第23話 片道の祭
ギアルヌ軍の帰路でも、ズグオツーク公国のマミュアス将軍は領空通過の間に自艦を並走させて可能な協力案を捻出した。
「参戦はできなくとも、巡視で牽制するだけでも連携できないか、ゾツークとグオツークにも打診しております。焼け石に涙三滴ですが……あきらめないであがき続ければ、奇跡の可能性は残るかもしれません。良くも悪くも。だからこそやっかいとも言えますが……」
グオツーク公国のサタライル将軍はリルリナたちを無事に帰還させた。
「百機近いグエルグングの砲撃部隊に囲まれた時は、とっさに離陸したくなりましたけどね」
ゾツーク公国のスミエラ将軍は空賊対策の援軍を撤収させる。
「あんたそれ、マヤムート将軍が出てこなかったら逃げておいて『あとでお迎えするつもりでした』とか言ってたでしょ」
ギルフ王国のニケイラ王女からは宣戦布告の連絡が届いていた。
「まあ私もぶっちゃけ、宣戦布告がゾツークじゃなくてギアルヌと確認できてひと安心とか思っているけど……おっと、私は最後にお墓だけ、急ぎで寄らせてもらえます?」
第六海域では一般に、遺体は石棺に納めて水葬する。
城や都市がある大きな島の四方には墓碑用の石棺が置かれ、その方角の海に葬られた者を追悼する場になっていた。
島の北側は城を置く方位とされ、王族などが葬られる方位でもある。
ギアルヌ本島の北側墓碑は城壁内部の裏門近くにあり、記録機能を検索すれば王妃ソルディナの名も表示確認できた。
スミエラ将軍は祭壇として飾られた壁の一面へ、そっと触れて黙祷する。
「……リルリナ様の母君には助けていただいたことがあるんで。私が国でごたごたしていた時に……今もしているけど」
スミエラ将軍は来た時と変わらない疲れた目で、リルリナをじっと見る。
「ソルディナ様に、似てきたかな。あのかたもいろいろすっとばして騎士団長になって、がんばりすぎていたけど……リルリナ様は、孫の顔を見ないとだめですよ?」
リルリナは返答に困り、苦笑して首をかしげる。
「まだそういう実感はないか。私もえらそうなことを言える立場ではないですけど、今のリルリナ様くらいの年齢のとき、ソルディナ様からいただいたお言葉なんで……なのになぜか今も独り身のまま、やばい年が近づいても逃げられない仕事ばかり増え続けているこのザマはなに~?」
両将軍が去ってすぐ、リルリナは迎撃準備の指揮に追われながら、あらためて心もとなさを感じる。
支えてくれる臣下は多いが、上から導いてくれる存在を失っていた。
いちおう父と姉は城に生息しているが、今の状況へ安心をもたらす方向性は持ち合わせていない。
これほどの窮地に頼って相談したい相手こそ、今は敵軍にいる親友のデロッサであり、親交のあったニケイラ王女であり、模範としてきた英雄姫フォルサだった。
「お母様……」
リルリナの印象に残る亡き王妃ソルディナは国中から頼られる騎士団長としての勇姿ではなく、その結果としてやつれきり、頼りなく娘たちへ苦笑するばかりの、弱い母親だった。
その反発で姉ロゼルダは真逆の方向へ突き進んでしまい、リルリナは幼いころからギアルヌに残された希望として、国中の期待を寄せられていた。
苦しかった。
それでも母から受け継いでしまった国家の重責は捨てようもなかった。
同じように若くして国を背負っていた王女がニケイラであり、ニケイラが語ってくれたフォルサ王女だった。
そしてデロッサだけは、同じ苦しみを自分以上に進んで背負い続けてくれた。
現状の巡り合わせを悲しむより、彼女たちへの敬愛を握りなおし、それに恥じない自分を組み立てるべき……わかってはいても、まだ重い一歩ずつを踏みしめる。
玉座の広間で編成会議がはじまり、リルリナは片隅で高官たちとひそひそ話しこむいっぽう、図表が表示された壁の前にはミルラーナと共にバニフィンが立っていた。
「将軍級の洞鬼騎甲が完全な状態でもどってきたことも含めて『お買い物』の成果は良好でしたが……それでもまともな騎甲は六機だけです」
騎甲の割り当て表にある新人騎士はアリハだけで、ほかの若手は少し以前から補欠に入っていたメルベットだけだった。
第一小隊
馬人騎甲 アリハ
骸骨騎甲 バニフィン
骸骨騎甲 メルベット
第二小隊
洞鬼騎甲 ミルラーナ
骸骨騎甲 ルジーア
骸骨騎甲 マーピリー
さらに骸骨騎甲だけ三機の第三小隊・第四小隊もあるが、三角印とバツ印がつき、どちらも引退が近いベテランや、引退から復帰した騎士の名で埋められていた。
最下部には所属部隊のない渡守騎甲とリルリナの名だけ書かれている。
さっそく新人騎士ホーリンが全力で挙手した。
「バニフィン様!? 自分たちが兵甲とは、どのような意図でありますか!?」
「あくまで初期配置です。交代の可能性が高い前提で準備をしていただきます」
引退組からうっそりと、大柄な女騎士ルジーアが片脚を引きずって前に出る。
「若いうちは、少し休めば無理をできるようになる。だが鎧の傷は神経を痛め続け、負担を重ねた部分は症状が重くなり、長引くようになる」
以前に大隊長だったルジーアは姪のミルラーナのように横柄ではないが、静かで重厚な口ぶりは反論を許さない。
自分の片脚をさする。
「鎧を切断された部分は、深刻な後遺症が残りやすい。鎧を着ても実際の手足は胴におさまっているが、肉体はそう思わない。打たれた部分は炎症が発生するように、切断されたものと感じた急激な反応は、重大な損傷をもたらす……私は運がよかった」
それだけ言って引き返してしまい、足りない言葉をバニフィンが探す。
「まだ『負傷の経験』が少ないかたは、少しでも遅らせたほうがよいと判断しました。自身や同僚の人生が壊される中でも判断力を保つには、慣れくらいしか緩和できない……気がします。どうなんでしょう? ラフーボさんは候補生の教官も務めていますし……」
バニフィンは引退組のひとり、ソバカスの残る短髪女性へ視線を向ける。
「年配の私たちを犠牲として見せておくことは賛成です。先に若い新人がつぶれたら困るし……けど私の痛めている腰だと、騎甲をまともに活かせるかどうか。ライッシャだってもう……」
隣の女性は困ったように首をひねる。
「私は三十も近いし、兵甲ならともかく、騎甲の動きはもうはっきりと落ちています。それに正直、怖いですね。今はなんともありませんが、手足を動かせない全身不随が半年も続いたことが引退の原因で……同じ症状だった母は、二年も耐えて生きてくれたのに、私は一ヶ月で殺してほしいと頼むようになっていました」
新人騎士たちの表情はずっしりと重くなるが、年配組は抱えている後遺症を口々に自慢し合う。
ミルラーナが挙手して制した。
「先輩がた、そのあたりで。まともに歩ける体で三十路に入れた勝ち組は特に静粛に。ラフーボさんの第三小隊、ライッシャさんの第四小隊は今のような事情もあるため、状態の悪い機体と搭乗者でリルリナ様の盾となり、軍隊生活の最後を飾っていただきます」
あまりの言い草に新人騎士たちは顔をこわばらせるが、指示された側はどっと笑っていた。
「主力のアリハにはバニフィンとメルベットがつき、私の部隊にはルジーアねえさんと……マーピリーさんの症状について、説明をいただいてもかまいませんか?」
視線を向けられた細身の女性は引退組でも特に若く、リルリナたちとそれほど変わらない年齢にも見える。
色白の細い顔で、表情はわずかにおびえていた。
「そう……ですね。教練中などに気がついたかたもいるかもしれませんが、意識がたまに、途切れています。たいていは数秒以内のようですが、まったく不意に起きますので……」
「日に数度もないのですよね?」
「自覚している限りですと、回数の増加はゆるやかです。しかし症状を意識するせいで、動きも萎縮しがちで……もう長い間、訓練指導ばかりだったことも不安です」
「萎縮してなお、私と互角ですか。ともかくも交代の判断はお任せします。補欠に充てるスシェルラは不安要素だらけの急造新人で、私やマーピリーさんほどの優等生ではありませんが、筋は悪くありませんので」
引退組からブーイングが飛ぶ。
「あなたは実技以外が延々と穴だらけだったでしょ!」
「演習だって、連携を仕込むまでにどれだけ苦労したことか!」
「いまだに礼儀作法と素行は……」
それらすべてはそっけない表情で打ち切られる。
「では、負傷するにしても有意義な負傷をこころがけて、ギアルヌのためにつくしてください」