるリルリナの表情を思い浮かべてしまった。

 王女でありながら単独で救助へ飛びこみ、機体でも兵員でもなく、クローファの心を守ろうとしたその顔は、明るくほほえんでいるはずだった。


「……ねえさん……」



 かつて石棺での漂流中、疲れ果てて正気を失った母は、クローファを道連れに嵐の海へ飛び出す。

 姉は母の腕からクローファを奪って石棺まで引きもどすが、代わりに空中へ体が投げ出されていた。

 クローファはずっと見ていた。

 海へ落ちていく姉は、優しい笑顔を向けていた。


 黒い両槍が暗く鳴く。

 地獄の猟犬が二匹、ずたずたに斬り裂かれていた。

 追い払うためではなく、仕留めるための刃が嵐となり、多くの小鬼も首や腹をえぐられて倒れ伏す。

 妖魔は大鎌で数撃をしのぎながら、肩と脚を突き刺されていた。

 守られているリルリナでさえ、槍さばきはもちろん、飛翔の機動すら追いきれなかった。

 両軍の全部隊が『戦場の魔女』への畏怖を強める。




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