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第31話 満たされる生贄


 魔犬の群れと悪鬼が、砲撃を吐きつけながら迫り続けた。

 反撃しようにも、まとまれば妖魔騎甲メフィストアーマーがばらまく広範囲砲撃のえじきになる。

 リルリナは自軍の兵甲部隊を犠牲にしてでも時間を稼ぎ、後退を続けた。

 唯一の望みは城の戦況で、有利になっていればアリハたちの増援を得て反撃、あるいは少なくとも撤退しやすくなる。

 しかし大騎士フォルサはからからと鎌をふった。


「城にはデロッサくんの想定以上に苦戦する相手がいたようです。だからリルリナ君はここまで踏みこめたし、私を討てる見こみもないのに、降参しないで後退を続けている……それなら合流される前につぶしてください」


 悪鬼と四匹の魔犬が城へ向かってしまい、リルリナは青ざめる。

 しかし追ってしまえば、妖魔騎甲がこの場のギアルヌ軍を殲滅する時間が何倍にも早まるだけだった。


「逆に君たちが私ひとりに足止めされてください。城が落ちるまで」


 もともと少ない希望が、さらに急速にしぼんでいる。

 その感触を押しつけられながら、目の前ではリルリナを幼いころから守ってきた兵士部隊が次々と砲撃にはじかれ、大鎌にたたき飛ばされている。

 そうするように命じた指揮官として、この場で泣き叫んでへたりこむことは許されない……リルリナはくりかえし自分に言い聞かせる。


「指揮官の仕事は、部下の末路を決めること」


 そうつぶやいた骸骨騎甲がまた一機、犠牲に倒れる。

 踏みこみは鋭かったが、妖魔騎甲が相手の攻撃にしては後退が遅かった。

 そんなことは搭乗者のラフーボ自身もわかっている。

 リルリナやミルラーナの指導教官も務めたベテランだが、長年の負傷が重なった腰は激しい動きに耐えられず、乗っている機体はそれよりひどい半壊品で、技術と経験でどうにかごまかして放った一撃だった。

 それはリルリナもわかっている。

 恩師の首が大鎌で砕かれ短い叫びをあげても、指揮官の自分が耳をふさぐことは許されない。


 リルリナには生き地獄となった戦場で、笑い顔をはりつけた道化が、不似合いにきれいな声で歌っていた。


 多くの戦を くぐりぬけ

 多くの仲間を 失った

 愛した娘は 逃げてしまった

 いくら呼んでも ふりむかないと

 次こそ討てると 竜を追い

 何年たったか 忘れたふりを 続けすぎ


「……いえね、まだ『英雄をまねて剣をふる』つもりですかね? ここまで城が落ちなかったにせよ、こちらの救援には来れなかった程度の希望でしょう? そんなものにこだわって、被害の大きさで意固地になって、ますます犠牲ばかり増やして……それはいったい、誰にとっての英雄ですかねえ?」


 リルリナの心がえぐられ、神に祈るより、悪魔に願いたい感情が入りこむ。



 ギアルヌ城の正面では混戦が続き、アリハは手数でデロッサを圧していながら、攻めきれないでいた。

 徹底して守られると将軍級である『大鬼騎甲オーガアーマー』の高い全体性能がじわじわときつい。

 敵の従者ルテップの骸骨騎甲は重傷で撤退していたが、自軍の新人騎士メルベットの骸骨も倒されている。


 そんな様子を城門から見ている新人騎士のミルハリアとホーリンは、小鬼兵甲を動かし続け、回収機体を整備兵のもとまで運ぶ手伝いをしていた。

 戦場からは次々と壊れた鎧が運びこまれている。

 整備主任のジョルキノは鎧の応急修理で忙殺されていたが、わずかに視線を向けて怒鳴る。


「補欠騎士のお嬢さんがたは働きすぎるなって! 騎士鎧がかつぎこまれたら、すぐにも乗り換えてもらわねえと!」


 しかし丘の中腹は攻防が熾烈で、倒れて動かないメルベットの骸骨騎甲は回収できないでいた。

 時おり踏まれて、傷が増え続けている。

 ホーリンは悔しがって頭を抱えた。


「もう少しだけでも、メルベットさんがこちらへ這いずってくださったら……!」


 ミルハリアはいらいらと戦場と格納庫を何度も見比べる。


「いっそ私たちが兵甲で……!」


 帰還してきた隊長犬鬼は部下の半壊犬鬼を引きずりながら、驚いたようにふりむく。


「それは少し待って。次でしかけてみるから」


「ビスフォンさんはズアック小鬼にモテモテでありますが、なにか秘策が!?」


 ホーリンがくいつき、隊長犬鬼は首をかしげながらもうなずき、壁際で膝を抱えてうつむいていた犬鬼の肩をたたく。


「生きた心地がしない好かれかただよ。アリハやロゼルダ様がマシに思えてきた……クローファ、そんなわけで、オレがやたらと狙われてきたから、助けて」


 半壊犬鬼の代わりに立ち上がった無傷の犬鬼はコクコクうなずき、ビスフォンはすぐに戦場へ引き返す。


「オレにくいさがってくる女の子たちが一番やばいから。たたけなくても止めてくれたら、あとはオレがなんとかする」


「だいじょうぶ……たぶん……少しは」


 ホーリンはふたりを見送りつつ、預かった犬鬼をひきずる。


「あの予備の犬鬼いぬおに鎧は、中身入りでありましたか……おや? ミルハリアさん?」


 犬鬼たちに続く機体回収班の小鬼部隊が、一匹多かった。



 ビスフォンは死闘を続けるアリハの元へ駆ける。

 デロッサの従者骸骨もしばしば手を出し、二体一にも近い状況で粘っていた。


「バニフィンさんも、意外によくもっているけど……」


 小鬼同士もあちこちで乱戦し、互いの騎士たちへ加勢しようと位置を争っていたが、その中でも手際のいい三匹が次々とふりむいて駆けて来る。


「犬鬼隊長さんですわ!」


「ようこそお帰りくださました!」


「地味な動きですのに、じゃじゃ馬さんとは息がぴったりですわ!」


 最優先の標的にされていた。


「うわわ……おいクローファ、だいじょうぶか!?」


 五機いた犬鬼分隊はすでに二機が壊されて回収され、一機はボロボロで、温存していたクローファの『03』は震えていた。

 それでもうなずいて「アリハが……」と涙声を出したので、ビスフォンは「オレの体も賭けどきかな」とつぶやき、合図もなしに突撃をはじめる。

 小鬼少女たちは『犬鬼隊長』らしからぬ慎重さに欠けた動きを警戒するが、ギアルヌ軍の騎甲が限界に近いことも察していた。


「騎士さんを撤退させて、休ませてあげたいのかしら!?」


 ビスフォンは突出しておきながら、露骨に守りを固める。

 襲いかかってくる棍棒が巧みに隙間を突く直前、隊長犬鬼を影のごとく追っていた一匹が飛び出し、小鬼の鼻先へ踵をたたきこむ。


「あぎゃっ……!?」


 ビスフォンも続いて肩からぶつかってはねのけ、駆け続ける。

 すでにクローファは先にいた。


「なんて華麗な身のこなしと連携!」


「ギアルヌの犬鬼さんたちは、デロッサ様から聞いていた以上です!」


 小鬼少女たちは賞賛しながら、クローファへ狙いをしぼって同時にしかけ、しかしわずかな隙間へ跳びこまれ、左右ほぼ同時に胴を打たれる。


「ぐかっ……!?」


「すてぎい……!」


 ビスフォンも『クローファが必ず打ち崩す』と決めつけた早さで追撃を突き入れていた。

 しかし少女小鬼は無意識の執念か、倒れる前に隊長犬鬼へ棍棒を当て返す。

 ビスフォンは打たれた横顔を鎧の中でゆがめるが、どうにかこらえ、後方を確認した。

 新人騎士メルベットの骸骨騎甲が後方へかなり引きずり離されていたので安心しそうになるが、その胸部へよじ登る生身の少女に気がついてうろたえる。


「無茶な……戦場で乗り換えなんて!?」


 しかしビスフォンの周囲にも敵軍兵甲はまだまだ群がってきており、クローファの背を守るためにも進むしかなかった。



 気絶しているメルベットが骸骨鎧の内部から引きずりだされ、小鬼が受け取って城へ急ぐ。


「処罰はあとで受けますから!」


 ミルハリアは自軍の兵甲部隊へ怒鳴りつけ、ボロボロの騎甲へもぐりこむ。


「どんな状態でも、中身が寝ているよりは運びやすいでしょ……たぶん」


 鎧と感覚が一体化するにつれ、全身あちこちのいびつな感触が伝わり、嫌そうに顔をしかめる。

 機体の上半身を起こそうとしたが、傷の大きい片腕がほとんど動かない。

 どうにか身をよじって膝を立てようとするが、傷の大きい片脚がほとんど動かない。


「左腕と右脚は見た目どおりひどいですが、まだわずかに動かせます。頭とかは意外とそれほどでも……」


 損傷を報告しながら兵甲部隊に支えられ、城をめざして体を引きずる。


「応急修理をして少し休ませれば、ごまかしながらの再利用くらいは……え?」


 兵甲たちが騒いでいた。

 バニフィンが後退命令を出している。


「なにをばかな!?」


 これ以上に後退して城の正門を完全にふさがれたら、島の奥へ向かったリルリナたちの部隊が帰還できなくなる。

 鎧の数で倍以上の差がある上、機体を回収しての再出撃もできないようでは、不利を挽回できる要素がなくなる。

 しかし背後を見ると、大鬼と打ち合いながら後退をはじめた馬人の向こうから、将軍級の悪鬼が四匹の魔犬を従えて迫っていた。

 ミルハリアは状況を理解するが、流れに逆らって戦場へ向きなおる。


「新人でも騎士なら、兵甲部隊の分隊長より階級は上ですから……この場で補助の維持を命じます」


 支える兵甲たちは少女の決意を察して押し黙る。


「あの馬人騎甲なら、囲まれなければかなりの悪あがきをできますので。城門通路までの後退を援護します」


 ミルハリアは深い呼吸で震えを押し殺し、傷と足跡だらけの機体で無理矢理に剣をかまえた。


「あの無神経な蛮族女をつぶされたら、ギアルヌの勝ち目は消えるんですよ。まともな家柄の私が、ろくに剣もふらないまま終れませんので」




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