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第3話 舞い降る棺が国土となりて


 ギアルヌ王国の小さな城は桜と梅の並木に囲まれ、開花の重なる時期にはこじんまりとも色がにぎわう。

 花吹雪をきって三機の巨大鎧が巡回へ出発する。

 小隊長を務める王女リルリナ・ギアルヌはまだ十六歳になったばかりだった。


 テラスから見送ってため息をつくのは国王マクベス・ギアルヌの日課だった。

 儀礼用のローブを着ているが、王冠を含めて飾りは質素にまとめている。

 やせた長身で、髪はくねり、目は少したれていた。


「いつ見ても心配だねえ。リルリナはぼくに似ないで勇ましくて頭が良くて真面目な働きもので頑固すぎる」


 そう苦笑する国王自身も同席していた重臣たちから心配顔で見られていた。

 その側には軍服の少女も立っていた。


「おかげさまで私の隊は整備に集中でき、まとまった休暇もいただけました」


 年齢と背の高さはリルリナと同じくらいで、均整のとれた細身も似ている。

 淡い金色髪も同じように背までのばしていた。


「デロッサく~ん、娘はどうしたものかねえ? 父親としては軍務も結婚もしないでほしいけど、国王として見ても、司令官には向かないように思えてねえ?」


 デロッサは少しだけ間をおいてほほえむ。


「指揮官としての素質は、多くのかたに評価されております。そして私としては妬ましい限りですが、国中でも圧倒的に慕われております。おそれながら私は、将来的に副官の立場から、功績を競いたいと願っております」


 国王マクベスは首をひねる。


「それだけは、ないかなあ? ぼくは君こそギアルヌの騎士団長にふさわしいと思っているよ?」


 デロッサは目をしばたたかせる。


「派閥とかを抜きにしても、娘が軍人として成長しても、君は娘にとって必要な上官に思えるんだ。ぼくは内政以上に軍事にうといけど、今の部隊編成は気に入っているよ」


 長い間のあと、デロッサは一礼する。


「身に余るお言葉、恐縮です」



 デロッサは飾り気の少ない玉座の間を退出して、一段と質素な控えの広間を進む。

 その両脇につき従うふたりの軍服少女はミルラーナよりも背が高く、より事務的な表情でボソリともらす。


「なにが恐縮ですか」


「間も空きすぎで滑稽でした」


 デロッサはすました微笑のまま、細い切れ長の眉をかすかに動かす。


「私の父の政治力を恐れながら、それを隠せないつたなさに呆れてしまったのです」


 従者のひとりは男性に近い長身の細身で、セミロングのオールバックをかっちりと固め、一重の面長は怜悧に整っていた。


「なぜそこまで悪意にとりますかね。内務大臣の七光りをそこまで気にしないでも」


 もうひとりも同じくスラリとした長身の細身で、短髪のオールバックをかっちりと固め、二重の面長は鋭利に整っていた。


「能力も実績もあるのですから、騎士団長にふさわしいではありませんか」


 デロッサは微笑したまま、足を止めてふり返る。


「性格以外は、と言いたいのでしょう?」


 従者たちは顔をそらして小さくふきだしたあと、ふたたび無表情にもどる。


「整備の進捗を確認しておきましょうか」


「大事な時ですから念入りに」


 デロッサは微笑だけ維持しながら、赤くなって震える。


「あなたたちのことは頼りにしていますが、そのような態度は大嫌いです」


 従者たちは直立不動のまま、口端の笑みだけで返答する。



 城でも基部の外周近くは鎧の格納庫になっていた。

 十メートル近い騎士鎧たちが並んで寝台に横たわり、壁際には背が半分ほどの兵士鎧が並んで座っている。

 巨大鎧は武器も含めて陶器に似た材質だが、光沢は柔らかい。

 整備員たちは鎧の傷にはゴム質の粘液を塗りこみ、布を厚くはりつける。

 大きなゆがみは工具や兵士鎧なども使って曲げもどすが、人体の治療と同じように『分解』という工程は避けられていた。


 デロッサたちの姿に気がついた整備主任の中年大男は敬礼し、格納庫の奥へ案内する。


「手を加えれば早く治りますが、操縦の違和感もひどくなっちまいます。こんな無茶な使いまわしを続けていたら、乗り手の寿命がもちませんよ?」


 騎士団長デロッサは静かにうなずく。


「まともに使える騎士鎧はたったの十数機。しかも『将軍級』は二機だけ。空賊くうぞくが相手でも余裕のない戦力で、兵甲部隊に頼りすぎているのが現状です」



『兵士鎧』は『兵甲へいこう』や『スーツ』とも呼ばれる。

 小鬼や豚鬼など、騎士鎧の半分ほどしかない大きさで、性能も低い。

 

『騎士鎧』は『騎甲きこう』や『アーマー』とも呼ばれる。

 この時代の第六海域における主力兵器で、保有規模がそのまま国家の戦力規模ともみなされていた。


 骸骨や馬人など、標準的な騎士鎧は『従者級』とも呼ばれる。

 兵士鎧なら三体以上で囲まなければ対処できないとされていた。


 デロッサが乗る大鬼など、高性能な騎士鎧は『将軍級』とも呼ばれる。

 従者級の騎士鎧が三体以上で囲まなければ対処できないとされていた。


 そして極度に希少な『伝説級』は、国家の威信をも象徴する。

 将軍級ですら三体以上で囲まなければ対処できないとされていた。



 格納庫の奥の別室は厳重に隔離され、内壁も寝台も彫刻で飾られた祭壇になっていて、大型の騎士鎧が一体だけで眠っていた。

 整備主任は鎧の枕元にあった石碑に触れて操作し、機体情報を表示させる。


「リルリナ様がこの『じいさま』を受け継ぐことになるでしょうから、もう一機は増えますけど……こいつの性能なんて、このままここに飾って他国よそにばれないようにしたほうがよさそうなブツでしょう?」


「わが国では唯一の『伝説級』……複数の『将軍級』を相手にできるたてまえですけどね」


 デロッサが苦笑して見渡す鎧は体格こそ大きいが、顔は骸骨に近く、あごひげのある老人を模していた。

 整備主任は太い腕を組み、苦りきった表情で首をふる。


「悪い冗談です。まがりなりにも『伝説級』ですから、突飛な性能もありますがね。弱小貧乏のウチらしい国宝です」


「太古の神話で『カロン』は貧乏神ではなく、死後の世界への渡し守だそうですよ?」


「ますます縁起でもねえ。王妃様だって、こいつのせいで……リルリナ様だけは乗せちゃまずい鎧だってのに」



 整備主任が退室すると、デロッサは従者のふたりにも機体情報を記憶させる。


「なるほど。これはひどい。今のギアルヌのためにあるような特性です」


「それでも将軍級と比べれば高性能ですが、見逃してもよいのですか?」


 デロッサは祭壇へ上がり、老人を模した鎧を見渡す。


「ギアルヌ守護の象徴である、この『渡守騎甲カロンアーマー』と競うことに意味があるのです」


 切れ長の眉をかすかにしかめる。


「それにしても……もう少し見ばえのいい外観に造ってもよかったでしょうに。これでは戦う相手が悪役のようです」


 長身の従者たちはかすかに肩をすくめる。


「ご心配なく。デロッサ様の『大鬼騎甲オーガアーマー』は、いつでもひどい悪人面でございます」


「乗り手の気概にふさわしい顔つきかとぞんじます」


 従者たちがほくそ笑むとデロッサはバツが悪そうに目をそらし、ふと天井の装飾画に気がつく。

 色褪せた筆致で、おびただしい数の騎士鎧による大会戦が広がっていた。


「そういえば、もう一機……ありましたね?」



 デロッサは幼いころ、リルリナと並んで見上げた空を思い出す。

 国王の娘と大臣の娘だったが、勉学や作法修練の合間には連れだって遊びに出かけていた。

 果樹園や貯め池のほとり、そして見晴らしのいい丘の上が気に入りの場所だった。


「ソルディナ様の体調はまだすぐれないのでしょうか? いくら騎士団長でも、あれほど根をつめて鎧に乗り続けては……」


 デロッサが表情を抑えてきりだすと、リルリナは柔らかく苦笑する。


「お母様は会うたびに笑顔で『もっと休まないと』と先に言ってしまうので、私はなにも言えなくなってしまうのです」


 そう言われてしまうと、デロッサも言葉につまった。

 小国ギアルヌはふたりが生まれた時から苦境にあり、王妃ソルディナは特に大きな負担を抱えていた。

 王女であるリルリナは母に甘えることも、心配を顔に出すことも控えていた。

 デロッサはそっと自分のスカートをにぎりしめる。


「私も早くソルディナ様の助けになれたらよいのですが。しかし兵学校で飛び級を続けたとしても、今のギアルヌは騎甲きこうの数すら……天が鎧を恵んでくださればよいのですが」


 思いつめるデロッサの首筋をほぐすように、リルリナの指先が金色の長い髪をなですく。


「私はすでに、あまりに頼もしい友人に恵まれています。もしまだ許されるとしたら、デロッサにふさわしい鎧を天へ願うべきでしょうか?」



 この時代には空の彼方から、正方形の石箱がゆっくりと降ってきた。

 青空に目をこらせば、ひとつかふたつは見つけられる。

 その多くは数時間から数日はかかって海面に達するが、発見され次第に競って回収されていた。

 中身は兵士が呼ばれてから確認される。

 たくさんのがれきがつまっていたり、カラッポだったり。

 たいていは中身ごと海へ捨てられるが、石箱は浮力が大きければ島の端へつなげられ、新たな国土になった。


 ギアルヌ城は大まかな骨格が五メートルの正四角形で構成されている。

 建っている丘も基礎部分は五メートル刻みの階段形になっている。

 住居も道も、畑や池も……五メートル刻み。

 やや小さな二階建て家屋ほどの立方体が単位になっている。

 浮遊島の上面は緑に覆われているが、日の当たらない裏側は角ばった石箱の集合がむきだしになっていて、近づけば五メートル刻みの継ぎ目も見える。

 住民の生活を支配する正方形は、国土そのものまで支えていた。


 石箱は『石棺せっかん』と呼ばれ、浮遊して土地や移動手段になるほか、真水を精製したり、ペースト状の『苔粥こけがゆ』と呼ばれる総合栄養食を製造できるなど、生活に必要な多くの機能が内蔵されていた。

 しかしそれらの機能も多くは故障などで不完全か、まるきり使用不能になっている。


 内部のがれきには、巨大鎧の修理に使える部品も混じっていた。

 全身が残っている鎧を発見できても、多くはひびだらけで動かない。

 わずかでも動ける鎧であれば、大事に掘り起こされて掃除された。


 この小国にも時おり、石棺をつないだ浮遊船の行商が寄航する。

 およそ数体の半壊鎧で、一体の新品鎧と交換できた。

 騎士鎧は半壊品であっても、兵士鎧の数分の一も発掘されない。

 全身がきれいに残っている騎士鎧を発見すれば大騒ぎになり、整備兵たちが飛んで集まった。


 五年前。石棺を開けた誰もが黙りこんだ鎧があった。

 整備兵だけでなく、多くの騎士も駆けつけ、見上げて立ちつくした。


「残念ながら、これほど状態がいいのに、まったく動きません」


 まだ少し若かったころの整備主任は深いため息をつく。


「損傷が軽そうなのに動かない鎧ならたまに出てきますが、これはあまりに惜しい……」


 まだ子供だったリルリナとデロッサも、いっしょに見物へ駆けつけていた。

 はしゃいでいたふたりも石棺へ入って見上げると、息をのみこむ。


 その鎧はカラスのように黒く、光沢は緑がかった虹色を見せていた。

 その容姿は女性的に繊細で気品に満ち、背からは鳥の羽根が生えていた。

 全身に爪やくちばしを模した鋭い形状をまとい、両手には槍を一本ずつ握っていた。


「記録を調べましたが『戦魔女騎甲モリガンアーマー』という伝説級騎甲のようです。太古の神話では『戦場の魔女』や『勝利をもたらす女神』と呼ばれたとか」


 片膝をついてうつむく『戦魔女いくさまじょ』はあまりに美しく、言いようもなく恐ろしく、どこまでも悲しく見えた。

 デロッサは胸の高鳴りを両手で押さえた。

 リルリナは声を上げて泣きはじめた。



「あの時に私は……決意したのです」


 祭壇のデロッサは老人を模した伝説級騎甲へ背を向ける。

 翌日、一部の将兵とその家族を連れ、国を去った。


 巡回中だったリルリナたちが島端の港へ駆けつけた時にはすでに、浮遊船が島から離れつつあった。

 従者はあわただしく兵士たちと連絡をとり合うが、騒ぎはおさまらない。


「ほかの船は!? なんでもいいから!」


「出せたとしても、追いつく速さではありません!」


「唯一の大型船と、騎士鎧の半数を……これではもう、空賊すら防げなくなる!」


「ただでさえ大国からの圧力が厳しい時に……恥知らずのコソドロが!」


 甲板には多くの巨大鎧が並び、デロッサの父である内務大臣をはじめ、生身で立つ者たちもいたが、誰もが黙りこんでいる。

 笑顔で両手をふる者はズアック連邦の大隊長ウェスパーヤだけだった。


「ご安心くださいませ! デロッサ様でしたら、我が国でべらぼうに歓迎いたしますわ! そして皆様とも早く再会できますように、できる限りに上の者へ侵略を急がせますわ~!」


 王女の鎧は黙したまま、船上を見つめていた。

 大鬼の鎧も微動だにせず、浮遊島の断崖に立った馬人鎧とまっすぐに向き合う。


「私はこの離反で、我が祖国へ最大の忠義を示します」


 デロッサの宣言に島の兵士たちは罵声を返すが、王女リルリナは手で制する。

 そして敬礼を示した。


「これまでの働き、見事でした。父に代わり王女として、また部下だった者として……そして、幼いころからの友人として、感謝いたします。ご武運を」


 デロッサは最後の震え声まで聞きとると、間をおかずに敬礼を返す。

 かすかに指先だけが震えていた。




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