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第16話 蛮勇の友好


 はじめて他国へ向かうアリハの指導も兼ね、バニフィンは同じ見張り順に入っていた。

 アリハは時おり見せる祈りの姿に限っては清廉高貴をにじませ、バニフィンはその姿にこそ神性を感じる。

 王女リルリナが巻き起こす畏怖や高揚とは異質な、静かに染み渡る感動だった。


「バニフィンさん、そろそろ時間です」


 ビスフォンの分隊が見張りの交代に甲板へ出てくる。


「はい。お願いしま……す?」


 連れていたアズアム族の兵士に、まだ初等学校の年齢に見える少年が混じっていた。


「だいじょうぶです。アリハもオレもこれくらいで自警団の巡回に入っていましたし、こいつなら城の新人より使えます」


 ビスフォンに紹介された少年は敬礼する。

 そしてバニフィンたちが立ち去ったあとで、ビスフォンの温和な笑顔をちらと見る。


「なんか昔の兄貴は、ギアルヌの貴族とは仲良くしそうになかった気がするんですけど……?」


「ん……まあ実際、嫌いだったからね」



 ビスフォンの父親はかつて整備兵だった空賊で、その子分だった中年男ふたりには今でも『ぼっちゃん』と呼ばれている。

 母親は代々の空賊で、ビスフォンを身ごもった時からアズアム族の世話になり、その恩義で従うようになった。

 母親や元子分は長老ドリスパと親交のあるギアルヌ国王にも敬意を払ったが、それ以外の、アズアムを蛮族と蔑んでいたほとんどのギアルヌ貴族に対しては『そこまで守る筋合はない』と考えていたし、ビスフォンもその感覚を受け入れていた。

 アズアム族はギアルヌ本島との接続で豊かになり、ギアルヌ住民への憧れを強める者も多く、いっぽうでそれに対する劣等感や反感はビスフォンに限らず多くの者が抱えていた。


 アリハの父、現族長のマスアド・アズアムはギアルヌ軍に所属することがないまま、アズアム居住区の自警団を率いていた。

 アリハの兄、ギニッサ・アズアムは自警団の団長を継ぐ前にギアルヌ軍の兵士団に所属していたが、昇進はもちろん、軍務への参加だけでもギアルヌ軍内での反発は強かった。


「アリハまでギニッサさんを追って兵士団へ入った時には、今よりずっとギスギスしていたんだ。オレはギアルヌの兵隊と波風をたてないために大変だったし、今でもアリハのぶんまで腰低くしてんだよ」


「でも整備主任のジョルキノさんとか、あごひげの中隊長とかは、ギニッサの兄貴を最初からまともに扱ってくれたんですよね?」


「ラカダランさんか。ギニッサさんが入隊したころだと、小隊長の中でも若いほうだったからな……」


「キャスランねえちゃんが目当てで?」


「順番が逆だって。ラカダランさんはギニッサさんの働きぶりを気に入ったから、アズアム居住区に寄ることが多くなったんだ。あとミンガン大隊長は今でもオレらを蛮族よばわりだけど、あれでも流民ぎらいのおえらいさんたちを抑えてアズアム兵士の昇進を推してくれてる恩人な」


「え。あの小うるさい口ひげが?」


 ビスフォンはふと昔を思い出す。

 ミンガンのことは嫌いだったし、集落へ立ち寄るラカダランのことも目ざわりだと思っていた。



 二年前、アリハの兄ギニッサが兵士団をやめるきっかけとなる事件が起きた。

 ギニッサはアリハと同じ赤毛の痩身で、明るいが辛抱強く、多くの貴族に嫌われながらも分隊長として同僚の信頼を集めるようになっていた。

 国王にも期待され、兵学校の生徒を引率して兵甲での巡回演習も指導するようになった。

 しかし運悪く演習中に、十機もの豚鬼兵甲に急襲される。

 味方は兵甲六機だが、半分は演習生で、しかもその中には第二王女リルリナがいた。


 巡回部隊は数で不利な場合、なるべく時間を稼いで増援を待ち、鎧ごと人質に捕らわれるよりは後退を選ぶ。

 戦闘がはじまれば鎧同士が発する爆音は島中に響き、すぐに騎甲が駆けつける。

 ギニッサも『やや不利にすぎない』戦力差のふりをして演習生をかばいつつ、少しずつ後退させた。

 そうなると空賊の立場では、二手に分かれて片方は足止め、片方が家畜を奪う判断が妥当だった。

 鎧と人質を捕獲できればそれ以上の稼ぎになるが、よほどの戦力差でないと運搬は困難で、時間がかかって騎甲部隊が間に合ってしまえば、逃走さえできない最悪の状況になる。

 しかし演習生のひとり……大貴族のバニフィン嬢が転んでしまい、その脚を打たれて歩けなくなってしまう。


「なんだこの兵隊? やたらにぶいし、これくらいで立てないなんて……訓練生か?」


 引率部隊は踏みとどまって応戦するが、バニフィンを回収するような真似はしない。

 ただでさえ不利なのに、鎧を引きずって逃がそうとすれば、引率ごと全滅が早まるだけだった。

 空賊がわざわざ残り五機の巡回を全滅させてまで鎧を狙うとも思えない。

 自分たち引率部隊はどれだけボロボロにされようと、とにかく戦うふりを続けて増援までもたせれば、バニフィンは助けられる。

 しかしギニッサは念のため、残り二機の演習生には密かに撤退を命じた直後、倒れていた演習生の叫びが状況を変えてしまう。


「リルリナ様、お逃げください!」


 バニフィンは敵に囲まれて冷静さを失っていたが、考えていたのは『リルリナの性格ならどう動いてしまうか』だった。

 孤立して怯え震えながらも、リルリナまで助けに来て人質にとられてしまう事態はさらに恐ろしかった。

 しかし空賊には見返りの大きい獲物を教えてしまう結果になる。


「そっちの訓練生は、おえらいさんみたいだな!?」


「もし王族なら、身代金を何倍もとれる!」


 王女リルリナが囲まれてしまい、ギニッサたちはしかたなく、豚鬼の群れへ突撃して脱出口を開く。

 引率部隊はひとり、またひとりと悲鳴をあげて倒れ、最後に残ったギニッサは自分もほとんど打たれるままになりながら、豚鬼の数が予想外に減っていることに気がついて血の気が引く。

 引率部隊の突撃では三機も倒せたら上出来のはずが、五機も減っている。

 包囲を脱したリルリナ王女が撤退しないどころか、即座に回りこんで空賊へ飛びかかっていた。


「ギニッサ隊長、ご無事ですか!?」


 反撃の連携としては効果的だったが、最優先は当人の脱出のはずだった。

 それに訓練生としてのリルリナは、並はずれた度胸に比べて鎧の動きはぎこちなく、空賊も『死角から襲ってきた人質』に気がつくなり、頭を強打して気絶させる。

 ギニッサは這いずってリルリナの鎧へかぶさったところで気絶した。


 目が覚めると、三人目の演習生……ミルラーナが独りで袋だたきに耐え、王女を守りきったことを知る。

 ギニッサは厳しく責任を問われるが、リルリナの証言が上層部の裁定を変えた。


「撤退の命令を無視した私の判断は軍規に違反しており、王族としての自覚にも欠けるものでした。ギニッサ隊長にお詫びすると共に、身を挺して私を守ってくださった忠義と勇敢に深く感謝したくぞんじます」


 追放も検討されていた処罰は、小隊長への昇進に変更された。

 しかしギニッサは兵士団を辞し、アズアム居住区の自警団に入る。

 鎧乗りとしては肉体的な限界に来ていた父マスアドの後継者が必要だった。

 アズアム族への非難も小さくなり、兵士団に妹のアリハだけ残してもやっていけそうだと思えるようになった。


 アリハやビスフォンもギアルヌ軍の見かたが変わり、第二王女の活躍や騒動の噂を聞くほどに、異常な熱意に期待するようになった。

 それまでのギニッサは帰るたびにギアルヌ軍への愚痴をもらしていたが、熱心に聞かせる内容はガラリと変わっていた。


「兵甲に乗りはじめたばかりの王女様が、オレを守るために、何匹もの空賊にひとりで飛びかかってんだぞ? あんな気概を見せられちゃ、主君と認めるしかないよ……まったく、蛮族でないのが惜しいくらいだ」




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