第34話 悪鬼羅刹の友情
ギアルヌ王国では全住民が本島に自宅を持ち、支島には小船がわりの石棺で往復していた。
遠い支島は盗む価値が低い堆肥の造成や牧草地に使われ、近い支島は手間をかけなければ実用性や売却価値が出にくい作物が栽培される。
ズアック軍の艦隊はまだ本島に近い支島の陰に潜んでいた。
艦内で可能な修理は限られ、人体の治療も同時に可能な数は限られる。
旗艦には騎甲部隊の指揮官が集められ、艦橋の中央を囲んで席についていた。
「あの鎧は、以前からギアルヌが保有していたと……?」
大騎士フォルサは拍子抜けしたように、竪琴をぴんとはじいた。
「動かないことを入念に確認したはずでした。名前は『戦魔女騎甲』……伝説級の機体で、ほとんどの情報は閲覧制限がかかっています」
デロッサの体は従者ともども、あちこち腫れ跡が残っている。
三人とも背筋をのばしているが、疲労の濃さは気性で抑え殺していた。
「うさんくさい鎧ですわね! でも見た目も名前もステキですわ! 格闘性能まで高い天使騎甲と言いますかしら……なにより、速さで妖魔様を上回る機体なんて、はじめて拝みましたわ!」
ウェスパーヤは全身が包帯と湿布だらけの下着姿で、顔も半分は包帯で巻かれながら、踊り出しそうにはしゃぐ。
フォルサはうなずき、もの悲しげな曲を奏でる。
「えー、では楽しい遠足でしたが、騎甲を一機でも失いそうなら、すごすごと逃げ帰る予定でしたし……」
「いや~あああああ!? フォルサ閣下様!? 私まだ地獄のわんちゃんで戦えますわ!? それにただの敗走でなく、あんな不気味たのしい伝説級を放置したまま帰宅しては、なにかとうっとうしさ全開にちがいありませんわ!?」
「うん。軽い冗談。あの鎧は性能も気になりますが、乗り手も見事にうさんくさいですねえ? デロッサ君に心当たりは?」
デロッサがはじめて、くやしげに眉をしかめて下くちびるをかむ。
「残念ながら。騎士団は候補生もすべて把握していますが、あの機体速度に反応して使いきれる者など……」
ウェスパーヤがぴらりと包帯で挙手する。
「フォルサ閣下様がひっかかるのは、高い技術に比べたドシロウトくささでは?」
竪琴がピンポーンと正解を知らせる。
「ずいぶん妙な見逃しが多いですよね? 普通に育ったり雇ったりした雰囲気ではありません。ですからとりあえず、出どころはキャベツ畑でもよしとして。その『高い技術』にも少し、探ってみたいところがあるのですが……まだ『鉄壁姫』様の方面は、攻め続けられそうですか?」
「もつように調整しよう」
ニケイラは片肌脱ぎに包帯を巻いた腕を組んだまま、はっきりとした笑顔で答える。
フォルサはわざとらしく疑いの目を向けた。
「隠しごとはしないでくださいね~?」
「フォルサ将軍がわかってそうなのに言わないことは、私も合わせて黙っていたほうがいいかと思ってね?」
フォルサがニヤリと指をさし、ニケイラも指をさし返してウインクまで送る。
「では見解を述べさせてもらうと、私は『戦魔女』の性能を聞いてもやはり、ギアルヌ軍は兵甲部隊の対策を重視すべきだと思う」
ウェスパーヤと周囲の少女たちは首をひねるが、竪琴はパラポロパラポロと大正解を告げる。
「ええ。あれほど追いつめておきながら、うさんくさい伝説級ひとつで戦局をひっくり返されましたけどね。根本的な問題は、その伝説級ではありませんよね」
ウェスパーヤだけが首をもどし、手をぽんとたたく。
「わかりましたわ!」
「では次の作戦を説明しまーす」
「ぷきいー!?」
ズアック軍の艦隊はふたたびギアルヌ本島へ向かう。
「デロッサくんは、私の作戦に納得できませんか?」
「指示には従います。勝てないとも言いません。しかし提言したとおり……」
「私は妖魔騎甲を半壊にしてでも、リルリナ君をしとめておくべきだったと?」
ウェスパーヤの周囲にいる少女たちが口々に騒ぎ出す。
「それだけで撤退を選ぶなど、ありえません!」
「リルリナ様の統率力は認めますが、デロッサ様の評価は過大です!」
「あの伝説級を見て、ギアルヌへもどりたくなったのでは!?」
「デロッサ様が裏切らない保証はあるのですか!?」
しかしウェスパーヤは退屈そうに首をひねり、フォルサは竪琴をベロンと鳴らすだけだった。
デロッサは鼻で笑う。
「これから裏切る保証はしておきます」
騒いでいた少女たちは絶句し、デロッサの従者たちはニヤついて説明を補う。
「我々はズアック軍に協力を約束しましたが、忠誠を誓ったおぼえなどありません」
「我々はズアック軍に利用価値がなくなり次第、確実に裏切ることを約束いたします」
フォルサは静かな曲をかすかに奏でてうなずく。
「デロッサ君は最初から『祖国ギアルヌのため』と言っていましたね? 今ここで我々が撤退すれば、ズアック連邦の評議会もギアルヌへの侵攻はとうぶん先延ばしにするはず……徹底抗戦の『頑固姫』と、それに従う頑固連中のめんどくささはよくわかりました。しかも今や『戦魔女』までいる……むしろデロッサ君はなぜ、さきほど裏切らなかったのですか? なぜ今から、ふたたび侵攻に全力をつくせるのでしょう?」
デロッサはおもむろに立ち上がり、まず胸をはる。
場にいる者へ鋭い眼光をふりまいてから、二本の指を示す。
「理由はふたつ。なにより重要なことは、私はまだズアック連邦の利用価値を評価しているからです。わずかな先延ばしだけでふたたびギアルヌが侵略されかねない以上、私は統治に関われるだけの信用と功績を集めるのみです」
きっぱりと言い切るが、次の言葉はだんだんと視線がそれていた。
「ふたつめの理由は、私が育てたギアルヌ軍は、さらなる攻撃を受ければ、さらなる『めんどう』ぶりを見せつけるからです。そして……」
ギアルヌ本島へ、怒りの眼光を突き刺す。
「最後のひとつは、ふってわいた安い奇跡に決着をつけられるなど、私が不愉快だからです!」
従者のひとりが「理由が三つになっています」とつぶやくとデロッサは即座に指を二本追加し、従者のもうひとりは「最後と言ったのに」とつぶやく。
「四つめは! ふたたび侵攻すれば、そこには必ずリルリナが立ちふさがり! ならば必ず、私もそこに立っていなければならないからです!」
竪琴がビロリーンと余計な効果音を入れる。
「ぜったい後の理由ほど重視しているよね」
フォルサは苦笑まじりにつぶやき、ウェスパーヤは包帯だらけの両脚をばたつかせる。
「ステキな友情とややこしい愛情ですわね!?」
「ご理解をいただけてなによりです」
デロッサの従者たちは勝手に肯定して会釈する。
「しちめんどくさいのがギアルヌのお国柄ですかしら!?」
「私どもはこんなややこしいデロッサ様をお慕いしております」
デロッサは冷笑を堅持して恥ずかしくないふりに努める。
幼い少女たちは気の抜けた拍手を送った。
「難儀な生きかたの御一行ですのね」
「地位や財産ではないものに餓えてしまう病気ですわね」
同情の視線を『悪逆姫』の一味へ集める。
「やれやれ。くえない変わり者ばかりで大変だな」
王女ニケイラは爽やかな笑顔でうなずいた。