表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/47

第25話 奇縁を紡ぐ


「さて、自分はわずかな時間も惜しみ、鍛錬にとりくむ所存であります。すばらしい師匠にも出会えたことですし」


 スシェルラも無言でうなずくが、ホーリンが意外に早くアリハへ深い敬意を払っているらしいことに驚く。

 しかも鎧調達の行き帰りで自分はアリハとしつこく組み手をしていたが、ホーリンの姿はあまり見なかった気もする。

 そして今もついていった先はなぜか格納庫だった。


 スシェルラはホーリンと共に目撃した『兵甲一機で騎甲一機』を討ったクローファという犬鬼部隊の少年を思い出す。

 性格的な問題は大きいが、アリハでもかなわない技量で、実質でアリハの師匠とも言える存在らしい。

 ホーリンは意外にも名門貴族だったが、相手が蛮族であろうと躊躇なく教えを乞う姿は見習うべきものがある。

 しかしスシェルラは差別意識という以前に口下手だった。

 ホーリンは率先してアズアム族の整備兵を手伝いはじめていたが、スシェルラはそこまで積極的な社交性を持ち合わせていない。

 相手の身分が問題ではなく、同年代男子への対し方がわからない。


 格納庫には大量の鎧が持ちこまれ、整備班は多忙を極めていた。

 ホーリンがつきまとう少年は自分たちと同じくらいの年齢でありながら、騎甲一機を丸ごと任されているので、腕はすでに班長なみらしい。

 しかし階級章を見ると、なぜか兵甲部隊の分隊長で、犬鬼部隊の所属らしかった。


「あの、ホーリンさんはまた、オレになにかご用でも?」


「犬鬼分隊はギアルヌ最強の兵甲部隊と聞いておりますから!」


「最強はオレじゃなくてアリハとかクローファなんで、なにか聞くならアリハのほうがいいと思いますよ」


 ビスフォンは照れくさそうに苦笑し、作業を一段落させたふりで逃げ出す。


「いえ自分は、ビスフォンさんに話を……」


「アリハは口が悪くて品がないだけで、面倒見はいいし……新しい仲間のこと、すごく楽しそうに話してました」


 とり残されたホーリンは小さくつぶやく。


「アリハさんは野良犬ぽいだけで、わりといい人らしきことは知っているのであります……ビスフォンさんは照れているのでしょうか? 身近にいたのがアリハさんでは女性への免疫がついていないのでしょうか?」


 スシェルラはひたすら静観していたが、話をふられてようやく口を開く。


「アリハは……話さなければ、まずい顔でもない」


 スシェルラはアリハのしなやかに引きしまった肉体とまっすぐな物言いに好感を持つ男子も多そうだと考える。

 そしてホーリンの童顔も愛らしい部類で、妙な性格さえばれなければ人気も集まりそうで、小柄でも肉感的な体型も含め、純朴そうなビスフォンが照れる理由になりそうな気はする。

 しかしビスフォンも第二王女に心酔する男性兵士のひとりであり、リルリナの均整がとれた細身ながらに意外と豊かなあれこれはともかく、聡明高潔な厚い人徳を考えればホーリンがかなうとも思えず、スシェルラも見た目は良く言われるほうだが体のボリュームにはやや欠け、愛想はどうしようもなく欠けていると自他ともに認めるところで、十五も過ぎた女子としては捨ておけない懸案とはいえ、現在の国家存亡も関わる窮状に、ましてホーリンを相手に論議すべき話題とも思えず、そもそもビスフォンの態度には別の心あたりがあった。


「……アズアム族への風当たりはまだ強い」


 失うものが少ない流民は、戦時となれば持ち逃げする利益のほうが大きく、平時から蔑まれる原因のひとつとなっている。


「長々と考えたスシェルラさんの結論はそれだけでありますか~。それくらいは自分もわかっておるのです」


 スシェルラは話し下手なりに熟慮して答えたつもりだった。

 抗議をしたくてもうまく言葉にならず、表情の無愛想はいつものことで、さらなる感情を顔に出せるような器用さも欠けている。


「国がなくなれば貴族もほとんどは流民になるのでありますから、今の状況ではそんなみみっちい差別意識など捨ててこその高貴で忠義だと思うのであります」


 ホーリンが珍しく感心できる主張をしたのでスシェルラはかすかにうなずくが、せめてわずかでも発声が伴えば気がついてもらえることには気がつけない。


「ま、スシェルラさんのようにクソまじめなかたであれば、必然と同じ発想からアリハさんたちの価値も公平に評せるとは思うのですが……」


 スシェルラは自分のような話し下手でも理解してくれる同僚をありがたいと感じる。

 そして初対面で見せた自分の反感へ、好意を返してきたアリハのことを不思議に思う。

 不思議といえば、同期の中で最初にスシェルラと話すようになったのも、まったく話が合わないホーリンだった。


「……ビスフォンさんはおすすめですよ~。自分はまさに師匠とすべきおかたを見つけたのであります!」


 そもそも発想から理解しがたいことが多く、話し下手ではどこから問いただせばいいのかも整理がつきにくい。



 こそこそと持ち場を離れたビスフォンは整備主任のジョルキノに報告を入れた。


「おおまかには終わっているんで、少しだけ休憩をもらってもいいですか?」


「おう、というか少しは休め。大半が新品だったから、覚悟していたよりは早く済んでいるし……ん? そういやもう一機、置き場所を使うんだよな?」


 ビスフォンも城門に近い巨大寝台の空きに気がつく。


「うっわ、そうだった。うちからカカシを運ばないと……アリハか誰か、騎甲乗りの輸送部隊も送ってもらえます!?」


 整備用の資材を置くなり、今度は犬鬼兵甲へ向かって駆け出す。


「ビスフォン先生は片思いの魔女とまだつきあっていたのかよ? まあ、勝負事の願かけには御利益ごりやくのありそうな置き物か?」



 ギアルヌ本島は楕円形で、南北が倍ほどに長い。

 城がある北端の小さな丘のほかに、中央部にも南北に長い丘があり、その地下は住居が集中する宅地にもなっていた。

 戦時の避難区域でもあり、内部通路はすでに家畜や家財道具の移動でごったがえしている。

 宣戦布告があって非戦闘員の避難猶予を与えられた場合、戦争相手の鎧といえども血で穢す失礼がないように、犬猫やニワトリなども避難地区である南側へ収納が急がれた。


 兵甲部隊も鎧を使って備蓄品などの運搬をしているが、避難指揮を専門にする隊は甲の表示色が灰色で、紋様のみ紫色の蔦を表示している。

 灰色は販売商品をはじめとした無所属を示す色で、紋様があれば国家所有であっても戦争には参加しないで、非戦闘員の防衛のみを行う隊を示した。


 表示が青色のままのギアルヌ兵士団も多く手伝いに加わっていたが、その中で生身のクローファは老人や子供たちに囲まれてニコニコしていた。


「ぼうやまで戦争に参加するのかい? いくら鎧に乗っているからって……」


「というか兵士団に入っていたの? あなたの『03』犬鬼はてっきり、農作業専用かと思っていたけど」


「いや北側の人は知らないかもしれんが、こんな顔でもわりと腕は立つんだって。なあ? これも持ってけ」


 クローファの両手はすでに夏みかん、トマト、ゆで卵、豆菓子の袋であふれ、そこへ干し芋も足される。

 外部との出入り口にビスフォンの『02』犬鬼を見つけると、うれしそうに餞別の品を見せた。


「急で悪いけど、うちから大きいやつ運ぶから、犬鬼部隊の手を借りたいんだ。このあたりの指揮は……ギニッサさんがやってる? じゃあ部隊の連中を集めといて」


 アリハの兄ギニッサもアズアム居住区の自警団を率いて加わっていた、

 ビスフォンが許可をとる間に、クローファは犬鬼たちを食料でおびきよせる。



 城とは別に、兵甲の巡回拠点となる小さな格納庫は本島に三つあり、アズアム族の居住区域にもひとつ備わっている。

 他の拠点とは異なり、整備資材が犬鬼用に偏り、すぐ前の訓練場は子供たちの遊び場も兼ねていた。


「動かない騎甲を運ぶから、通り道を空けておいて」


「ういっす」


 頭数の増えた犬鬼部隊はビスフォンの指示で手分けをして、アズアム集落の集会場や格納庫の周辺を片づけはじめる。

 しかし一匹だけ無言の『03』犬鬼はビスフォンの『02』にくっついたまま、落ち着きなく周囲を見回していた。


「おいクローファ……留守中にどれだけ怖い目にあったか知らないけど、もう騎士団だって大忙しだから、こんな所までミルラーナさんが来るわけないだろ」


「う、うん……ねえ……これから空賊とかより、もっと強くて、もっとたくさんの鎧が襲ってくるんだよね?」


「たぶんね。でもやりかた次第で、少しはどうにか……大国でもアリハほど動ける騎士はめったにいないらしいから。あとはオレの『戦魔女いくさまじょ』に、少しでも修復の手がかりがあったらなあ?」


 格納庫へ入ったビスフォンはぶつくさ言いながら鎧から降り、自分の研究室を片づけながら奥の壁を開ける。


「うちの『野犬姫やけんひめ』の身のこなしを活かしきれるような、機動重視の伝説級を使えていたら、最高の組み合わせだったのに……」


 片膝をつくカラス色の鎧を見上げ、何度目かもわからないため息をつく。



「外まで出しておきたいけど、この姿勢だと運びにくいか?」


 ビスフォンは犬鬼に乗りこんで脚をのばそうと引っぱってみるが、ゴムのように強い弾力でもどってしまう。


「クローファ、ちょっと中に入ってみて。胸部の動作や知覚の補助からして、搭乗者の有無は感知しているから、関節も少しはゆるむかも」


 困り顔のクローファはせかされて魔女の体をよじのぼり、細い管のつまった胴内へ全身を飲みこまれる。


「じゃあオレが引っぱるから、なるべく体をゆるめて、片脚をのばすように意識して。せーの……ふべっ!?」


 犬鬼が蹴り転がされて倒れた。

 起き上がると、戦魔女が振り上げた華麗な足先を凝視する。


「え…………動いた……?」


 カラス色の美脚は元の位置へもどされた。


「お、おい、クローファ!? 今の、どうやったんだよ!?」


 魔女の兜は沈黙する。

 くちばし型の長く鋭いひさしが、ひたすら横にふられた。


「いや今、首まで動かしているってば!?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ