第20話 歴史の価格
ビスフォンが憑かれたようにふらふらと広場の神殿へ近づき、アリハは介護者のごとく後を追う。
「あの羽根つき森人、すげえ色してんな?」
門前に立って鎧と兜をつけた優雅な細身は広げた翼と同じく白一色で、透明感のある光沢は角度によって複雑な虹色を見せている。
「似ているけど、すべての騎甲の原型機だってば」
台座には『天使騎甲』と記されていた。
「まだ土地がぜんぶ雲の上にあった大昔、鎧の軍事転用がはじまって、その完成型の『天使騎甲』は最も多く量産されたんだ。具体的なことは閲覧制限が多いけど、間接的な記述から推測すると、少なくとも数十万機は……」
「なんだその頭おかしい数は。あの白ピカだけで国が埋まるじゃねえか」
「億単位の可能性もあるよ」
「原始人どもの考えることはよくわからねえな……そんだけ好きなように鎧や石棺を作れたくせに、そのぜんぶでドンパチやらかして、ぜんぶ台無しにぶっこわすとか」
「しかも性能は伝説級。伝説級同士で数千数万の大会戦……」
「よだれをふけ……あのひょろい見た目でも伝説級ってことは、将軍級の大鬼とかをまとめてぶちのめせるのか?」
「砲撃性能や機動性がすごいから。もちろん、この広場に展示している機体はぜんぶ、修復不可能な抜け殻だけど……だけどほら、あっちは『天使大戦』の時代を終らせた聖神教団の主力機体だよ。騎甲を製造できなくなった末期に、壊れた天使を改修した機体だ」
ビスフォンが別方向からの誘惑に引き寄せられる。
「いや……あの白ピカをどう改造しても、これにはならねえだろ!?」
アリハの表現なら羽根つき大鬼ともいうべき狂暴な顔つきと獰猛な体つきの赤黒い悪魔像が隣の神殿でにらみちらしていた。
台座には『魔神騎甲』と記されている。
「装甲が厚くなって格闘性能も上がったけど、砲撃や機動の性能は下がっているよ。騎甲の動力はすべての機種で同じ規格だし……」
「同じって……向こうのバカでかいやつも?」
広場でも目だって大きな神殿に、三機の巨人が並んでいた。
森人騎甲や骸骨騎甲の全高はおよそ九メートルで、平均的な成人男性のおよそ五倍になる。
将軍級の大鬼騎甲はそれより頭ひとつ大きい十メートルで、人間基準の五分の一では、二メートルほどの巨体にあたる。
それよりさらに頭ひとつ大きい巨体が台座から見下ろしていた。
『百腕騎甲』は四本の腕を大きく広げている。
『独眼騎甲』は一つ目で鎚をかまえている。
『巨鬼騎甲』は特に太い腕を誇示している。
「同じ動力でも、活かしかたの技術が廃れたり制限されたりで、新しいほど雑になるんだ。あいつらは大きさを重視した伝説級だけど、あれでもまだ骸骨なみに速く動けるんだよね」
「死んでてよかった」
「生きてて主力だよ。元は三機ずつあった機体で、今でもグエルグングの大騎士が一機ずつ預かっていて、ズアック連邦との前線では恐れられている」
「まあ、それならそれで。いつかやり合うとしたら、壊しがいもありそう、かな……やっぱしんどそうだ」
ほかの新人騎士たちも講義を聞きながら、アリハ以上に顔をこわばらせていた。
「聖神暦がはじまると鎧の改造まで規制が進むようになって、残った魔神騎甲の保有数を競う『悪魔大戦』の時代に……でもその末期にグエルグングは修理技術の幅を広げて、生産量が少なかった多種多様な鎧を活用したから、第六海域を制覇できたのに、それが今じゃ……」
力説を続けるビスフォンは兵士部隊と共に別行動をとって神殿のひとつへ入り、その背をリルリナは不思議そうに見つめた。
「騎甲に詳しいとはお聞きしておりましたが……あれほどならたしかに、もっと早く研究を支援すべきでしたね?」
「あいつは両親とも鎧乗りで、親父は整備士もやっていたから」
アリハは王女の評価に声を明るくする。
「親が死んでからはオレの家にひきとられて、鎧のことばかり考えるようになっていたんだ。だからオレも鎧に乗りはじめて……あいつ、オレが鎧をうまく動かした時だけ声を出しやがったから」
周囲の展示品へ目をこらしながら、ついでのように話す。
「ビスフォンさんのため……だったのですか?」
「親父や兄貴が乗っていたから興味はあったし、続けたのは鎧やケンカが好きなのもあるけど。でもビスフォンのやつは生まれた時から隣の家だったし、ずっと遊び相手だった子分が、いきなりなにも返事をしなくなったら、むかつくだろ?」
「はあ……それはおいくつのころだったのでしょう?」
「鎧に乗れたから、五歳は超えていたはずだけど?」
鎧は軍の主力兵器で、大型の重機でもあり、多くの国家では訓練であっても十二歳なら早いほうだった。
しかし蛮族や空賊と呼ばれる流民集団では、搭乗者の不足などから十歳前後で乗りはじめる者も多い。
広場からのびる大通りには鎧工場が並び、広い敷地には多くの鎧が陳列され、あちこちで値段交渉の火花をちらしていた。
「え。鎧って、こんな風に売られてんの?」
「故障のない機体は帝国軍の専売になります。この市場の機体は帝国でも修理できない故障がある払い下げ品で、兵器ではなく作業用重機のあつかいですね。半壊品はたいてい、自動修復が遅かったり損耗も早かったりしますし……」
それでもリルリナは値札や故障状態の表示に目移りしていた。
「うちの地区にもあちこち壊れたワンコロがいるけど、あれって荷運びや練習相手なら使えるし、もう少しマシで安いやつなら、巡回の補助に使っても……え?」
王女と新人騎士たちがそっと顔をそらし、バニフィンがアリハにそっと耳打ちする。
「ギアルヌが公称している鎧の保有数ですが、実はかなりの割合が……」
「そうか……格納庫の奥にあったボロいやつ、出し惜しみじゃなくて、見せびらかしたらまずいだけだったのか……」
「デロッサ様がズアックへ渡ったのでもはや筒抜けとはいえ、いちおうは国家機密ということで」
売られている兵甲のほとんどは小鬼、豚鬼、犬鬼の三種で占められ、小人などはたまに混じっている程度だった。
「空賊の連中が使うボロ機体も、こういうところで買ってんのかな?」
「それもあるかもしれませんが、ほとんどは闇商人です。グエルグング貴族の一部は機体の横流しから密売まで仕切っていて、空賊がよく使う豚鬼兵甲は半分以上、場合によっては九割近くがグエルグング経由とも言われています」
リルリナは他国の暗部については力強く解説した。
「宗主どころか、空賊の親玉じゃねえか」
騎甲になると、売られている機種は骸骨の割合が圧倒的だった。
「数の多いほうが運用には効率的で、安く済みますからね。ほかの機体は性能に比べると、どうしても割高になります。馬人騎甲に限っては機動力がなにかと便利なので、少しは確保しておきたいですが」
入国直後に寄った帝国公営の修理工場で、すでに主な売買は済ませていた。
空賊から鹵獲した鎧でも、豚鬼兵甲はほとんどが売却されている。
自国で修理しきれる機体だけが演習相手としてわずかに残されていた。
空賊の使っていた骸骨や鳥女の騎甲も、整備状態が悪いために売却されている。
そして小国ギアルヌが購入で悩む点はたいてい機種ではなく、最も安価な骸骨騎甲と小鬼兵甲のバランスだけだった。
ただし今回は犬鬼兵甲も少しだけ追加している。
バニフィンは時おりリルリナの指示を受け、市場の店主となにかを話しこんでいた。
アリハは王女の止まらない目移りが、ただの興味ではなく真剣な追加購入の商品あさりだと気がつく。
「速さなら鳥女は? 骸骨とそんなに変わらない値段だろ?」
「打ち合いで骸骨に劣るようでは、さすがに巡回でも使いづらいですから。迎撃を考えないで、警戒や伝令だけに使える余裕があればよいのですが……」
四足獣の形状も置かれていたが、アリハはその中でも獰猛そうな犬型の機体に目をとめる。
「あのでかい犬、定番の砲撃機体ってビスフォンから聞いたけど……四つ足なんて使いづらくねえのか?」
機体が寝そべる床には『魔犬騎甲・砲撃不可・前脚に難あり・最終値引き』と表示されていた。
「馬人の体型を即座に使いこなしたアリハさんがなにをおっしゃりますか。それに砲撃さえ使えれば、格闘はできなくとも戦力になりますので、機動力のほうを重視することも多いのです」
「たしかに『森人』みたいな砲撃機体が馬人みたいに速く逃げまわったら、それだけでウザすぎてやべーな」
「それができる機体の中では『魔犬』が最も買いやすいのですが……やはり砲撃戦術そのものが、部隊規模を前提とした贅沢品ですね」
「もしかして、前の騎士団長の機体も……」
アリハは言いかけて、リルリナが眼前いっぱいに旧友の顔を思い浮かべたことを察する。
その表情が笑顔を装うまでも早すぎて心配になった。
「……デロッサの大鬼騎甲も、将軍級の中では定番の廉価品です」
「……あらためて、かつかつだな」
「実は国宝の渡守騎甲も……」
「え。どれだけ安物でも、いちおうは伝説級だろ?」
「ビスフォンさんも言っていたとおり、伝説級は極端な機体が多いのです。標準とされる『魔神』であれば『大鬼』に強力な砲撃と鳥女なみの機動性がついて、全体にもやや上の性能ですが……」
「ひでえな。大鬼でも三機で囲まないと勝てねえわけだ」
「逆に言えば『魔神』が相手なら、そのような予測を立てやすいのです」
「ん? どゆこと?」
「例えば、巨人型でも最大になるギルフの国宝『地神騎甲』は耐久性が高すぎるため、三機の大鬼で囲めたとしても、削りきる前に全滅します」
「ひでえ」
「しかし特徴を知られてしまうと……『地神』は機動性が極端に低く、砲撃もできません」
「そうなると足の速い砲撃……将軍級でもないワンコロ砲台が、遠巻きに囲み続けるだけで倒せちまうの?」
「はい。『伝説級』はたった一機で常識はずれの勝利を導くかもしれない反面、非常識な欠点を抱えて運用が難しいことも多いのです」
「じゃ、じゃあ『眠っていたほうがいい』とか噂されてるうちのお宝って……?」
バニフィンが割りこんで即座に「最悪です」とささやく。
「いえ、そこまでは。あくまで私の活用次第で……」
「そこが最悪なのです。あれではまるで……」
コソコソと言い合いをはじめたふたりが不意に言葉をとぎらせ、工場のひとつへ運ばれている機体に目が釘づけになる。
広場にあった三機の巨人よりもさらに背が高く、全身が倍ほどに厚い威容がそびえていた。
「なぜギルフの『地神騎甲』が、ここに……?」
ふたりは次に、その近くの雑踏を歩く軍服の女性に気がつき、反射的に駆け寄る。
「ニケイラ様!?」
男に近い長身がふりかえり、笑顔を見せた。
「やあリルリナ君。ひさしぶりだね」
「あれから、いったい……あの、そちらのかたは、少し後まわしにしていただけませんか?」
客引きらしき派手な格好の道化がニケイラにつきまとい、邪魔になっていた。
「君こそなんです? わりこみですかね?」
アリハはふと、道化女の足さばきが気になって間合いを詰める。
クローファの静かな身のこなしと似ているように感じた。
「ふむ。バニフィン君の居ずまいは、目を引く端整までそなわった。はじめてお目にかかる君たちも、情熱にあふれた目をしている……名乗らせてもらおう。私はギルフ王国の第一王女で、騎士団長も務めているニケイラ・ギルフという者だ」
顔も声もりりしく、表情と言葉は優しく、立ち姿としぐさのひとつひとつに隙のないきれがある。
「ここにはギアルヌ王国へ侵攻する準備に来たのだよ」