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第19話 轟然たる卑屈


 砲撃機体の大部隊に囲まれ、アリハの動悸は速まっていた。

 リルリナから聞いていたとおりに、砲撃がかすった部分は痛みがそれほどでもないのに、思ったよりも動かしにくくなっている。

 そしてじゅうぶんに痛みが激しい頭は、視界のぐらつきがなかなか止まらない。


「抵抗をやめなさい!」


 リルリナの骸骨騎甲スケルトンアーマーは一喝し、起きかけた敵の膝へ剣をたたきつける。


「ぐ……ぎ……っ」


 ふたたび倒れ転がった森人騎甲エルフアーマーはくぐもった悲鳴を吐く。


「動けば手足を砕きます!」


 リルリナが宣言した直後、敵がわずかにずらした腕へ、バニフィンの骸骨騎甲が即座に剣をふりおろした。


「げあ……!?」


 その冷酷さに両軍が硬直する。

 ギアルヌの新人騎士たちの表情は兵甲の中で確認できないが、アリハにはとまどいが伝わってきた。

 ギアルヌ軍は空賊に対しても余計な傷は負わせない。

 自分や仲間へ大ケガを負わせた強盗犯に対してでも、捕縛に不必要な痛めつけは処罰される。

 まともな国家であれば常識的な騎士道精神だったが、それをたてまえにとどめないで厳守する伝統が、良くも悪くもギアルヌらしさとされていた。

 骸骨騎甲たちの表情もわからない。しかしアリハは自分の負傷を気づかわれて、リルリナとバニフィンが冷酷な威圧に徹していると気がつく。


 六機の森人エルフを踏みつけて二機の骸骨剣士が刃をつきつけ、その周囲では小人ブラウニーの群れが、小鬼の群れから同じようにあつかわれている。



「どうにも凄惨な光景であるな」


 包囲の大部隊から単機、将軍級とわかる迫力の騎甲が進み出る。

 大鬼騎甲オーガアーマーに比べると背はやや低いが、肩と胴部は大きく広がり、角や牙はない代わり、豪胆そうなヒゲと戦士装束で片手斧を提げている。


「グエルグング帝国の大騎士マヤムートである。そちらはギアルヌ王国第二王女リルリナ様とお見受けした」


 胸部を開いて現れた女性は大きく波打つベージュの長髪を束ね、濃い褐色肌は肉づきもよく、居ずまいの貫禄だけでギアルヌの兵甲がたじろぐ。

 リルリナの骸骨騎甲もわずかに驚きを見せるが、静かな声で応じる。


「マヤムート将軍……まさか帝国の筆頭大騎士とこのような形でお逢いするとは、残念です。この事態は私たちが身を守るためにしかたなく、最低限の対処をした結果です」


「そちらの言い分も聞くが、まずは武装を解いていただく。ここは帝国の領内であり、そこで我が軍の部隊と交戦した以上はやむをえん」


「ではこの者たちのふるまいは閣下の、ひいては帝国の、ギアルヌへ対する正式な対応ということでしょうか?」


「貴国の窮状は聞きおよんでいる。しかし帝国の体面をないがしろにされては……」


「その窮状を知りながら、入港許可の約定も裏切った襲撃を認めるようでは、すでに宗主国たる体面を自ら放棄されているのでは?」


 大騎士マヤムートは眉間に深くしわを刻み、がっしり腕を組んで黙りこむ。


 森人騎甲の一機が、笑いをこらえていた。


「まさかギアルヌごときの弱小国が、大グエルグングを敵にまわして、何日もつ気でいるのです? あっは!」


 大きなため息が聞こえた。帝国の大騎士が、肩をぐったりと落としてうなだれていた。


「おおよその事情は把握した。そこの者たちは軍規違反で拘束する」


 森人たちが驚いた様子で顔を上げると、大騎士の暗く重い眼光が待っていた。


「これでも職務には最低限の誇りを求める者である」


 リルリナが自軍を後退させると、マヤムートは鎧を閉じ、森人たちへ攻撃のねらいをつける。


「なんであれば役職にかけて、名家のご令嬢がたへ反逆の疑いを追加してもかまわぬ!」


 同時に三発の弾丸が打ち出され、森人たちの足元へ一発ずつ炸裂した。


「なおもその鎧に居座るなら、帝国への交戦意志ありと判断する!」


 森人の乗り手は次々と胸部を開き、生身をさらして自軍へ逃げこむ。



番妖騎甲スプリガンアーマーだ……大鬼に近い格闘性能と、三発もの同時発射……でもそのぶん照準精度は落ちるのに、すべて正確に?」


 ビスフォンは小声で解説するが、マヤムートはふたたび胸甲を開き、そのままリルリナの剣が届く範囲まで近づいた。


「そちらの船の中でなら、腹を割って話せるように思える」


 マヤムートは自軍へ待機を命じたまま、リルリナと共にサタライル将軍の船へ乗りこむ。

 そしてギアルヌ軍に囲まれたまま、自分から先に鎧から降りた。

 リルリナもすぐに続き、護衛は遠ざける。


「自分とて、あの馬鹿たれどもをかばいたいとは思わん。しかし形だけでも合わせてもらえまいか」


 大国の将軍は眉間にしわを寄せたままで、リルリナも仏頂面で対峙する。


「ここまで国の尊厳を踏みにじられるようでは、もはやギアルヌもギルフに続き、率先してズアック連邦へ従属する道も検討せねばなりません。そしてズアックが多少なりとも体制の改善に乗り出すなら、第六海域の宗主はいずれへ決すべきか、諸国にも伝わることでしょう」


 にらみ合っての沈黙が続いたあと、マヤムートが目を伏せてうなる。


「む~、まさにそれである。我が国にはそのような流れをあなどる輩が多い。こういった難儀な相手が、ほうぼうにうごめいておる情勢を肌で感じておらん……落としどころは?」


 ようやく声と表情の固さがわずかに薄らぎ、ものを頼む態度に近づく。


「ご存知のとおり、国家の危急に戦力の調達へ来て、大事な鎧と乗り手を傷つけられました」


「かといって、当方がただ鎧を進呈し、自国の非ばかり内外へ知らせるわけにもいかぬ。で、あるからして……」



 包囲が解かれ、マヤムート自身がギアルヌ軍の手続きに同伴する。

 入国させてからの分かれ際には王女リルリナから笑顔で握手を求められた。


「帝国でも有数の尊敬すべき大人物と、多くのかたから聞きおよんでおりました」


 マヤムート将軍はふたたび眉根を深く寄せ、はじめてかすかに笑う。


「鬼団長デロッサどのも食えぬ相手であったが、代わったのが頑固姫では楽になっておらん……いや、うれしく思っての言葉である」



 リルリナたちはまず空港に隣接した整備工場へ向かい、整備兵たちは書類を確認して騒ぐ。


「これは……かなりの儲けになりますね?」


 アリハたち新人騎士たちはこっそりとバニフィンに解説をあおぐ。


「すりかえる?」


「さきほどの賠償として新品の鎧をいただきますが、同じ数の損傷した鎧をあちらへ渡し、軽度の修理を依頼した扱いにします」


「重い故障が安く『一瞬で全快』するわけか」


「書類上はそれらしい修理期間を記入するようですが、帝国は機体保有数が多いため、ごまかせてしまえるようですね。しかも以前に預けていた機体も同じ処理をすることで話がまとまったので、費用がまだかなりかかるはずだった将軍級は丸もうけに近いです」


 ギアルヌはなにかしら故障を抱えたまま運用していた鎧が多く、今回の戦闘前から損耗していた機体まで、ほとんどを交換に指定した。

 整備兵たちは「どうせ帝国は自前で修理できるし、いつも修理費をふっかけられてんだから遠慮しなくていい」と意見が一致し、リルリナが最も深くうなずいていた。


「それって、うちの王女さんがおどしたから、グエルグングの大騎士さんが上に黙ってちょろまかすのか?」


 バニフィンはアリハの前髪を上げ、砲撃による腫れ跡を見てほほえむ。


「この傷のぶんですから、高くはありませんよ。それにズアック連邦と戦うための機体ですから、宗主国を自称するなら本来は当然なくらいです」


「ん……でもあの大騎士はともかく、あんなチンピラくさい連中を玄関に立たせちゃ、威厳もなにもねえだろうに……」


「かつては本当に、グエルグングが第六海域の全国家を支配していたのですよ? しかし血縁の遠い家臣が勝手に皇帝を名乗り、諸国が一斉に反発し、今の混乱にいたります」


「家をぶんどったやつが族長ぶっているだけか」


「ところが、本家が途絶えた場合に皇帝を継ぐはずのゾツーク王国はグオツークとズグオツークに分離独立していた上、いずれも経済危機で継承権を抵当に入れて『公国』へ格下げになり、次の継承順であるギアルヌは軍備を縮小しすぎ、その次のギルフは継承をまったく想定していなかったので……」


「や、ややこしくておぼえられそうにねえ。でもつまり『みんなが納得する跡継ぎ』なんて、もういないわけか」


「ええ。そしてそれらの混乱にたまりかねた東の小さな国々がまとまって急成長し、いまや北と西の大国よりも侵略に熱心な『ズアック連邦』になっています」


「どうしようもねえな」


「マヤムート将軍はそんな中でもグエルグングのために泥をかぶる覚悟もある、数少ない『真の帝国軍人』なんです」



 鹵獲品の売却や機体発注の手続きも済ませると、兵士部隊の多くは大都市でしか購入できない雑貨、工具、鎧部品、香辛料などの調達へ向かう。

 いっぽう、ハイメガル市をはじめて訪れる数名の兵士は、騎士部隊と共に市の中心へ向かう。


 中央広場は幾何学模様の石畳が百メートル四方を越えて埋めつくし、囲んでそびえる石棺集合建築は壮麗な神殿風に変形されていて、ビスフォンは新人の少女騎士たちといっしょに立ちつくした。

 その様子を見たバニフィンも、はじめての来訪ではないものの、あらためて長いため息をつく。


「ミルラーナさんは『生産性に乏しい無駄だらけの形状』なんて言っていましたけど、ギアルヌにもっと浮力の余裕があれば、真似してみたい感性の豊かさですね?」


 リルリナは苦笑しながらも首をかしげる。


「私はここへ来ると、なぜだか故郷の城が懐かしくなってしまいます」


 ギアルヌの小城は小さな兵舎と格納庫をどうにか窮屈につめこんだ、野暮ったいつぎはぎの積み重ねだった。


「あの丘に頼りなくたたずむ姿は、どうにか皆様に支えられてきた我が国そのものに思えて、どうにも愛おしく、誇らしくさえ感じるのです」


 朝日や夕日の中で巡回しながら、どれだけ見上げても飽きない、どれだけ祈りを捧げても足りない、リルリナにとっては至高の『神殿』だった。




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