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第18話 謙虚な猛攻


 バニフィンとアリハは急ごしらえの砲撃訓練を終えて船室へ急ぐ。


「グエルグング帝国へ入るといっても、あの交易都市へ立ち寄るだけです。交戦状態にあるズアック連邦でもない限り、入港を受けつけています」


「なのに来たやつを砲撃したり、別の国境では小さな国をいじめまわってんのか?」


「諸国は従って当然、そうしなければ処罰して当然と思っていますからね。商取引すらお互いの利益ではなく、あちらの『寛大な慈悲』だそうです」


「なにさまだよ」


「宗主国を自称していますが、それを認めている国はほとんどありません」


「宗主国って?」


「多くの国々を従える国家が『帝国』で、帝国の中で支配権を持つ国のことです。あちらの理屈では、ギアルヌを含めた諸国は帝国の一部で、グエルグングが自治を許可しているだけの臣下なんです」


「むかつく野郎だな……でも今は、そんなマヌケも利用するしかないわけか」



 貴賓室に声をかけると、少し遅れて返事がくる。


「どうぞ入ってください……こんな格好で失礼します」


 窮屈にベッドと机があるだけの個室で、下着姿のリルリナは壁に背と腕をあて、噴射される蒸気を受けていた。

 バニフィンはその素肌を見回し、腫れ跡の回復具合を確かめる。


「今度こそ、しっかり休んでいただけましたか? いくらリルリナ様が頑丈がんじょうとはいえ……」


 アリハは自分が打ったおぼえのない部分にも、新しい腫れあとまでついていることに気がつく。

 自分が打たれた肩まで急に痛みがもどってきたように感じた。


「アンタそもそも、なんで城で寝てないんだよ?」


 バニフィンも深々とうなずくが、リルリナが苦笑して体を拭きはじめると、馴れた手際で手伝う。

 湿布が貼られはじめると、アリハは痛ましい傷を見せている白肌がいっそう神々しく見えてとまどった。


「アリハさんは砲撃に慣れましたか? 生身の刺し傷もやっかいですが……鎧による砲撃は、痛みがそれほど強くない場合でも動きに影響が出やすいため、直撃すれば剣と同じくらいに危険なものと考えてください。装甲の傷は小さく見えても、鎧や乗り手の回復は長くかかりがちです」


「もしかして、買い物先の連中とドンパチやらかすのはもうほぼ決まり?」


「港の様子からして、それなりの覚悟はしたほうがよさそうです」



 艦橋で兵士団の隊長たちとも合流すると、配置などがさらに細かく検討される。

 港へ到着する前には鎧への搭乗がはじまり、アリハは待ち受ける大部隊を嫌そうに見渡す。


「ほぼ殴りこみだな」


 バニフィンも長いため息をつく。


「それくらいの勢いでないと、担当の指揮官によっては砲撃が威嚇で済まなかったりしますから。あの交易都市を私がはじめて訪れた時には、デロッサ様が先頭に立って……従者のミュドルトさんとルテップさんまで鎧を開いたまま『ケンカの口実を探しています』と言いたげな笑顔を見せて相手を黙らせていました」


 その時のバニフィンは演習期間を終えていたものの、まだ兵甲部隊に正式配属されたばかりだった。

 敵だけでなく、自軍の司令官と先輩騎士たちにまで恐怖してあとずさってしまう。

 隣で同じく兵甲に乗っていたミルラーナに腕を捕まれ、自分たちの隊長だった王女リルリナまで鎧を開けて毅然と名乗った姿で、どうにか踏みとどまれた。

 それからまだ、一年も経っていない。


 今日は自分が新人騎士たちを預かり、全ギアルヌ部隊の副官として、リルリナの背後すべてを任されている。

 そしてデロッサが去ったギアルヌ軍で『リルリナの背後』とは、ギアルヌ王国全土にも等しい。


「まあ私も、できる範囲で、がんばってみます。ます」


 小さく震えながら、ふらふらと自分の骸骨騎甲へ向かう。


「まあ、臆病者ですと、前に進めるだけでも上出来なんです」


 しかし新人のスシェルラとホーリンが足を止めて青ざめている姿に気がつくと、肩をたたいて気の抜けた笑顔を見せた。


「戦いの前は、おびえているくらいでちょうどいいんですよ? あとはもし逃げることなく立っていられたら、私よりは見込みがありますよー」


 新人騎士たちは複雑な表情になるが、肩の緊張は弱まり、足も動くようになっていた。


 そんなバニフィンの指導を遠目に見ていたアリハは、まじめに困った顔になる。


「オレにああいう芸当は難しそうだ……やっぱあいつ、なんだかすげえな?」


 同じく隣で見ていたリルリナは、うれしそうにうなずく。


「バニフィンには私もミルラーナも甘えてばかりで……私はもっと、しっかりしなくては」


「いや、アンタは休めってば」



 アリハは自分の馬人騎甲ケンタウロスアーマーへ足をかけるが、乗りなれてきたつもりの機体が、急に大きく重く感じられた。

 胸部を開かせ、体をさしこんで飲みこまれ、部隊の中心となる主力の騎甲と一体化する。

 上半身は全身甲冑の騎士で、右手に柄の長い剣を持ち、左の小手には短弓の浮き彫りがある小さな盾がつき、下半身の馬体も装甲は馬具を模して勇壮を調和させていた。

 高性能な将軍級ではなく標準の従者級騎甲だが、最も低価格な骸骨騎甲をひたすらに増やしたいギアルヌの財政事情では高い品物だった。

 それでも緊急出動や急使の成否を分かつ走行速度に優れ、司令官や貴人の脱出用途にもなり、見た目も含めて対外的な格好をつけられる国家代表者の様式としても保有されている。

 それがギアルヌの全騎士を押しのけてアリハに譲られていた。

 特にリルリナは騎士団長である上に王女で、国全体から崇拝に近い頼られかたをしているが、アリハのために自らは骸骨騎甲へ乗ることを選んだ。


「アリハさん、もしかして固くなっています?」


 新人騎士ミルハリアが小鬼兵甲ゴブリンスーツの胸部を開けたまま、じっと見上げていた。


「かもな。なんだかやけにうずくから、グエルグングのやつらには早くケンカを売ってもらったほうが楽なくらいだ」


「縁起でもない。あんな数の砲撃に囲まれたら、いくらアリハさんの動きがケダモノじみていたって……ん?」


「どした?」


「これだけ近づいているのに、誘導がありません」


 交易都市ハイメガルのある島は外周に多くの兵甲部隊が巡回していたが、港には兵甲三機の分隊がいくつか見えるだけで、ギアルヌの大型船に近づく部隊がない。


「来いと言っておきながら、船の止め場所を教えてくれないってことは……」


 アリハが顔を向けると、リルリナは小さくうなずく。


「ほかにも砲撃部隊が隠れていると思いましょう。お話した五つの想定のうち、二番目に悪い状態として対処します」



 格納庫には馬人騎甲を先頭に、左右には骸骨騎甲、それに新人騎士たちが乗る四機の小鬼兵甲が並び、さらにその後ろにも十機の兵甲部隊が待機していたが、小鬼の群れに一匹だけ混じっていた犬鬼兵甲コボルトスーツがトコトコ歩いてきて、馬人のひづめへ足跡をつけるように軽く蹴る。


「なに怖がってんだよ? まだオレの補助がないとダメそう? でもそうなると、オレが騎士様つきの兵士部隊に入れるチャンスかな?」


 ふりむいた馬人は犬鬼の鼻へ剣先を押し当てる。


「ビスフォンのありがたくて余計な世話はもういらねえっての。てめえは野郎だらけになった犬鬼分隊をうまくまとめる方法でも考えてろ」


「オレはアリハよりまじめに学科とかもやっていたから、そんなに問題ないってば……」


 犬鬼は引き返しながら鼻をさすり、剣のとどかない間合いでぼそりとつけ足す。


「……それに犬鬼分隊は、前から女っ気なんかなかったし」


「てっめ……!」


 そこかしこで含み笑いが起きる。

 いっぽうで左右の巨大骸骨は犬鬼の背を興味深く見つめた。

 リルリナもバニフィンも、ビスフォンの手際に感心していた。

 アリハの肩から余計な緊張が抜けたように見える。



 港はほかにも数隻の浮遊船が停泊していたが、その何倍も空きがあり、サタライル将軍の船は特に広く空いた場所へ接岸する。


「他国の船や鎧を傷つけないように細心の注意を」


 リルリナの指示で騎士部隊の三機が先に上陸すると、大きな建物から六機の騎甲と十六機の兵甲がわき出て近づいてくる。

 騎甲は六機とも細身の人型だが、骸骨騎甲よりも優雅なデザインで、長い髪と長い耳の女性剣士を模していた。

 左腕につけた小さな盾には短弓型の浮き彫りがついている。


「あの森人騎甲エルフアーマーは砲撃のついた骸骨スケルトンのようなもの……と言いますか、本来はあの森人エルフこそ騎甲の標準機体で、骸骨スケルトンはその廉価品になります」


 リルリナは静かに雑談をささやき、相手が一斉に武器を向けはじめると念を押す。


「そのまま」


 大量の発射音と共に弾丸が押し寄せ、先頭にいる馬人の手前で巻きもどる。

 撃ってきた鎧の群れから、軽薄な笑い声がちらほらと聞こえた。

 リルリナが一歩進み出る。


「私はギアルヌ王国の第二王女リルリナ・ギアルヌです。我が国の旗を見た上での砲撃は、どのような意味でしょうか?」


 森人たちは顔を見合わせ、向けている武器は下ろさない。


「意味? え、えーと、意味、だっけ?」


 森人のひとりが笑いをこらえながら声を出す。


「ギアルヌ、でしたっけ? そんな国はもう、とっくに滅びたはずでは? あれ? それはギルフだったかな? だから空賊かと思って、念のためですね……もし本当に王女様なら、お顔を見ればわかるかもしれないんで、鎧を脱いで出てきてくださいよ~!」


 そう言いながら、さらに第二射を一斉に放つ。

 その寸前にも、リルリナの腕は制止を指示して横に上げられていた。

 ほんの数メートル先で地面が巨剣で突かれたようにはじけ、瓦礫の雨がギアルヌ鎧の足元へばらまかれる。

 鎧の中でリルリナの両目は、相手の近づいた距離と、いくらか下げた武器の角度をすべて、騎甲と兵甲を合わせた二十二機ぶん把握し、まだ届かないと判断していた。

 アリハは間近に多数の発射を観察し、小さくうなずく。


「飛びこむまではなんとか……あとは自信がない」


「十分です。両翼から援護します」


 リルリナはさらに砲撃部隊が近づき、発射の兆候が見えた瞬間に合図をかける。

 二機の骸骨騎甲が左右に分かれ、砲撃部隊の第三射が動揺して広がり、馬人騎甲はわずかな乱れへ飛びこんでいた。

 着弾が一斉に地面をえぐる中をかいくぐり、アリハは真正面へ突進していた。


「バカかあいつ……!?」


 笑いまじりの声が四射目を号令するが、狙いは三機の騎甲にばらける。

 馬人へ向けて撃たれた弾丸は十発弱。アリハは一瞬に、ごく大雑把に弾道を直感して盾を突きこむと二発がはじかれ、残りは肩やすねをかするにとどめ、速度は少しも落ちない。


「なんだあいつ……!? あ、あれに! あれに集中させろ!」


 骸骨騎甲はどちらもすぐに下がっていた。

 特にバニフィンは慎重に、リルリナが見切っていた安全圏で様子を見た。


「これ以上にさがらなければじゅうぶん……踏みとどまれるようになった自分をほめておきますかねー」


 バニフィンの背後へついていた四人の新人騎士たちは事前に『最初は攻めるふりだけでいい』と指示されていた。

 兵甲では砲撃に対する回避性能も耐久性能も厳しい。

 そして新人騎士ミルハリアは、自分の足を予想外に重く感じていた。

 空賊相手なら実戦経験がないわけではない。

 しかしもし騎甲に乗っていたとしても、今の圧迫感は変わらないように思える。

 国家を相手に、自国を背負い、国交関係を左右しかねない重さだった。


「みなさんも無理のない範囲でー」


 それだけに、敵地で鎧の質でも量でも不利な戦闘中に気の抜けた声を出すバニフィンを不気味に感じた。


 バニフィン自身も妙だとは思っていたが、それほど驚かない。

 はじめてこの地へ来た時、隊長として威勢をはったリルリナは兵甲の演習を終えたばかりだった。

 鎧がなかなか体質に合わず、実際に鎧を使った演習期間は今のミルハリアたちの半分もとれなかった。

 実技以外は成績が優秀だったこともあるが、王族の身分を考慮されて昇進が急がれた『お荷物』のはずだったが、守るつもりでいた自分たちが守られていた。


「あのころから、リルリナ様より怖いものはそんなにないんですよね」


 リルリナの骸骨騎甲は背後に十機の兵甲部隊を従えていたが、弾丸をかわした直後、アリハからわずかに遅れるだけで単騎での突進をはじめていた。

 バニフィンはそれが『攻めるふり』ではないことを即座に察する。


「あんな度胸も判断力も反射神経も、私にはありませんからねー」


 そんな風につぶやきながら、砲撃部隊の射程範囲へ迷いなく踏みこんでしまう巨大骸骨の背中を新人騎士たちは信じがたい思いで見上げる。


「鬼団長デロッサ様が素であわてる姿なんて、あの時はじめて見ましたからねー」


 アリハは背後からの妙なつぶやきを聞きながら、集中砲火の的になっていた。

 止まらない馬人には三発がかすり、三発が盾から兜へ当たり、残り数発は外れる。

 あとは突撃に加わったリルリナへあせって向けられ、わずかにかすったように聞こえたが、足音は止まっていない。

 反対側の背後でも「わ、わたっ!?」と叫んだ声からして、バニフィンも少しは的になって弾丸をそらしてくれたことがわかる。

 アリハは頭に受けた衝撃で視界が少しぐらついたが、それでも相手は馬人の脚と剣を止めそこねた。


「少しだけ兵隊が足りなかったみたいだな?」


 森人たちは剣をかまえて戦おうとする者もいたが、その前に斬られ蹴られて二機がふっとばされ、うろたえてろくな応戦ができなかった二機も肘と剣の柄で倒される。

 直後にアリハも背中を斬られ、動きを止めてしまう。

 息もできない激痛をこらえて視線だけでも向けると、憎い相手はリルリナの剣に頭を割られていた。容赦なしに。

 敵の騎甲は残り一機で、剣をかまえて立ちすくんでいたが、そちらにもバニフィンが駆けつけていた。

 ただし目測を誤ったらしく、剣ではなく拳骨で殴り倒していたが、大事なのは結果である。


 さらには十六機もいた敵の小人兵甲が、一機もたかってこない妙に気がつく。

 リルリナも何機か蹴散らしていたが、王女の無茶を追いかけ慣れていた兵士団の精鋭が迅速に、砲撃の隙を狙って殺到していた。

 新人騎士もすでに四人とも加勢に来ている。

 アリハはギアルヌ王国の行く末に、かすかな光を感じた。


 足元の敵騎甲はもう少し殴っておかないとまだ起き上がりそうだったし、騒ぎを聞きつけた敵軍は百機近くも包囲に迫っていたが、まずは頭と背の痛みをこらえて息を整え、主君リルリナのために剣をかまえなおす。




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