表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/47

第24話 最後の帰り道


 第六海域では一般的に、騎甲部隊は三機が一組で小隊を組み、三個小隊で中隊、三個中隊で大隊を編成する。

 中隊長や大隊長の隊は連絡員などが足されて四~五機になることも多い。

 新人研修の場合にも新人、さらに指導員を足して四~五機になることがある。

 巡回でも危険性が低い現場であれば二機のこともある。


 ギアルヌのような小国では中隊や大隊を二隊で編成していることも多く、戦時でなければ二機だけの小隊をやや強引に増やしたり、しかもその片方は修理などの名目で『単機の一個小隊』という運用までしていた。


 兵甲部隊は小隊のさらに下に分隊があり、やはり基本は三機で一個分隊だが、騎甲部隊に比べると四~五機での編成も多い。


 騎士団と兵士団で分かれていても大隊長・中隊長・小隊長の上下は共通しているが、同名称であれば騎士団のほうが上の階級になっていた。

 騎士は新人でも兵甲の小隊長に次ぐ階級で、兵甲の分隊長より上になっている。


 鎧だけでなく人材も不足しているギアルヌで、まだ騎士学校に入る前で騎甲には触れたこともない、兵学校での成績や兵甲の適性が優秀なだけで強引に『騎士候補』にされてしまった場合でも、もし実戦で騎甲に乗れば兵士団の分隊長よりも上の階級として扱われてしまう。



 編成会議のあとも若手の騎士と騎士候補は残され、ミルラーナからさらに細かい指示を受けた。


「少しでも騎甲に乗る可能性がある全員をかき集めたが、それでも歩ける騎甲十三機の三倍に届かないとは……」


 大国では一機の骸骨騎甲に最低でも三人の正規登録者と三人の補欠搭乗者がつく。

 前線では一日中使いまわす運用や負傷なども考慮し、さらに四人くらいまでは増えることがある。


「……しかも集めた多くは引退者や引退間近、適性不足だった騎士候補、適性がありそうなだけで騎甲には乗ったこともない兵学校の生徒だ。ホーリン、スシェルラ、ミルハリアの三名はただの補欠ではなく、まったく後がないものと期待していい」


 当初は不満そうにしていた新人騎士三名も、だいぶおとなしくなっていた。


「……そしてメルベットさんは突然の実戦になりますが、よろしくお願いします」


「は、はい……」



 メルベットはデロッサが離反するよりも前から騎士に任じられていた若手のひとりで、練習では騎甲に乗っていたものの、空賊相手の実戦経験はない補欠だった。

 とりたてて目立つような成績でも外見でもなく、会議中はずっと、落ち着かない様子で顔を暗くしていた。

 ようやく休憩に入って解放されるとふらふら立ち上がり、同年代の少女にすがりつく。


「たちけて。私は一学年上なだけなのに、ミルラーナ様が先輩あつかいしていじめてくる~。あの子ら名家の優等生で、叙任は私と同期のくせに~」


「ちょっと、しっかりしてよ。鬼団長の一味につぶされないで補欠に入れただけでも、私らコネなし平民の中では出世組にまちがいないんだし……」


「うそだあ。私より成績よかったくせに兵站へ逃げやがって~。本当の優等生はデロッサ様に引き抜かれちゃったし、私なんか誘われもしなかった『いらない子』だと思ってるくせに~」


「それらしい話もなかったんだ……いや、でも、騎士団にしがみついていた自分のせいだってあきらめてよ。私なんか騎士学校へ入ったのも履歴に箔づけが欲しかっただけで、体を壊されながら殴り合うなんてまっぴらなの。こっちまで出番がこないように、鎧が壊れきるまでは倒れないでよ?」


「私だって、おかんに国への貢献を押しつけられただけで……うちは骸骨一匹だけを手土産に亡命した家系だから、気まずいとかなんとか……なんで私らなんかに騎甲の適性があるんだろね~?」


「鎧は乗り手にふさわしい心身を選ぶ……らしいけど、メルベットなんかを選ぶくらいだからなあ……」


「あの人間ばなれした気力体力求心力の『頑固姫』も、なぜか兵甲すらまともに動かせない時期が長かったし」


「まあ私らが知っている『聖神教典』の内容って、実際はグエルグングの研究者が出してきた注釈書でしょ? 多少なり昔の帝国の都合も入っているんじゃない? きっと解釈次第ではメルベットが選ばれる理由もあるんだよ。たぶん。おそらく」


「リルリナ様より私に適性を与える神様なんて、ギャグセンスの寒い邪神にしか思えねー」



 バニフィンは新人騎士ミルハリアに呼び止められる。


「失礼。バニフィン様のザグビム家では、領地の大半を国へ預けたそうですが……」


「ええ。戦争中の避難区域は本島の南側と指定されましたが、そのあたりで機能のいい土地を最も多く抱えているのが、私の家なのですよ~。戦争に勝てたら、デロッサ様が残したアルジャジア家の土地から、利子つきで返してもらえる約束ですけど、親族一同からは猛反対されまして……ほぼ私ひとりの脅しで無理矢理に放りこみましたけどね」


 バニフィンはデロッサの家に次ぐ名族の出身だったが、王女リルリナの努力と信念を追い続けたあまり、自分の家から削ぎ捨てられるものが多くなりすぎていた。

 デロッサ離反の直後から一族の権益や資産を王宮へ流し続け、祖父母や両親にまで警戒されていたが、ザグビム家でも異例の若さで重職への昇進を続けている実績をたてに、強引に抑えこんでいる……という噂はミルハリアも聞いていたが、世間話のように軽く認められてしまうと、目の前の小心そうな笑顔がかえって妖怪じみて見えた。


「……亡命、ですか?」


 さらには相談内容まで見透かされ、ミルハリアは心の中で舌打ちする。


「私の家の親族会議ではそちらに意見がかたむいていました。私を抜きにはできないはずですが……」


 浮遊島国家が滅びる場合、最低限の石棺しか持たされない流民となる前に、質のいい土地を多く切り離して持ち逃げする者も増えやすい。

 その場合は鎧の有無が空賊対策を分け、鎧と乗り手そのものが最重要の資産でもあり、亡命先での待遇も大きく変えた。

 ミルハリアは補欠騎士の中でも複数の騎甲に登録しており、訓練での使用も優先されているため、持ち逃げできる機会は多い。


「……バニフィン様と同じ条件で、家の土地を国へ放りこませてもらえませんか? この戦争、私が勝たせて出世するほうに賭けないとおもしろくないんで」


 ミルハリアがふてぶてしくほほえみ、バニフィンも楽しげにうなずく。


「なるほど。では私はその野心を後押しして、亡命の密告を受けつつも処分は保留とし、ミルハリアさんの賭けに乗れば不問とする約束をリルリナ様に通しておきましょうか」


「やけに話が早いですね……もしや予測していらっしゃいましたか?」


「いえ。デロッサ様の亡命以来、態度を決めかねて私の家へ相談に来るかたも多かったので……」


 それでなくともギアルヌの存続は以前から危ぶまれ、未来も急速に細くなっている。

 しかし宣戦布告から現段階までは、亡命を実行した住民はひとりもいなかった。

 浮遊島の住民は個々にも土地と住居ごと持ち逃げできるため、平民でも政治への影響力は小さくない。

 ギアルヌ王国は血縁者が王位を継承するが、その選出と時期の決定は貴族の議会が大きく関わり、貴族の議員も平民の支持がなくては地位を失った。

 そして国家存亡の折に大規模な土地の切り離しや移動をするにも、石棺の占有権を持つ多くの協力者が必要となる。

 今のギアルヌは王族……というより王女リルリナ個人の人気が高く、貴族領主は亡命しようにも領民の賛同を得にくく、それどころか即座に密告されかねない。


 しかしミルハリアの家は下流貴族で、領地も地位もそれほどではない。

 鎧だけを持ち逃げして亡命する利益が大きかった。

 騎甲一機と兵甲数機を持ち出せれば、他国へ売りこんで兵士団の分隊長くらいにはしてもらえる可能性も高い。

 一族の出世頭であるミルハリアは亡命という選択肢を自ら事前につぶして賭け金に換え、バニフィンはそのような貪欲を歓迎し、ひそかに尊敬した。


 ほかにも亡命する利益が大きい貴族家系もかつては存在していたが、そのほとんどは一族から代表的な高官がデロッサに引き抜かれ、下手に逃げるよりは留まって敗戦を待ち、亡命者のつてで領地が守られることを期待していた。

 そんな状況をバニフィンがもらすと、ミルハリアもぐいぐいと興味を持つ。


「引き抜きはデロッサ様がギアルヌを支配するまで、土地を目減りさせないための囲いこみですかね? でも最初から城をとらなかった不自然も合わせて、現状ではギアルヌ領民がこの窮地でもまとまる役に立っているような?」


「そのあたりはリルリナ様も察しかねているご様子でしたが……こういった方面ではミルハリアさんのほうが鋭いかもしれませんね?」


 バニフィンはミルハリアのやたら活き活きとしてきた顔を見て、いちおうは褒めておく。

 そんな自分がミルハリアにどう思われているかは知らない。



 そんなふたりが含み笑ってひそひそ話し合う姿を遠目に見てしまった新人騎士のホーリンとスシェルラは、気まずそうな顔をしていた。


「なにやらとても怖いものを見せられてしまった気がするのであります」


 ホーリンはつい神へ救いを祈るしぐさをとり、スシェルラも無言で二度うなずく。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ