第26話 戦魔女のまどろみ
「手伝いに来たけど……なにがあった?」
アリハが骸骨騎甲に乗ったままビスフォンの隠し格納庫をのぞきこむと、即座に城への急使として追い返された。
整備主任のジョルキノを呼び出すと、リルリナとその従者たちまで駆けつけて来る。
「戦魔女騎甲の起動を知る者は、この場にいる七名だけですね? そうなると、あとは軍務大臣と兵士団長と……ミンガン大隊長にも伝えておくべきでしょうね……以上の十名のほかには口外しないように徹底してください」
リルリナが機密保持の範囲をしぼり、バニフィンは遠慮気味に重要な見落としを補足する。
「あの、国王様も……格納は渡守騎甲の隣ですかね?」
ビスフォンが小さく、しかしすばやく挙手する。
「搬送は少し待ってください。一部の自動修復だけ、極端に遅かった可能性もあります」
「たしかになあ? なにか肝心な部分が修復されたばかりなら、下手に動かして傷めるとまた……」
ジョルキノも『戦魔女』への接触は遠慮して、慎重に機嫌をうかがう。
「でも時間ねえし、乗ってみたほうが早いだろ?」
アリハが鎧へ近づくと、ビスフォンはしがみついて念を押す。
「慎重に、そっとだよ? 男であれだけ動けるなら、いちおう女の子のアリハなら問題ないはずだけど……あれ? 今までアリハなんかで試していたのがまずかったのか?」
アリハはビスフォンの腹へ肘を打ちこみ、さっさとよじ登る。
「そっとだな?」
「さ、最初は首とか指だけね……どう?」
「ん……ん? いつもどおり、首も手足もまったく……こいつまさか、男のほうが好きなのか?」
「いや、オレも何度か入ったし……」
アリハが出てきて、しょんぼりした顔を見せる。
「しかたねえ。まともな女を乗せてみよう」
「それなら……バニフィンさん、お願いできますか?」
ビスフォンの襟首へ、がっしとミルラーナが手をかける。
「今なぜ、私と合った目をそらした?」
「いえその、別に……」
バニフィンが恥ずかしそうに割って入る。
「そのふるまいでは、淑女らしさもあやぶまれます」
ミルラーナが不平の視線とつぶやきを向ける中、バニフィンの試乗も失敗に終る。
「私よりアリハさんのほうが運動能力でも鎧への順応性でもずっと上なのですから、動くわけありませんよ」
しかしアリハは大きく安堵のためいきをつき、その背にはリルリナも声をかけかねた。
「さっき動いた拍子で、また壊れちゃったのかな? あるいは、あの時だけなにか特別な……クローファ、さっきと同じように乗ってみてくれる?」
ビスフォンがふりむくと、格納庫から逃走しかけていた褐色の少年がミルラーナに捕獲され、泣きそうな顔をしていた。
「まずはさっきみたいな犬鬼の支えなしで……どう? 動く?」
魔女は首を横にふり、ビスフォンは静かな笑顔で手招きし、鎧から降りて来たクローファの襟首を絞める。
「なんでだよ!? どうしてクローファだけ……どうやって!?」
アリハとジョルキノが取り押さえても暴れ続けた。
「ごめん。オレが悪かった。とりあえず動かせるんだから、歩いてくれるだけでも助かる。運ぶのが楽になるから」
冷静になったビスフォンが丁寧に頼みこんでも、クローファは部屋の隅で膝を抱えて涙ぐみ、首を横にふり続けた。
その周囲を固めてアリハと従者たちが厳重に監視し、王女リルリナは自国の騎士道精神に不安をおぼえつつも、かがんでクローファの顔をうかがう。
「私からもお願いしたいのですが……」
クローファは首をすくめたが、目を合わせたまま、こっくりとうなずく。
リルリナは胸が痛む。
少年が魔女の体内へおびき寄せられる姿を止めたい衝動にかられた。
戦魔女の兜が顔を上げ、体を伸ばす。
その動きは緩慢で、立ち上がってからも首をかしげている。
「男が騎士鎧に乗ると、だいたいあんな感じだな。歩ければ上等だ」
生身のジョルキノたちは大きく距離をとり、ビスフォンの犬鬼が補助につく。
「石棺なら登録認証での鍵かけ機能もあるけど、それもせいぜい数日の占有で所有権を奪える。まして鎧は鍵かけそのものが全面制限されていて、乗りこんだ人間の安全を最優先に動作するはずなのに……?」
細身の黒鎧は背の羽根すら重たげに一歩一歩を踏みしめた。
格納庫を出るとアリハとミルラーナの骸骨騎甲も補助に加わり、畑ぞいに歩かせる道すがら、ビスフォンはうなり続けた。
「うう~、余計にわからなくなったよ……運動能力とかが低いと扱えない機体もあるけど、それだって『活かしきれない』程度で、いくらクローファがすごくたって、アリハでもまったく動かないなんて……男女のあつかいが同じなら兵甲と同じ仕様かもしれないけど、男を優先する必要性なんてないだろ……?」
リルリナの馬人騎甲はおそるおそる小声でささやく。
「あの、念のためですが、クローファさんの性別に誤解がある可能性は……」
アリハの骸骨騎甲はひらひらと手をふる。
「それはねえって。ガキのころは風呂もいっしょに入って引っぱったりしていたから。でもあの動きじゃどうせ、かかし以外はできねえし、細かいことは敵を追っぱらってから考えたほうがよくねえか?」
「え…………ええ……」
城の方角から、小鬼部隊が駆けて来る。
「妙なやつが面会を求めています。空賊なんですが……」
リルリナはまだ『細かいこと』も気になったが、輸送を任せて城へ急ぐ。
城の裏側、本島北端の崖に石棺が一基だけ接岸され、珍客は鎧もなしに、生身ひとつで兵士に囲まれていた。
「ゼザミナさん?」
デロッサ亡命の直後に襲撃してきた空賊姉妹のうち、鳥女騎甲の乗り手だった。
姉と同じく、安っぽい派手な格好をしている。
「へえ……王女さん、アタシなんかの名前をおぼえていてくれたんだ? 姉貴のリキシアがさ、ズアック軍を見張りたいって言いはじめてさ。ギルフの艦隊が動きはじめたから、知らせに来たの」
「はい……?」
「姉貴も鎧がなくちゃ、ほとんど足止めにはならねえだろうから、遅くても明日には到着するんじゃねえの? しょぼい情報だけど、少しは運がかたむくかもしんねえだろ?」
「あの、そのご協力は……?」
「つぶれる寸前の弱小国に見返りなんかせびらないよ。まあいちおう、釈放される時に『ご恩は忘れない』とか言った気もするけど……ぶっちゃけ、まぐれでもなんでも、このお人よし王国はもう少し続いてくれたほうが、アタシらにも都合いい気がしただけでさあ?」
「ゼザミナさん……ギアルヌ軍に志願する意志はありませんか?」
厚化粧の女は少しだけ驚き、皮肉そうに笑う。
「だめだよ王女さん。あんたまで親父みたいに流民をばかすか受け入れたら、こんな小さい国はすぐに沈んじまう。見殺しを決めるのだって、あんたの仕事さ。もっと国を大きくしてから、沈まない程度に手をのばしてくれりゃいい。その時にはアタシらも、はいつくばってすりよるから……今は社交辞令だけにしておきなよ。でも、ありがとうね」
「私はお父様がアズアム族の皆様を受け入れた決断は尊敬しております。今の窮地へ希望を残した先見の明であり、大騎士にも劣らぬ勇敢だったと信じております」
ゼザミナは一頭の羊を持たされて解放され、石棺で岸を離れる際は長く片膝をついて頭を下げ、空賊なりの礼を示した。