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第22話 堕ちるも苦労


 交易都市ハイメガルの鎧市場にある出店喫茶もまた石棺で、一階は床や壁から椅子とテーブルがたくさん引き出されてにぎわっていた。

 奥の店主は背が高い道化女の注文を聞くと、カウンターの中へ通す。

 奥の壁に表示されている矢印へ白く細い指が触れて「上へ。『箱舟』」とつぶやくと、天井が開いて足元の床が上昇する。

 二階もテーブルが何台か壁から引き出され、十人ほどの少女たちが茶や生菓子を楽しんでいた。

 窓の外を見ていたひとりは七枚重ねのパンケーキへ二本のフォークを突き刺したまま、上がって来た道化女へ大きな目と口を向ける。


「フォルサ将軍様? ニケイラ様は野放しでかまわないのですかしら?」


「おや。そういえば私は監視役でしたっけ」


「もっともあの『鉄壁姫てっぺきひめ』様でしたら、私たちを背後からぶっ刺しなさる時すら、礼節と優雅を死守する曲者とは知れたことですわね!」


 巨大な縦巻き髪をふりまわすウェスパーヤの隣には二階席でも最も地味で小柄な三つ編み姿がテーブル上の表示をいじり続け、暗くよどんだ顔でぼそぼそとつぶやく。


「そしてやはりギルフの伝説級『地神騎甲アトラスアーマー』は修理が間に合わない程度に『壊されていた』のですから、ギアルヌ攻略で利益を上げるには、不確定要素が多すぎませんか?」


 壁際の床がノックされ、ニケイラ王女の不敵な笑みも上がってくる。


「どうも噂をされている気がしたのでね。リルリナ君にはフォルサ将軍の名前だけ紹介させていただいたよ?」


 フォルサはわざとらしく首をひねり、竪琴をパラリと鳴らす。


「ふん? で、そっちの君たちは、リルリナ様にごあいさつをしないでよかったのかな?」


 視線は奥の席の三人へ向けられる。

 長身のふたりに挟まれて座る長い金髪の少女は表情を変えない。


「なにか少しでも、私の予測と異なりましたか?」


「いやあ丸きり、デロッサ君の言うとおりでしたねえ? リルリナ様は王族や貴族の一部だけで亡命など、まるきり考えていないようです」


「ですから寄り道などしないで侵攻していれば、最小の消耗で最大の収益をあげられると、私は提言していたはずです」


 彫像のように整った顔が薄く嘲笑を浮かべ、フォルサも楽しげに指をさす。


「デロッサ君。今や人呼んで『悪逆姫あくぎゃくひめ』君。その案を採用させるだけの信頼を準備できなかったことは、君の手抜かりでもある」


「軍と政府の高官を合わせて七名、そのひとりは私の父……そこまで差し出した私をなおも怖がる厚ぼったい慎重がズアックの『能力主義』でしょうか?」


 小柄で目のクマが濃い三つ編みは、顔も上げないでぼそりとつぶやく。


「父親以外の六名は、ギアルヌから追い出したほうがよさそうな人物とも評価できますね」


 フォルサは小さくうなずき、デロッサのテーブルへ寄りかかる。


「しかも君の父親は、なにせ君の父親ですから……でもまあ、君やリルリナ君を生み育てた、ギアルヌという国には興味が出てきました。少しちょっかいを出してみたいかな?」


 ウェスパーヤは立ち上がってくるくると回りだす。


「フォルサ将軍様の伝説級でぶっぱなせばイケますわ! ギアルヌ軍にとっては相性がステキに最悪! 国宝『渡守騎甲カロンアーマー』まで驚きの残念ぶり! でも油断しない私たち! もとより勝敗ではなく、損得勘定の問題ですわ!」


 将軍フォルサは竪琴でペン、ペン、とぞんざいな合いの手を入れていた。


「赤字にしないのが大変なんですよね。騎甲を減らすことなく速攻制圧できるようでしたら、手間にも見合いそうですが」


 ウェスパーヤは両脚を踏みしめて両拳を握りしめる。


「ろくな獲物がない意地っぱりの貧乏小国、あなどりがたし! ですがこの掃きだめ前線には、功績に餓えた問題児が豊かにあぶれておりましてよ! とりあえず戦争さえおっぱじめてくださればしめたものですわ!」


 隣に座ったままの小柄な三つ編みがそっと挙手する。


「とりあえずですが、ようやく顔ぶれもそろいましたので、ご紹介をよろしいでしょうか?」


 デロッサは小さく肩をすくめて立ち上がり、まだ発言していない二階席の少女たちを見渡す。

 その多くはウェスパーヤよりさらに年下に見える幼さだが、目つきはどこか似ていた。


「ギアルヌ王国では騎士団長を務めておりましたデロッサ・アルジャジアと申します。こちらは従者のミュドルトと、ルテップ」


「これはご丁寧に」


「ステキでございますわね」


「こちらこそ、お手柔らかに死力をつくします」


 デロッサたちを歓迎する少女たちの言葉づかいやしぐさは、生まれ育ちのばらつきを感じさせる。

 しかし食肉家畜の質と量を探るような眼光だけは変わらない。


「どうぞよろしく」


 祖国を捨てた少女は表情を微塵も変えずに会釈を返す。



 ギアルヌ軍は多くの鎧を積みこんでハイメガル市から出港する。

 騎甲使いの少女騎士たちは鎧へ肉体を記憶させる『登録』を急ぎ、交代で中へ入ったまま過ごす。

 空き番では生身での修練も重ねた。

 格納庫で新人騎士たちの組手を見ながら、アリハは首をひねる。


「型はできてそうだし、バニフィンよりは筋がよさそうなのに……?」


「そのあたりはもう少し遠まわしに言ってもらえませんか」


 バニフィンも自覚はしている。


「あんだけやる気あるんだから、もっとガツガツ鎧でやり合わせたほうがよくねえか? 鎧のクセに慣れるだけでも、かなり強くなりそうだ」


「それはデロッサ様やリルリナ様もお望みだったのですが、騎士候補の親族の皆様が強く反対して……」


「こういう時に敵をぶちのめしてこその貴族様だろ?」


「実は私の父が反対の中心にいまして……今回の出発前にはどうにか納得していただけましたが」


 アリハはバニフィンの不穏な笑顔と手つきを見て『どうにか』の詳細は聞かないことにする。


「貴族様もいろいろと大変だな……といえば、うちの王女さん、ギルフの王女さんと会ってから、ずっとぼんやりしていたけど、だいじょうぶか?」


 アリハの心配そうな顔を見て、バニフィンはその思いやりになごむ。


「リルリナ様は幼いころから、ニケイラ様を実の姉君のように慕っておりましたから……いちおう血のつながった姉君も城に生息しておりますが……ともかくも、ちょうどリルリナ様にはお体を休めていただきたかったところですし……」


 そこまで言いかけたバニフィンの表情がこわばり、アリハは背後から近づいてくる足音の正体を察する。


「……訓練しなくては……」


 リルリナの顔にはまだ困惑も色濃く残っていたが、結論だけは確信したように力強くうなずく。

 アリハはバニフィンに腕を引かれ、王女の連行を手伝わされた。



「王女さん、まずは体を治さねえと……というか、頭を動かす気はねえかな? オレとやり合った腕からして、あんたがミルラーナより実力で劣るわけがないって、ビスフォンも言っててよ……」


 引きずられるリルリナがぱたと抵抗をやめる。


「……体質とか相性より、意識の問題だとか言ってた」


「ズアックのウェスパーヤさんも『意識がかみあっていない』と……しかし私は、騎士にふさわしい戦いを常に心がけ……」


「それだ。王女さんは戦場全体が妙に見えているというか、味方ぜんぶを守ろうと『見すぎる』クセがあるから、一騎打ちとか単独で突っこんだ時のほうが、動きがよくなるらしい」


「しかし戦場の状況は、指揮官として意識しないわけには……」


「だよなあ? どうすりゃいいんだか。ビスフォンのやつも頭を抱えていたけど」


 バニフィンはリルリナをベッドへ押しこめ、髪を整えるふりで頭を押さえつける。


「まずとりあえず、単独突撃は検討しないでください。すぐに忘れてください。そして今は、じゅうぶんに体も心も休めてください。だいじょうぶです。リルリナ様なら絶対にだいじょうぶです。自他の戦力はどうあれ、相手が誰であれ、戦略や戦況がどうあろうと、ひと休みすれば意志を固めてしまえる強さがリルリナ様の困った長所です。それでも人間である限り、なにかと限界はつきものですから。いくらリルリナ様のでたらめな体力でも、鎧ほど頑丈便利ではありませんから」


 バニフィンは負傷しているアリハも押し倒してシーツの重しに置き、指でびしりと『監禁しておいてください』と暗に上官命令を押しつけて退室する。



「たしかに兵甲をふりきって動いていた時には、数の不利に比べて不覚が少なかったような……?」


 リルリナは横たわったままでも脳内に戦略図を広げ、アリハはそれをどう片づけさせたものか困り果てる。


「なあ、あの道化女も言っていたけど…………いや、やっぱいいや」


「え。な、なんです? 気になってしまうではありませんか?」


 意識はそらせたものの、アリハは弱々しい声を出す。


「いやその、オレだけじゃないというか、ギアルヌ軍のやつらはほとんどだろうけど……」


「はい……?」


「王女さんが無理をしてくれるのはうれしいんだ。それでみんなも、王女さんのために無理をしたがる……たぶん、ケンカで勝つためには、いいことなんだ。なにをしたって勝たなきゃまずいケンカなんだし……」


「は……い?」


 アリハがどうにか胸からしぼりだしている言葉は、リルリナに言い知れない当惑をもたらす。


「でもオレは、それが怖い。王女さんは、みんながやらかした無理を、みさかいなく背負っちまうだろ? それが兵隊をまとめるやつの役割だとしても……もしオレがそんなことを続けたら、自分が自分でいられる自信がない」


 リルリナはアリハの額に痛ましく残る腫れ跡を見つめた。

 あれほど迷いなく勇猛だった突撃隊長が、震えを抑えるようにシーツへしがみついている。


「私もその先までは……でもアリハさん、もしいつか、私が私でなくなりそうな時には、どうか友人として、私を正してはいただけませんか?」


 リルリナはアリハの手に手を重ねてみる。

 すると少しだけ、心も休ませる気持ちになれた。




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