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第35話 みすぼらしい奇跡


 ギアルヌ城へかつぎこまれたミルハリアは、格納庫近くの医務室をこばんだ。


「奥に、早く……ぐっ……聞こえないとこ……邪魔にな……る!」


 全身の激痛でもれるうめきを抑えきれず、タオルをかむだけでも必死だったが、その言葉だけはしぼりだす。

 戦線復帰が困難な重傷者たちは奥の兵舎や医療棟に移されていた。

 医療班が大まかに仕分けてルジーアやミルラーナなども含む多数を運び出すと、女性用の医務室は意外なほど静かになってしまう。

 バニフィンはカーテンにしきられた寝台で軍服を着なおすと、眠り続けるリルリナとアリハの顔色だけ確認して部屋を出た。


 渡守騎甲カロンアーマーが横たわる格納庫の奥へ向かうと、新人騎士ではまだ無傷のホーリンとスシェルラが駆けて来る。


「バニフィン様。あの傷だらけだったおじいちゃん、さすがは伝説級ですよ! 半日もしないで全快しそうな勢いです!」


 小柄なホーリンは飛び跳ねるが、スシェルラの表情はいつも以上に重かった。


「しかしリルリナ様があの状態では……」


 バニフィンも歯噛みする。


「そういうことです。自動修復の性能がいくら『極端』でも、複数の搭乗者で使いまわせなければ『将軍級を複数相手にできる』とは言えません。それなのに登録が単独で時間もかかるなんて……修復速度に合わせた無理をひとりの搭乗者へ押しつけ、命を削るためのような特性です!」


「バニフィン様。その死神くさいおじいちゃんもいちおうは国宝ですから」


 ホーリンはなだめながらも失礼を重ね、スシェルラはますます顔を暗くする。


「ギアルヌ守護の象徴が、そんな恐ろしい鎧だったとは……」


「数年前は凶作で鎧の修復費が不足し、空賊まで増えたせいで、ソルディナ様はこの鎧に『使われ』すぎました。リルリナ様までも同じ道をたどらせるわけには……」


 バニフィンは君主の権威でもある伝説級騎甲を仇敵のように見つめる。


 唯一の将軍級だった洞鬼騎甲トロルアーマーにも大きな傷が残り、整備主任のジョルキノをはじめ、数人がかりで応急処置にあたっていた。


「こいつも修復速度の速い機体ですが、伝説級の『じいさま』よりはずっと劣ります。半日でごまかす程度に戦えるかどうか……」


 馬人騎甲ケンタウロスアーマーも同じく傷だらけで、修復用の塗料にまみれていた。


「そっちは今日中に走れるようになったら上等です」


 外から新たにボロボロの骸骨騎甲スケルトンアーマーが二機、格納庫へ入ってくる。


「う……う?」


 先に入った一機は首が大きくえぐられていて、うめき声としぐさだけで整備兵に案内を頼む。

 バニフィンも手をふってから、新人騎士たちへ向きなおる。


「ラフーボさんたちと交代に立ち番へ出ていただきますので、もう搭乗しておいてください」



 ホーリンが整備兵に案内された骸骨騎甲は新旧の修復跡が重なる半壊品だった。


「外へ出たら、動きをよく確認してください。突撃くらいはできるはずですが」


「っしゃあ! 私にはそれで上等であります!」


「俺がいじっている間は胸を閉じないでください」


 スシェルラも骸骨騎甲へ案内される。自分の目の前でボロボロにされた機体だった。


「ルジーア様の……」


「この傷でも、動ける骸骨の中ではかなりマシかな? こっちはもう鎧を閉じていいけど、指示があるまでは身動きしないで」


 乗りこんでみたスシェルラは、鎧の傷があった部分を全身に感じる。

 しかし思っていたよりも頭部や胴部の傷は浅い。


「この傷で気絶? ルジーア様の体は……そこまで弱っていたのか?」


 仕上げ作業をしていた整備員が小声になる。


「ルジーア様の旦那も、さっき呼ばれていたよ……出撃前に承知はしていたらしいけど、打たれかたによっては、ちょっとまずいらしいから……」


 ルジーアはミルラーナをかばって倒れた。

 本来はスシェルラが果たすべき役割だったが、新人騎士に少しでも実戦を見せて学ばせるため、ルジーアが先に乗った。

 そして現在、最初から騎甲に乗っていた騎士たちは、ほとんどがひどい負傷で横たわっていて、まだ『かなりマシ』という貴重な状態の騎甲がスシェルラに任された。

 無口な新人は、さらに暗く押し黙る。



 バニフィンが騎士をもうひとり、スシェルラの隣の寝台へ連れてくる。


「マーピリーさん、お体の調子は?」


 顔の細いベテラン騎士は、困ったようにほほえむ。


「意外と、もっているようです。怖いことは怖いのですが。意識のとぎれも、負傷者たちの容態も……でもこれ以上、若い人たちを犠牲にするよりは……」


 マーピリーは涙ぐみながら、口元の笑いを押さえた。


「不謹慎ですが、どうにもうれしいのです。後遺症の恐怖で実戦から離れ続けていた私も、ようやくギアルヌの騎士になれた気がして……十二歳から鎧に乗り続け、もうじき十年にもなるいまさら……情けない限りです」


 受け持ちの骸骨鎧へ手をかける。


「まだ恐怖を知らなかった若いころよりも、深い闘志を感じます。恐怖を知ったからこそ、この鎧に自らの血肉を納めて人生を終えたいと確信できました」


 細い体をのみこんでいく棺のような胴部が、細い指にゆっくりと撫でられる。

 バニフィンは悲しそうな笑顔で見上げていた。


「私がそのような心境になれるのは、いつのことでしょうね。リルリナ様を野放しに私だけ動けなくなってしまうのも怖すぎますし……」



 バニフィンは医務室を少し長く離れていたことに気がつき、急いで引き返す。

 ちょうどコソコソ出てきた包帯だらけの王女を見かけ、背後から捕獲した。


「ち……ちがうのです。機体の状態だけでも頭に入れておこうかと……」


「私が代わりに報告を集めております」


「ではまず戦魔女モリガン……の傷は少ないようですが、クローファさんは今どこに?」


「多くの負傷者を見たせいで、ふさぎこんでしまったようで……ビスフォンさんが対応しています」


 ふたりが男性用の控え室へ向かうと、中から怒鳴り声が聞こえた。


「貴様、それでもギアルヌ国民か!?」


 バニフィンがとりつぎを頼む前に、リルリナが踏みこむ。


「ミンガン大隊長……」


 大部屋の奥ではクローファが兵士に囲まれ、口ひげの年長男に襟首をつかまれていた。


「今、戦わないで、いつ戦うつもりだ!? 戦わない者がなにを望めるつもりだ!?」


「ミンガン隊長! その言葉は、兵士を得たい側の都合で使っていいものではありません!」


「リルリナ様!? こ、これは…………いえ、恥ずかしい真似をしました」


 ミンガンは手を放してうつむくが、それを見上げるクローファは心配そうに首をふった。

 リルリナは手を差し出す。


「クローファさん。戦わない選択は、時に戦うよりもはるかに勇敢な行動です。そして道義の疑わしい戦いは、恐ろしい醜悪を招くものです。未来に救いを求めるのでしたら、自身の誇りに誓って鎧をまとってください」


「リルリナ様の誇りって?」


 立たされたクローファが首をかしげると、リルリナは笑顔で即答する。


「私のような頑固者に、全力でつきあってくださる皆様こそが誇りです」


「全力でないとつきあえないだけのような……」


 背後でぼそりとつぶやいたバニフィンの意見を誰ひとり否定しなかった。


「と、ともかく、そのような皆様の期待へ応えるために……」


 リルリナがふりむくと、服を着ていない男性兵士たちがあわてて隠れようとしていた。



 緊急に延長された仕切りカーテンの間を、ふたりの少女がすごすごと出口へ向かう。


「リルリナ様のその誓いは、いつでも心配になるほど感じております。そんなリルリナ様へ平穏な日々を差し上げるためでしたら、このバニフィン・ザグビムはなにも惜しまずに尽くすことを誓っております」


 リルリナが退室の前にふりかえると、傷だらけの兵士たちは胸に手をあてて身をかがめ、バニフィンへの同意を示していた。

 クローファも見よう見まねで続き、どうにか笑顔を見せる。


「ボクも……リルリナ様のことは好きだし、もっと畑へ遊びに来てほしいから」


 ぶしつけな発言に若い兵士たちは目をとがらせたが、先ほどまでミンガンを止めようとしていたビスフォンが誰よりも先にクローファの襟を絞めはじめてミンガンに止められる。



 リルリナは女性用医務室の寝台へ押しこまれながら、バニフィンへ笑いかけていた。


「私はすでに、あれほど多くの温かい奇跡に恵まれているのです……あの『戦魔女いくさまじょ』はただの手段。あのようなみすぼらしい奇跡にすがって頼るようでは、救いのない不幸を招きます。御して従えなくては……そしていずれは、封じる強さを持たなくては」


 そう言いながらも無意識にバニフィンへすがり、細い一身へかかりすぎている重圧に震えていた。

 バニフィンは子供のころに見たデロッサのしぐさをまねて、リルリナの長い栗色髪を優しく整え、そっと目を閉じさせる。

 包帯まみれでボロボロの、小国に残された最も大きな奇跡の無事を祈る。




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