第29話 怠惰な侵略者
第六海域の防御施設は時間かせぎに向かないため、防御側も積極的に牽制へ出る必要があった。
石棺は長く接触している者に使用権が移るため、閉じこもっているだけの相手なら城壁にはりつくだけで侵入路を空けられるし、城壁前の地面を階段や塹壕に変形させることもできる。
島の岸壁沿いに石棺を低く配置すれば浮遊船からの上陸は一時的に防げるが、それも『堀の底』に使われた石棺の使用権を奪われ、浮上の操作で桟橋に変えられるまでの間しかもたない。
戦争の決着は鎧の全体数で大きく差をつけるか、指揮系統をつぶすか、あとは城や大型浮遊船といった修理拠点の制圧が重視される。
現時点でのギアルヌは特に、戦場で損傷した鎧を格納庫の整備班が次々と応急修理していくことで、数の不利を埋めようとしている。
浮遊船よりまともな整備施設は、数少ない有利な点のひとつだった。
ギアルヌ城はもし裏側に上陸されたら、あとは城壁の裏門を壊すだけで格納庫へ侵入できてしまう。
そのため北端の上陸通路は石棺一基ぶんの五メートルしか幅がなく、壁に挟まれている。
騎甲が武器をかまえた状態では、ほぼ一機ずつしか通れない。
互いの兵甲部隊は後方で待ちかまえ、味方が倒れた時の補助しかできなかった。
しかしギアルヌの新人騎士スシェルラは小鬼兵甲の中で、早くもあせりを感じている。
あらかじめ指示は受けていた。もし北面にニケイラ王女が現れたら……大国によるギルフ王国への侵攻を何度もはねのけた大騎士『鉄壁姫』が相手なら、ミルラーナの技量で可能な役割は撃退ではなく『時間かせぎ』と言われていた。
ところが両軍の洞鬼騎甲は肉薄し、腹に響く轟音を棍棒で乱打し合い、衝撃摩擦による白煙を次々とまきちらしていた。
「あれが『牽制』? あれほどしないと『鉄壁姫』は抑えられないというのか?」
スシェルラはミルラーナに『動かなくていい。よく見ておけ』と指示され、小鬼部隊の中でも後方に配置されている。
それは『いつでも代われる用意をしておけ』という、重い信頼だった。
通路が狭く、攻め手が無理に進めば三対一になる地形で助けられている。
互いの洞鬼の両脇にいる骸骨たちも、すきあらばわりこみ合っていた。
ギアルヌ軍の骸骨はどちらもベテランで、対等に打ち合っているように見えたが、ルジーアはひきずる片脚をごまかしながら動き、マーピリーは意識がとぎれる持病の恐怖をだましながら剣を振るっている。
『すぐにばれる。確実にばれる。デロッサ様でもニケイラ様でもズアック騎甲部隊の隊長格でも、そこまで甘くはない』
出撃前にミルラーナはそっけなく言って、スシェルラに覚悟をうながした。
騎士の位を授かったからには、三人のいずれかが欠けた時に、代わりを果たさねばならない。
あるいは三人とも倒れた時には、スシェルラは独りでも城の守りを背負う。
動かないでも呼吸が乱れ、小鬼の隊長にしぐさでなだめられ、意識して整えようとする。
兵士部隊の男たちは軽口をたたいていた。
「余裕ができたら正面側を応援だなんて、まるきり冗談になっちまったな」
「共同作戦では頼もしかったギルフ軍が、敵になると鬼そのものだ」
「でも、まあ……デロッサ様は味方の時からだけどな」
兵甲の隊長たちは意識して、明るく柔らかい声だけを新人騎士へ聴かせていることにスシェルラは気がつく。
もし騎士鎧が倒れたら、兵甲部隊は兵士をどれだけ犠牲にしようと騎士と騎甲を回収し、交代へつなげる役割があった。
「リルリナ様の予測どおりに速攻ねらいの様子だが、伝説級まで投入される予測は当たらないでほしいな」
「リルリナ様のねらいどおりに大将同士でかちあう前に、少しは有利な要素を増やしておきたいが……」
島の西側にある入り江には大型の浮遊船が次々と横づけされ、小鬼の大群が続々と上陸していた。
さらに二機の悪魔が、両脇に魔犬騎甲を従えて続く。
「ではのんびり寄り道しましょうか」
ズアックの大騎士フォルサが乗る騎甲は道化姿だが、攻撃的な鋭いデザインに威圧するような笑顔で、大きな鎌をにぎっている。
もう一機は全体に大鬼騎甲と似ているが、やや細く、背からはコウモリの羽根がのび、両手からは短剣じみた長い爪がのびていた。
獰猛そうな顔つきの巨大な犬に挟まれ、四つんばいで地面をひっかく。
「ぷきい。一番槍をおゆずりしたばかりか、私の『悪鬼騎甲』ちゃんをまだこんな後方で、ちんたら遊ばせろとおっしゃいますですの~!?」
「おっしゃいますよう。ほらいちおう、デロッサ君がはさみ撃ちで楽しい事態にならないよう、潜伏部隊をさらってあげませんとねえ?」
道化の騎甲は大鎌の刃をひらひらと遊ばせ、踊るように農道を先導し、わざとらしく耳に手を当てる。
周囲は鎧が隠れて動ける高さの並木や果樹園が多い。
悪鬼の騎甲も視線をせわしなく動かし、地形の把握に努める。
「私だって、貧乏小国をなめくさってはおりませんわ。でも功績さんがうっかり全滅なされていたら、育ての親である金ヅルの皆様にもうしわけなく……あら見事なキャベツ。それに見事なご老体」
道を曲がった拍子に小さな野菜畑と民家が見え、玄関を出たばかりの老婆と、それを迎えていたギアルヌの青色を表示した小鬼兵甲三機がふりかえる。
「ズアック軍が来て……離れてください!」
四匹の魔犬が砲撃を吐き出し、ギアルヌの小鬼は次々と倒れる。
かろうじて残った一匹も、巨大悪鬼が吐いた砲撃にはじき飛ばされ、さらには両手の爪をたたきつけられた。
「避難地区はもっとずっと南と聞いておりましてよ!? とっくに宣戦布告もしているのに、なぜ今こんなところで生身さんをお散歩させていらっしゃるのかしら!?」
玄関口に隠れていた老婆がおそるおそる顔を出す。
「もうしわけありません。うちの子が見つからなくて、逃げ遅れてしまって……」
その腕に抱えていた子犬へ、悪鬼は両手の人差し指を向けた。
「うっかりつぶして鎧を血で穢すわけにはいきませんわ! フォルサ閣下様!?」
「まいりましたね。もうほかに人はいませんよね?」
「戦場で落とし物のおばあ様を見つけてしまったら!? お届けしたい私ですわ!」
「ん、いってらっしゃい」
巨大悪鬼が子犬ごと老婆を抱え上げ、地獄の猟犬を左右に従えて駆け出す。
「急ぎなので失礼いたしますわ! 聖神教典の解釈規範にもとづいた避難協力ですから、遠慮も代金もご無用でしてよ!」
「お手数をおかけします。でも教義をこんな丁寧に守るあなたや、あんな優しい声で許可してくださる大騎士さんがいるなんて、ズアック連邦でもずいぶん変わった部隊ですねえ?」
子犬はきゅうきゅうと泣いていたが、老婆がなでてなだめていた。
「あら、お詳しいですわねお客様!?」
「私も昔は騎士で、帝国から騎士鎧ごと亡命してきた身ですから」
「んまあ豪儀ですわね人生の大先輩様! でも現在のズアックでは、信仰礼節も腹の足しになる『能力の一種』として尊重されておりましてよ!」
「そうでしたの? でもそれなら、家族を引き裂いて奴隷のように扱うなんて、本当の意味で『能力の高い人』がやることかしら?」
「連邦の評議会は、人がいずれ制度に追いつくとかほざいておりますわ! それにツッコミ入れて、もっとマシな手段を探す派閥連中もおりますわ! それ以前に、目の前の功績へかぶりつくしかない立場が私たちですわ!」
「あらまあ。大ケガはしないように、気をつけてくださいね」
南へ駆け続けると、鎧の甲が灰色で、紋様のみ紫の蔦を表示した兵甲部隊が両手をゆっくりと上げた。
ギアルヌ兵甲部隊の中でも、生身の避難者の護衛のみを担当し、参戦の意志はない表示だった。
ウェスパーヤは互いに砲撃の届かない距離で停止する。
「おばあ様も活きのいいご余生を!」
降ろされた老婆は悪鬼騎甲の爪をなでて見上げる。
「ありがとうございます。でも……こんなことを言ってはなんですけど、私はリルリナ様にもしものことがあれば、もう長生きしたいとは思いませんねえ?」
「こんなご老体まで、しゃらくさい泣き言で援護なさるリルリナ様! その人望もズアックには有益な『能力』かもしれませんわ! はたしてそれがパン何枚分の破壊力でいらっしゃるか!? いざ直々に、お手合わせですわ! 人類と私自身の! 進化のために~い! クキャキャキャキャキャ!」
老婆は戦場へ急ぐ悪鬼の背を見送りながら、腕から離れたがらない子犬をなで続ける。
「あの子は……ズアックらしさが突き抜けすぎて、なんだかもう、別の生物に踏みこんでしまったようねえ?」
灰色の兵甲たちに保護されながら、空を仰ぐ。
「神様。あんな子たちと戦うこの国にどうか武運を。長生きしすぎた私への加護はすべて、どうかリルリナ様へ……」
道化女の周囲にいたズアックの兵甲もほとんどが散開し、果樹園ごしにあちこちから打ち合う音が響いていた。
見通しの悪い入り組んだ並木道で、両脇に従う魔犬の一匹が鼻先を上げる。
「フォルサ様。兵甲にまぎれて騎甲が近づく気配を感じます」
道化の鎧はうなずいてしゃがみ、魔犬をなでてあご裏をかいてやる。
もちろん互いに鎧なので、重い陶器をごりごり擦るような音がした。
「距離と数もわかるようになるとよいですねえ? デロッサ君に聞いた話ですと、おそらくリルリナ君はこちらが伝説級を投入する想定もして、むしろその伝説級を狙ってきますよ……ひどい機体が多そうな足音ですけど、七機かな? 距離は二百……百……」
フォルサが犬の鼻をちょこんと押すと、二方向から骸骨騎甲が三機ずつ、さらにその間の果樹園を突きぬけ、多数の小鬼を従えたひげの巨人が姿を見せる。
「ギアルヌの伝説級『渡守騎甲』を預かる騎士団長リルリナ・ギアルヌ、参ります!」
「ズアックの伝説級『妖魔騎甲』を預かる大騎士フォルサ・グランブルオです。よろしくね」