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第27話 開戦は常に人知れず


 ギルフ王国の近海では、空賊リキシアが手下と共に石棺一基だけの『浮き筏』をいくつも散らばせて、挑発の罵声を浴びせていた。

 ギアルヌへ向かう大型浮遊船の艦隊は、紫地に黄色の星紋様を配したズアック連邦の旗を表示している。

 窓から笑顔を見せた道化女フォルサは空賊たちへゆるゆると手を振り、艦隊はわずかな筏の群れをわざわざ迂回して抜ける。


「あんな『捕まえてください』って顔のみなさん、そのとおりにしたら時間かせぎにじゃれつかれるだけです」


「しかしあのように中途半端な仕事と人材は、どのように雇うのでしょう?」


 小柄な三つ編み少女がぼそりとつぶやき、ニケイラ王女は明るい笑顔でふりむく。


「リルリナ君のことだ。空賊が自ら手助けを望むほど慕われたと思いたい」


 さらに同意を求め、デロッサへ熱いウインクを送る。無視された。


「いずれにせよ。進軍を知られたにせよ。周辺国が余計な動きを考える前に制圧するのみです」


 デロッサは静かに眼光を研ぎ澄ませる。

 ウェスパーヤはフォルサに続いて窓から身を乗り出し、空賊が見えなくなるまでバタバタと両腕を大きく振りまわし、風に叫んだ。


「直進直行あるのみ! ですわね! グエルグングが筆頭大騎士マヤムート将軍をろくに活かせないぐだぐだぶりは確認できましたわ! 最大の気がかりが消えても油断しない私たち! 軍事予算のためにもさくっと殲滅! すっきり制圧! がっつり功績の幸せ侵略計画を完遂のくきゃっぱああああ!」



 ギアルヌ城の格納庫には『戦魔女騎甲モリガンアーマー』が片膝をつき、来訪者を静かに見下ろしていた。

 兵士たちはその威容を讃えていたが、王女リルリナは自分でも不可解ながら『ついに侵入された』という胸さわぎが強い。


「使える可能性が出てきた伝説級騎甲なんで、かなり高く売れそうではあるんですが……」


 まだ調査の時間も短く、整備主任のジョルキノは起動の謎を解けないままだった。


「すでにズアック軍はギルフを発ち、明朝には到着する見込みになりました」


「そんなすぐに対応できる行商もいないでしょうし、あせって足元を見られるには惜しい鎧なんですよねえ?」


 リルリナはジョルキノの声にこもった『売らないでほしい』意図の強さが気にかかる。



 別室の渡守騎甲カロンアーマーを調整するふりで『戦魔女』の扱いが話し合われ、起動を目撃した七名のほかにミンガン大隊長も呼ばれる。


「停戦などの交渉段階になれば、売却価値も意味が出てくるでしょうが……おいビスフォン、仮に機動できたとして、伝説級としてはどの程度を期待できるのだ?」


「そんなのわかりっこないのが伝説級ですよ。見た目は機動重視ぽいくらいで、でも非常識なバランスや欠陥、特性があるかもしれなくて……あと、あの戦魔女モリガンに限っては、クローファしか乗れない謎を解けると、戦闘性能とは別にとんでもない価値が出る……かも……」


「なにもわからん上に、戦闘に無関係な価値など今は……いずれにせよ、戦闘中は当初の予定どおり、温存戦力のように見せかけるしかないということか。いざとなったら動けるふりをするくらいで……」


「でもよ、動かせるのがクローファじゃ、あんなよれよれ騎甲より犬鬼兵甲コボルトスーツへつっこんだほうがずっと敵を減らせるだろ?」


 アリハの意見にはほとんど全員がうなずき、クローファ本人だけがいたたまれないような困り顔をさらしていた。


「その部分での判断は兵士団にお任せします」


 リルリナの声を出した渡守騎甲カロンアーマーがゆっくりと身を起こす。

 大鬼に老人を足したようなデザインの巨体が、体も固そうにぎしぎしと動作して、一同に不安そうな表情が広がる。


「だ、だいじょうぶです。これでもだいぶ体になじんで……」


「リルリナ様。我々はソルディナ様がそいつを使う姿も見てきたので、大鬼騎甲オーガアーマーよりも体への負担が強いことも知っています」


 ジョルキノがつぶやくとミンガンもうなずき、バニフィンとミルラーナの表情は厳しくなる。


「私たちにはたいしたことないなどと……」


「い、いえ、体の形がなじんでくると、同じきつさでも動きやすい絡みかたと言いますか……動きのクセはたしかに、骸骨スケルトン大鬼オーガを合わせたくらいに強めですが、どこか私の戦いかたとは気が合う感じも……いえ、これは本当に……本当ですよ?」


「それはそれで不安です」


 従者バニフィンは王妃ソルディナを冥府へ送った『渡し守』を視線で威圧しておく。



 ズアック襲来の第一報はギアルヌ本島の西にある入り江から届いた。

 百匹を超える小鬼の大群は北部の城へ直進し、その先頭では骸骨騎甲を両脇に従えた大鬼が胸部を開き、搭乗者はギアルヌの斥候へまっすぐに顔を向けてくる。


「王女リルリナへ伝えなさい! このデロッサ・アルジャジアが忠義を示すため、自ら祖国ギアルヌを攻略に参ったと!」


 入りこまれるまま、引きこまれるまま、城の正面にある丘の下で両軍が接近する。

 大鬼騎甲はようやく鎧の胸部を閉じると、背後の小鬼たちを見下ろす。


「ガルテオ、ムッシャ、アイーガ、あなたたちの中隊でどの程度の戦果を出せますか?」


 先頭にいた三匹が前に出て部隊を整え、野太い声を出す。


「ぜんぶ任せなよデロッサお嬢さん。あいつら二軍連中なんて、俺らでちょちょいと殴り散らしてくるから、あとからのんびり通ればいい」


「俺らは相手も地形も知りつくしている。ズアックのお嬢さんがたも、下手な手出しはしなくていい」


 大鬼は無言の手ぶりで突撃命令を下し、三小隊三十機の小鬼が吠えながら駆け出す。

 残った小鬼群の先頭三匹は首をかしげ、少女の声を出した。


「デロッサ様? 私たちは監視も役割とはいえ、部下として使いたおしてかまわないのですよ?」


「元ギアルヌ軍人から消耗させるほうがズアックの評議会には好印象かと思いますが、フォルサ様はすでに信頼なされておりますし」


「ぶっちゃけまして、私どもは功績がほしくてうずうずなのです」


 大鬼はすべてにうなずく。


「あれは捨てごまです。今のうちに相手の連携と指揮系統を見定めてください」


 大鬼が言い切ると、両脇にいる従者の骸骨騎甲たちはほくそ笑む。


「あのおじさまがたも、ギアルヌでは偉ぶった大隊長様でしたけどねえ? ズアックでは無能にあたることが先ほどの返事ではっきりしました」


「ギアルヌの兵は、敵になるとやっかいですよねえ? 大国の兵士ならささいなケガで戦意を失うし、空賊なら不利とみれば逃げてくれるのに、この状況でもあの士気……それをなにが『ちょちょいと』だか」


 小鬼少女たちは顔を見合わせ、きゃっきゃとはしゃぎだす。


「さすがは鬼団長様! 占領後の邪魔者を始末していただけでしたのね!」


「離反に誘った手下までこんなあっさり裏切るだなんて! さすがは『悪逆姫あくぎゃくひめ』様です!」


 大鬼はじっと、小鬼同士の乱戦の向こうを見つめていた。

 馬人騎甲が両隣に骸骨騎甲を従え、落ち着きなく立っている。


「リルリナでもミルラーナでもないようですね……? いずれにせよ、ギアルヌ軍で最も注意すべきは、優秀な兵甲部隊です。それを甘く見ないことが、損害を抑える決め手になるでしょう」


 先鋒部隊が隊長三人を含めて次々と倒れはじめ、ようやくデロッサは全部隊へ突撃を命じる。



 双方の鎧があちこちでぶつかる中、大鬼の巨体は長棍棒をふるって駆け、小鬼を次々とまとめて蹴散らす。

 かろうじて側面へまわりこもうとした小鬼たちも、従者の骸骨たちが即座に剣でたたき飛ばした。


「そちらの骸骨スケルトンはバニフィンですか? それとも引退組の先輩がた?」


「見習いを急造で騎士に格上げしたのかもね? ミルハリアとかは悪くなかった」


 大鬼の従者たちは楽しげに呼びかけ、馬人の両隣にいる骸骨は肩をすくめた。


「バニフィン様? 私はミュドルトさんやルテップさんに一度も勝てたことがないのですが? 手抜きでからかわれていたのですが?」


 ずっと補欠に甘んじていた騎士メルベットはおびえ、乗りこんでいる巨大骸骨までカタカタと音を出してしまう。


「安心してください。私もです。兵甲部隊のみなさまにしっかり甘えすがって守られましょう……アリハさん、もう少しだけ抑えてください」


「わかってる」


 馬人騎甲も震えていた。迫り来る大鬼が、かつて自分で指揮していた部下たちを無慈悲に壊しまわる姿に、怒りがこみあげている。それでも歯をくいしばって間合をはかっていた。


「アリハさんはすぐに集中的に狙われます。それを決して囲ませないことが、残り全員の役割です……行きます!」


 バニフィンが護衛の兵甲と共に飛び出し、相手の骸骨へ斬りかかる。

 当てる気もない牽制で、足元のベテラン小鬼たちを頼れる位置だけ保つ。

 しかしメルベットが出遅れたことにも気がついていた。

 飛びかかった馬人の剣は大鬼の長棍棒とかち合い、下半身は飛ぶように旋回して隣の骸骨頭へ踵をたたきこむ。


「あぐっ……未熟者が勢いあまったか!?」


 馬人は姿勢を崩したかに見えたが、そのまま大鬼の一閃までもかわし、敵騎甲の間を跳ね抜けながら敵兵甲をなぎはらい、蹴りはらう。

 振り向いた大鬼の一撃も受け流し、打ち返しながらさらにまわりこみ、ついでにバニフィンを追っていた骸骨のすねにも蹴りつけていた。


「こいつ……後ろ脚を鞭のように使う!?」


 アリハひとりの竜巻じみた大胆さが、騎甲三機の出鼻をまとめてくじいていた。

 それでも大鬼の気迫はゆるぎなく、アリハは重い打撃を受けた手にしびれが残っていた。


「リルリナは腕の立つ乗り手を見つけたようですね。しかしあなたはその腕で、この国をどこまで背負えるつもりですか?」


 アリハは一気にかきまわして司令官を討てるつもりだったが、デロッサの声は落ち着き、その従者たちもすでに冷静にかまえなおし、突ける隙を見失う。

 しかしリルリナが敬愛する『鬼団長』と、バニフィンも恐れるその従者たち……今は『悪逆姫』と呼ばれる一味と手合わせできる喜びは瞬時に沸騰していた。


「名乗りが遅れた。アズアム族ドリスパの孫、アリハ・アズアムだ。リルリナ様への忠義と友情にかけ、命の限りに暴れつくす!」




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