第28話 丁寧な侵略者
リルリナは王女でありながら無茶な厳しさの鍛錬を続けてきたが、デロッサもまた騎士団長にあるまじき異常な激しさの日課をこなし続けてきた。
「このデロッサ・アルジャジアの前で、リルリナへの『忠義』と『友情』を口にすることが、どのような意味を持つか……知らないのですか?」
周囲には両軍の兵甲部隊も入り乱れ、しかし大鬼兵甲は姿勢をゆるがすこともなく、元部下たちの肉体を躊躇なしに殴り散らす。
アリハは反応でも身のこなしでも自分にいくらかの分があると感じながら、デロッサに有効打はたたきこめないでいた。
手数で圧していながら『打たされている』悪寒をおぼえる。
逆に自分が追いつめられていそうな息苦しさを感じる。
出遅れていた同部隊メルベットの骸骨騎甲が兵甲をかきわけて加勢に入った一瞬は、アリハにとって好機のはずだった。
「すみません! こちらは私が……え?」
しかし大鬼とその従者は、不意に集中的に未熟者をつぶしにかかっていた。
メルベットは剣を剣で受けながらも押しきられて腕をえぐられ、ひるんで姿勢が崩れかけたところへ、大鬼の長棍棒が直撃する。
両脚がまとめて薙ぎはらわれ、片方は不自然な角度まで曲がり、全高九メートルの巨大鎧が宙で反転し、地面へたたきつけられた。
「ぐ……くあ…………?!」
メルベットは小さな苦悶を最後に動かなくなる。
アリハは大鬼の腕に斬りつけていたが、まるで浅い。
ただでさえ将軍級の大鬼騎甲は装甲も厚いのに、せっかくの隙に全力をこめられなかった。
そして鬼面の兜は、怒気を増す。
「助けることも、おとりに使い捨てることもできませんか……急ごしらえの隊長としては善戦していますが、私のリルリナには不十分な忠誠です!」
元からアリハは三対一にも近い状況で戦い、バニフィンの多少の補助と、次々と打ち砕かれる兵甲部隊の補助でどうにか優勢なように見せていた。
しかし攻勢に迷いがまぎれこむ。
足元に倒れたままのメルベットが、踏まれても蹴られても沈黙したきりだった。
途端に『悪逆姫』の従者たちは見透かし、左右から細かく手数を増やして動揺を斬り広げにかかる。
アリハの馬人騎甲は従者級でも標準的な機動型で、足を止めてしまえば骸骨より全体にマシな程度の性能しかない。
常に暴れ続けて翻弄する側でなければ、囲まれて一瞬に討たれかねない。
まして三対一で、相手に将軍級もいて、三人ともが熟練者であれば……アリハがさらなる補助を期待したかったバニフィンはなぜか、剣と盾でがっしり身を守ったまま、肩から下手な体当たりをしていた。
「ていやーあ!」
鬼団長の従者ルテップを相手になんの真似かとアリハは青ざめたが、メルベットが少しだけマシな位置へ蹴り出されたことに気がつく。
「あうあはああ~?!」
もう少し格好のつく悲鳴なら、バニフィンがすぐさま不様に逃げもどっても尊敬できたように思うが、これほどの情けなさで不意に見せる大胆さこそ、恐ろしい気がしなくもない。
わずかに乱れたデロッサ一味の連携をついて、アリハは従者ミュドルトの剣をはじいてわずかにずらし、飛び上がって大鬼の顔面へ肘をたたきこむ。
そのままの勢いで馬体を大きくふりまわし、バニフィンを追撃していた従者ルテップの肩を蹴る。それ自体は姿勢を崩す程度だったが、さらに体をひるがえして盾をたたきこみ、首をひしゃげさせる。
「うくっ……!?」
すかさずもう一撃、盾を顔面へたたきこむとルテップはよろよろと後ずさる。
しかし倒れないどころか、にらむように剣をかまえようとしていた。
アリハの記憶にある『鬼団長の従者たち』は、いつも冷たいすまし顔でニヤついている印象だったが、その本性はデロッサに近いことを感じとる。
そしてデロッサも肘打ちにひるんでいたのは一瞬で、アリハはすぐに剣をかまえなおすしかなく、大鬼の長棍棒をどうにか受け流す。
重さが増している。相手の一撃も、自分の足も。鎧の差だけではない。
「技量は十分。しかしリルリナの支えとしては、足りません。あなたは自身ひとりの覚悟しか知らない。私とリルリナが積み上げる犠牲の山がどれほどかも……一国の重みを一撃一歩にこめられない、一介の騎士ごときが! 王女との友情を騙るなど!」
リルリナが炙るような気迫なら、デロッサの怒気は噴き出る炎だった。
その風貌体格が真の姿であるかのように、生々しい大鬼が迫っていた。
バニフィンも鬼団長の恐ろしさを改めて思い出し、思い知る。
技量や戦力の差だけでは相手を楽にさせない執念深さこそが、この小国を守護する柱でありえた。
離反してなお、残った臣下を圧するほどに、この国への執着は常軌を逸している。
バニフィンは「反逆の動機」を全身の肌で感じる。
理由はどうあれ、この鬼は言葉どおりにギアルヌ王国のために、そしてリルリナ・ギアルヌへの深すぎる忠義で、敵となって武器を振るっている。
それでもバニフィンは「それ」だけは、デロッサにも、そしてアリハにも、譲りたくないと思ってしまう。
だから恐怖に震えて体が固くなっていながら、叱咤の言葉は言いきれた。
「リルリナ様がアリハさんにその鎧を任せたのです! ギアルヌの騎士が迷わない理由は、それで十分!」
アリハの刃が、にわかに鋭さをとりもどしてうなる。
ついでに付近のギアルヌ兵士たちまで、むやみな活気をとりもどして吠えはじめた。
バニフィンは自身へ何度も言い聞かせてきた『自分がリルリナの従者でもいい理由』が、意外な役立ちかたをして苦笑する。
城の裏側、北面は島の端までの距離がほとんど無く、岸壁までの通路は守りやすいように細く急で、防備も厚い。
担当部隊のミルラーナが搭乗する機体も、ギアルヌで唯一の将軍級『洞鬼騎甲』だった。
グエルグング帝国へ預けていた半壊機体と交換に、新品を入手している。
大鬼騎甲に近い太めの大柄だが、いびつな禿げ頭に角はなく、重心が不恰好に下へかたより、動きがやや鈍い代わり、耐久性や自動修復速度は上回る。
ミルラーナの技量であれば、空賊や並の騎甲小隊くらいは安定した撃退を期待できた。
しかし皮肉にも、その方面から上陸した騎甲小隊も骸骨が二機と、洞鬼が一機の編成だった。
「ひさしぶりだね。ミルラーナ君……で、合っているかな? どうにも君のような気がした。剛直なだけではなく、頼りがいも出てきた立ち姿がまぶしい」
しかも乗り手はミルラーナをも当惑させる『鉄壁姫』だった。
「ギアルヌ騎士ミルラーナ・パサルス……参る!」
「ギルフ王国騎士団長ニケイラ・ギルフ、歓迎しよう!」